第2572話 様々な強さ ――再戦――
合同軍事演習に向けての最終調整としてティナが新たに製作した魔道具を使って幾度かの演習や模擬戦を行う事になっていたカイト率いる冒険部一同。そんな中でカイトは瞬、ソラと共にカルサイト、ソーラ、カナンというエネフィア出身者達で構成されるパーティとの交戦を行う事となる。
というわけで自身はソーラとの間で久方ぶりの模擬戦を繰り広げていたカイトであったが、カルサイトと交戦するソラが自身の圧倒的不利を悟り瞬へと協力を要請。それに合わせて両陣営一旦の仕切り直しとなっていた。というわけで、小休止を挟んだ後。六人はそれぞれ対戦相手を別にして戦いを再開する。
「ちっ……やっぱお前さんか」
「久しぶりですね、カルサさんと模擬戦するのも」
「俺は二度としたくなかったぜ」
なるべくなら戦いたくない。そんな気持ちがあればこそか地面を蹴って勢い良く激突したソラと瞬に対して、カルサイトは動かなかった。そもそも彼の場合は自分が最も有利になる地面が露出した部分から出る意味も無いのだ。カイトが近づいてこない限り戦う意味もなかった。が、そうはならない事は明白だった。
「さてと……まぁ、戦闘力としてはあいつら並にしておきますよ」
「はっははは。お優しいこって」
てめぇで厄介なのは戦闘力じゃなくてその戦闘スキルなんだがな。カルサイトの言葉に若干の皮肉を交えながらそう告げる。というわけで、案の定カイトが取り出したのは杖と魔導書だった。というわけで、カルサイトが舌打ちする。
「ちっ……やっぱそうしやがるか」
「そりゃ、貴方相手に近づいて戦いなんてオレでも嫌ですからね」
「だから嫌なんだよ、てめぇとやるのは。そーやって平然とこっちが嫌がる手札を持ち出しやがる」
「それが、オレ流ですから」
これで刀一つで近づいて来てくれるのならまだ素手でも戦い様がある。カルサイトは自身が素手である事を鑑みて、そう言うしかなかった。が、こんな自分に圧倒的不利な状況なぞ数百年単位で生きていれば普通に経験する事だ。故に彼はここに来て初めて異空間に手を突っ込んで、別の手札を取り出した。
「ったく……こいつ使うの久しぶりなんだがな。ここ暫くはこいつを使う様な状況が滅多になかったもんでよ」
「『リーナイト』の一件では使わなかったんですか?」
「だからそれ以来って話だ」
カルサイトが取り出したのは何かの革で出来た鞭だ。彼はそれを数度振るって感覚を取り戻すと、物は試しと軽く横に薙いでみる。
「……ま、こんなもんか」
「ま、こんなもんかで真空波こっちに放たないで貰いたいんですけどね」
「敵相手にやっちゃマズいのか? お前の所は」
「あははは……ヌンチャクじゃないんです?」
「お前相手にこの状況下でヌンチャク使うかよ」
カルサイトが得物として使うのは素手、鞭、ヌンチャクの三つだった。素手だけではどうしようもない相手、状況に応じて中距離用の鞭。近距離用のヌンチャクと使い分けていたのである。というわけで、カルサイトの返答にカイトは一つ頷いた。
「そうですか……ま、オレは暫くはこのスタイルで行きますよ」
「そうか……じゃ、やろうや」
右手に杖。左手に魔導書を携えるカイトに、カルサイトは鞭を再度振るってわずかに後ろに伸ばす。いつどこからカイトの魔術が襲いかかるかわからないのだ。いつでも振り抜ける様にしておかねばならなかった。そうして、本来は近接主体の戦士達による異質な中距離~遠距離戦が開始される事になるのだった。
さてカイトとカルサイトが魔術と鞭による応酬を開始した一方その頃。ソラと瞬はというと共に地面を蹴ってお互いが相手と見定めた相手との戦いを開始しようとしていた。が、やはりこれは多対多の戦闘だ。思うように行かない事があるのは当然の事だっただろう。
「「っ」」
一直線にこちらに向かってくるカナンとソーラに対して、瞬とソラの二人は相手が距離を取ろうとしない事にわずかに驚く。このままでは混戦状態に陥るだけだ。それは避けたい所だったのだが、逆にカナン達はそれを狙っていた。
「ソーラさん!」
「おう!」
カナンの声掛けに応じて、ソーラがわずかに足に込める力を強め速度を落とす。その一方でカナンは力強く地面を蹴って加速。一歩分だけ先に出た。
「先輩!」
「ああ!」
おそらくこうしてくるだろう。そう判断した瞬はソーラに対応できる様にソラの後ろへと移動。わずかに距離を取る。一方でソラは速度をそのままにしてカナンを迎え撃つべく前へ出て、その後すぐに制動を仕掛ける。
「っ」
自身に最適な位置で交戦できる様に。制動を仕掛けながら盾を前に構え更に可能であればそのままカウンターできる様に準備を整える。そうして、カナンは獣が獲物に飛び掛かる様にぐっと腰を屈め力を溜める。が、次の瞬間ソラが得たのは驚きだった。
「失礼します!」
「あいてっ! とととっ!」
「何!?」
自身の頭を踏み台にして更に後ろへ跳んだカナンにソラがたたらを踏み、まさかの動きに瞬が目を見開く。そうして虚を突く形でソラの真上へと飛び出したカナンは空中で使い捨てのナイフを取り出す。それに瞬はソーラに対応するべく緩めた速度を更に緩め急停止。ナイフの投擲に備える。
「はっ!」
「!?」
甘い。もしこれがカイトであったらそう言っただろう。カナンの投げたナイフは瞬とソラのちょうど間に突き刺さると、光の壁を生み出して両者を分断した。そうしてナイフの投擲の反動を利用してその場を離れるカナンは空中で反転。ソラの背を正面に捉える。
「っ、やっべ!」
「おらぁあああああ!」
たたらを踏んでいたソラは自分がたたらを踏むとほぼ同時に大剣をホームランバッターの様に振りかぶろうとしていたソーラの姿を見て、肝を冷やす。そうして彼は不格好なのを承知でそのまま倒れ込む様に身体を投げ出す。
「お見通しだ!」
「でしょうね!」
おそらく身を投げ出す事により大剣の下へと潜り込むつもりだったのだろう。ソーラはソラの動きからそう読み取る。が、これは多くの冒険者がしてくる流れであり、どちらにとっても読める手だった。
そしてそれ故にソーラは大剣の腹でソラを打つ様に横にしており、一方のソラは飛び出しながら身体を捩り大剣の腹を正面に見据えて盾を構える。
「ぐぅ!」
まるで自動車が高速道路の勢いで正面衝突してきた様な衝撃。ソラは後にそう語る。それほどの一撃がソラへと襲いかかる。が、ソラは魔術を使えるのだ。常人であれば到底即死にしかならない威力でも、防御主体の彼であれば防ぎきれた。
「ちっ! すまん!」
「問題ありません!」
がぁん、と巨大な金属に巨大な金属が衝突した様な轟音が鳴り響いたものの、手応えのあまりの重さからソーラは仕留め損なった事を理解していたようだ。
カナンに向けて一つ謝罪するも、カナンの方はソラが並々ならぬ才覚を持っている事を知っている。故に抜けられる可能性は十分に承知しており、即座に大気を踏みしめ加速。ソラへとチェックメイトを仕掛けに行く。
「はぁ!」
ここで、一つだけカナンはミスがあったと言える。それは彼女が瞬の力量も把握していればこそ、自身の地面への着地を待たなかった事だ。大気を蹴って移動するのと、地面を蹴って移動するのでは後者の方が圧倒的に速い。しかも地面を蹴ればその反動で瞬の足もわずかに止められる。そこを、見過ごした。
「させん!」
火の加護による爆発力と雷の加護による瞬間移動にも似た高速移動。その二つを利用して瞬が直線的な移動で自らの身体を固定する事でソーラの一撃を防ぎきったソラとカナンの間に立ちふさがる。
「ソラ! 無事か!?」
「うっす! なんとか!」
瞬の問いかけにソラは身を守るべく発動していた<<輝煌装>>を解除。即座に手足を動かして起き上がる。それを後ろに、カナンと激突した瞬が彼女を押し返した。
「おぉ!」
「っ!」
流石に現状での力比べでは瞬には勝てない。仕切り直しの際に血の解放をわずかに弱めていた――体力と気力を消耗するので――カナンは敢えて吹き飛ばされる事にする。そうして吹き飛ばされた彼女へ向けて追撃を仕掛けようとする瞬の眼前に、今度はソーラが割り込んだ。
「おら……よ!」
「っぅ!」
がぁん。大剣と太刀が激突し、瞬が盛大に顔を顰める。流石に鬼の剛力でも厄災種の力には勝てなかったようだ。が、それでも剛力は剛力。いくら瞬が鬼族の因子を抑制されていようと、その場で堪えるぐらいにはなっていた。
「っ……おぉおおおおお!」
「っと! うっるせ!」
ビリビリビリ。大気が鳴動するほどの大声が瞬の口から放たれ、その勢いでソーラがわずかに吹き飛ばされる。ダメージこそなかったが、少なくともこの完全に劣勢の状況から抜け出せる程度ではあったようだ。とはいえ、流石にこの状況から追撃を仕掛けられるほど瞬もノーダメージというわけでもなかった。故に、今度はソラが前に出る。
「おぉおおおお!」
思った通りというかなんというか。ソーラの一撃は決して受けて良い威力ではなかった。故にソラは瞬が立て直すまでの時間を稼ぐべく、アメフトのタックルじみた動きでソーラへと急加速する。そうして盾を前に突き出して迫りくるソラに対して、ソーラはすぐに正気に戻った。
「っと! 良い動きだな!」
ソーラは右後ろに弾かれる格好で引き戻していた事もあり、黒く染まった左手を大剣から離して後ろに引く。そうして、肉迫してきたソラに向けて殴りかかった。
「らぁ!」
「っぅ!」
盾と漆黒の拳がぶつかり合い、黄金の輝きと漆黒の輝きが衝突点を中心として吹き荒れる。どうやら自分ではまともにやっても無理と判断し、ソラは<<偉大なる太陽>>の力をわずかに解放していたようだ。本当なら第一解放をしていればよかったが、その手間も惜しかったのだろう。というわけで、押し負けたのはソラだった。
「だぁあ! クソ! やっぱだめか!」
このままでは腕が保たない。そう判断したソラはあくまでも時間稼ぎと自らを納得させて踏みしめていた足の力を抜いてソーラの勢いに任せてわずかに後ろに飛ぶ。が、それで十分に時間稼ぎにはなっていた。
「おぉ!」
ソラが斜め後ろで着地するのを尻目に見ながら、瞬が雄叫びを上げてソーラへと肉迫する。そこに今度はカナンが割り込もうと地面を蹴った。
「っ、おぉおおおおおお!」
このままでは先のなぞり書きだ。それを察した瞬は一瞬だけその場に立ち止まって声を上げる。そうして音波に魔力を乗せて解き放ち、地面を蹴って宙に浮かんでいたカナンを吹き飛ばす。
「ソラ!」
「うっす! <<風よ>>!」
が、このままやった所で結末は変わらない。それをソラも瞬も理解していた。故に足を止めた直後にソラが瞬の背後へと風の加護を使って移動。瞬の背へと風を蓄積した掌底を放った。
「っ! はぁ!」
「お! やるな!」
ソラの風を初速としてカナンが追いつくより前に自らの眼前へとたどり着いた瞬に、ソーラが称賛の声を上げる。そうして放たれる槍の一突きに対して、ソーラは身を捩って回避。左手で大剣を支えながら空いた右手を貫手の様に鋭く形作り、瞬の喉元へと突き出した。
「っ! はっ!」
「とっ! っぶね!」
自身の喉に迫るソーラの漆黒の貫手を見て即座に槍の顕現を解除し短剣へと持ち替えた瞬に、ソーラも慌てて貫手から手刀の形へと変化。短剣を迎撃する。そうして一瞬の停滞が起きた直後。瞬の真横にカナンが立つ。
「流石にさせるかっての!」
「っ」
カナンが瞬の脇腹目掛けて短剣を突き立てようとする直前。ソラの左手がその間に割り込んで更にそのまま自身の身体を強引に隙間にねじ込ませる。そうしてその余勢を駆ってソラがミドルキックを放つも、これにカナンは後ろへわずかに飛んで回避する。
「はっ!」
後ろへ飛んだカナンが空中でナイフを投げる。これにソラは上げていた足を下ろして逆の足で回し蹴りの様にしてナイフを切り払う。そうしてそのまま流れで瞬から一歩だけ前へ出て、カナンへと相対する。こうして、なんとかソラと瞬の二人はそれぞれの相手との本格的な戦いを始める事になるのだった。
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