第2600話 リーダーのお仕事 ――訓練――
皇帝レオンハルトの勅命によりマクダウェル家・ハイゼンベルグ家合同で主導する事になった皇国全土を挙げての合同軍事演習。それの開催まで後僅かとなったタイミングで、カイトは日本との交渉に向け意見を聞きたいと皇都エンテシアに呼び出される事となる。
というわけでそのギルドマスター業務の代行としていつも通り仕事に取り掛かるソラと瞬であったが、二人は今回はいつもと違い加入希望者に対する加入の是非を判断する業務を任される事になり、その支度に勤しんでいた。そうして、灯里からの助言の後。偶然桜に空いた時間が出来た事もあり、彼女を交えてのロープレを行っていた。
「「……」」
「と、いう感じ……でしょうか」
どうでしょう。そんな様子で面接官役としてお手本を披露してくれた桜に対して、男二人は完全に沈黙状態だった。というわけで、そんな彼らに桜が問いかける。
「……あ、あのー……」
「あ、ごめん……えっと……一つ聞いて良い?」
「あ、はぁ……」
何かしてしまっただろうか。少しだけ困惑気味な桜はソラの問いかけに頷いた。というわけで、そんな彼女にソラが真顔で問いかける。
「……マジで今の調子でやってんの?」
「え? は、はい」
「「……」」
素直にご愁傷さまと言うしかないかもしれない。ソラはおそらく容赦なく問いかけを行ってきただろう桜の返答に、瞬と顔を見合わせる。これに桜が少し不安げに問いかける。
「……何かまずかったでしょうか?」
「いや、違う……すまん、天道。正直、ここまでとは思っていなかった」
「っすね……いや、マジで」
これは確かにカイトが内政なら桜。軍事なら瞬と使い分けるわけだ。ソラも瞬も揃って桜を侮っていた事を認める。というわけで、苦い顔の二人がどうやら自分を称賛していればこその表情なのだと桜も理解する。
「えっと……ありがとうございます?」
「ああ……そうか。ここまで容赦なさは必要か……」
「顔に似合わずってか……悪い。俺達の本気度が足りてなかった」
「は、はぁ……」
ソラも瞬も頭を抱えながら、自分達に無い点を見つめ直している様子ではあるらしい。なので桜はそんな生返事で頷くばかりであった。というわけで、ある意味では格の違いを思い知らされた瞬が頭を抱えながら、桜へと告げる。
「天道……後でまた時間を作って貰えるか? 現状ではやれん……」
「あ、はぁ……確かに時間を置いてもう一度、というのが一番効果を上げられると思うので大丈夫ですが……幸い、今日は仕事も少なそうですし」
「すまん……ソラも良いか?」
「うっす……てか、資料作り直すわ……」
確かに自分達が悪い事は悪いのだが。ソラはそう思いながら、桜に練習用として渡した資料の出来が悪かった事を改めて認識。再度の手直しを行う事にする。というわけで、桜が再び事務処理に戻った一方。男二人はかなりダメージを受けていた。
「……容赦なかったな」
「っすね……いや、この資料が悪かったってのは悪かったんっすけど……」
冒険部では作業の効率化のため、参加希望者には自分の経歴や志望理由を記載させた資料の提出を求めている。この内経歴は単にどういう任務を得意としてそうか、という参考に使うために用意している。
それに対して志望理由はどうして所属したいか。何を求め何を提供出来るか、という点になりそこの齟齬はどちらにとっても不利益だ。なのでここを重点的に追求できる様に、としたのだが、桜はその前。経歴の段階から問いかけを普通に投げかけてきたのである。
「……てか、今更なんっすけど……これ完全バイトの面接とかっすよね……」
「そうだな……いや、バイトの面接なんて受けた事はないが」
「俺も無いっすね……」
面接なんて受けた事もしたこともない。二人はそう思いながら、深くため息を吐く。とはいえ、やらなければならない以上はやるしかない。というわけで、流石にこれ以上桜の手は煩わせられない、と二人は恥を承知で灯里とティナに連絡を取る事にする。
『あらら……だから桜ちゃん、意外と容赦無いって教えてあげたのに』
「すんません……素直に格の違い思い知らされました……」
『みたいじゃのう。ま、想定が甘いのは致し方があるまい』
楽しげに笑う灯里とティナに対して、ソラも瞬も肩を落として項垂れる。そんな二人であるが、ソラがふと一つ疑問を呈する。
「てか、桜ちゃん。あんな慣れるほど何回もやってたのか? 俺も残ってる事多いと思ったんだけど……」
『ああ、桜であれば事務員の採用はもう一括して任されておるからのう。普通に事務処理の人員の増員は桜が手配し、採用しておるぞ。最近は承認ぐらいしかやっとらんな。まぁ、頻度が高くないので知らんかもしれんがの』
「「え?」」
そんな事までしていたのか。二人はティナからの話に目を見開く。当たり前だが、冒険部の規模の拡充に伴って必然事務処理も多くなり、事務員も増員を掛ける事になる。ソラと瞬に冒険者としての人員の登用を許可していたのなら、桜には事務員の登用を普通に一任していたのである。というわけで、そんな二人にティナが告げる。
『後は当人の性質などもあるじゃろう。人を雇う側の訓練もさせられておったし、どういう人材が一番良いかというのもわかっておるからのう。うむ。今のお主らに足りておらんのは、今の自分達にどういう人材が必要か、という点かもしれんな』
「「……」」
どういう人材が必要か。ティナの指摘に瞬もソラも揃ってどんな人材が今必要なのだろうか考える。とまぁ、そういうわけなのであるが、ティナは言うだけ言って連絡を取ってきた要件に承諾を示す。
『で、経歴の件か。ま、良かろう。それぐらいならこちらで考えてやらんでもない』
『さほど時間も掛からないものね』
『まぁのう……想定されるランクはランクCかD程度で良いな?』
「あ、うん。それでお願い」
ティナの確認にソラは一つ頷いた。志望理由に経歴を絡め質問する流れが見えてしまっていた以上経歴も考えたい所だったのだが、どうせなら実際にありそうな話で想定したかったらしい。
なので為政者としてよく知るだろうティナに助力を頼んだのであった。というわけで、十分ほど。ティナはおそらくどこかで聞いただろうランクCとDの冒険者の標準的な経歴を書き上げ、再び二人に転送する。
『こんな所じゃな。ま、標準的な混血の冒険者の経歴という所じゃの』
「あ、そうか……混血も普通にあるんだもんな……」
この点もやはり自分達だけでは見えていなかった点だ。ティナが異族との混血の冒険者の経歴として用意してくれていた片方を見て、ソラは感心した様に頷く。これにティナが頷いた。
『というより、混血の方が多い。使える物をなんでも使うのが冒険者。であれば血の力を使えるのは不利になる事の方が珍しい。多少入れ知恵されておるのならそこは押してくるじゃろう。逆にそれを押さぬのなら敢えて強みを押さぬのは何故か、と聞かねばならぬ点と言えような。気付いておらぬのであればその程度と理解も出来るしのう』
「「……」」
それはそうか。ティナの指摘に瞬もソラも内心で唸る。やはり彼女も為政者だったし、カイトの補佐として活動しているのだ。自分達よりはるかに人員の登用は慣れていた。というわけでティナの用意してくれた資料を見ながら、瞬が問いかけた。
「それも想定してロープレやっておいた方が良いか?」
『いや、今は良いじゃろう。基礎も出来ておらぬ内から応用をやると基礎が身に付かん。今は、基礎を身につける事が重要じゃ』
「それもそうか……」
言われてみればそもそもその基礎さえままなっていなかったのが自分達だ。瞬はここで焦って次を見据えるではなく、基礎からしっかりと学ぶ事にする。というわけで、それから少しの間はティナからここはこういう意図でこの経歴にしていて、という点を聞いてそれに基づいた志望理由を作成する。
「……こんな所か」
「こっちも……こんな所っすね。この経歴ならこう考えるだろう、って感じで考えただけっすけど……」
「こっちもだな……」
想定としてはどちらも混血の冒険者を想定していたのであるが、その想定している異族は完全に別だった。なので志望理由も若干異なっており、後はこれを桜に見て貰ってどういう問いかけをするだろうか、と確認。それを元に質問の流れを考えて、実際に二人が面接官として練習するのが今の流れだった。と、いうわけで一方のティナが三枚目の資料を送ってくる。
『んで、これが桜の分じゃ。渡しておいてやれ』
「おう……って、三つ?」
『お主らが面接官をやるのであれば、当然事前にその資料は読み込んで質問事項まで考えねばならんじゃろ。当たり前じゃが、受け取ってその場ですぐなぞ下策も下策じゃから焦ってすぐに開始なぞせん様に注意せいよ』
「お、おぉ……」
確かにそれはそうだ。ティナの指摘にソラは焦ってそんなミスをしない様に注意する事にする。というわけで、そこからは用意した資料を元に二人は桜を交えて再び試験の練習を行う事にするのだった。
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