第2562話 様々な強さ ――神の戦士達――
皇国主導で行われることになっている合同軍事演習。その参加に向けて最終調整を行っていたカイト率いる冒険部であるが、そんな彼らはティナが新たに開発した各種の状況を想定した訓練が行える特殊な魔道具を用いて、最後の調整や自分に足りていない点の見直しを行っていた。
というわけで、完全に水没した空間において長時間戦闘を行う術を暦に学ばせた後。カイトは程よい所で後は自主練習と後回しにして、次に進んでいた。
「げっ」
「げってなんだよ、げって」
自身を見るなり盛大にしかめっ面のソラに、カイトが顔を顰める。が、これにソラは心底嫌そうだった。
「いや、そりゃそうだろ……よりによってお前かよ……」
「なんか文句あんのか?」
「ありまくりだわ……何が楽しゅうて世界最強とバトらにゃならんねぇんだよ……」
これが何も知らない普通のギルドメンバーならまだしも、ソラはカイトの正体を冒険部設立の最初期から知る一人だ。その強さは誰よりも彼が理解していた。それと戦わされるというのは、即ち負けがわかった状態で挑まされているようなものだった。
「あっははは……ま、今回についちゃオレが仕込んだ。文句は存分にどうぞ」
「は?」
「あはは。実はな……」
自分が仕組んだ。一見するとランダムに相手が選ばれている様に思えた――彼はここまで上層部の面々とは一度もぶつかっていなかった――ソラはカイトの言葉に目を丸くする。それにカイトは少しだけ、今回の魔道具の話を行う。
「ってわけで、ある程度は外から制御できるらしいな。んで、そろそろ身体が温まった頃合いかとお前を指名してた」
「マジかよ……なんで……」
「あはは……ま、そろそろ本戦も近づいてきてるからな。ちょいとここらでどの程度やるか、ってのを直に見たくてな」
「っ」
漂う圧倒的な覇者のオーラ。それに飲まれ、ソラが気圧される。無論、これでもまだカイトは本気ではない。が、少しは遊んでやるか、と言えるぐらいには覇気を纏っていた。そんな彼が飲まれたソラに続ける。
「安心しろ……本気じゃやらん。まだこの領域に立つにゃ早すぎる。シャル」
カイトの求めに応じて、シャルロットから二つの神器が送られてきて彼の眼前に突き刺さる。そうして、彼は左右に二つの大鎌を携えた。
「サンキュ……神器の使い手の先輩として、遊んでやる。ちょっとは気張れよ」
「っ……」
『腹に力を込めろ。月の神使殿は本気だ……逃げられるとは思わない方が良いだろう』
一瞬だけよぎった撤退の二文字に対して、それを読んでいた<<偉大なる太陽>>の精ははっきりと断言する。逃げようとした瞬間、後ろからバッサリと切り裂かれる。その未来しか彼らには見えなかった。というわけで、ソラも諦めて気合を入れる。
「……はぁ。やっか……お前にマジでやるの、いつぶりだ?」
「さてな」
カイトは教導役としての立場から、ソラにせよ瞬にせよ訓練の立ち会いや新技などの実験台になったりしてやっている。その流れで実戦に近い形での演習もしていたが、ここまで本気でやるのは滅多にないことだった。
「っと……その前に一つ聞いておきたいんだけど、本気でやって大丈夫なのか?」
「この空間なら問題ない。道中でティナに問題無いことを聞いておいた」
「おっしゃ……じゃあ、お願いします」
それだったら他の所の邪魔にはならないよな。ソラはカイトの返答に安堵する。そうして、彼は頭を下げるとほぼ同時にカイトへと一瞬で肉薄する。
「はっ」
「<<三日月の刃>>」
「あぶねっ!」
切り上げる様に地面から伸びた大鎌の刃に、ソラが大慌てでその場から離脱する。そうして距離を取る彼に向けて、カイトは大鎌を横薙ぎに一振りした。
「<<月の刃>>」
「うおっ! マジ容赦ねぇ!?」
飛来する無数の円月輪に、ソラは<<偉大なる太陽>>を振るって切り裂いていく。そんな彼に、<<偉大なる太陽>>の精は盛大にため息を吐いた。
『馬鹿者……月の神使殿にその程度でなんとかなると思うな』
「わーってるけど。それとこれとは話別だろ。お前の解放、俺全然時間が足りないって」
『それなら速攻を心がければ良いだけだ』
「むちゃくちゃ言ってくれるなぁ……」
とはいえその無茶苦茶をどの程度できるか、というのがカイトも見たいんだろうけど。ソラは<<偉大なる太陽>>の苦言に応じながらも、それ故にカイトが攻め込んでこないのだろうと理解していた。というわけで、彼も早々に諦めることにする。
「闇に射す一筋の天光よ」
口決に合わせ、ソラの姿が太陽の神使たる黄金の髪と黄金の目に変貌する。そうして圧倒的な力が彼を覆い尽くした。
「っ……やっぱつれぇ。けど!」
これなら突っ込める。ソラはカイトから放たれる無数の魔力の円月輪に対して、一切の防御姿勢を取らず真正面から突っ込んでいく。そうして突っ込んでくるソラに対して、カイトの放った円月輪はソラの身体を覆う黄金の輝きにふれるだけで消し飛んでいった。
「ま、その程度はやって貰わにゃな」
「はぁ!」
「<<幻惑の月>>」
「!?」
ぐにゃり。そんな様子で曲がった自身の攻撃に、ソラが思わず目を見開く。そうして一瞬の硬直が起きるソラに、カイトは容赦なく大鎌を振るう。
「ちっ!」
軽い。盾でカイトの大鎌を受け止めたソラはそう思う。明らかに手加減されていることがわかるほどに、カイトの攻撃には軽かった。あくまでもどの程度やれるか確認しているだけ。そんな様子だった。
が、それならそれでも良かった。故に彼は突き出していた<<偉大なる太陽>>を引き戻し、太陽の輝きにも似た黄金の光を束ねて<<偉大なる太陽>>にまとわせる。
「はっ!」
先程と同じく、しかしソラは黄金の輝きを纏う<<偉大なる太陽>>を突き出す。そんな突きは当然先のカイトの不可思議な技によりぐにゃりと曲がるが、しかし圧倒的な出力により強引にそれを上書き。強引に直撃を狙いに行く。
「おっと……」
流石に何も無い素の状態で第一解放を行った神器を相手にするのはキツいかな。カイトはまだまだ余裕の表情でソラから距離を取る。なお、きついのはあくまでも直撃を受けた場合であって、別に速度の面では一切問題がない。当たらなければ問題無いのである。
『あまり飛ばしすぎるなよ。戦闘力の差は歴然。バテるぞ』
「どっちだよ!」
黄金の輝きを纏いながら、ソラは<<偉大なる太陽>>の助言に苦言を呈する。まぁ、全力でやらねば話にならないのも事実だし、全力で飛ばしても今度はソラが保たないのもまた事実だ。というわけで、結論としてはこれしかなかった。
「どっちにしろ速攻仕掛けるしかないってことだろ!? ならこのまま一気に行く!」
『それで良いだろう』
「おぉ!」
<<偉大なる太陽>>の同意にソラは再度地面を蹴って一気に加速する。が、そうして加速してカイトへと肉薄するも、当のカイトが地面に向けて大鎌の刃を突き立てる。
「<<三日月の刃>>」
「っと!」
地面から生える銀色の刃に気付き、ソラは地面を強く蹴って上に飛び上がる。そうして飛び上がった所で、彼は<<偉大なる太陽>>を上段に構えた。
「<<天光の刃>>!」
<<偉大なる太陽>>が太陽を思わせる輝きを放ち、黄金色に輝く斬撃が放たれる。それはカイトの生み出した三日月をも飲み込んで消し飛ばし、カイトへと迫る。これに、カイトは突き刺したとは別の大鎌を振り抜いた。
「はっ」
軽く撫でる様に。そんな様子で振るわれた大鎌は漆黒の斬撃を生み出し、ソラの黄金色の斬撃を飲み込んでソラへと迫る。これに、ソラは<<偉大なる太陽>>を突き立てた。
「はぁ!」
一瞬太陽の輝きが漆黒に飲まれるも、直後には内側からひび割れる様に輝きが生まれ漆黒の斬撃を内側から消し飛ばす。が、そうして漆黒の斬撃が消えた後にはすでにそこにカイトの姿はなく、どこかへと消え去っていた。
「っ」
どこだ。地面に着地したソラは即座に周囲を確認し、カイトの姿を探す。が、そうして彼は自身が動かないことに気が付いた。
「なんだ!?」
『<<影縫い>>だ。後ろを見ろ』
「っ」
<<偉大なる太陽>>の言葉にソラは自身の真後ろにある影を見て、その影が異様に濃いことに気が付いた。しかもその影には人型の影が踏みつける様な形で乗っかっており、まるで自分が踏みつけられているかのようだった。
「どうすりゃ良い?」
『我が力を使い、影を縫う闇を吹きとばせ』
「りょーかい! おぉおお!」
<<偉大なる太陽>>の助言にソラは腹に力を込めて雄叫びをあげる。それに呼応したかの様に<<偉大なる太陽>>から黄金の光が放たれて、彼自身の影を覆っていた闇を吹き飛ばした。
「そこだ!」
「おっと」
おそらくこの影こそがカイトなのだろう。直感的にソラはそう思い、地面に向けて<<偉大なる太陽>>を突き立てる。そしてこれは半分正解――影を攻撃することが正解――だったらしい。
もし普通に影を踏む形で立っていたらそこに居ただろう、という場所に居たカイトが地面を軽く蹴ってその場から離脱する。
『<<影縫い>>の詳細はエルネストから聞いたか?』
「いや、適当!」
『そうか』
実際に術者が居る場所は今カイトが居た所なのであるが、この<<影縫い>>は術者が見付けられない様に仕組まれた高度な魔術らしい。が、この魔術にはどうしてもその性質上問題があり、今の様に影を攻撃されると術者にも影響が出てしまうらしかった。
「<<月の刃>>」
「はっ!」
距離を取ると同時に放たれる無数の円月輪に対して、ソラは<<偉大なる太陽>>振るい黄金色の斬撃で全てを切り裂いて、更に突きの動作でカイトへと切っ先を向ける。
「<<浄化光>>!」
<<偉大なる太陽>>の切っ先から放たれるのは純白の輝き。それは一直線にカイトへと伸びていく。これにカイトは大鎌を二つ重ね合わせて高速で回転させる。
「<<其れは全て飲み込む闇>>」
超光速で回転する二つの大鎌の柄から漆黒が漏れ出して、カイトの前に漆黒の盾を生み出す。それはソラの放った純白の輝きをも飲み込んで一切彼へと通さない。
「……ちっ」
やっぱ差は歴然か。ソラはカイトの防御を突き崩すどころか余裕さえ突き崩せないことを受け、わずかに舌打ちする。こんなものはわかりきっていた話ではあった。が、これでもカイトは満足げだった。
「随分使いこなせているな。エルネスト殿の助力のおかげもあるんだろうが……」
実戦に出て一年にも満たない若者がこれだけできれば十分なんだろう。カイトはそう思う。そんな彼に、ソラが問いかける。
「終わりで良いのか?」
「まさか……こっから、第二ラウンドだ」
ソラの問いかけに対して首を振ったカイトは、ここからが本番とばかりに大鎌を握る手に力を込める。そうして、ここからは今まで防戦や迎撃を主体としていたカイトも攻勢に出ることにするのだった。
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