第2596話 リーダーのお仕事 ――再会――
マクダウェル公としての仕事で皇都へと急遽向かう事になってしまったカイト。そんな彼に頼まれ、彼が合同軍事演習で合流するまでの間の冒険部ギルドマスターの仕事の一部を代行する事になったソラと瞬であったが、その中でも二人が一番困ったのは改にギルドに加入したいという人物の是非の判断であった。
これについて二人は最終面接の日まで念入りな打ち合わせを重ねる事にしていたのであるが、その最中。どういうわけかルークとエテルノが来たという話を受けて、瞬は執務室を後にして応接室に入っていた。
「やぁ、瞬」
「お久しぶりです」
「ルークにエテルノさん……お久しぶりです」
どうやらやって来ていたのはルークとエテルノ当人で間違いなかったらしい。まぁ、エテルノは本質的には魔導書だ。なので主人たるルークの傍を離れるのはよほどの事態しかあり得ないため、ルークが居る所にはエテルノが居るしエテルノが居る所にはルークが居ると見て良い。どちらか片方が来たという時点で、もう片方が居る事は確定だった。
「久しぶりだね……あ、そうだ。これ『サンドラ』の土産だ。皆さんで食べてくれ」
「あ、すまん。わざわざ……」
どうやら突発的に思い立って来た、というわけでもなかったらしい。瞬はルークから茶菓子の包を受け取りながら、そう思う。というわけで、一つ挨拶を交わした後に彼が問いかけた。
「それで、どうしたんだ? 確かにマクダウェル領に留学しようと考えている、という話は聞いたが……あれはまだ先の話だろう?」
「ああ、それについては当然ね。流石にこの間の今ですぐに申請が通るわけじゃない。いろいろな話への偽装とかもあるから、そういった事が片付いてからになるからね。まぁ、それでも君が思うよりも早い時期にはなるかな」
「そうなのか……じゃあ、今回は何があったんだ?」
少なくとも留学したからこちらに来たわけではないらしい。ルークの言葉でそれを理解した瞬が問いかける。
「ああ……まぁ、留学に完全無関係で来たというわけではなくてね。これも偽装の一環なんだ」
「そうなのか」
「ああ……当たり前だけど、留学するにあたって実際に一度自分で見てみるというのは珍しい話ではない。最終的に自分に合うかどうかなんて実際に見てみない事にはわからないのだからね」
「まぁ……そうだな」
言わんとする事は理解できる。が、実際にやるかどうかは話が別な気がしないでもない。そんな様子で瞬はルークの言葉に同意する。
ちなみに、これはルークが『サンドラ』でも高位の地位にある名家の出だから普通に思っているだけだ。他にもシレーナも同じ様に普通に思っている――そしてそこらがルークの基本的な交友関係――が、これはエネフィアでも稀な話であった。というわけで、違和感を感じながらも否定する者が居ないので同意する瞬にルークは特に気にせず頷いた。
「うん……それでその兼ね合いから暫くこっちで一時滞在する事になってね。今しがたマクダウェル家に挨拶に向かったんだけども……カイトは不在にしちゃったらしいね」
「聞いてなかったのか?」
「いや、勿論聞いていたよ。皇都に急に呼び出しを受けた、とね……それに彼自身私が来る事は知っているさ。ただその前に行く事になったから、会えずじまいさ」
「そうか……そんな長居はしないのか?」
「いや、今回は一ヶ月だから最後には会えるだろう、とは聞いているよ」
「な、長いな……」
いや、エネフィアなら普通なのかもしれない。瞬は思った以上に長いルークの滞在に思わず驚くも、しかし一転して一年が地球の四年分に相当するエネフィアでは一週間にしか匹敵しない事を思い出して内心で否定する。というわけで、気を取り直して彼が問いかけた。
「それでわざわざこちらまでどうしたんだ?」
「いや、単に近くに来たので挨拶というだけだよ。それ以外には何も……ああ、でも一つあると言えば魔帝様に会いに行く事があるから、その時に案内を頼みたいぐらいかな。流石に私では軍基地には入れないからね」
「魔帝……? ああ、ユスティーナか」
久しぶりに聞いた名なので瞬はすぐには理解できなかったようだ。特にカイトの近辺だと魔王時代の呼び方では魔王と呼ぶ方が多く、すぐには思い出せなかったらしい。これに、ルークが笑う。
「ああ、そうか。マクスウェル……いや、君の近辺だと魔王様と呼ぶ方が多いのかもしれないね。でも魔術が盛んな地域の一部では魔帝様と呼ぶ事もあるんだ」
「なぜだ?」
「歴代の魔王の中にはパワー重視の脳筋タイプの方も多いらしくてね。そういった魔術や知性……まぁ、彼らに言わせれば品性か。それに欠けた歴代魔王と同一視するのは失礼だ、という風潮があるらしいよ。私は単に『サンドラ』の風習に合わせているだけだけどね……まぁ、『サンドラ』出身である事をわかりやすくする様に、敢えて外では意識的に魔帝様と呼んでいるよ」
「なるほどな……」
もともと『サンドラ』は魔術都市として知られている。以前にもカイトとティナであれば『サンドラ』ではティナの方が評価が高いような話を瞬も聞いており、これも納得出来たようだ。
「だが、あいつに用事?」
「一応、表向き研究者として一年間出向する形になるからね。統率役の彼女と三柴さんには話をする事もあるさ」
「そうか……それならまぁ、確かに俺が案内する事もあるか」
今もそうだが、カイトも何かと出歩いている事が多い。案内程度なら誰でも良いが、いろいろな側面を考えれば瞬の方が良いだろう。というわけで、ルークが来た理由に納得した瞬であるが、それならと告げる。
「それなら三柴先生と話をしておくか? 多分、いらっしゃると思うんだが……」
「ああ、いや……そっちについては今日は遠慮させてもらうよ。クズハ様との会談が少し長引いてしまってね。これから実はサンドラ商会の支社長と会わないといけないんだ」
「支社長と? なぜだ?」
サンドラ商会というのは『サンドラ』が運営する半官半民の企業だ。魔道具の製造と開発を主力とする企業で、冒険者が多いマクスウェルには皇国でも最大規模の支社があった。
「実家の兼ね合いさ。君は知っているかわからないけれど……ウチも色々と研究開発に携わっているからね。こちらの研究所の状況の視察……という所かな」
「それは……大変だな。学生なのにそんな事もしているのか」
「有り難い話だ」
瞬のねぎらいに対して、ルークはまるでそう思っていないような困り顔で肩を竦める。どうやら、こういう学生でこういった事業に関わるのは珍しいらしい。が、これには『サンドラ』特有の事情がありもした。
「とはいえ……別に私だけがやっている、というわけでもなくてね。シレーナは得意分野の関係で積極的には関わってはいないが……教導院だと何人かの生徒は普通に関わっているよ」
「そうか……」
おそらくそれは生徒会のような優秀な生徒達なのだろう。瞬はルークの言葉にそう思うし、実際その通りではあった。と、そんな彼に対してルークが笑う。
「ああ……でも、それで言えば君達だって普通に働いているだろう? それと似た様なものだ」
「いや、俺達は今は学生という役割は半分有名無実になっているからな。学生をしながら働いているルーク達の方がすごいさ」
「そうか……そう言ってもらえると有り難い」
どうやら今度は素直に受け入れたらしい。瞬の称賛にルークは素直な笑みを浮かべる。というわけで両者は暫くの間近況を話し合う事になるのだった。
さてマクスウェルに来たという事で挨拶に来たルークであるが、そんな彼の滞在はおよそ二十分にも満たないほどの短時間だった。というわけで、瞬が下の応接室に降りて三十分ほどで戻ってきたためソラがわずかに驚いていた。
「あれ……先輩。もう帰られたんっすか?」
「ああ……どうやら空き時間に来てくれたらしくてな。前はクズハさん、次はサンドラ商会の支社長さんと話す事になっていたようだ。それでその合間に、通り道だった事もあってとな」
「あー……確かサンドラ商会の支社って北町っすけど……確かにちょっと遠回りすればこっちからも行けますからね」
冒険部のギルドホームの立地だが、これはマクスウェル中心部のマクダウェル公爵邸にほど近い一角だ。なので迂回するにしても少しでよく、時間に少し余裕があるのなら冒険部に挨拶に来る事は不可能ではなかった。
「ああ……それで途中にな。まぁ、暇があったらまた来るとは言っていたし、暫くは街での生活を堪能するとの事だ」
「そ、そっすか」
タフな奴だ。瞬はルークの事をそう思いながら笑う。というわけで一つルークについて考えた彼であったが、ふと思った。
「そういえば……せっかくだからルークに魔導書の事を聞いておけばよかったか」
「はい?」
「ああ、いや……ルークは『サンドラ』でも名門の出でな。一緒に居るエテルノさん、という方がいらっしゃるんだが……その人はどうにも魔導書の精霊? のようなものらしくてな。魔導書について詳しいんじゃないか、と思ったんだ」
「あ、そうなんっすか」
普通ならば驚く事なのだろうが、やはりカイトとティナというとんでも存在二人の近くに居るからだろう。魔導書が人型化して普通に付き従っている、と言われてもソラもそうなのか程度しか思わなかった。
「まぁ……別に俺としても急いでるってわけでもないんで。機会があればで大丈夫っすよ。それにこっちにはティナちゃんも居るんで」
「それもそうか」
確かによく思えばユスティーナも居たな。瞬はここ暫く合同軍事演習の兼ね合いで忙しいティナを思い出し、それも一つの手と考える事にしたようだ。
「そういや……魔導書で思い出したんっすけど、地下の改修っていつからでしたっけ」
「うん? そういえば……いつからなんだ? 聞いてないな……」
以前の『サンドラ』での教材の買い込みにより、冒険部で使う教本はかなり整った。が、今はその大半が倉庫で眠っており、後は書庫の改修を待つだけになっていた。これに桜が口を挟んだ。
「それなら再来週に業者の方が来られますよ」
「ああ、天道の方で手配を進めてくれていたのか……いや、多分手配は全体的にカイトなんだろうが」
「あはは……そうですね」
こういった封印などの手配についてはカイトかティナが一番適任だ。なのでそこらの手配は彼らがしていたし、桜は彼らの不在時の代役として動いていただけだった。
「ああ、そうだ。ソラくんも何か見たい書物があるんでしたら、倉庫へ行って一度見てみるのも良いかと」
「あー……」
桜の助言にソラはその視点はなかった、と一つ感心した様に頷いた。
「そうだな。一回時間空いた時でも見てみるよ」
「はい」
確かに今までは何の参考情報も無しに悩んでいたが、魔術が盛んな『サンドラ』で書かれた参考書などもあるというのだ。確かに見てみる価値はありそうだった。
「ま、それは後にして……今はこっちっすね」
「……そうだな。やるか」
戻ったら戻ったでやる事は今度の加入希望者の選定に関する資料や流れのミーティングだ。瞬はそれを思い出して、少しだけ気落ちする。
とはいえ、やらなければならない以上はやるしかないし、ソラ一人に任せるつもりは瞬にもない。というわけで、彼は腹をくくって改めて代行の仕事に戻る事にするのだった。
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