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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第98章 演習編

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第2560話 様々な強さ ――生え抜き――

 皇国主導で行われる合同軍事演習に向けた最終調整として企画された小規模な遠征。そこでカイトはマクダウェル家とヴィクトル商会で共同開発されたという各種の状況を想定した模擬戦ができるという魔道具の試験運用を行う事となる。

 というわけで、アリスとの模擬戦を終えて救援部隊のテストとしてホタルの到着を待って少し。彼は第二の舞台へ向かう事になるのであるが、その一方で他の面々はというとすでに二戦目を繰り広げていた。


「……」


 その一人である瞬は雷雨の中だった。場所の想定としては森林。状況としては最悪中の最悪と言える。なお、流石に雷の直撃があって戦闘終了では模擬戦の意味を持たないので雷が近くに落ちる事はない。舞台演出、もしくはこれを利用できるのなら利用しろ、という舞台装置だった。


(冷雨で体力を奪われ、感覚も鈍る……局地戦に近い状況か)


 これで雪でないだけまだマシと考えるか、それとも逆に視界が悪化する事で余計にやっかいと捉えるか。それは人それぞれだろうと瞬は思う。


(どうする……? このまま相手の出方を伺っていても単に体力も気力も消耗していくだけだ。かといって、この雷雨じゃ物音はほとんど聞こえない)


 視界は悪いし、多少の物音はこの雷雨でかき消される。おまけに冷たい雨により体力は奪われ、身体能力はかなり低下している。これでは気配を読むのも難しい。今まで経験した環境の中ではひときわ厳しい環境だった。


(かなり厳しい状況だが……おそらくカルサイトさんは何か手を知っているはずだ。それを理解してなんとか習得しないと……)


 瞬の相手はカルサイトだった。冒険者としてすでに数百年も生き抜いた生え抜きの冒険者。珠族の中でもひときわ変わり者とされる近接主体の拳闘士。が、そのサバイバル能力や局地における適応力の高さは数百年の来歴によって実証されている。この程度の過酷な環境は何度となく経験しているはずだった。


「……ふぅ」


 下手に動けば体力が摩耗する。そう判断した瞬は一度木陰に隠れ、体力を温存する事にする。が、そうして移動した次の瞬間だ。彼の足元が爆ぜた。


「!?」


 地面が爆発する。魔力の高まりからそれを察した瞬は即座に<<雷炎武(らいえんぶ)>>。魔力の爆発により地面が吹き飛ぶより早く、その場を離脱する。そうして彼が木々の一つに着地した次の瞬間だ。彼は再度目を見開く事になった。


「くっ!」


 幹に着地したと同時に襲いかかってきた魔力の拳に、瞬は思わず槍を構え受け止める。が、あまりに見事で流れる様な一撃に流石に彼も堪え切れず、枝々を撒き散らしながら上へと飛ばされる。


(今のは何だ!?)


 真正面から打たれた。瞬はにも関わらず眼前に迫るまで気付けなかった一撃に困惑を隠せない。そうして雷雨の中を浮遊する彼に、一直線に魔力の拳が肉薄する。


「はっ!」


 真正面から瞬は魔力の拳を打ち砕く。そうして一直線に伸び切った彼へと、カルサイトが上から回し蹴りじみた動きで背を打った。


「おらよ!」

「ぐっ!」


 再度木々を撒き散らし、しかし今度は地面に向けて一直線に落下していく。そうして木々を撒き散らす中で瞬はひときわ巨大な幹を発見。咄嗟にそれを手に掴んで減速する。


「っ」


 木の剛性を強化し、瞬は自身の勢いに耐えきれるだけの強度を持たせる。そこに更に蓄積されていく力に指向性をもたせ、幹をバネに見立て彼は上空へと飛び上がった。


「っ」


 居ない。瞬はすでにどこかへと姿を消していたカルサイトにわずかに顔を顰める。が、そんな彼を真正面から何かが打ち据えた。


「ぐっ!」

「まだまだヤバい環境での訓練が足りてねぇな」

「っぅ」


 そういうことか。瞬はカルサイトがなぜ見付けられなかったのかを理解し、冒険者の生きる知恵を垣間見る。


(闇を本当に薄く纏ったのか。これだけ暗ければ見えないのも無理もない)


 二度も直撃を受けた鈍痛を鬼族に近い身体という利点を活かして賦活させながら、瞬はどうするか考える。これが晴天や月明かりなど明るい中でなら逆に悪目立ちする事になりかねないが、周囲が雷雨の所為で非常に薄暗く、雷鳴が轟く瞬間ぐらいしか見えなかった。そこに来て生え抜きの冒険者であるカルサイトの気配消しだ。いくら瞬でも見極める事は不可能に近かった。


(暗すぎて見えない……雷に頼る……いや、そんなのは流石に不可能だ)


 先程一瞬だけ見えたのはあくまでも偶然雷鳴が轟いて、攻撃直後のカルサイトの姿が浮かび上がったからだ。通常どこに居るか掴めない状況から稲光に合わせて一瞬で気配を隠したカルサイトの場所を見極める、なぞ不可能に近かった。


「っと」


 ぬかるんだ地面に着地し、瞬は槍を突き立て強引に停止する。そうして足跡を辿られないように地面を蹴って木々の上に移動。呼吸を殺して高速で移動し、カルサイトから距離を取る。


「はぁ……」


 これで撒けていればよいんだが。瞬はそれが淡い期待だと理解しながらも、願うようにそう思う。流石にこの状況だ。何か考える時間が欲しい所だった。だったが、当然そうはなってくれなかった。


「っ! はっ!」


 豪雨を切り裂いて肉薄する魔力の拳を瞬が貫いて、再度幹を蹴って移動する。そうして移動しながら、彼は次の一手を考える。


(いっそ周囲を明るくすれば良いんだろうが……広範囲に渡って明るくすれば、それだけで膨大な魔力を食う。カルサイトさん相手にそんな事は自殺行為だ)


 おそらく身体的には自分が若干上だろうが、あまりに経験値が違いすぎる。瞬はその一点を重要視して、カルサイト相手に普通でも敗北が十分にありえる事を悟っていた。

 しかもその上でこの雷雨という状況だ。ただでさえ勝機はかなり薄かったのに、ここで身体能力の差を埋められる一手を打てば敗北が確定していた。


(……これしかないか)


 数瞬の思考の後、瞬はこの状況下における自身の最善の一手がこれだ、と判断する。そうして彼はおそらく追いかけてきているだろうカルサイトに対して、急制動を仕掛け停止する。


「……はっ!」


 一瞬だけ気合を溜めて、瞬は<<雷炎武・参式(らいえんぶ・さんしき)>>を起動させる。すると彼が雷を帯びた事により一気に周囲が照らし出される。


「っ!」

「っと……前にそういや遠くで見た事あったな」


 一瞬判断が遅ければ、顔面にクリーンヒットしていた。瞬は雷を纏うと同時に照らし出されたカルサイトの拳が自身の眼前まで迫っていた事を理解すると同時に身体が勝手に動いて、槍を置くように突き出してギリギリ相打ちと言える状況へと持ち込んでいた。あと一歩踏み込んでいれば自分から槍に突き刺さる。カルサイトはそんな状況だった。


「ま、しゃーねーが。こういうヤバい天候の時の戦いってのは普通は避ける。が、長いこと冒険者やってっと一度や二度じゃないぐらいにゃこういう状況で戦わにゃならん事もあるもんだ。避ける、じゃなくて避けられないってなって焦らないで良いように準備しておいた方が良いぞ」

「はぁ……」


 そうなんだろうが。瞬はカルサイトの言葉にただただ頷くだけだ。そうして自身の隠形が破られた事を受けてカルサイトが拳を引いて、改めて瞬と向かい合う。


「っしゃ、やるか」


 腰を落としぬかるんだ地面に足を取られないようにしっかりと地面を踏みしめ、カルサイトは何かしらの武術の型と思しき構えを構える。それに瞬も<<雷炎武・参式(らいえんぶ・さんしき)>>を起動したまま――切った瞬間に闇をまとわれ奇襲を食らうため――相対する。


「……はっ!」


 先に地面を蹴ったのはカルサイトだ。彼は水しぶきを上げて地面を蹴ると、一瞬で瞬へと肉薄する。そうしてその巨体に似合う大きな拳で瞬のみぞおち目掛け真正面から殴りつける。


「ふっ」


 放たれる拳に対して、瞬は回転するようにして横を抜ける。そうしてその勢いを利用して、彼は横薙ぎに槍を振るう。これに、カルサイトは気合を入れた。


「はっ!」

「っぅ!?」


 殴ったはずの瞬の手に、痺れが訪れる。打ち据えたはずのカルサイトの身体はまるで巨岩のように硬かったのだ。


「ドワーフ達が得意とする(スキル)だ……知らねぇか?」

「っ」


 知っている。瞬はウルカでドワーフ族の冒険者から身体を岩石のように固くする防御(スキル)があると聞いた事があった。実際に見せても貰ったし、殴らせても貰った。が、そんなものとは比べ物にならないぐらい、カルサイトは硬かった。


「はっ!」

「ごふっ!」


 腕が痺れ身動きが取れなくなった瞬へと、容赦なくカルサイトがその胴体を打ち据える。そうして地面を滑るように吹き飛ばされる瞬だが、彼は地面を踏みしめ急制動。即座にカルサイトに向けて肉薄する。


「はっ!」


 突進の勢いそのままに、瞬は槍を突き出す。そしてどうやら流石にカルサイトも先程の(スキル)で突きを受け止める気はないらしく、裏拳で軌道を逸らす。


「ふっ!」


 裏拳で槍の軌道を逸した直後。カルサイトが瞬に向けて逆の手で裏拳を放つ。これに瞬は距離を取って回避。槍を無数に生み出して、カルサイトへと投じた。


「はぁあああああ!」


 放たれる無数の槍に対して、カルサイトは無数の魔力の拳を放つ事で破砕していく。そうして動きを止めたカルサイトに対して、地面に着地した瞬が即座に肉薄する。


「ふんっ!」


 肉薄してきた瞬に対して、カルサイトは地面を強く踏みしめて地面を揺らす。<<震脚(しんきゃく)>>だ・流石に地面そのものが揺れてしまうと瞬も上手く動けず、急制動で止まるしかなかった。

 が、瞬もこの程度であれば何度か受けた事があったらしい。急制動の力を利用して<<赤影の槍(シャドウ・ランス)>>を投ずる。


「っ!」


 流石にこれはやられてたか。カルサイトは瞬を侮りすぎていた、と判断。直撃しない槍については無視し、放たれた槍に向き合って地面へ向けて拳を打ち据える。その一撃により、地面が大きく隆起。瞬の槍は半ばまでを消し飛ばすも、そこで停止する。


「おぉ!」


 この程度はされるだろう。それを読んでいた瞬は左手にナイフを持ち、態勢を整えるとすぐに地面を蹴っていた。そうして隆起した地面に突き刺さった槍を右手に取り、即席の組み合わせを構築する。


「はっ!」


 隆起した地面を蹴って、瞬は空中へと躍り出る。そうして見たのは、カルサイトが深く腰を落とした姿だった。


「こぉー……」


 瞬間。意識を集中したカルサイトが深く息を吐く。その目は瞬を見据えておらず、極度の集中状態にある事が察せられた。


「<<招雷(しょうらい)>>」


 瞬との接触まであとコンマ数秒。その瞬間、カルサイトの口決を受けて彼の身体を雷が打ち据える。


「っ!」


 雷の衝撃で、瞬がわずかに吹き飛ばされる。これに瞬は一瞬で何か厄介な事が起きようとしていると判断。彼は即座に習得したばかりの槍とナイフの共鳴を試してみる事にする。


「<<雷切一閃(らいきりいっせん)>>」


 ナイフの先端と槍の先端から紫電が伸びて、一筋の刃を形作る。本来これはナイフを操る事で雷を操り敵を切り裂く(スキル)なのだが、嫌な予感がしたので来たるべき攻撃に向けての備えとしたのだ。そして、この選択が功を奏した。


「<<龍春雷(りゅうしゅんらい)>>!」


 隆起した地面の先のカルサイトが拳を振り抜き、その拳の先から紫色に近い桜色の龍が放たれる。それは音の壁さえ突き破り一直線に瞬へと肉薄。が、しかし。瞬とは相性が悪かった。


「……ほっ。やるじゃねぇか」

「……はぁ」


 危なかった。おそらくあの威力の一撃が衝突していればまずかった。が、雷を得意とする瞬に雷の龍をぶつけようとした結果、偶然にも雷の帯に捕らえる事が出来たのであった。


「ま、こんなもんで良いか」


 どうやら今の一撃を受け止められるなら見どころはあると判断されたらしい。そうして、カルサイトが戦いを終わらせた事で二戦目の模擬戦は終わる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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