第2567話 様々な強さ ――雪原の戦い――
皇国主導で行われる合同軍事演習に参加することになっていたカイト率いる冒険部一同。そんな彼らは最終調整としてマクスウェルから飛空艇で一時間ほどの所に移動し、ティナが開発した演習用の魔道具を使って様々な状況を想定しながら、最後の調整を行っていた。
そんな中でカイトもまた冒険部一同への最終調整に手を貸しながら、自身はティナの指示に従い魔道具の検査に手を貸しながら演習を行っていた。というわけでそんな演習も幾度かを経て最後の五戦目となり、彼はソラ、瞬の両名と共に雪原の上へと飛ばされていた。
「さむっ! 何ここ!? てか動きにく!」
「ここまでの積雪は久しぶりに見たな……」
東京生まれ東京育ちのソラは降りしきる雪と膝上ぐらいまである積雪は未体験だったらしい。非常に困惑している様子だった。その一方で瞬はというと高校までは京都で生まれ育っている。なので積雪もよく見ていた――無論ここまでの積雪は非常に珍しかったが――そうで、少し驚く程度だった。というわけで、そんな彼が問いかける。
「ソラ。その鎧で雪上は大丈夫なのか? 前の時はかなりきつそうだったが」
「大丈夫か大丈夫じゃないか、っつわれると大丈夫っすけど……寒いのは寒いっすね」
「そうなのか」
ソラの鎧は種別としてはフルプレートアーマーという所だ。なので雪上を駆け回るのはかなり難儀しそうだったのだが、そこらも想定はされていた。が、寒いのは寒いらしかった。とまぁ、そんな呑気な会話を繰り広げるわけであるが、視界は非常に悪かった。
「にしても……これはひどいっすね。一応、お互いは見えるっちゃ見えるんっすけど……」
「確かにな……敵がどこに居るかもわかりそうにない……」
「そういや、ウルカじゃなんかこういう場合言われてないんっすか?」
やはり冒険者の本場であるウルカだ。こういった雪原での活動は経験している者が多そうだった。が、これに瞬が少しだけ困った顔で首を振った。
「いや……すまん。実は雪の時にどうするかは聞いていなかった」
「そ、そうなんっすか?」
「行ったのが夏だったし……それに向こうは砂漠地帯が多かった。冬にどうするかはあまり聞いてなくてな……」
「あー……」
確かに時期が悪かったのかも。ソラは瞬の返答に納得する。とはいえ、そうなると問題となるのはこういう場合にどうするか、という所である。なのでソラは世界を旅した男に聞いてみることにした。
「……こういう場合、どうやって敵を探すのが正解なんだ?」
「さてなぁ……色々と手はある。無茶苦茶な手から、安牌と言える手まで様々だ」
「いや、だからこの場合の正解は?」
「正解ね……自分で考えてみろ。今回、オレはお前の指示に従うことにしよう」
「え゛」
丸投げしやがった。ソラはカイトの返答に顔を顰める。カイトの今回の目的は合同軍事演習に向けた調整だ。そこにはソラの指揮官としての調整も含まれていた。とはいえ、流石に何も無しには放任主義も過ぎるし、今回は模擬戦。相手もある。時間はあまり掛けられないので、ヒントは出してやることにした。
「ま、そう言っても流石に何も無しは時間が掛かりすぎる……ヒントはやろう。先輩も一緒に考えろ」
「おう」
「お、おぉ……」
まさか自分にまで水が向けられるとは。一瞬のんきに構えそうになった瞬であったが、そんな彼も慌てて頭を捻ることにする。
「まず今回の舞台は雪原……しかも吹雪いていて視界は非常に悪い。また見ての通り……いや、聞いての通りか? とりあえず環境音も非常にうるさく、まともに聞こえない状態だ。更には下手に動き回れば無駄に体力を消耗してしまう……勿論、それは相手も変わらない」
まずするべきは状況の精査。そんな様子でカイトは指折り現状を語る。これについては単に今の状況を語っているだけで、ソラ達にも疑問はない。
「……さて、そんな時に敵を探すのであればどうする?」
「「……」」
現状で使える有効な手はなんだろうか。ソラと瞬は二人して考える。と、そんな所でふとソラがくしゃみをした。
「へっぶしゅ! さっぶ!」
「……あ」
「ん?」
「……そうか。カイト、お前もしかして……」
意地の悪い問いかけをしていないか。そんな様子で瞬がカイトを見る。これに、ソラが問いかけた。
「ずぴ……どしたんっすか?」
「いや……普通に考えてもみろ。こんな状況で敵を探せると思うか? いや、それ以前に動くべきだと思うか?」
「そりゃ……普通は動いちゃだめでしょ。あ」
そういうことだったのか。ソラは自身の思い違いを理解して、はっとなる。そうして、彼が結論を口にした。
「動いちゃだめなのか」
「そ。正解は動かない。そもそもこんな悪天候の中で行軍なぞまずしない。それは大半の相手が同じだ……では、ここで質問だ。それにも関わらず動くのであれば?」
「雪原に特化した種族……氷魔族達とかか」
「そういうことだ」
ソラの返答にカイトは一つ頷く。勿論、カイトもソラも瞬もそういった氷属性に長けた種族の血は引いていない。行軍するべきではない、というのが正解だった。というわけで、カイトは手早くかまくらを作り出してそこに退避する。
「あー……寒かった……あったけー……」
「やはり動かなくて正解か」
「当たり前だ。こんな状況で焦れて動けば動いた方が不利……何か探すだけなら無理をしてでも動くべきだが、戦闘が想定されるのならそんな愚は犯さない方が良い。如何にして体力の消耗を抑え、天候が好転したタイミングを狙うか……その上で仕掛けられたらもう諦めて腹を括れ」
かまくらに避難するなり一心地ついた様子のソラと瞬に、カイトはこの状況下で敵を探そうとする愚を改めて語る。そもそも彼は敵をどうやって探せば良いか、と問われたので話をしただけだ。
そもそも動かないが最善策だった。というわけで一旦緊急避難用に携帯している魔道具を使って暖を取りつつ、三人は改めて状況の精査と推測を開始する。
「カイト。一応聞いておきたいんだけど、今回はここで耐え忍ぶだけが訓練じゃないんだよな?」
「だろう……流石にあいつがそんなことをしてくるとは思わん」
「か……ってなると、相手誰だろ……」
流石にこの雪の中で自滅するような相手は選ばれないだろう。ソラはそう考え、相手が誰だろうかと考える。これに同じことを考えていた瞬が意見を出す。
「ルーファウス……あたりはあり得るかもしれん」
「あー……ってことは後はカルサイトさんも有り得そうっすね……」
「なるほど……確かに彼ならカイト以上にこういう状況を経験しているだろうな……」
先のカルサイトとの交戦を思い出し、瞬はカルサイトであれば十分にこの状況下でも活動が可能だろうと判断する。そもそもこういった極限下での行動を想定しておけ、と言った彼であるが同時に本来は動かない方が良いと言っていた。なので彼が居た場合はカイトと同じくこの状況では動かず無駄な消耗を避けると考えられた。
「その場合は厄介っすね……もしカルサイトさんが相手なら……何考えてるんっしょ」
「それは……どうやって勝つか、じゃないのか?」
「ああ、いや……そんな当たり前のことじゃなくて。それをどうやってやるのか、って話っすよ」
瞬の問いかけにソラはその上でと話をする。そうして、そんな彼が続けた。
「勝つってのは前提でしょ? ならこの状況でどうやれば自分達が有利に立てるか……もしくは有利な状況に持っていきやすいか。そこの所が気になるんっすよね……」
「ふむ……それだと相手が誰かがわからないと判断し難いが……いや、一番の難敵のカルサイトさんを想定できれば、それ以外はそれ以下で良いのか」
「まぁ、斜め上行かれたらアウトっすけど……そっすね」
もっとも経験が豊富なカルサイトさえ想定できれば、大半の状況においては有利を構築できるはずだ。そう考える二人は仮想敵をカルサイトとして話を進めることにしたようだ。そうして、それから暫くの間三人はかまくらに避難して吹雪が収まるのを待つことにするのだった。
さてそれから三十分ほど。待つにしてはかなり長い時間が経過したものの、ひとまずは吹雪は一段落し、落ち着いていた。が、そんな中で三人が避難していたかまくらは降り積もった雪に半ば埋没していた。
「……大丈夫そうっすね……まだ暗いっすけど……視界はさっきよりかなり良いっす」
「そうか……何か見えるか?」
「こっちは何も……そっちは?」
ソラと瞬は背中合わせに立ち、ちょうどかまくらの屋根に相当する所に作成したのぞき穴から周囲を確認する。
「後もう少し上に顔が出せれば良いんだが……」
「あまり出しすぎると、もし相手に遠距離攻撃できる奴が居た瞬間終わりますよ」
「か……」
ソラの指摘に瞬は視界の確保がし難いことに顔を顰めながらも、見過ごせないデメリットに納得する。言うまでもないが周囲は雪で覆われている。まともに走ることはできない。その状況は狙撃の格好の標的で、うかつに動けばその時点で一巻の終わりだった。というわけで、瞬がカイトへと問いかける。
「カイト……支援は任せて良いんだな?」
「ああ……流石に使い魔を出すのは先輩にもソラにも難しいだろうからな」
今回、カイトは主体的には動かず後方支援に徹するらしい。確かに瞬もソラも近接主体で誰かを支援することに長けてはいない。なのでその役目をカイトが担うことになったのだ。こればかりは役割や相性があるので、カイトも二人に任せるつもりはなかった。
「ただし、どこにどういう形の使い魔を出して欲しいかはそっちで指定してくれ。大抵の要望なら叶えられるが……限度があることだけは忘れずにな」
「ああ……だめだな。一応は銀世界の様子だが……同じ様なかまくらの一つでもあればと思ったんだが」
「……こりゃ多分マジでカルサイトさんが相手にいそうっすね」
今回、かまくらを雪に埋めることを助言したのはカイトだ。もしも平坦な地形だった場合、冒険者なら使い魔やゴーレムで簡単に盛り上がるかまくらを見付けることができる。
それに対応するにはなるべく低くしておくべき、とのことだった。そしてもしカルサイトが相手なら同様のことをしてくるだろう、と考えられていた。ならば目視で見つけにくくても仕方がなかった。というわけで、ソラにカイトが問いかける。
「どうする? そろそろ使い魔を出すか?」
「いや、まだ良いよ……多分、今動いてもまともには動けない。もう少し視界が確保出来てからで」
「わかった……じゃあ、今だと思ったタイミングで声をかけてくれ」
まだ相手も見えない状況だ。今の冒険部には外から来た腕利き達も多い。ソラはそれを鑑み、自分達が可能な限り万全を期することができる様に考えていたようだ。というわけで、もう暫くの間は周囲を確認しながら時を待つことになるのだった。
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