第2604話 リーダーのお仕事 ――戦闘――
半ばマクダウェル公としての仕事で皇都エンテシアに急遽向かう事になってしまったカイト。そんな彼の仕事の代行としてギルドマスター業務をいつも通りこなす事になった瞬とソラの二人であるが、そんな二人にはしかしいつもと違い新規加入希望者に対する試験という仕事も課される事になる。
それはその実カイトから二人に対してのある種の試験でもあったわけであるが、そんな事はつゆ知らず。二人は桜やティナらに助力を受けつつもなんとか試験を開始。目的地である野営地の道中で魔物の群れに遭遇し、そこで今回の遠征において初となる戦闘となっていた。
「……」
魔物の群れが居る窪地まで後わずか。そんな所まで高速で移動した瞬と他二人であるが、そこで瞬は急停止。身を屈めて草むらに忍び、他二人を手で制止して同じ様に隠れる様にジェスチャーで指示を出す。
「どうやら魔物共もこの草が陰になってくれているおかげでこちらが見付けられていないみたいだな。ウルフ種は……お休み中か」
この魔物は夜行性だ。寝ているのも無理はないな。瞬は草むらから魔物の群れを覗き見て、そう思う。と、そんな魔物の群れを見ながら瞬が横の二人に問いかけた。
「どっちか、あのウルフ種を見た事は?」
「自分は無いです」
「俺も……」
「そうか……まぁ、ここらは街から少し離れているからな。気にするな。それであいつは夜行性だ。ゴブリン共に飼い馴らされた様子だが……所詮ゴブリンの中でも下位の亜種。さほど昼日中に行動出来るようには調教されていないみたいだな」
それで向こうはこちらに気付けなかったんだろう。若干の寝息を立てるような魔物を見ながら、瞬は横の二人に対して小声で説明する。と、そんな事を説明した彼がそのまま問いかける。
「……こういう場合の上策はわかるか?」
「……今のうちに一撃で仕留める。可能なら全部、まとめて」
「ああ……使え。使い方はわかるか?」
「はい」
瞬は自身の問いかけに答えた冒険者に対して、グレネード型の魔道具を手渡す。威力はさほどではないが、ゴブリン種と半ば寝ている状態の魔物相手になら十分に一撃で仕留められるだけの効力はあった。そうして、グレネード型の魔道具のピンを抜いて静かに転がす様に投げ込んだ。
「伏せろ」
「「っ」」
グレネード型の魔道具が投げ込まれると同時に、瞬が身を伏せて他の二人にも同じ様に告げる。そうして窪地を覆い尽くすような結界が展開されて、中に閃光が放たれる。
「……良し」
閃光は魔物を構築する魔素を強制的に解体し、吹き飛ばすものだ。不意打ちや本当に雑魚の魔物相手にしか効果が無いものなのだが、今回はそれ故に使えたのである。と、そんな所に。ソラから報告が入ってきた。
『あー……先輩。そっち倒したとこ悪いんっすけど、ちょっと悪い報告っす』
「悪い報告?」
『いや、敵の総数とか地竜が反応するのなんか変だなー、って思って追加で調べさせてたんっすよ。で、左斜め前』
「……お、おぉ……」
どうやら寝ている子を起こしてしまったらしい。瞬はムクリと起き上がる何体かのリザード種の魔物を見る。ここら一帯では一番強い魔物だった。そんな様子に、横の二人が問いかけた。
「ど、どうするんですか?」
「仕方がない……やるぞ。何体やれる」
「一匹なら……」
「俺も……」
確かにここら一帯だと一番強い魔物だし、一対一だとそうなるか。瞬は返答を聞きながらそう思う。
「なら、一人一体倒してくれ。他は俺が受け持つ……ソラ。そっちは危険が無い様に支援だけ頼む。あ、それと引き続き警戒も頼む」
『了解っす』
この程度なら増援をもらうまでもないな。瞬はそう判断したようだ。というわけで彼の意見に同意したソラの反応に瞬は軽く運動するか、という心持ちで槍を生み出す。この程度、本来の槍を使うまでもないと判断したようだ。
「さて……」
こうして初心者やそれに準ずる冒険者と並んでいると、昔を思い出す。瞬はいつもなら突っ込んでいく自分を思い、少しだけ懐かしさを得ていた。
(緊張はさほど。実戦を前にしては良い調子だが……)
ある意味では初陣と変わりないか。瞬は横の二人から感じる緊張を理解し、自分がどの様に動くべきかを考える。ここらのフォローはソラの得手であるが、ここでやるべきは彼自身だった。故に彼はいつもより強く猛る血を抑え込むと、一度状況を俯瞰した。
(武器種は片手剣と盾。そして槍……いや、槍というより偃月刀に近いか? 顔に見合わずパワーファイターか)
少年冒険者の武器は剣と盾。少女冒険者の武器は偃月刀。前者が持つ武器は至って平均的なものだが、後者の持つ武器は少し独特な幅広い刃を持つ槍のような武器だった。冒険部でも使う者は限られ、瞬自身ウルカの知り合いにもほとんど居なかった。
(いや……確かそういえば、カイトが何か言っていたか。偃月刀使いには気を付けろ……なぜだったか……いや、今は良いか。敵数は五。三体まとめて潰す……いや、それは下策か)
一つ目の壁超えを果たし、酒呑童子という稀有な魂の介在によりそのさらに先へと至ろうとしている瞬にとって、このリザード種の魔物は取るに足らない相手だ。やろうとすれば十秒と掛からず全て葬れるだろう。
(とりあえずは攻撃が飛ばない様に注意しながら、二人が十分に戦える様に注意するか)
自分がやるべき事を見直すと、瞬は呼吸を整え敵の接近を待つ。彼自身は寝ぼけでもしない限り、どんな不利な状況でも負ける事の無い戦いだ。故に先手を取りたいなら二人に譲るし、必要なら逆に先手も打つ。ただし、どうして欲しいかは二人の要望に従うつもりだった。故に彼はそれを口にした。
「俺は二人に合わせる……自分が一番戦いやすい方法を言ってくれ」
「……良いんですか?」
「ああ」
「……なら、先手をもらって良いですか? 先手さえ打てれば、一体は確実に仕留められます」
「……ほぅ」
「え?」
相当な自信らしい。偃月刀を持つ少女の言葉に、瞬ももう一人の少年冒険者も僅かに目を見開く。が、その意味合いは真逆で、瞬がお手並拝見というようなどこか上からなら少年冒険者の側は若干の焦りが見えていた。というわけで、若干自分のペースを崩しそうになった彼へと瞬が問いかける。
「お前は? 先手を打つか? 俺はお前らのサポートに回る。一番確実な方法で頼む」
「……お……いや、俺は気勢を挫いてもらった所で行きます」
「そうか……なら、一、二、三の順で仕掛ける。初撃の後はどうすれば良い?」
「一瞬、隙きが出来ますのでその対処をお願いします」
「わかった……じゃあ、その後に俺が四体まとめて足止めする。そこで漏れた奴を潰せ」
「はい」
少年冒険者が瞬の指示に少しだけ前のめりになりながら頷いた。まぁ、ほぼ歳が同じ少女に先に自信を見せられたのだ。負けていられない、と思ったのだろう。そうして戦術が決まって数秒。打ち合わせ通り、少女が仕掛けた。
「ふっ」
「……む」
速い。正しく消える様に距離を詰めた少女冒険者に、瞬は僅かに目を見開く。確かに自分達からすると遅いが、ランク水準で見ればかなり高い水準の速度だった。
そんな少女は距離を詰めていたリザード種五体の内一番近かった一体の前で飛び上がり、横向きに宙返りを加え遠心力を蓄積。その勢いと威力を乗せて、強烈な一撃を放つ。
「ほぉ……良い威力だ」
一撃必殺。そんな様子で先頭を走っていたリザード種の頭から胴体までを両断した一撃に、瞬は僅かに目を見開く。威力・速度共にもう少しで一つ上のランクに届きそうだった。
が、同時に少女が言う通り、この一撃は仲間との連携を前提としたものだったのだろう。地面に偃月刀を打ち付けた彼女はそのまま僅かに残心の様に呼吸を整えていた。というわけで、瞬はその一瞬の間に追走していたリザード種と彼女の間に自身を割り込ませる。
「はっ!」
気勢を上げて、瞬は地面を薙ぐ様にして残る四体のリザード種に向けて牽制の一撃を放つ。それにリザード種の魔物達は急停止。威嚇する様に唸り声を上げて、内何体かはそのまま息を大きく吸い込んだ。
「おぉおおお!」
そんな魔物の一体に向けて、少年冒険者が盾を構えてタックルを仕掛ける。そうして彼はタックルを仕掛けた一体の顔を盾で殴り付けて打ち上げると、見えた柔らかな腹を目掛けて刺突を放つ。
「はぁ!」
な、なんとか上手く行ったぁ。そんな様子で若干の引き笑いを浮かべながら、少年冒険者は更に追撃で喉目掛けて斬撃を放って首を飛ばす。格好良く決められてしまったので負けない様に、という意気込みがそうさせたようだ。
「この程度は余裕だったか」
若干危なっかしい様子は見て取れたが、問題はなかったらしい。瞬はそんな様子で左手にも槍を生み出して左右に居た二体を纏めて串刺しにする。そうして串刺しにした二体を膂力で持ち上げると、そのまま残る一体に向けてハンマーの様に叩きつけて一箇所にまとめ上げる。
「はっ!」
三体を一箇所に纏めた瞬は飛び上がると、そのまま槍を投げ下ろして雷撃を打ち落とす。それだけで三体纏めて消し飛んでいた。
「……すげっ」
「……」
圧倒的な戦闘力でリザード種三体を纏めて消し飛ばした瞬に少年は唖然となり、少女は僅かにだが驚いた様子を見せる。どうやらこちらの少女は若干感情が希薄らしい。そんな尊敬の視線に若干むず痒いものを感じながら、瞬はソラへと問いかける。
「こんなものか……ソラ。他には?」
『いや、今の所大丈夫っすね。うん。問題無いっす』
「そうか……なら、戻る」
『うっす』
魔物も居ないし、いつまでも道中で呑気に立ち止まっているわけにもいかない。なので瞬はソラの返答に頷くと、竜車へと戻る事にする。そうして、一同を乗せた竜車は再び移動を開始する事になるのだった。
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