第2590話 リーダーのお仕事 ――外交――
合同軍事演習に際して、マクダウェル公カイトとしての業務の一環で皇都エンテシアへとやって来ていたカイト。そんな彼は一足先に日本との交渉の研究で皇都の大学に招かれていたユリィ、カイトの代行として皇都に来ていたアウラと共に暫くの時間を過ごしていた。
そんな中で偶然アウラに頼まれた商品を手に入れたイリアからの連絡をきっかけとして彼女も久しぶりにフロイライン邸に顔を出す事になり、三百年前。カイトがまだ旅に出るより前の光景が再現されつつあった。そして更に。当時を知り今も生きている最後の一人であるハイゼンベルグ公ジェイクがフロイライン邸へと顔を出していた。
「それでこの有様と」
「この有様言うなこの有様。なんか良い様に聞こえん」
楽しげに笑いながらサンドイッチを食べるハイゼンベルグ公ジェイク――前の仕事が押したらしく皇城よりこちらが近いと直行したらしい――の発言に、カイトが笑いながら肩を竦める。
「この有様で間違いなかろう。確かに、イリアの言う通り昔懐かしい光景と言えるな。思えばお主がマクダウェル公となってからは、こちらには滅多に訪れなんだ。本当に久しぶりかもしれん」
「私も、そう思いハイゼンベルグ公にお声がけを」
「うむ」
ここ暫くは落ち着く暇もなかったが、久方ぶりに旧友の家でゆっくりと出来ているからだろう。ハイゼンベルグ公ジェイクもかなり上機嫌だった。
「はぁ……まぁ、これでおおよそ当時の関係者が揃ったわけなんだが。それで話すのが昔話でもなんでも無くて政治と軍事の話とはね。なんとも面白みのない」
「貴族に面白みがある話を求めるのも、と思うがのう」
「そうなんだがね……」
元貴族が一人に現役の貴族が二人だ。しかも全員が揃って国でも最高位に近い貴族だ。これで子供じみた雑談に興ずるのもおかしな話だろう。というわけでハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に呆れながらもカイトは同意する。そうして、そんな彼は問いかけた。
「まぁ、良いわ。とりあえず仕事の話……合同軍事演習の視察。いつぐらいに出来そうだ? とりあえず明後日までこっちは確定だろ?」
「今の予定では明後日の夜に地球との実務者協議なのでのう」
今の予定では。やはり異世界である事もあり、厳密に時間が調整出来ない事はある。なので状況によっては二日ほどは時間を長めに設定していた。ここら今後はどうにかしなければ、とお互いに思ってはいるが技術的な問題ではどうしようもない部分が大きすぎて、今の所目処は立っていなかった。カイトが一週間の時間を見込んでいたのも、それに起因していた。
「そちらが終わって再びこちらの対応を協議し、次の予定を定め……正味で今週末に行ければ御の字かもしれんな」
「やっぱそうなるか」
「なんか急ぎで仕事でもあるの?」
見込み通りといえば見込み通りだが。そんな様子のカイトにイリアが問いかける。これにカイトは肩を竦めた。
「流石にこの年になって引き継ぎも無しで出て来るわけもない。全体的に抜けても問題無い様にしてるよ」
「ならどうしたの?」
「単に空いた時間はどうするかね、ってだけの話。オレは別に公職に復帰しているわけでもないからな。時間に余裕は割とある。オレが指示を出さないと駄目って状況でもないからな」
忙しいは忙しいが、それでもカイトは公の場に立てないが故にイリアやハイゼンベルグ公ジェイクほどではない。それどころか冒険部の仕事を抜くと、ユリィよりも忙しくないだろう。
「何? 忙しい方が良い? それならこき使ってあげよっか?」
「後々ガチで要らん事になるからやめれや」
「冗談よ、冗談。流石にあんたを連れ回してたら後々どうなるか、身に沁みて理解してるもの」
「あの時は凄かったよねー」
「ほんと、面倒よね」
ユリィの言葉にイリアが苦笑混じりに笑う。あの時、というのは現リデル公であるイリスが出生した時の事だ。色々と隠し子騒動が絶えないカイトだが、この時が一番凄かったそうだ。そして勿論、それ故にカイトも言っていたのである。
「はぁ……ま、そういうわけだから基本オレはこっち待機してるつもり」
「そ……」
「まぁ、お主はそれで良かろうて……それならいっそ一度ご家族に連絡を取るのも手といえば手であろうに」
「あー……それなら私もお礼言いたい所ね。あんたが抜けた後の数日、アイナさんとあの子達に世話になったし」
記憶と記録から消されていた期間であるが、この当時実はカイトとイリアは偶然にもまだラエリア王国と呼ばれていた頃のラエリアに居たらしい。
「そういえば……お主の妹らが偶然にもラエリアにおったとの事であったか」
「完全に偶然らしいがな。王都ラエリア防衛戦であの道化師が狂乱状態になってた、って話聞いたし」
「大精霊様が未来で起こされた行動を過去から見通すなぞ流石に出来るとは思わぬよ」
そもそもカイトさえ一切の容赦なく今まで未来から来た事を思い出せなかったのだから、道化師達も問答無用に思い出せなくても無理はない。ハイゼンベルグ公ジェイクはその時の事をそう思う。
というわけで、そんな彼も確かに世話になって結局あの後は記憶が封印されたりして碌な話も出来ていない事を思い出す。
「ふむ……であれば一度時間を作り話しておくと良い。イリアとて別に取り立てて急ぐわけでもあるまい」
「良いのですか?」
「はぁ?」
若干驚きつつも期待を滲ませるイリアに対して、カイトはしかめっ面だ。というわけで、そんな彼は
「今のイリアの姿であれば別にお主と共におっても大半の者には先代のリデル公とはバレはしまい。表向きは儂が気を利かせた事にするし、この理由であれば後に話が露呈したとて問題はあるまい」
「んー……まぁ……」
「何。嫌なの」
「まぁ、わりかし嫌」
イリアの問いかけにカイトは笑って頷いた。そうして、彼が尤もな理由を口にする。
「何が嬉しくて家族を貴族に会わせにゃならん」
「そういう話じゃないでしょ」
「いやまぁ、そうなんだけどさ」
わかってはいるが、妹と弟を誰かに会わせるというのは兄として嫌だったらしい。しかも相手は先代の公爵だ。それがわかっていて会わせようと思うのは中々稀だろう。というわけでそういった感情論を抜きにして、カイトが告げる。
「てか向こうの呼び出しやったりするの結構ムズいんだけど。向こうは向こうで色々とやってる中で時間調整して、こっちに影響しない様にして……しかも皇都の通信機だろ? 割りと調整の難易度ゲキムズだぞ」
「まぁ……それはわかるけど。てかあの子達。また何かに巻き込まれてるの?」
「色々とあるみたいよ、色々と。あっちはあっちで旧文明の遺産使ってる謎の組織の介入受けてるみたいだし……いや、あいつらっていうより地球文明って所らしいんだけど……アトランティスはマジでオレもわからんのよね」
うだー、とだらけながらカイトが若干投げた様子で答える。浬達が過去のエネフィアへと飛ばされたのは、まだ彼女らが契約者となる段階の話だ。なのでその後何があったかはイリアは当然知らないのであった。
「ふーん……まぁ、誰一人死んではいないんでしょ?」
「生きてるよ、全員」
「なら良いんだけど」
とりあえず生きているは生きているらしい。何があったかは定かではないが、それで十分といえば十分だった。
「というか、アトランティスって何?」
「地球の旧文明。この間『サンドラ』で謎の神様が出てきた話の報告は?」
「聞いてないわ」
「儂は聞いたのう」
やはりイリアはすでに一線を退いているからか知らず、ハイゼンベルグ公ジェイクは逆に外交官にも近いので聞いていたようだ。というより、とカイトが告げる。
「爺にはオレが直に説明したろ……あいつらの地球版。あれが滅ぼした文明がアトランティス。ルナリア文明って所か」
「……そんなの居るの?」
「どの世界にも居るさ……このエネフィアでもついに活動を開始した、って所だろう」
「で、その旧文明がそれが地球で活動を開始した、と」
「オレも本当に旧文明はわからん。ニャルラトホテプ達が滅ぼした、とは聞いたがな……その残滓が動く事はまずないと思うんだが……どこかがその遺産を見付けて使ってる可能性が高そうなんだよな……」
何かが起きて時の真王候補が殺された結果、これ以上の発展の可能性は認められないと判断された。カイトはアトランティス崩壊の理由をそう聞いていた。が、それ故にこそ彼はどこか半信半疑だった。そんな彼に、イリアが告げる。
「ふーん……色々とあるのね」
「まぁな……てな具合で若干調整がムズいんだよ」
「そ……それなら合わせられるタイミングで合わせて」
「結局やる確定なのね……」
「そりゃ、貴族として礼は言わないと筋が通らないわ」
カイトの呆れ顔に対して、イリアは貴族としての筋を語る。これに、カイトも最終的な了承を示した。
「はぁ……あいよ。やりますよ。ただ全員は期待するなよ。全員の予定を合わせてこっちの予定も合わせるなんて無理も良い所だ」
「それは期待してないわ。最低浬ちゃん一人で良いんじゃない?」
「あいつが嫌がるような気もせんでもないがな……まぁ、良いわ。やっとくわ」
どうにせよ調整はしておかないといけないだろう。カイトはイリアの言葉に了承を示す。というわけでそちらについてはこれで決定として、カイトは本筋に話を戻す。
「でだ……結局の所交渉はどうなんだ? 何か決まりそうか? ある程度の成果は出しておかないと、同盟もうるさいだろ」
「まぁのう……そういう面で言えば向こうも同じは同じ。年内にある程度の合意は得ておきたい、というのはどちらも思うておろうて」
当然だがこれは政治の話。どちらもある程度の成果を出しておかないと、他の国に何を言われるかわかったものではない。まだ異世界での通信機を開発した日本は開発した、という成果が上げられているので良いが、皇国側はそれもないのだ。何かしらの成果が欲しいのが実情だった。
「決められる内容なんて決まってるだろ。自由渡航の制限。それとそれに違反者が発生した場合の対応について……それを決めとけば初手は安牌だ」
「ははは……ま、それはそうであるが……言ってしまえばその際の引き渡しなどをどうするか。どの程度の効果を見込み、どういう組織で動くべきかなどが色々と厄介なのよ」
「わーってるよ……そのために、ユニオンも動いてるしな」
皇国が今後に備えて動いている事はバルフレアも知っている。なので密かにハイゼンベルグ家に向けて協力関係の構築は打診しており、ハイゼンベルグ公ジェイクもそれを踏まえて動いていた。が、これで問題になっているのは地球側であった。
「問題は、地球側なのよ。どうやって引っ捕らえるか……戦力が足りぬ様子でな……くくく。お主の顔色を伺いながら調整をやっておるじゃろうよ」
「あー……だーろうね」
現状、地球において超常現象に対応するのはカイトを筆頭にする裏世界の組織だ。しかも彼の場合世界的な組織の盟主にも近い立場にまでなっているため、全世界を範囲に含めるのであれば彼の協力は必要不可欠だった。故に外交交渉を行うにも彼の意向抜きには進められず、結果交渉が中々進まないのであった。
「ま、そこらも天桜が戻ればさっさと進められるかもしれんが……それ考えるとやっぱさっさと転移術の研究の目処を立てないとなぁ……」
「むぅ……確かに交渉を加速させる事を考えれば、それは必須か」
カイトの言葉にハイゼンベルグ公ジェイクも一つ唸って同意する。というわけで、少しの雑談を挟んだ三人は改めて貴族としての話し合いに臨む事になるのだった。
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