第2563話 様々な強さ ――盛り返し――
皇国主導で行われる合同軍事演習に向けた最終調整の最中に行われていた小規模な演習。そこでカイト率いる冒険部の面々はティナの開発した魔道具の中で各種の調整を行っていた。
そんな中。カイトはちょっとした理由によりソラと戦っていたのであるが、ソラのエンジンがほどほどに温まったのを見て自身から攻め込み始めていた。
「はっ」
「っ」
冗談だろ。ソラは攻勢に出るなり目にも留まらぬ速さで攻撃してきたカイトに咄嗟に盾を合わせる。改めて言うまでもないが、ソラは現状素の状態でさえランクAの冒険者に匹敵している。
その上で<<偉大なる太陽>>を使ってブーストしているのだ。ランクS冒険者の上位層には及ばずとも、ランクS冒険者の平均より少し下ぐらいにはあった。にもかかわらず、全く捉えられないのだ。
「くっ!」
「甘い甘い」
「!?」
カイトの追撃に対応するべく前に飛び出ようとしたその瞬間。ソラは背後からカイトの声がしたことに気付いて、本能的に急制動を仕掛けスライディングを仕掛ける。そしてこれは正解だった。彼の頭上を大鎌の刃が通り抜ける。
「やっべ!? マジ死神の鎌じゃねぇかよ!」
『死神の鎌だぞ』
「わーってるよ!」
いや、忘れていただろう。<<偉大なる太陽>>はソラの返答にそう思うが、戦闘中なのでこれ以上の軽口は叩かないことにする。そうして地面を滑りながら反転し、ソラは改めてカイトを正面に捉える。
「<<浄化光>>!」
この体勢からでは取れる手が限られている。スライディングから復帰し斜めになっている自らの姿勢を鑑み、ソラは<<偉大なる太陽>>の切っ先をカイトに向ける。が、その前に。カイトは彼の眼前に移動していた。
「っ!?」
速い。ソラはすでに大鎌の射程圏内に入っていることを理解。敢えて攻撃はそのままに、反動の制御をカット。攻撃の反動で背後へと飛ぶ。が、それに追従する様にカイトが迫りくる。
「何だ、そりゃ!? 速すぎんだよ!?」
「さぁな」
困惑するソラを他所に、カイトは容赦なく大鎌を振るう。これにソラも数度までは盾と<<偉大なる太陽>>で防げたものの、流石に力量の差は歴然たるものだ。すぐに堪え切れず、距離を取って仕切り直すことになる。
「ちっ! マジ容赦しやがらねぇな!」
「あはは」
盛大に悪態をつきその場を離れるソラに対して、カイトは今度はどういうわけか追撃を仕掛けない。あまり一方的に攻め過ぎるのも面白みが無いと判断しただけだ。
(まだ力に振り回されている、って所か……筋は悪くないんだがな)
遠ざかるソラを見ながら、カイトはそう思う。そうして彼はソラが立て直すまでの少しだけ待ってやる。これに、ソラは首を傾げる。
「……追ってこない?」
『違うのだろう……あれはおそらく……』
「おそらく?」
『神使の先達としての技を披露するつもりだ。構えろ……今更小童に言うまでもないが、月の神使殿は並ではないぞ』
小首を傾げるソラに、<<偉大なる太陽>>は改めて注意を促す。どうやら<<偉大なる太陽>>には何をカイトがしようとしていたかわかったらしいのだが、この程度は告げなくて良いだろうと何もソラに教えてくれなかった。
と、そんなわけで状況の推移を見守るしかなくなったソラであるが、そんな彼が見たのは遠くのカイトが二つの大鎌の柄のお尻の部分を接続させ、一つにする様子だった。
「……なんだ?」
『ほぅ……あの形態も使えるのか』
「なんなんだよ」
『月の女神がいつか使われたことのある形態だ……無駄口を叩く暇は無いぞ』
「はぁ?」
いや、確かにこれだけ距離を取っていてもカイトなら一瞬で肉迫してくるだろうけどさ。<<偉大なる太陽>>の助言に顔をしかめながらも、ソラはそれにしたって遠すぎると思う。その一方。カイトはというと神器にその姿の組み換えを命ずる。
「<<三日月の弓>>」
カイトの口決に合わせ、二つの大鎌が一つとなり三日月を思わせる形状へと変貌する。と、そんな大鎌の新たなる姿を見て、ソラが目を見開いた。
「げっ……」
『言っただろう? 無駄口を叩く暇はないと』
「先に言え!」
先に言ってくれていれば肉迫して少しでも有利に立てたかもしれないのに。ソラは楽しげに笑う<<偉大なる太陽>>に対してそう怒鳴る。とはいえ、もう今さらだ。なのでソラは覚悟を決めて<<偉大なる太陽>>を強く握り締める。
「……」
おそらく対応できる程度の速度にはしてくれると思う。ソラはそう判断したようだ。無論、彼ももとよりこれが甘い見通しというのはわかっている。わかっているが、そうでなければもはや打つ手がない。
カイトに本気で矢を打たれれば回避なぞ不可能だからだ。そうして、両者一瞬だけ沈黙する。その沈黙を先に破ったのは、当然だがカイトだ。
「はっ……」
小さく息が溢れる様な音と共に、三日月の弓から白銀の矢が放たれる。それは月光もかくやという淡くも神々しい輝きを纏い大気を切り裂いて、ソラへと一直線に肉迫する。
「っ! はっ!」
これは目視して的確に切り裂くのは無理だ。ソラは自身の見通しが甘いことを理解しながらも、完全に甘い見通しでもなかったことに安堵しながら<<偉大なる太陽>>を置く様に矢の進路上に斬撃を放つ。そうして黄金の斬撃と白銀の矢が激突し、黄金の輝きを四方八方に撒き散らす。とはいえ、これこそがソラの狙った結末だった。
「なんとかなった!」
完璧に対応できれば良いが、そうならないことは元々想定していた。なので彼は事前の策として撒き散らす様に斬撃を放つことでカイトへの牽制としつつ、その場から離脱する。
「おい、<<偉大なる太陽>>! お前もなんか変形とか無いのか!? てかあれ何!?」
『きゅ、急に敬意が無くなったな……』
「当たり前だ、馬鹿野郎!」
先に教えてくれていれば良いものをこんな一か八かの賭けやらせやがって。そんな悪態が見え隠れするソラに対して、<<偉大なる太陽>>は少しだけ苦笑する。と、そんなソラの問いかけに<<偉大なる太陽>>は否定する。
『残念ながら我単独では無い。もしあったとて、今のお前には出来まいよ。そも弓や他の武器は使えるのか?』
「使えねぇよ!」
放たれる無数の矢を地面を蹴って移動しながら回避しつつ、ソラは<<偉大なる太陽>>の問いかけに声を荒げる。まぁ、言ったは良いがそもそも彼は片手剣以外使ったことがない。魔銃があるぐらいだ。
『だろう……ほら、次が来るぞ』
「ちぃ!」
一射一射では捉えられないと判断したのか、カイトが面攻撃として無数の矢を同時に放つ。これにソラは急停止。地面をスライディングする様に滑りながら姿勢を変えて、<<偉大なる太陽>>を構える。
「はぁ!」
ぶぅん、と薙ぎ払う様にソラが<<偉大なる太陽>>を振るうと、先程と同じく残る様な黄金の斬撃が放たれる。そうして無数の白銀の矢が灼熱の斬撃に焼かれ消し飛んでいく真下を、カイトが通り抜けた。
「っ!」
「ふっ」
肉迫すると同時に放たれる大鎌の斬撃に、ソラはのけぞる様にして回避。そのまま反転し、逆立ちしたままブレイクダンスの様にカイトの顔面狙いで蹴りを放つ。
「おらよ!」
「っと! ブレイクダンスでもやってたのか!?」
「やったことねぇよ! っと! 腕つれぇ!」
カイトが空中で楽しげに冗談を口にするのとほぼ同時に、ソラもまた腕力だけで自身を持ち上げ飛び上がり上空で上下を元に戻す。が、そこに虚空を蹴ったカイトが肉迫した。
「マジか!?」
「当たり前……だっ!」
容赦ないな。そんなことを口にするソラに対して、カイトは正しく容赦なく大鎌を振るう。まぁ、ソラも姿勢を戻していたので盾で防がれはしたものの、飛空術を習得出来ていない彼だ。虚空を踏みしめ踏みとどまることは出来ない。というわけでカイトの勢いに押し負けて地面へと一直線に落下。ずざざざっ、と後ろ向きに滑りながら遠ざかっていく。
「さ、追撃だ」
「ちっ!」
またか。大鎌を再度三日月の弓に変貌させたカイトを見て、ソラが舌打ちする。と、そんな彼に今度は<<偉大なる太陽>>が教えてくれた。
『ああ、そうだ。あの神器の形は大鎌と弓だけではないぞ。そこは気を付ける様にな』
「マジかよ!? なんでもありだな、おい!? っとぉ!」
驚きを露わにすると同時に放たれる矢に、ソラは大慌てで斬撃を放って対応する。今度は先程より距離があったからか十分に反応出来たようだ。と、そんな一方でカイトは案の定というかまるで話を聞いていましたよ、とばかりに次の形に三日月の弓を変形させる。
「<<新月の槍>>」
「……?」
三日月を象っていたはずの弓がカイトの手の中に消えてなくなる。いや、消えてなくなったように見えたのだ。
『む……ソラ。あれは<<新月の槍>>……不可視の槍だ』
「おいおい、バラすなよ」
「っ!」
言われるのが一瞬遅かったら間に合わなかった。困惑の中で打たれた一撃に、ソラは間一髪盾を間に合わせることに成功する。が、それはあくまでも間一髪。十分な受け身を取ることは出来ておらず、大きく打ち上げられることになった。
「やべぇな、おい! いや、わーってんだけどさ! わーってんだけどさ!」
上空に吹き飛ばされながら、ソラは苦し紛れに斬撃を放ちその反動で上へと飛んでいく。普通に考えて大鎌から弓、更に槍と変化させて戦うなぞまともな神経をしているとは思えなかった。そんな苦言を呈する彼に、<<偉大なる太陽>>が問いかける。
『距離を話せば矢の餌食だぞ』
「わーってる!」
どうやら考えがあるらしい。<<偉大なる太陽>>はソラがそれでもなお上へと飛んでいくのを見て、そう判断する。そして案の定、ある程度の距離が離れればカイトは三日月の弓に持ち替えて上へと飛んでいく彼の姿を狙う。
「さて、何をしようとしてるのやら……」
「後もうちょっと!」
楽しげに笑いながらも容赦なくソラを狙うカイトの一方、ソラは魔力を爆発させたり斬撃を放ちカイトの矢を少しでも食い止められる様に苦心しながら上へと上がっていく。そうしてソラの準備が整うより前に、カイトが狙い定めた。
「ふっ」
「っ」
来る。ソラは相変わらずの尋常ならざる威力の矢の接近を知覚しながら、最後の悪あがきとして一度だけ斬撃を放ちその反動で加速。限界ギリギリまで飛び上がる。
「太陽よ太陽よ太陽よ! 我が呼びかけに応じ、その力を貸し給え!」
『ほぅ……』
エルネストはそこまで引き継がせていたのか。ソラの口にする詠唱を聞き、<<偉大なる太陽>>はわずかに驚く。まさかできるとは思っていなかったのだ。そうして、ソラが太陽を背にしたと同時。太陽光がまるで吸い込まれる様に彼へと収束した。
「<<太陽の威光>>!」
「ほぉ?」
「おらよ!」
一瞬で肉迫してきたソラの攻撃をカイトは敢えて受けてやる。そうして今度は彼が大きく吹き飛ばされることになるが、そこに今度はソラが肉迫する。
「ぉおおおおお!」
「<<太陽の威光>>か。アスラエル殿が見せてくれたな……曰くエネフィアでは太陽に近づき太陽の力を借りた伝説がある、と」
あれはいつだったか。カイトは放たれる灼熱の斬撃を受け止めながら、イカロスの話をアスラエルにした時に見せてもらった太陽の神使に連なる者たちが習得するという強化術を思い出す。そして同時に、思った以上に育っているなと判断した。
「ほらよっと!」
「!」
「はぁ!」
大鎌に絡め取られる様にして食い止められた自身の斬撃に驚きを浮かべるソラに、カイトは押し出す様にして彼を吹き飛ばす。そうして距離を取らせたと思うが、流石に先程とは違ってソラもすぐに立て直すだろう。故に、カイトは褒美として一つ上を披露してやることにした。
「見事見事……」
「おわり……じゃねぇよな?」
「当たり前だ……じゃ、最終ラウンドやるか。<<満月の理>>」
大鎌が再度変貌し、満月に近い姿を取る。そうしてエネフィアの双子の月の様に二つの真円がカイトの左右に展開され、その中心に居るカイトを包み込んだ。
『小童……ソラ。来るぞ』
「……」
言われなくてもわかる。今自分がしている様に、カイトもまた神器の封印を一つ取っ払ったのだ。そうして、神使化したカイトがついに姿を現すことになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




