第2574話 様々な強さ ――激突――
皇国主導の合同軍事演習に参加するための最終調整として行われていた冒険部での小規模な遠征。その最終局面としてカイトは瞬とソラの二人と共にカルサイト、ソーラ、カナンの三名との雪原での演習を繰り広げていた。
そこでカイトはソラの要請を受け、ソラと瞬では経験値の圧倒的な差から勝ち目がないカルサイトを引き受ける事になり、一方のソラと瞬はカナンとソーラのペアとの二対二の混戦にもつれ込んでいた。というわけで、少し離れた所で繰り広げられる四人の戦いをカイトは横目に見ながらカルサイト相手に魔術を放っていた。
「ふむ……」
「お前な……せめて敵には集中しろや」
「あっはははは。失礼しました……やって良いんですか?」
「やめろ」
カイトの問いかけにカルサイトは鞭を振るいながら笑って否定する。先にカルサイトが言っているが、カイトとカルサイトではカイトの方が圧倒的に優位だ。
それは喩え身体能力を制限しようと、彼の戦闘スキルにより変わらない。というわけで、一応苦言は呈するがカルサイトとしても本気では言っていなかった。
「でしょ? それにオレ達の実力から考えれば別によそ見してても戦えはしますし……オレが本気ならここで更に別の手札を入れてますしね」
「ま、お前さんの場合はそうだわな」
あくまでもカイトに求められているのはカルサイトの足止めだ。ソラも瞬もカルサイトに勝てない事がわかっている。かといってカイトが勝っては意味がない。それをカルサイト自身もわかっており、カイトが勝つつもりの無い事は一目瞭然だった。というわけで、一つ息を吐いて彼もまたソラ達を見る。
「はぁ……にしても、よくもまたあそこまで特異な奴らが集まったもんだ。カナンの嬢ちゃん、伝説の<<月の子>>なんだって?」
「ご存知でしたか」
「おいおい……兄貴は考古学者だぜ?」
カイトの言葉にカルサイトが笑って思い出させる。ブロンザイトが本業は考古学者であった事は彼の葬儀の折り、カイトが見知っていた彼の弟子が考古学者としての弟子と述べていた事からも明白だろう。そこから伝説的な存在である<<月の子>>の事もカルサイトは聞いていたのだ。
「あはは……そうですね。特異な奴らが集まった……といってもあれは全員上澄みですよ」
「上澄み、ね……」
その上澄みにしたって特異過ぎると思うんだがね。カルサイトはソラ達を見ながら、そう思う。実際、齢十数歳で神剣を引き継いだソラは間違いなく特殊過ぎるし、転生でさえ失われない自我を持つ過去世を有する瞬もまた特殊過ぎる。ソーラやカナンの二人も言うまでもないだろう。
「……」
やっぱりカイトはそういった存在を引き付ける運命にあるんだろう。カルサイトは魔術を自身に向けて放ちながらもソラ達の観戦を行うカイトを見る。
やはり誰よりも、何よりも特殊な存在なのは彼だろう。その彼が特殊な境遇にある者を引き寄せている。そう思うばかりであった。というわけで、カルサイトはカイトの魔術を鞭で切り裂きながら、自身もまたソラ達の観戦に移るのだった。
さてカイトとカルサイトの二人が適当に戦っている風を装いながら、時間を潰していた頃。ソラ達はというと一旦は様子見となった両者であったがソーラが真の力を解き放つ事を決めた事により全員が改めて本気になって戦う事になっていた。
『おっしゃ……じゃ、行くぜ』
まるで軽い様子で、ソーラが告げる。そうして巨大な竜人と化した彼は先程までは身の丈ほどだった大剣をまるで片手剣の様に右腕一つで軽々と振り下ろした。
「はっ!」
「とっ!」
積雪を撒き散らし地面を切り裂いて突き進む斬撃に、瞬とソラは同時にそれぞれ斜め前の空中へと躍り出る。そうして空中へと躍り出た瞬はそのまま投げ下ろす様な格好で魔力で編んだ槍をソーラへ向けて投げ落とした。
「おぉおおお!」
『っと! おらよ!』
放たれる渾身の一撃に、ソーラは空いている左手に漆黒のモヤの様な力を纏わせて殴り付ける。そうして数瞬の競り合いが行われるのだが、流石は厄災種の力という所だろう。瞬の槍が耐えきれず砕け散る。が、それで問題はない。瞬の目的は単なる牽制。次の一手に移るためのものだ。
その一方。地面に着地した瞬とは対照的にソラが空中に躍り出ると同時にカナンもまた地面を蹴っており、両者は空中で激突していた。
「はぁ!」
「っと、やべっ!」
一瞬で肉迫してきたカナンに対して、ソラは<<偉大なる太陽>>の第一解放により擬似的に使える様になった飛空術を利用して更に空中へと舞い上がる。そうして黄金の輝きを撒き散らし舞い上がった彼へと、カナンは虚空を踏みしめて追いすがる。
「やっべ! マジ速い! なんか<<月の子>>ってのの攻略方法とか無いのか!?」
『無い! <<月の子>>なぞ、我の歴史の中でも数人しか知らん! あの領域になれば記憶に無いほどだ!』
「マジかよ!」
カイト達から非常に珍しい存在であると聞いていたソラであるが、<<偉大なる太陽>>がカナンほどの存在は知らないと言うのにびっくりしていた。
まぁ、完全な<<月の子>>は伝説にしか残っていない様な存在だ。月の使徒であるカイトが見た事もない、というぐらいなのだから太陽に纏わる神器が知らなくとも無理はなかったかもしれなかった。
「っと!」
振り返ってみればすでに射程圏内だったカナンに向けて、ソラは<<偉大なる太陽>>を振るって牽制する。そうして放たれる黄金の斬撃の上を通り抜け、カナンは叩き落とす様にして踵落としをソラへと放つ。
「はぁ!」
「うぉ!?」
流石にこんな一撃をマトモに受けちゃいられない。そんな様子でソラは身を捩り、真紅の蹴撃を回避する。そうして真横を通り過ぎた踵落としの衝撃に顔を顰めながらも彼はカナンに向けて剣戟を放とうとしたが、その前にカナンが次の攻撃に移っていた。
「はっ」
「っ」
マジか。踵落としから一瞬で身を屈め、飛び掛かる様な動作で襲いかかってくるカナンにソラは目を見開く。が、これにソラは盾を前に突き出して激突を受け止めると、そのまま腕に力を込めてカナンを吹き飛ばした。
「おらぁああ!」
「っ」
「おまけだ!」
力技で吹き飛ばした所に、ソラは容赦なく<<偉大なる太陽>>の斬撃を叩き込む。そうして放たれる黄金色の斬撃に対して、カナンは空中で回転しながら姿勢を整え真紅の羽を羽ばたかせ強引に制動を仕掛ける。
「はっ!」
一瞬で制動を仕掛け、衝撃波を撒き散らしながらカナンが急停止する。そうしてそのまま彼女は真紅の輝きを腕に浸透させ掌底を放つ様にして黄金の斬撃を受け止めた。
「っ」
マジかよ。再度、ソラは唖然となる。確かに苦し紛れの一撃だったので本気とは言い難いのだが、それでも<<偉大なる太陽>>の一撃だ。それを片手一つでああも呆気なく受け止められるとは思ってもいなかった。が、少なくとも足は止められたのだ。故にソラは次の一撃を放つべく力を溜める。が、その次の瞬間だ。真下から立ち昇った真っ黒な輝きが彼の目の前を通り過ぎた。
「は?」
『凄まじい』
流石の威力に<<偉大なる太陽>>も驚きを隠せなかったらしい。そんな彼が見た真下では、瞬とソーラが激突していた。
「っ」
速い。が、俺よりは遅い。ソーラと戦う瞬であるが、そんな彼は数度ソーラの攻撃を見てそう判断を下す。やはりソラの考えた通り、瞬であればソーラの攻撃を掻い潜る事は不可能ではなさそうだった。だがだからといって攻略が可能だったかと言われるとそんなわけがなかった。
(が……なんだ、この硬さと威力は)
正直な所を言えば、ここまでとは思っていなかった。瞬は素直に自身がソーラを甘く見ていた事を認める。戦闘力であれば自分の一つ上を行くだろう。彼がこの演習の後、そう語るほどだった。
「はっ! っ」
ソーラの攻撃を掻い潜り、その内側に潜り込んで瞬はソーラの身体へ槍を突き立てる。が、それに顔を顰めたのは他ならぬ瞬その人だ。
『おらよっと!』
「っと!」
顔を顰めた瞬に向けて振り下ろされる巨大な足に対して、瞬は即座に地面を蹴って距離を取る。確かに、ソラの見て取った通り瞬であればソーラの一撃を掻い潜りながら攻撃を仕掛ける事は出来た。出来たが、如何せんソーラの肉体が硬すぎた。よほど渾身の一撃でなければ攻めきれなかった。
(どうすれば良い? 流石にあの一撃を掻い潜りながら力は溜められない)
結果的とはいえソーラとカナンを分断出来たのでこれでソーラ一人に注力できる。そう当初考えた瞬であったが、その実状況は先程より悪化している様に彼には思えた。
力を溜めるには速度を落とすしかないが、そうなれば今度はソーラの一撃を避けきれない。かといって今のまま攻撃を放っても、ソーラには届かない。痛し痒しであった。
『おらよ!』
距離を取った瞬に向けて、ソーラは拳を地面に叩きつける。すると先程ソラが見たと同じ様に強大な力が地面へと叩き込まれ、耐えきれなくなった地面から漆黒の力が溢れ出して地面そのものを吹き飛ばした。
「っ」
この攻撃が厄介だ。瞬は気配だけでどこから来るか見抜いて直撃こそ避けられているものの、立ち昇る漆黒の光にぶつかればアウトだし舞い上がる地面に激突するのもアウトという状況だ。持ち前の速度を活かせず苦心していた。勿論、落下してくる地面に押しつぶされようものならその時点で一巻の終わりだ。数手先まで考えて動かねばならなかった。
「ふぅ……」
ソーラの砕いた地面の破片の裏に回り込み、瞬は一度だけ息を吐く。<<鬼島津>>を使っているおかげで今の様に回避もままならない様な攻撃でも多少の無茶をして強引に避けきる、もしくは攻撃の弱い所を突っ切る事は出来た。
が、それは<<鬼島津>>という切り札を常時使い続けなければならない事に他ならず、魔力以外にも精神力も要求されるのであった。と、そんな彼が隠れた岩石へと漆黒の光条が迫りくる。
「なに!?」
迫る強大な力に気付いて大慌てでその場を離れた瞬が見たのは、口腔から<<竜の息吹>>の様に魔力の光条を放つソーラの姿だ。こんな事までできるとは思っていなかったようだ。
(おおよそ龍族と同じか! いや、竜か!?)
元々竜に似た姿の厄災種というのだから出来ても不思議はないのかもしれないが。瞬は漆黒の光条を横目に見ながらそう思う。そうして姿を現した彼へと、ソーラは今度は巨大な手のひらを向けた。
『みーっけ! ほらよ!』
「っ、はぁ!」
放たれる巨大な魔弾に瞬は武器を刀に持ち替えると、即座に停止して斬撃を放つ。そうして置く様な形で留まった斬撃が魔弾を切り裂いて閃光を放つのを受け、瞬はそれを隠れ蓑にして高速で移動する。
「ふぅ……」
肝が冷えた。瞬はひとまず距離を取りながら、この速度ならソーラも動けないだろうと判断する。そして実際、流石にソーラも瞬の速度には追い付けず待ちを選択するしかなかったようだ。と、そんな瞬へと内側から声が掛けられた。
『……苦戦しているようだな』
「……否定はせん」
『一つ、アドバイスをくれてやろう』
「……もらおう」
こういう時、瞬は素直だった。自身が苦戦している以上、何か手が欲しい事は事実だったようだ。そうしてそんな彼に酒呑童子が告げた。
『ああいう硬い奴にダメージを与えるのは打撃が有効だ……簡単に言えば殴れ。浸透する様な打撃でな』
「浸透するような打撃……」
どうやれば良いかまでは自分で考えろ。酒呑童子はどこか突き放す様にそう告げる。とはいえ、取っ掛かりは取っ掛かり。瞬は酒呑童子の助言をひとまずの道標として、今度は肉迫できるタイミングを探る事になるのだった。
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