第2587話 リーダーのお仕事 ――フロイライン邸――
※なろうの仕様により100個以上の章立てが出来ないみたいなので、暫く?章立ては無しでご了承ください。
エンテシア砦近郊に設営されているという演習場にて行われるという合同軍事演習。その開幕まで幾ばくもないというタイミングで、カイトは皇都からの呼び出しを受けて――自身の思惑もあったが――急遽皇都へと向かう事になる。
というわけで、後の事をソラらに任せた彼はティナらから預かった書類を手に皇都へと向かう飛空艇に乗り込んでいた。が、乗り込んだのはあくまでも対外的に言い訳として必要なだけで、別に飛空艇で呑気に揺られて移動する必要はなかった。
「ふぅ……とりあえずこれで完了と」
もう何度目だろうか。カイトは飛空艇に乗り込むと同時に内情を理解している添乗員に告げて部屋に入り、一息吐く。そもそも、皇都には彼のもう一つの実家と言えるフロイライン邸が存在している。そこに彼が転移術で使うためのマーカーを設置していないわけがなかった。
「さて……」
気配を辿り、フロイライン邸へ繋がる魔力の流路を見つけ出す。そうしてそれを頼りに転移術を起動させると、それだけで次の瞬間に彼はフロイライン邸に移動していた。と、そんな彼に一足先に皇都に入って各種の調整を行っていたアウラが声を掛ける。
「カイト」
「おう。なんか変わりあったか?」
「んー……特に何も」
カイトの問いかけにアウラは少しだけ虚空を見上げ、しかし何もなかったのか首を振る。
「そうか……はぁ……飛空艇よりこっちのが落ち着くな……」
「自分の家だから」
「だな」
なんだかんだカイトにとっては慣れ親しんだ実家にも等しい。エネフィアに来てからの半年、すなわち地球時間であれば二年分はここで過ごしている。終戦後は終戦後でカイトへの対応が固まる間はここで生活していたし、年に何ヶ月分かはこちらで過ごしていた。落ち着くのも当然だろう。
というわけで皇都に到着した彼はひとまず自分の部屋とは別。フロイライン邸に設けられている自分用の執務室へと移動する。そうして自分の椅子に腰掛け、彼はわずかに目を細める。
「今更なんだが……ここで爺さんは何やってたんだろうな」
「……わからない。気にした事なかった」
「だな……」
本来、ここはヘルメス翁の執務室だった。更に前にはアウラの両親が執務を執り行う部屋だったが、彼らの死後はヘルメス翁がアウラの成人まで執務を代行していたのだ。
「……ま、それは良いか。とりあえず……まずはハイゼンベルグの爺に連絡と」
「ん。到着したらすぐ欲しいって」
「あいよ」
基本的に日本との交渉において、時間はどうしてもおおよそでしか合わせられない。が、逆に合わせられるタイミングで合わせないと次に何時会合が持てるかわからないため、決め打ちが出来るタイミングでは実行したいのだ。
というわけで、日本との交渉に関してはハイゼンベルグ公ジェイク、カイトの両名に対して皇帝レオンハルトとの予定より優先すべしと勅命が出ていた。なのでカイトは専用回線を開くと、相手の応答を待つ事にする。
「……ああ、爺。オレだ」
『なんじゃ。早い到着じゃな』
「移動の時間を如何に削るか。伊達に神速だのなんだのとは言われちゃいないぜ」
『ははは……まぁ、良い。とりあえず到着したのであれば、早速話を始めるとするか』
「そっちは問題無いのか?」
『こちらもお主と同じようなものよ。忙しいは忙しいが、人が動かせるが故に別に儂が動かぬでも良い。それに対してこちらは儂が動かねばならぬ話。優先するべきはこちらよ』
ここらについてはカイトももともとハイゼンベルグ公ジェイクやウィルに学ばされた事だ。それを教え込んだ側が忘れているとは思えなかった。というわけで、カイトも聞くだけ聞いただけなので特に突っ込む事もなく話を開始する。
「で……現状は? 流石にオレも外交交渉にゃ主体的には関わらせてくれないからな」
『交渉の場でお主を見た気がするがのう』
「オレねぇ……」
交渉の場にカイトの姿があった。そんなハイゼンベルグ公ジェイクの言葉にカイトは笑う。これに、ハイゼンベルグ公ジェイクも笑った。
『ややこしい立場ではあろうが……』
「あはは。日本じゃ日本で裏の顔役やってるからな。現状、オレが居なきゃ日本の裏世界はまとまらない。いや、ぶっちゃけると地球の半分ぐらいがそうなっちまってるんだが」
『ややこしいが、他所様の世界の歴史にとやかくは言わんよ』
「オレも言える立場にゃないよ」
所詮カイトとて今の時代に生まれた者だ。地球の現代文明の数千年の歴史から見れば数十分の一も生きていない。裏と表に分かれる事になった経緯などについては歴史として知っていても、それについてとやかく言えるわけではなかった。
「ま、それはともかくとして……多分度々オレは関わらざるを得んだろうが、基本は何も言わんだろう。単なる裏方の顔役である以上、時として参加しなければならないって話だろうからな」
『今のところ、確かに何も発してはおらんな。挨拶の時に一度だけか』
「そー」
地球に居るカイトというのは、カイトの使い魔だ。彼は彼の述べた通り日本の裏の顔役。何かしらの事情により自分が動かないとマズい状況は発生するかもと思っていた彼は、こういった場合に備えて使い魔を残しておいたのだ。
『興味無い、と』
「ねぇよ。イクスの妹とウチの体術と魔術の師匠から定期的な報告は受け取ってる。あの二人、本気で異世界と国外って何が違うの? とでも言わんばかりの様子で転移しまくるからなぁ……」
それでついでだから、と近況報告までしてくれるのだ。しかも誰に迷惑が掛かるわけでもないため、カイトとしてもなんとも言えなかった。
『そこら、イクスの奴も同様かもしれんのう……』
「最近、別にオレももう戻って良いんじゃないかな、とか思い始めたわ」
『ははは。それが出来るのが、お主の強みか』
「まぁなぁ……っと、そんな雑談はどうでも良い。とりあえず本題だ」
先にも言われているが、時間が無い事は事実だ。なのでカイトは気を取り直して改めて日本との交渉に関するやり取りに戻る事にするのだった。
さてカイトが皇都に到着して数時間。ハイゼンベルグ公ジェイクとのやり取りを終えたカイトは久方ぶりの皇都のフロイライン邸で過ごしていたのだが、午後も良い時間になると彼はフロイライン邸の庭に出て優雅に紅茶を飲んでいた。
「久しぶりだな、ここでこうやって紅茶を飲むのも」
「んー……いつぶり?」
「フロイライン邸だと……秋口に全員が揃って涼しくなってきた頃に飲んだぐらいか。その後は忙しかったから飲んでないな……そっからは寒い日も多くなってきたしな」
もう冬が随分と近くなり、油断していると寒さで身体を壊す事も多い日が続く様になってきた。冒険部でもすでに防寒着などの冬に向けた準備が本格化しており、フロイライン邸に邸内の気温をコントロールする魔術があっても限界が近い様子だった。
「そういえば……ここって気温の完全コントロールはしてないよな?」
「ん……お爺ちゃんがしない、って決めてたから」
「だよな……」
三百年前もそうだったし、なんだったらこの屋敷が作られた七百年前からもそうだったという。カイトはヘルメス翁から聞いていたフロイライン邸の話を思い出す。
「身体をある程度環境に慣らさないとだめ、って話だったと思うんだが……それ故に今年ももう今回が最後かね」
「ん。多分最後」
カイトの言葉にアウラもまた同意する。実は貴族の中には邸内の気温を完全にコントロールして、常春の気候の状態にしているという貴族も少なくない。
が、フロイライン邸は違うしマクダウェル邸もまた同様にそこらの操作はしていなかった。無論、彼らの技術力なので出来るし、機能的には備えている。マクダウェル家だと公共施設の役割も兼ねているので、常時ある程度のコントロールを行ってはいる。単に完全にコントロールはしていないだけだ。それはさておき。それ故にこそこれが最後かも、と思うとカイトは少しだけ残念そうだった。
「ふぅ……最後と考えれば皆も一緒に、と思うのは強欲かね」
「来年は皆一緒に」
「だな……」
今年は色々とあり過ぎて、どうしても忙しくなり過ぎた。今もまた忙しい。来年には全て片付けて、のんびりとお茶会でもしたい所であった。というわけで、そんな願望を胸にいだいてカイトはスコーンを頬張った。
「……ふぅ。なんか二人で飲んでると、大昔を思い出すな。爺さんが居て、姉貴が居て……皆が居た頃……」
「もう大昔」
「そうだな……オレにとっても、もう大昔だ」
かつて自分を庇護してくれていた者たちが去ったのは、自分の人生の半分より更に前だ。ここでのお茶会はあまりに他愛もない日常だったためか、もうおぼろげにしかカイトも思い出せなかった。
「……あ」
「どした?」
「お爺ちゃんのお墓……イクスフォス様が案内して、って言ってたの忘れてた」
「あー……」
イクスフォスにとってヘルメス翁とは自身の庇護者に近い存在だったらしい。なので彼が死んだと聞かされた時には大いに泣いたらしいし、お墓には必ず顔を出すと言っていた。
が、どうしても以前戻って来た時はティナの件があったし、彼自身立場上そう安々と顔を出せるわけでもない。なので頃合いを見付けて墓参りしたいそうなのだが、まだ都合は付いていなかった。と、そんなアウラの言葉にカイトが告げる。
「それなら三百年前時点で案内した事があったから、場所はわかってると思う……何より行く前にはハイゼンベルグの爺に一声掛けるだろうし」
「そう?」
「絶対」
なにせ自分で無才という男だ。何か忘れていたりした時に備えて、誰かしらに何かをすると伝えている事は多かった。出来ないからこそ、フォローを頼むという術を彼は学んでいたのである。
「そ」
「おう」
基本的に、この二人だけの時は何かを話す事が少なかった。第一にアウラは口数が少ない事と、カイトも実はそこまで率先して話す方ではないからだ。無論これはどちらも無愛想というわけではないが、時と場合などに応じて話をするような性質であるため、という事が多いのであった。と、いうわけで穏やかな時間が流れるわけであるが、やはり彼らだ。いつまでも静寂が包んでいる事の方が少なかった。
「ただいまー。ユリィちゃんご帰宅でーす。あ、カイト到着してたの?」
「うぉ!?」
「……びっくりした」
唐突に現れたユリィに、カイトが目を丸くして声を上げてアウラがそれにびっくりする。というわけで、カイトはユリィに問いかける。
「え、なんでお前がこっちに?」
「え、なんでって……私カイトが来るより前からこっち居たんだけど」
「え、オレ聞いてない」
「……言ってなかったっけ」
こてん。アウラはいつもの様子で小首を傾げる。アウラが驚いていない所を見るに、彼女は知っていたという事で間違いないのだろう。というわけで、ユリィが教えてくれた。
「はぁ……まぁ、いつもだから良いんだけどさ。私は皇都の大学に招かれて普通に仕事だよ。後は大学の日本文化研究室やらから招かれて、色々と」
「あー……お前がそっち担当してくれてたもんな……」
再びの会合が近いとあって、ハイゼンベルグ家から要請――公にはカイトは居ないので別に依頼している――を受けたのだろう研究室が行う日本の戦略はどうするだろうか、という研究も大詰めを向かえていたのだろう。カイトがこちらに呼ばれている以上、ユリィが呼ばれない方が不自然だった。
「はぁ……ま、それならちょうど良いや。時間はあるのか?」
「うん。今日の午後のお仕事はこれで終わりかな。今日はパーティも無いし」
「そか……あ、そっか。そういや三日後のパーティにお前参加する、って言ってたっけ」
「あ、うん。で、数日前からこっち居るねー、って」
「そうだったそうだった……なんだ。もう来てたってだけか」
そういえば聞いていたな。カイトはユリィが参加するパーティに自分も呼ばれた――今回来る事になったのでせっかくならと呼ばれたのだ――事を思い出し、その際に遅くとも数日前にはこちらに来ると言っていた事を思い出した。というわけで、そこからはフロイライン家の三人で優雅に午後の紅茶を楽しむ事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




