第2561話 様々な強さ ――水面を揺らし――
皇国主導で行われることになっている合同軍事演習。それにいろいろな事情により参加することになっていた冒険部一同は、その最終調整として小規模な遠征を行っていた。
そこでティナが主導し開発された魔道具を使っての模擬戦を繰り広げていたわけであるが、その中で瞬はカルサイトという生え抜きの猛者と戦っていた。
「まぁさか<<龍春雷>>が絡め取られるたぁな。カイトの助言か?」
「あ、いえ……というよりまさか絡め取れるとは……」
戦いが終わったことで木陰で少し身体を休めていたカルサイトの問いかけに、同じく雨宿りして身体を休める瞬はどこか困惑気味だ。彼からしてみれば何か強大な攻撃が来そうだ、と思い防御の姿勢を取っただけだ。それが偶然にもドハマリしたというだけであった。それをカルサイトも瞬の様子から理解する。
「そうか……ま、冒険者やってりゃこういうことも一度や二度はあるか」
「はぁ……」
流石にそこらの実感はなくて当然か。相変わらず困惑気味な瞬について、カルサイトはそう思う。実際、長く冒険者をやっているとこういう適当にやったことが偶然はまった、ということは起きるそうだ。それが瞬にとって今日のこのタイミングだった、というだけであった。
「ま、そりゃ良いとして……やっぱお前さんらはまだこういった過酷な環境下での戦闘経験が足りてねぇな」
「そうですね……あまりこういった環境は経験したことは。意識して依頼には出ないようにもしてましたし……」
雷鳴が轟き雨が土砂降り。こんな環境下では流石に瞬も滅多なことでは外出はせず、カイトもなるべくは依頼は受けないように通達を出している。こういう環境下でこそ事故は起こるもので、カイトの指示はトップとしてあまりに当然だった。
そして同様に上層部は下手に自分達が請け負って下が真似しないように、意識してこういう悪天候での依頼は請け負わないようにしていたのである。
「そうだな……それが一般的だし、仕事を長くやる上じゃ重要だ。所詮俺達の仕事なんぞ命あっての物種。死んじまったらそれで終いだ。受けねぇ、出ねぇってのが正解だ。依頼人が喚こうとな」
それで良いだろう。瞬の返答にカルサイトは言外にそう告げる。が、それとこれとが別であることもまた事実だった。
「が、やっぱ遠征やら長期の依頼を請け負うとこういう環境下でどうしても戦わねぇといけねぇって時があるもんだ。訓練だけはしといた方が良いぞ。何やらティナの奴が面白いもん開発したみたいだしな。せっかくだ。甘えちまえ」
「はい……では、手合わせありがとうございました。またお願いします」
「おう」
頭を下げる瞬に、カルサイトが笑って快諾する。そうして、両者は適度に身体を休めて次の戦闘へと向かうことにするのだった。
さて瞬とカルサイトがそれぞれ次の戦闘へと向かっていた一方。少し遅れて第二戦を開始することになったカイトはというと、こちらも同じく特殊な環境下での戦いを行っていた。が、こちらはカイトはともかく相手が非常につらそうだった。
「頑張れよー。気ぃ抜くと水浸しだぞー」
「む、無理言わないでくださいよー!」
茶化すように楽しげなカイトに対して、暦は内心で非常に汗だくになりながら声を荒げる。そんな二人だが、現在の状況はというと周囲を完全に水に覆われていた。というより、足場は一切なかった。完全に、水しか――少し深い所に底は見えるが――なかった。
「あわ!」
「おっと」
「あ、ありがとうございます……」
うっかり気を抜くと沈み込みそうになる暦の手を取って、カイトが彼女の身体を支える。まぁ、この調子ではそもそも戦闘になりそうになかった。
「この様子だとほかも戦闘にならない様な所がありそうだなー」
「いや、これ戦闘も何も無いですよ!? これ水源じゃなくて完全に水の上じゃないですか! 足場無いとかどうしろって言うんですか!」
「いや、だから足場頑張ってね、って話だろ?」
「そ、そうですけど……いくらなんでも一個も足場皆無とかきつすぎません……?」
カイトに支えられた暦は一旦不安定になってしまった足元の固定を再構築し、なんとか自分の足で立つ。別に長時間を考えなければ彼女とて<<空縮地>>の応用で水面に立つことはできる。
が、それはあくまでも一時的というか瞬間的に立つことしか想定していない。それを連続させ水の上を走るのだ。分単位、ややもすれば何時間にも及ぶ戦闘なぞ考慮されていなかった。
「存外難しいからな。水の上に立つってのは……走る、駆け抜けるってのは近接主体の冒険者なら想定するし、大抵できるもんだが……」
「うぅ……うわぁ!」
「はいはい……<<空縮地>>とかの虚空に足を下ろすのに対して、実は水面に立つ方が難しいんだ。わかっただろ?」
「はい……」
兎にも角にもこれでは戦いにならないだろうな。カイトは暦用に足場を魔力で生み出しそこに座らせ、自分は変わらず水面に立った状態で話す。そうして、暦が何が難しかったかを口にする。
「まさか水面がこんな変化していくなんて思いませんでした……」
「ああ……水面ってのはどうしても水っていう物体が存在するがゆえに一瞬足を掛ける分には虚空より簡単なんだ。でも逆にその状態を維持しようとなると、一気に難易度が上がる。一瞬蹴るぐらいならある程度大雑把でも良いが、長時間になると範囲を厳密に絞らないと魔力をどか食い。すぐに沈む。かといって範囲を狭めると狭めるで今の様にバランスを崩す」
暦が先程から何度となくバランスを崩していた理由がこれだった。彼女は長時間立つことを想定して魔力の影響範囲を極小に絞ったのだが、結果それが安定せずにバランスを崩したのである。
「こればっかりは慣れの問題だ。如何にして一瞬で必要な範囲を理解するか。身体に覚えさせるしかない。ま、今みたいにならないようにはじめはなるべく大きめにしていく様にした方が良いな」
「はい」
カイトの指南に暦は一つ頷いた。というわけで、彼女を再度立たせたカイトは自分の用意した足場を緊急時の避難所として活用させることにして、自身はティナへと連絡する。
「ティナ。まー、見てりゃわかると思うが、こりゃ戦闘にならんのでホタル寄越してどうぞ」
『みたいじゃなー……まぁ、そんな状況二戦目じゃ珍しくもないんじゃがのう』
「あ、やっぱり?」
暦がそうである様に、足場が無い状態が連続するというのは冒険部ではそもそも想定されていない状況だ。無論カイトも想定した訓練なぞさせていない。なのでそうだろうな、とは思っていたカイトは楽しげに笑うだけであった。
「まぁ、それなら別に終わらせても良いんだろうが。せっかく用意してくれた環境だ。使わにゃ損。暫く暦の練習に付き合うわ」
『そうか。それについてはお主の判断で良いじゃろう』
今回の目的はそもそも最終調整であって、模擬戦を行うことではない。なのでそれに気付いてこういう局地戦の練習と模擬戦を行わずに共に訓練をしている者も少なくなかった。が、そうなるとカイトとしても少し気になったので、ホタルを待つ間に一つ聞いてみる。
「他にはどんな環境を作ったんだ?」
『まぁ、今の水面が一番多いが……それ以外は完全凍った湖想定や雪原、ただしクレバスありなど様々じゃのう。あ、当然凍った湖はある程度の厚みしかない。立っただけでは割れぬが、というぐらいじゃな』
「えっぐいなぁ……」
凍った湖を想定する、ということは即ち下手に大威力の一撃を打ち込めば容赦なく凍った湖に落下。雪原でクレバスがある、ということは下手に動き回れば落下の危険だ。どちらも上手く立ち回らねば模擬戦以前に死の危険性を伴っていた。
「一応聞くが、どっちも安全性は確保されてるんだよな?」
『当然じゃ。凍った湖に落ちればその時点で外に放り出されるし、同じくクレバスに落ちればこちらもまた外に放り出される。リングアウトの概念と思え。ま、本来ならどちらも一瞬で死ぬわけではないがの……あくまでも訓練じゃから、その程度で良かろうて』
「なるほどね」
自身の問いかけに対して答えたティナに、カイトは納得した様に頷いた。と、そこで彼はふと気が付いた。
「てかそういえば……想定されている環境としてはお前が言ってた草原とか山岳だけじゃないのか?」
『山岳も雪山を想定しておる……嘘は言っておらんじゃろ? 凍った湖も水源が凍った、と考えれば嘘ではない』
「うーわ」
出たよ屁理屈。カイトはうそぶくティナに楽しげに笑う。まぁ、これについてはおそらくカイトも同じ様にうそぶくだろうことが容易に想像出来たので、彼も一切苦言は呈さなかった。というわけで、彼はこれについてはそのままで良いと判断。気を取り直す。
「ま、それは良いか。良い経験だ……一つ聞き忘れていたんだが、何戦想定してるんだ?」
『ああ、そういえば言っておらんかったか。一応連続五回まで戦闘は設定できる。それと組み合わせもこちらで操作できる』
「それでオレはアリスと暦の順番だったのか」
どうやらカイトの流れはティナが操作していたらしい。こういうことができるか、という試験もしていたようだ。まぁ、カイトからしてみれば誰が相手でも一緒なので別に気にする意味もなかったし、基本冒険部での彼の立場は教導役。教え、導く者だ。こういった特殊な環境に放り込んでくれた方が役立てた。
『そうじゃな。今後も基本お主は見知った相手との連戦になると思っておけ。ま、それの方がお主としてもよかろう』
「そうだな……ま、たまには遊べることもあるだろうし、今みたいに訓練を見てやれることもあるだろう。そのままで頼む」
『うむ』
カイトの返答にティナは一つ頷いて、今後もカイトの戦闘は意図的にコントロールすることにする。と、そんなことを話しているとホタルがやってきた。
「マスター」
「おう……じゃあ、これ確かに渡したからな」
「はい……マザー。これより帰還します」
『うむ』
ひとまずこれで今回の役目は終わりかな。カイトは次の人形をホタルに手渡して、彼女が飛び去るのを見送る。そうして彼はその後も暫くの間水面の上に留まって、暦の訓練に付き合うのだった。
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