第2597話 リーダーのお仕事 ――代行二人――
マクダウェル公として皇帝レオンハルトの勅命により主導している合同軍事演習とハイゼンベルグ家が主軸となり行っている日本との交渉。この二つの進捗を受けて急遽皇都に呼び出されたカイト。
そんな彼は皇都で一週間各所の調整をしつつ過ごしていたわけであるが、彼が急遽抜けた事でソラと瞬の二人は抜けた穴を埋めるべくサブマスターの業務の一つであるギルドマスターの代行を行う事となる。というわけで、そんな二人の目下の課題は今までした事のない人員の加入の是非の判断という所だった。
「うぁー……こんなもんっすかねぇ……」
「な、なんだか久しぶりに旅のしおり作ってる感じになったな……」
「うわっ……むっちゃ懐かしいっすね」
聞いたの何年ぶりだろ。ソラは小学生の頃にしか聞かないような単語を耳にして、思わず笑う。そうして彼は興味本位で一つ聞いてみる事にした。
「作った事あるんっすか?」
「小学生の修学旅行、旅のしおりを作る係だった」
「マジっすか」
「お前はどうだったんだ?」
「いや、無いっすね」
やはりかなり昔の事だからだろう。当時の事を思い出したからか、二人は楽しげに笑い合う。というわけで、慣れない作業をしたからか二人は気を紛らわせるためもあってそのまま雑談に興ずる事にした。
「そういや……先輩修学旅行どこだったんっすか。先輩確か出身京都っすよね? 京都の人ってどこ行くんっすか?」
「ああ。中学までは京都。高校でこっちだな……カイトの実家? 生家? とあまり遠くないらしいな。後は……ああ、神楽坂の三人とも近いそうだな。で、修学旅行……どこだったかな……」
何度か言及されている事であるが、カイトの生家は大阪にある。というより、彼は小学校までは大阪で住んでいた。親の転勤で東京に来たのだ。そして転校した先で出会ったのが、幼なじみこと皐月なのであった。それはさておき。そういうわけで、今度は瞬が問いかける。
「ああ、そういえばあの時は東京だったか。そういえば……お前は天道家に近いんだったな?」
「一応、天城は天道でも中核を成す家……らしいっすね。ここら恥ずかしい話なんっすけど、俺より多分カイトの方が詳しいと思いますね」
たはは。そんな様子でソラが笑う。ソラは一時グレていたため、実家の色々を知らないのだ。その代わり天道家の本家に近い所では珍しく一般家庭に近い感性を持ち合わせているのであるが、カイトは末端ではあっても地球の裏の顔役であった兼ね合いなどから逆に詳しいのであった。
「そうか……そういえば前々から少し気になってはいたんだが、天道の親父さんはどんな人なんだ? 一応、俺は天道財閥から支援を受けている事になっていてな。興味はあったんだ」
「あー……どんなっすか……」
実はなのであるが、ソラの父と桜の父は幼なじみらしい。なのでソラ当人も古くから桜の事は見知っていた――流石に性別が別なので積極的に話したりはしていないが――そうだ。こちらもこちらで幼なじみと言えるだろう。
「どんなっつっても……まぁ、厳格な人って感じは無いっすね。どっちかっていうと豪快な人って感じのが印象強いかもしんないっす。まぁ、豪快ってのとも少し違いますけど……」
「そうか……」
一応親戚関係にある上に父同士が幼なじみなので比較的に話してはいるのが、相手は世界有数の大企業の社長だ。どうしても忙しく年に数回しか話さない事も少なくない。
というわけでソラの返答ではいまいち瞬も想像が沸かなかったようだ。まぁ、本当に知りたければ桜に聞けば良い。せっかく実家の話が出たので、という所なのだろう。
「まぁ、それは兎も角。とりあえずこれで良いんっすかね……」
「どうなんだろう……オリエンテーション、というような感じが無いでもないが……」
「似てくるのはしょうがないのかもしれないっすね……」
オリエンテーションというのは、新しく組織に参加する者が組織の仕事や風潮に慣れてもらうために行うものだ。色々と考えた結果、冒険部とて冒険者ギルドであるのでそこらを確認しようとなるとオリエンテーションじみた流れになってしまったのであった。というわけで、ありきたりといえばありきたりな内容になってしまった事にソラは少し残念そうだった。
「本当はもっと色々と考えられリャ良いんっしょうけどね……」
「確かにな……カイトだとその時々に応じて内容を変えているみたいだが……」
面談だけで終わっている事もあれば、時には実際に修練場に出て模擬戦を繰り広げている事もある。二人はサブマスターとしてカイトがいろいろなパターンで試験を課して判断をしている事を見ていた。が、その判断基準などが何なのかはわからずじまいだった。
「……そうだ。そういえばソラ。一つ聞いておきたいんだが……」
「ん? なんっすか?」
「あいつが却下を下した事はあったか?」
瞬が気にしていたのは、合否を判定する以上は否決もあり得るわけだ。それをカイトがしていたのか。もしくはどの程度の割合で合格としていたのか、と知っておくのは難易度を考える上で重要だった。
「あー……何人かは、聞いた事ありますね。えっと……あ、桜ちゃん? ちょっと良い?」
『え、あ、はぁ……大丈夫ですが』
若干、困惑したような様子で桜が頷いて作業の手を止める。現在二人は執務室にある防音効果のあるミーティングスペースで話している。現状その結界は展開してはいるが完全ではなく、瞬がルークに会う前がそうだった様に比較的声を大にすれば桜にも聞こえる。それもせず敢えて通信機を使ったのは何か込み入った話かと思ったのだ。
「今回さ。俺と先輩が採用の代行頼まれただろ? それで今ミーティングしてたんだけど……そういえば、桜ちゃんの方が先に任されてただろ?」
『あ、はい。こういう事は慣れてますので……』
「な、慣れて……」
さすがは名家天道家のご令嬢。まさかの返答に瞬が思わず頬を引きつらせる。これは帝王学の一種らしく、家庭教師などの是非を決める場合は最終判断は彼女――正確には受ける者――にさせられるとの事だった。これはソラは普通に知っていたため、特に驚く事なく話を進めた。
「おう……で、カイトから合否の判断基準聞いてないか、って思ってさ」
『……いえ、聞いていませんね。判断基準は桜に一任する……そう言われたっきりです。ただ一応オレが任せる時にはオレのジャッジは終わってるから、最終判断だけ任せると』
「マジか……」
どうやら桜もカイトの判断基準は聞いていないらしい。とはいえ、別の内容を聞いてはいたし、カイトも引き継いでいた。
『あ、でも……裏が大丈夫かだけは聞いた事はあります。そうしたらそちらは一切問題無い場合にだけ投げる、と』
「あー……やっぱそっか……そこら、あいつは完全に大丈夫にしてから投げてくるよなぁ……」
『そうですねぇ……カイトくんの場合、そこだけは確実に潰してから最終審査に進めさせますから……』
やっぱりそうだよなぁ。ソラも瞬も桜の返答に後々厄介になる点だけは必ず自分で片付けてから人に投げてくる事を改めて認識する。
『まぁ……その点が無いだけ安心して合否を考えられると言えばそうなのですが……』
「天道は否決した事はあるのか?」
『……何度かは。この人は駄目だな、と思う事があったので……』
「「……」」
やはりそこは帝王学の一環として慣らされているからなのだろう。二人は若干だが冷ややかな声音で答える桜の様子に、自分達もこの冷淡さが求められているのかもしれない、と思う。と、いうわけで瞬が改めて聞いてみる事にした。
「カイトは何回か落としている事はあるのか?」
『ええ。勿論、採用の方が圧倒的に多いですが……採用試験の三回に一回ぐらいは落としてます。あ、そうだ……そういえばそういう時は決まって、判断を保留にしていますね。結果は追って通達する、って』
「基本その場で判断しているのか?」
桜からの情報にソラが驚いた様に問いかける。これに桜は少し慌てて首を振った。
『あ、いえ……すいません。ちょっと違いますね。正確には一旦帰らせる、という所でしょうか。基本カイトくんはその日の内に結果を伝えるので、下の応接室で待たせています。落とす場合は、という所ですね。後伝える時は基本、落とした人は辞退したと言っています……勘付いている人も居ますが……』
「落としたと素直に言えば良いんじゃないか?」
『……いえ、多分これは……』
「……あー……」
若干言い淀んだ様子の桜に、ソラがおおよそを理解して顔を顰める。というわけでソラは努めて思い出さない様にするためも含め、少しだけおどけてみせる。
「その時のカイトってやっぱ、あれ? 公爵モード入ってる?」
『あはは……はい』
「だよなー……」
誰もがそうである様にカイトにもいくつもの側面があるのであるが、その一つに公爵モードとソラらが呼んでいる側面があった。これはいつもの勇者カイトとしての人情味や人としての甘さが前面に出た側面とは真逆。貴族としての冷酷さと非情さが滲んだ容赦のない側面だ。
これが浮かぶのは決まってどこかで暗闘が起きている時で、これが浮かんでいる時のカイトには話しかけない方が良い、というのが――ルーファウス達にさえ――共通認識だった。
『多分、辞退したじゃなくて辞退させられた。それがカイトくんからか、それとも更に別の誰かからかはわかりませんが。辞退、という結論は変わらないでしょう』
「俺も多分辞退するわ……」
公爵モードのカイトは本当にヤバい。ソラは何度か公爵邸の執務室でカイトが剣呑過ぎてティナが思わず執り成していた事を何度か覚えていればこそ、あの圧に晒されれば間違いなく自分も素足で逃げ出すと思っていた。
「意図的にやってんのか、それとも漏れたのを潰してるだけか……どっちかはわかんない?」
『そこまでは流石に。カイトくんなら前者も有り得そうですが……情報屋に手に入れてもらっている資料も完璧というわけではないでしょうし』
「そうなのか?」
てっきりカイトが参考にするように、と言って寄越した資料なので完璧に近い情報なのではないか。そう思っていた瞬が驚いた様子で問いかける。これに、ソラは首を振った。
「いや、多分俺らに渡してるのは完璧なモンだと思いますよ。ただあいつが常時手に入れてるのは、一般的なギルドが活用してる情報の精度に準じてるって所でしょ」
『だと思います。一度私もこんな精度の高い情報をいつも買ってて大丈夫なんですか、って聞いた事があったのですが……その時にいつもはここまで精度の高い情報は買ってないって。高いしサリアさんに無駄に借り作りたくないからな、と』
おそらくこの時のカイトは気軽に笑って言っているのだろうが、それは十数年にも及ぶリーダーとしての役割で培った観察眼に裏打ちされた自信があるからだろう。ある程度の事前情報があれば後は話すだけでなんとかなる。
「なるほど……足りない分は自分で、か。それは流石に真似できそうにないな……」
「でしょうね……」
こればかりは何十人何百人何千人と人を見てきて、そして騙されてきて初めて身に付くものだ。これを真似ようにも流石に二人にも、それどころか桜にもまだまだ経験が足りていなかった。というわけで深い溜息を吐いた二人に、桜がそうだ、と思い出した。
『あ、そうだ。私は、の話ですが……もしもの時には三柴先生に頼る様に言われています。一度相談してみるのはどうでしょうか』
「三柴先生に?」
『はい……どうしても資料を読んでる時間が足りない時とかに、何度かお手伝い頂いた事はあります。多分……人事なら私以上に彼女の方が適任と思いますね』
そんなにか。二人は桜の若干の苦笑混じりの助言に少しばかり驚きを滲ませる。まぁ、この二人は灯里の教師としてか姉貴分としての側面しか見た事がない。
カイトとティナさえ恐れさせる洞察力が前面に出た姿を見た事がないのだ。というわけで、二人はその後も暫くの間桜が見ていたカイトの姿を聞いて、代行業の参考にするのだった。
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