第2575話 様々な強さ ――激突――
皇国主導で行われる合同軍事演習に参加するべく、最終調整を行っていたカイト率いる冒険部の面々。その中でもカイト、ソラ、瞬の三人は最後の戦いとしてカルサイト、ソーラ、カナンというエネフィア出身の冒険者の中でも一際戦闘力と経験値が高い三人との間で模擬戦を行う事となっていた。
そこでソラの要請でカルサイトとカイトが戦う一方。ソラと瞬はというとソラはカナンと空中戦。瞬は地上で黒竜化したソーラと破壊を撒き散らしながら戦っていた。というわけで、瞬がソーラへ肉迫するタイミングを見計らっていた頃。こちらの戦いが一旦は落ち着いた事でソラとカナンが改めて仕切り直しとなっていた。
「ふぅ……」
「はぁ……」
瞬とソーラの戦いに驚きを浮かべていたソラであるが、あちらが落ち着いた事により一度息を吐いて再度集中。その一方でカナンは驚きはしたものの至って平静といった様子で、どちらかといえば熱に浮かされ暴走しそうになる自身を抑えるかの様に若干熱を帯びた吐息を吐いていた。
「……」
やっぱ物凄い強い。<<月の子>>としての力を解き放ったカナンを見ながら、ソラは落ち着きを取り戻した内心でそう思う。
確かに何度かカイトやティナから万が一の場合の切り札としてカナンを使う様に言われていたが、それでも自身が思っていた以上だと言うしかなかった。
(てかアニメや漫画じゃないんだから空気蹴って飛ぶって何よ……力技も良い所だろ……)
どうやら今は背中に生えた真紅の翼で飛んでいる様子だが、ソラは先の一幕を思い出して獣人をも更に上回る身体能力に舌を巻く。あの身体能力をマトモに受ければ、その時点で致命的だろう。
「<<偉大なる太陽>>。一個聞いて良いか?」
『なんだ?』
「<<月の子>>? ってのは月があった方がやっぱ強いのか? ぶっちゃけると太陽の影響下だと弱くなるとかない?」
『無いな……あれはシャルロット様の加護を強く受けているというだけの話だ。月下では強くはなるが』
つまりこのまま時間が掛かって夜になった瞬間、手に負えなくなるのか。ソラは朝からの戦いで良かったと内心胸を撫で下ろす。とはいえ、ある意味ではだからなんだと言うしかない。なぜなら、昼日中でもカナンは十分に強いからだ。
「ふっ」
どんっ。まるで空気が圧縮され解き放たれたかの様な轟音と衝撃と共に、カナンが一瞬でソラへと肉迫する。これにソラは咄嗟に盾を構えて、カナンを迎え撃った。
「はっ!」
「ぐぅ!」
さっきまでの何倍の出力での殴打に、ソラは思わず顔を顰める。ナイフを主兵装とするカナンが斬撃や刺突ではなく打撃。それには勿論理由があった。
ソラは知る由もないが、ちょうど瞬へと酒呑童子が教えた硬い相手には打撃を有効に使え、という話と同じだ。硬い相手であればこそ、カナンは内部に浸透させる打撃を放つ事にしたのである。
そうして盾を介して響く衝撃に顔を顰めたソラであるが、こういう訓練は受けている。なのでしびれる腕を堪えながらも、吹き飛ばす様に左手を振った。
「ぐっ、うぁらあ!」
「きゃっ!」
「はぁ!」
一旦距離を取らせたソラであるが、そのまま容赦なく<<偉大なる太陽>>で斬撃を繰り出す。そうして放たれる黄金色の斬撃に対して、カナンは空中で即座に急制動。背に生えた真紅の輝きを腕に纏うと、黄金の斬撃に対して貫手を放つ。
「マジか!」
「ふっ」
『呆けるな! 来るぞ!』
自らの斬撃を切り裂いたカナンの刺突に驚きを浮かべたソラであったが、<<偉大なる太陽>>の言葉にハッとなって飛空術を使って距離を離す。そうして彼がその場から移動したとほぼ同時に、カナンが元々彼の居た場を貫いていた。
「……ふぅ」
「やっべ!」
来る。自分がカナンが身を屈めたのを目視すると同時に僅かな呼吸音が響いたのを受け、ソラは大慌てで再度盾を構える。現状ではカナンの速度はソラを大きく上回る。防御役として動体視力や反射神経はギルドでも有数の彼でもギリギリ反応を間に合わせられる程度だった。そしてそれだけの速度なのに、威力はソラが防御の上からでも顔を顰めるほどだった。
「ぐっ!」
ミシミシ。そんな音でも聞こえそうなほどに、ソラの腕に負担が伸し掛かる。これにソラは歯を食いしばり堪え、再度押し返した。
「はぁ! はぁ……っぅ」
キツい。ソラはしかめっ面をしながらも痛みでだんだんと荒くなる呼吸を宥めながら次の一手を探る。
(怖いのはこれでまだ全然本気じゃない、って所だよな……)
思い出すのは、かつて語られていた<<月の子>>の覚醒段階の事だ。基本カナンがソラ達の前で使うのは第一段階の『焔華』。これは本当に初期段階なのか、今では力にも振り回されず大人化しなくても大丈夫になったらしい。強いて変化が見えるとすれば炎の様に見える『焔髪』が現れる程度だろう。
(えっと……なんだっけ。先輩の封印の話聞いた時に魅衣が言ってた……確かカナンも基本暴走しない様に呪符で力を抑制してる、だっけ……封印……解いてないんだよな? それでこれかよ……)
基本この呪符の調整などは色々とあって魅衣かカイト――より正確にはカイトが保護している玉藻の前の一体――がしている、というのを魅衣を介してソラは聞いた事があった。そうして、彼は可能な限りカナンの情報を思い出す。
(えっと……確か<<月の子>>には覚醒段階があって、俺らが見てたのは第一段階だって話だよな……えっと……第二段階で確か魔眼が発露するって話だっけ……第三……なんだっけ……)
やっべ。思い出せねぇ。ソラはかつて自分が話半分にも聞いていなかった事を悔やむ。なお、第三段階は『緋ノ翼』を得る『血解』だ。この状態になると、今の様に空中を自由自在に飛び回れるのであった。
ある意味では今のソラと同じ様に、本来飛空術が使えなくても外側から――カナンは内側からだが――飛翔の概念が付与される事で擬似的に飛空術を使える様になる、という事であった。そしてなればこそ、振り払われたカナンは体勢を立て直す。
「ふっ!」
どんっ。再度空気が爆発する音と共に、カナンが虚空を蹴って飛翔する。そうして一瞬の後にはソラへと肉迫し、再度拳を彼の盾へと叩き込んでいた。
「ら……ら……」
「?」
『む! いかん!』
まるで歌うように。カナンの口から溢れる獣の鳴き声にも似た声に、ソラは気付く。そうしてまるで踊る様に軽やかに、カナンが身を捩って超速での回し蹴りを放った。
「っ、<<輝煌装>>!」
これが最悪の悪手である事は、ソラも承知の上ではあった。が、今のカナンの速度はあまりに速かった。なにせソラを襲う衝撃が彼を突き抜けるより前に、カナンは回し蹴りの体勢に移っていたのだ。今の彼で対応できるわけがなかった。
というわけで、<<輝煌装>>という動けなくなる一手を使ったソラへと、カナンはまるでそれを突き崩すつもりかの様に超超速の連撃を叩き込む。
「ら……ら……らー」
まるで踊り子が興が乗って踊りながら口ずさむ様に。カナンは舞い踊る様な連撃をソラへと叩き込む。そうしてまたたく間に数百の連打が叩き込まれた所で、強撃が迸った。
「ぐっ!?」
マジかよ。強撃により地面に叩きつけられたソラは、<<輝煌装>>の上から響いたダメージに驚愕する。今までどんな相手にもノーダメージかそれに近い状況に持ち込んだ<<輝煌装>>が、押し負けたのだ。
直撃していればどうなったか。想像もしたくなかった。と、そうして地面に叩きつけられた彼が生み出した衝撃波が、今度は瞬とソーラの戦いを動かす事になる。
『っと』
「っ」
<<輝煌装>>の上からダメージを与える様な一撃だ。その落着の衝撃も並のものではなく、それにより生み出される揺れも尋常ではない。故に地面は大きくめくれ上がり、巨体を誇るソーラもバランスを崩したのだ。
それを受け、<<雷炎武>>の効力による体重軽減の結果受ける影響も低減された瞬がソーラへと攻め込んだ。
『おらよ!』
稲妻の様にめくれ上がった岩盤の上を縫って攻め込んできた瞬に、ソーラはめくれ上がろうとする地面を強引に踏みしめ押し込みながら殴り掛かる。が、元々が無理な姿勢での殴打だ。かなり斜めになっており、瞬が抜けるのは容易だった。
「おぉ!」
ソーラの拳の下を抜けながら、瞬はクロスカウンターの様に自らも拳を振るう。そうしてがんっ、という音が鳴り響いた。
「いっ!」
『っとぉ! あっぶね』
どうやら瞬の攻撃は上手く決まらなかったらしい。いや、直撃は直撃していたのであるが、酒呑童子が言った様に内部に浸透する様な打撃ではなかった、というわけだ。なので瞬が拳を痛めるだけでソーラは強固な竜の鎧に阻まれ大した痛痒はなかったらしい。というわけで、肉迫してきた瞬へと今度はソーラが拳を振るう。
『おらよ!』
「ふっ! はっ!」
放たれた巨大な拳であるが、やはり速度であれば瞬の方が速かった。なのでソーラの拳を目視してから回避するのは瞬には造作もない事だった。だったのだが、瞬は流石にこの間合いから距離を取りたくはなかったようだ。ボクシングのスウェーの様に身を捩って回避する。そうして真横を通り抜けた腕を掴んで、背負投げの様にソーラを投げ落とす。
『うぉ!』
「おぉおお!」
地面に叩きつけたソーラへ向けて、瞬は容赦なく拳を叩きつける。どうすれば良いかわからないので、とりあえず思いついた事をやってみる事にしたらしい。そうして地面がめくれ上がるほどの衝撃が叩き込まれるのであるが、これは若干だがダメージは通ったようだ。
『ぐっ! いってぇな! はぁ!』
「くぅ!」
わずかに走った痛みに顔を顰め、ソーラが全身に力を込めて魔力を解き放つ。そうして放たれる圧力に跳ね除けられ、瞬はわずかに吹き飛ばされる事になる。
「ちっ……今のは良い一撃だと思ったんだが」
それでも何かが違う気がする。瞬は自分が思っていたのとは少し違う手応えに、わずかに顔を顰める。そんな彼であるが、地面に叩きつけられた事でなんとか<<輝煌装>>を解除する事の出来たソラとカナンの戦いを横目に見つけた。
(殴打?)
カナンの主兵装はナイフだったと思うんだが。瞬は一瞬だけ垣間見えたソラとカナンの見て、そう思う。無論自分との戦いでもナイフだけでなく素手も使っていたので普通に考えれば違和感なぞないのだが、瞬には何かが気になったらしい。
(……ソラに届いている?)
確かにあれほどの威力であれば無理もないのかもしれないが、それにしたって重武装のソラがダメージを負いすぎている様な気がする。瞬はソラの苦い顔を見ながら、僅かな興味を抱く。と、そんな彼であるが、よそ見をしているのをソーラが許してくれるわけがなかった。
『よそ見してんなよ!』
「っと! すいません!」
今は模擬戦の最中だ。実戦でもよそ見は厳禁なのに、模擬戦だからと許されるわけもない。そして瞬もいつもなら、混戦の最中でも敵を前によそ見をする事はない。が、何かが気になってどうしても視線がそちらへ吸い寄せられてしまったのである。
(俺の打撃とカナンの打撃……何が違う?)
何かが違うはずだ。瞬はソーラの攻撃を躱しカウンターで殴打を叩き込みながら、自身とカナンの打撃の差をすり合わせる。そして彼は一瞬だけ、カナンの打撃がソラの盾を打つ瞬間を目の当たりにした。
「っ」
そうか。瞬は自身の拳打とカナンの拳打の差を理解する。
(あれは体術による拳打……きちんとした道理に沿った物か)
おそらくカナンが十数年の旅路で先輩冒険者から教わった武芸だろう。瞬はカナンの体捌きからそう判断する。そしてそうなると流石に一朝一夕では習得や真似は無理と彼も理解するのであるが、ソーラを攻略するのであればわずかでもそれを身につける必要があった。というわけで、彼はソーラと戦いながらなんとかカナンの体捌きを見覚えるべく苦心する事になるのだった。
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