第2592話 リーダーのお仕事 ――簡易型――
合同軍事演習と日本との外交交渉に伴うマクダウェル公としての仕事で皇都エンテシアへと向かう事になったカイト。そんな彼に頼まれ合同軍事演習開始までの一週間弱の留守を預かる事になったソラと瞬の二人であるが、二人も基本的には合同軍事演習に参加するのでそれに向けた支度に勤しむ事になる。
というわけで、ソラは例によって例の如く魔導鎧の調整のためオーアの所へと向かう事になったのであるが、彼女はカイトからの要請で開発中だった簡易量産型の魔導鎧の試運転を行っていたのでマクスウェル郊外の軍基地に滞在中だった。そうして軍基地で彼女から簡易量産型が天桜にもゆくゆくは配備予定である事を聞かされたソラは、オーアからの要請を受けてそのテスターを務める事になっていた。
「うわ……なんってかすっげー……なんってか……」
「まさに試作品って感じしてるだろ?」
「っすね……」
基本的には、現在ソラが見ている簡易量産型はカイトがティナから写真で見せて貰っていた簡易量産型の試作品とほぼ同じだ。一応あれから上半身が載せ替えられているので完全に同一ではないが、下半身はキャタピラのままなど詳しく知らない者から見ると同じでは、と思われる様相であった。
「てか下、キャタピラなんっすね」
「動かしやすいようにね。こいつは基本的には魔導機とか魔導鎧とか専門の訓練を受けた兵士が使うんじゃなくて、そういった専門の訓練を受けてない兵士が使うためのものだ」
ソラの問いかけに対して、オーアはこの簡易量産型の用途や想定される使用者を語る。そうして一通り語られた後、ソラは一つ疑問を呈した。
「あれ? でもそれなら普通に下も二脚にした方が良いんじゃないっすか? そっちのが操縦楽でしょ」
「それね……それは確かにそうなんだけど、下半身まで動かそうとするとすごい負担になるんだ。キャタピラだと動かすのはキャタピラ部分だけで良いから、ある程度は低出力の魔導炉で補えるんだ」
「低出力じゃないと駄目なんっすか?」
「あー……そうか。あんた高出力の魔導炉が搭載出来ない理由、知らないのか」
魔導機や大型魔導鎧の開発を行うなら基本的過ぎて見過ごしてたよ。ソラの疑問にオーアはしまった、という顔で目を見開く。というわけで、彼女が簡単に教えてくれた。
「高出力の魔導炉にしちまうと、暴走した際の被害が馬鹿にならないんだ。特に魔導機とか大型魔導鎧になると、安全機構を組み込むスペースがかなり限られちまうからね。万が一の際に操縦者が逃げられる余裕もなくなっちまう」
「低出力だと大丈夫なんっすか」
「そもそも暴走の危険性が低いからね。それに万が一の場合は機体全体で爆発を抑え込む、って荒業も出来るのさ。その時は機体も完全に壊れちまうけど……メルトダウンが起きるより遥かにマシさね」
「なるほど……」
魔導炉の暴走というのが大惨事になるというのはソラも聞いた事があるし、なんだったら魔導炉の連鎖反応による事故――正確には未然に防げたが――はちょうど『子鬼の王国』事件の折りにアウラが対応していた事を聞いていた。そんな彼に、オーアが告げる。
「そんな具合でこいつは移動と防御専用に低出力の魔導炉を使用して、操縦者は攻撃にのみ集中出来る様にしたって奴だ。総大将の依頼も移動できる固定砲台……えっと、自走砲だっけ? そんなのって話だ」
「ああ、自走砲……てか、それなら自走砲で良いんじゃないっすか? 動いてぶっ放すだけでしょ?」
自走砲というのは、早い話が大砲を移動可能な車両に搭載した物だ。自走砲を開発しようとした、というようなオーアの言葉に対してソラが問いかける。これに、彼女は頷いた。
「そうだね。その話も出た……けど最終的にはティナが今後を睨むなら工作用とかで使える様に、上半身は人型にしておきたいってね。で、結局この形さ……横転時とか考えるとそっちのが良いしね」
「なるほど……装甲無いのって仕様すか? それとも試作機だから?」
「どっちも正解か。ある程度装甲は貼っ付けるけど、貼り付ければ貼り付けるほど重量が増しちまって要求される出力がデカくなる。ある程度の肉抜きはするつもりだけど……ここまで配線丸出しってのは試作機だからだね」
「ってことはあんまり防御性能高くなさそうっすね……」
近接戦闘はほとんど考えない方が良いのかもしれない。ソラはコクピットが丸出しの状態に近い簡易量産型を見ながらそう思う。なお、先の貼り付ける部分はコクピット周りや魔導炉周辺――こちらは今も覆われているが――などの重要部位だけとの事である。というわけで、そんな簡易量産型を見ながらオーアもソラの言葉に同意する。
「そうだね……正直、私もこいつでの近接戦闘はあんまりオススメは出来ないね。一応、近接戦闘が出来る奴も作っちゃいるけど……操縦者への負担はやっぱりデカくなっちまってそれやるなら魔導機とか大型で良くないか、って思ってる所さ」
「っすよねー……」
近接戦闘を行うのなら、回避性能か防御力は必須事項だ。前者がどうやっても確保できなさそうである以上、防御力を確保するしかないがそうなると今度は装甲を増さなければならず、必然として低出力の魔導炉では補えなくなってしまうのであった。
となると後は操縦者の負担を増すだけだが、そうなると結局魔導機や大型魔導鎧で良いのでは、となるのであった。そんな簡易量産型の試作機を見ながら、ソラが本題に入る。
「で、俺は何すりゃ良いんっすか?」
「こいつを操縦の事前知識無しで使ってくれ。どこまでオペレータが指示するだけで使えるか、ってのをまずみたい。どうしても自分達でやるとそこらわかってる奴が多いからね」
「なるほど……」
ソラは一応魔導機の操縦も試した事があるが、専門の訓練を受けたわけではない。更には今簡易量産型の話を聞いた様に、おおよそ何もわからないような状態だ。その上である程度の戦闘力は持っているので、多少の無茶は出来る。今回の目的では最適だった。
「わかりました……ってことは乗るのになんか前みたいな特殊なアタッチメントとかは必要ないんっすか?」
「そうだね……一応あった方が良いんだけど、今回はそれも無し。緊急事態で一般兵が乗り込んだ想定だ」
「了解っす」
どうやら一般兵が乗り込んでも使えるぐらいには簡単な設計になっているらしい。ソラはオーアの反応からそれを理解すると、様々な計器類が並ぶ一角へ向かうオーアとは逆。簡易量産型へと歩いていく。
「……って、これどうやって乗るんっすか?」
『あ、まずそこからだね。コクピットは普通の魔導機と同じく胴体部分にあるから、背中側から乗ってくれ。一応は軍用機だし、ある程度の魔術は使える事が前提にあるからジャンプでひとっ飛び出来るはずだ』
「あそこっすね」
ヘッドセットを介して響くオーアの声に、ソラは背面に回り込んでコクピットへ続くハッチを見付ける。というわけでジャンプでハッチの真横に着地した彼は少し思った事を口にする。
「これ、一応開け方わかる様にしといた方が良いっすよ」
『一応、スイッチは色分けするつもり。そいつで対人戦は一切考えてないからね……上が開くだ』
「うぃっす」
取り付かれて近接戦は一切考慮していない。オーアは更に続けてそう語る。というわけでソラはコクピットハッチの真横にあるスイッチを押して中に入る。
「あれ……? こいつ椅子あるんっすか?」
『ああ。とりあえずそいつに座れ。後は交代する。私、あんたの鎧の再調整もあるからね』
「うっす」
どうやら座らない事には始まらないらしい。ソラはコクピット中央に備え付けられていた椅子に腰掛ける。そうして腰掛けてみて、足元にペダルがある事に気がついた。
「あれ、これ……」
『おっと……そいつはまだ踏むなよ』
「あ、お久しぶりっす」
『おう。こっからは俺達の仕事だな。悪いな、むさ苦しい男がオペレータで』
「あっははは。ほんとっすね」
どうやら以前から知っているオペレータが今回の指南役になるらしい。これは本来は軍の一般的なオペレータが担当する事になっているらしいのだが、まだ実用化されていないので彼が、という話らしかった。というわけで、一つ笑ったソラが問いかける。
「で、どうやら良いんっすか?」
『本来ならこのまま戦闘、って話だが……まぁ、今回は試作品だからな。とりあえず簡単な動かし方の説明が出来るか、お前さんが理解出来るか、って所からだ』
今回はゼロからのスタートになるため、本当に最初から教えてくれるらしい。というわけでソラは今は素直に全身から力を抜いて待機する。
『まぁ、地球出身のお前ならわかるだろうが、基本的な移動は足元のペダル二つで制御する。右がアクセル、左がブレーキ。サイドブレーキとバックへの切り替えは座席の左側のレバー』
「あ、左側ってことは日本車仕様なんっすね」
『何の話だ?』
「あ、いや、すんません」
言ってわかるわけがなかった。ソラは自動車がないエネフィアで日本車の話をしても通じるわけがない事を改めて理解して、少しだけ恥ずかしげに口を閉ざす。これにオペレータは首を傾げるもスルーする。
『そうか……まぁ、良いけどよ。とりあえず両方のキャタピラは連動して動く。左右の方向転換はアクセルペダルを左右に動かして行う』
「ハンドルは無いんっすか?」
『自動車みたいに、か? 残念ながら無い。両手は武器やら物資を持つ事を想定してるから、空けておかないと駄目だからな』
「なるほどね……ってことは最悪強引に地面をひっかく様にして方向転換とかも出来そうっすね」
『あー……その発想はなかったわ』
どうやらなんだかんだ技術者達だからだろう。想定外の使い方ではあったらしいが、それも可能だろうとソラの言葉に感心した様に頷いていた。
『まぁ、そりゃありだが、今はやんな。とりあえず基本操作からだ。まずは前後左右に動かせるかやってみろ』
「うっす……良し。違和感とかは無いな……」
少しだけ緊張した面持ちでアクセルペダルとブレーキペダルに足を乗せて、ソラは一度だけ深呼吸する。そうしてゆっくりとアクセルペダルを踏み込んだ。
「おー……動いた。でも魔導機とかと違ってなんか変な感じっすね。あっちだと動かすだけで魔力使ってる感覚あるんっすけど……あっちに慣れてると動いてる実感が無いってか……」
『みたいだな……俺はやった事ないからわからんが』
ソラはオペレータと話しながら、ひとまず少しだけ前に移動させてみる。そうして移動させて、彼は方向転換を試みた。
「おー……ホントだ。簡単に曲がる……これ、その場で曲がる事とか出来ないんっすか?」
『その場合はペダルを踏まずにペダルを左右に傾けろ。それでその場で動かせる』
「へー……あれ?」
『どした?』
「いや……これマジで動いてます? 確かに若干揺れてる感じはあるんっすけど……」
『ああ、そりゃ下しか動いてないからな』
「あ、なるほど……って、それじゃどうやって正面向くんっすか」
自分が動いていない様に見えた理由に納得したソラであるが、それ故に彼は問いかける。これに、オペレータは教えてくれた。
『ああ、それだが座席右横にスイッチがいくつかあるだろ? 一番前のがそれだ』
「これっすね……っと、結構速い」
まぁ、戦闘を睨んでるんだから当然なんだろうけど。ソラは自動で正面を向く様に調整してくれた簡易量産型の試作機に対してそんな感想を抱く。
『良し……じゃあ、次はバックだ。んで、それが終わったら今度はバックで左右に移動だな』
「了解っす」
なんだか自動車に乗ってるみたいだ。ソラは簡易量産型の試作機のテストを行いながら、そんな益体もない事を思う。そうして、彼は暫くの間オペレータの説明の下で簡易量産型の基本的な操縦方法を学ぶ事になるのだった。
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