第2589話 リーダーのお仕事 ――来訪――
合同軍事演習開催に向けて冒険部としての支度に一区切り付けていたカイト。そんな彼は残る業務をソラと瞬に引き継ぐと、自身はマクダウェル公カイトとして皇都に入って皇帝レオンハルトやハイゼンベルグ公ジェイクといった皇国上層部の面々との間で日本との交渉や合同軍事演習に関するやり取りを行う事としていた。
というわけで皇都に入って即座にハイゼンベルグ公ジェイクとの間で近日中に行われるという日本との実務者協議に関する話を行った後。彼は昼からの再度のハイゼンベルグ公ジェイクとの今度は合同軍事演習に関する話までの空き時間でアウラ・ユリィのフロイライン家の面々でお茶会を開いていた。
そこに偶然連絡を入れた先代のリデル公ことイリアが興味を示した事により、昼前には彼女までフロイライン邸の庭園に腰掛けていた。が、そんな彼女にカイトは呆れていた。
「なんでお前若い姿なんだよ」
「何? 熟女の方が好みなわけ?」
「そういうわけじゃねぇよ」
やって来ていたイリアであるが、彼女はどういうわけか三百年前のリデル公としての姿でフロイライン家に来ていた。というわけで呆れるカイトに対して、彼女が告げる。
「ていうか、あんたが色々トラブル持ってくるから体力的に厳しいのよ。ぶっちゃけ、あんたの所為よ。いや、本当にイリスには悪いと思うわ……いえ、よく考えれば私の頃もこうだったような……」
「オレかよ」
「あんたでしょ。どう考えても」
確かに現在皇国が色々と忙しいのはカイトが色々とトラブルを持ってくるから、と言われても誰も不思議には思わない。こればかりは彼が生まれ持った性質のようなものなので、よしんば<<死魔将>>の復活がなかろうと変わらなかっただろう。というわけで、イリアがカイトの帰還以降起きた出来事を列挙する。
「えーっと? まず天桜学園の来訪に始まり? 『ポートランド・エメリア』の件? <<死魔将>>の復活? ああ、教国との和解もあったわね。あ、ラエリアの内紛もあったかしら。先代の女王様引っ掛けたっけ? ああ、そういえばメイドちゃん二人も一緒に食べたんだっけ?」
「なんか棘ない? ねぇ、棘無い?」
「さぁ?」
絶対棘あるよね。カイトは嘯くイリアの目が半眼になっている事に気づいていた。まぁ、前々から言われているが、もともとイリアはカイトの事が好きだった――これはカイトも知っている――のだ。
当時の情勢などからついぞ結ばれる事はなかったが、その想いは途絶えたわけではない。貴族の責務から解かれた事により、それが再び顕在化していたのであった。とまぁ、それはさておき。かつての姿で来た事により、フロイライン邸の様相は本当に三百年前に近くなっていた。
「んー……でもイリアがその姿で来てくれたら本当に昔みたくなっちゃったねー。カイト、昔に戻んない?」
「戻らねぇよ! てかなんでお前小型化してんだよ!」
昼前のお茶会では普通に大型化――仕事から戻ったばかりという事もあったが――していたユリィが気づけば小型化して机の上でクッキーを貪っていたのに気付き、カイトが声を荒げる。というわけで、そんな彼にユリィが告げた。
「こっちのが多く食べられるから」
「さいですか……って、ん?」
「ただいま」
「どこ行ってたかと思えば……」
「どうせなら」
イリアが来る前後で実は姿を消していた――なのでイリアをカイトが出迎えていた――アウラが抱えていた日向と伊勢に、カイトは盛大にため息を吐いて肩を落とす。アウラのどうせなら、というのはかつてはここに日向も居たからだ。
「クズハにバレない様にするの大変だった」
「言ってないんかい……はぁ……」
後で絶対クズハが拗ねる。カイトは何かしらの埋め合わせを考えねばとため息を吐く。とはいえ、彼としても自身もアウラも――更にユリィまで――マクダウェル領を離れている関係でクズハまで抜けられると非常に困るので、仕方がないと言えば仕方がなかった。というわけで、クズハへの何かしらの埋め合わせは後で考える事にした。
「まぁ、良いわ……兎にも角にも後は爺だけか」
「その前にお昼どうするー? 戻って食べる? こっち?」
「「あー……」」
「決めてないの……?」
呼ばれたは良いがまさか何も決めていなかったとは思っていなかったらしい。ユリィの提案にどうしようか悩むフロイライン家三人衆にイリアが盛大に呆れ返る。これにカイトはぼんやりと天を仰ぐ。
「まぁ、今日は天気良いし、このままこっちでよくね? たまには外での昼食も悪くないだろ」
「カイトはよく外で食べるような気もしなくもない」
「言うな。仕事柄しゃーないんだ」
ユリィの指摘にカイトは笑う。やはり冒険者。一度外に出るとそのまま何時間何日と戻らない事も少なくない。ほぼほぼ外で食べる事の方が多かった。というわけでいつも通りのフロイライン家三人衆に対して、イリアが問いかける。
「あんたら今もこんないい加減なの? 良い年なんだからもう少し落ち着きなさいよ、あんたら……」
「んなもんだ、ウチは。気楽に行こうぜ、気楽に」
「ん」
「だねー」
「変わらないわね、本当に……いえ、あんたはしょうがないかもしれない……わけないわ。あんたが一番駄目でしょう。成長しなさいよ」
「お前も結局そんな変わってねぇじゃねぇかよ」
ちょっとは落ち着いたかと思えば、これである。イリアの指摘にカイトは呆れる様に笑う。が、これにユリィが一つ指摘する。
「多分イリアの場合、肉体年齢に精神年齢が引っ張られてるんだと思うよ。長寿の種族って精神的な老いが肉体に作用して老いるけど、これって考えれば逆もまた真なりなんじゃないかな?」
「ふむ……確かにそれは一理あるかもしれんな……」
今のイリアからは明らかにカイトが再会した当初の壮年期のような落ち着きが失われている。これは単に気の持ちようにより、というよりも何か別の要因があると考えられた。というわけであながち間違いではないかも、と思うカイトにユリィが続けた。
「うん。本来精神的な老いって経験が増える事により感受性が鈍化してしまう事により起きるだろうからね」
「……つまりこいつの所為?」
「つまりカイトの所為」
「結局オレかよ!」
最終的に自分の所為という結論に落ち着いたイリアとユリィに、カイトは再度声を荒げる。が、これは実はイリア以外にも実証されている人物が一人居た。
「……でもハイゼンベルグのお爺ちゃんも最近元気というか若干肉体的に若く見える……多分これもカイトの所為」
「だから何でもかんでもオレの所為にしないで……ていうか、爺の場合はイクスの件もあるから普通に若返る方法ぐらい会得してんだろ。そもそもあの爺があの外見年齢を取ってる理由、ってあれだろ? 単なる貫禄がほしいってだけの政治的な理由だろ?」
「「あー……」」
それもあり得る。そしてイクスに振り回される結果、若いままという可能性もあり得る。カイトの指摘にユリィもアウラも思わず納得する。
「……イクス?」
「イクスフォス。初代皇王陛下……ティナの親父さん」
「……え、カイト。それ言って良いの?」
「イリアは爺から聞いてんだよ」
唐突な暴露にも聞こえる発言に驚くユリィであったが、これにカイトは首を振る。
「三百年前。因果の編纂で記録からは消えてるが、浬達が来てた事あったろ。あの時に爺から聞かされたんだと」
「封印されてたおかげで、この間まで忘れてたけど」
「浬達が試練を全クリした事とオレと再会した事で封印が解かれたみたいでな。この間の去り際にそういえば、で言われてびっくりしたが……」
実のところ、大精霊の試練によりカイトの妹達は一度三百年前のエネフィアに飛ばされた事があったらしい。そこでの事は封印され先ごろまで思い出せなかったらしかったのだが、封印が解かれた事によりそこであった事を思い出せる様になったのだ。
まぁ、それでも完全ではないらしいのだが、当時彼女らとどんな話をしたのか程度は思い出せる様になっていたのであった。
「びっくりはこっちよ……何気なしに浬ちゃん元気、って口走って自分で何言ってるかわかんなかったもの」
「うわぁ……」
その時の困惑っぷりが目に浮かぶ。イリアのため息にユリィは顔を顰める。それで結局その後はカイトの滞在が一時間伸びる事になったらしい。と、そんな彼女に対してそれならとアウラが問いかける。
「……ハイゼンベルグのお爺ちゃんは?」
「ああ、爺も同時期……っていうかオレとイリアから連絡を取ってそこではたと思い出したみたいだ。多分、オレが思い出せる様になった事でイリアの封印も解ける様になり、でな塩梅だろう。確かに、思えば浬らの試練が全て終わっている以上いつまでも記憶を封じておく意味はないからな」
記憶を封じられる理由はあくまでも未来を知られて過去を改ざんされる事を防ぐためだ。なので浬らが未来において試練を突破した時点でカイトらの記憶が封印されている意味がなく、解かれたのであった。後はきっかけとなるカイトとの再会により、というわけである。
「そういうわけ」
「なるほどねー……」
「あ、そうだ。浬ちゃん元気?」
「元気、と言われりゃ元気だな。最近はバスケより遊覧飛行にハマってるみたいだ」
「あー……あの子の羽、綺麗だったわね」
浬の羽。これは勿論天族のような羽ではない。浬の習得している飛空術は適性の関係で概念型らしく、飛空術の展開時には羽が現れるらしかった。と、そんな事を話しているとサンドイッチが届けられて、昼食となっていた。
「はぁ……本当にこうしてるとヘルメス様がいらっしゃった頃に戻ったようね」
「そうだな……ああ、そうだ。ディルクトさんは息災変わりないか?」
「流石にもう老年よ? まだ死にはしないだろうけど……流石に後五十年は生きないでしょう」
ディルクト、というのは三百年前の戦争時代にイリアの護衛を担っていたリデル家の兵士だ。当時様々な理由からリデル家内にあまり味方の居なかったイリアの数少ない味方だった。浬達の事を思い出したので、その当時一緒だった彼の事を思い出したのである。
「そうか……ま、今元気なら何よりだ」
「そうね……」
どうやらイリアもなんだかんだ言いながらもフロイライン家の空気を気に入っている――というか気に入り過ぎてあらぬ噂まで立てられたわけだが――ようだ。のんびりとした空気が流れていく。そうして、結局イリアが来ても何も変わることなく時間は流れていき、ハイゼンベルグ公ジェイクの来訪を四人で待つ事になるのだった。
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