第2557話 様々な強さ ――キューブ――
皇国主導で行われる事になった合同軍事演習。その参加を決めていたカイト率いる冒険部は、合同軍事演習の開始まで後わずかとなった事もあって調整に余念がなかった。
そんな中、カイトはその最後の締め括りとして小規模な遠征を組んでいたのだが、そこでティナからの要望があり軍とヴィクトル商会が共同開発しているという何かしらの訓練道具の試験運用を頼まれる事になっていた。というわけで、展開して暫く。ティナによる安定性のチェックが終わった頃合いでカイトは冒険部の人員を再招集。構造物となった魔道具の前に集めていた。
「あー……この構造体なんだが、今回の遠征では急遽ヴィクトル商会からの要請によりこの魔道具を使って行う事になった。これは簡易のバトルフィールドを展開するもので、今回の遠征に一部合致すると判断している」
へー。そんなもの開発してんのか。基本冒険部でヴィクトル商会の新製品のテスターをやらされる事は少なくなかったので、冒険部の面々はカイトの説明にまたか、ぐらいしか思っていなかった。実際新製品のテスターとあって前向きに参加してくれる者も少なくなく、カイトとしては一安心ではあった。
「というわけで、入った後は基本個人戦になる……らしい」
「らしい?」
「オレも使った事無いんだからしょうがないだろ」
ギルドメンバーの一人の問いかけにカイトは若干やけっぱちに投げ捨てる。まぁ、これは多分に演技を含んでいるが、若干は真実だ。というわけで、いつも通り何か押し付けられたんだろうなー、程度にギルドメンバー達も理解したようだ。と、そんな所には一切興味がないのか瞬が問いかける。
「で、カイト。基本はどんなものなんだ?」
「さっきも言った通り、専用の戦場が構築される。市街地戦とかだな」
「なるほど……便利だな。ウチで買う予定はあるのか?」
「欲しいのか?」
「あったら便利だろう?」
カイトの問いかけに瞬はまるで当たり前だろう、という塩梅で逆に問いかける。これにカイトも少し考えた後、同意した。
「……まぁ、たしかにな。んー……確かに発売されたらウチで買うのはありか……って、今はそうじゃなくて」
それは横に置いといて。そんなジェスチャーを挟んで、カイトは改めて話を軌道修正する。
「話の本筋に戻すが、いろいろな想定を行った戦闘ができる。詳しくは実際にぶつかってみて経験してくれ。オレもわからんからな。一応、同時に入っても同じ場所に出れるわけじゃないそうだが……詳しいルールなどはオレも深くは知らん」
「じゃー、とりあえず行くかー」
「まーたなんか変なのやらされてるよなー、俺ら」
「いつもの事でしょ、ウチじゃ……」
今回は遠征といっても金銭の発生しない内々のもので、そしてあくまでも最終調整としてのものでしかない。そしてこういった大規模な依頼の前にこういった最終調整が設けられるのは珍しい話ではなかったので、ギルドメンバーの大半が今回はちょっといつもと違うなぐらいしか感じていない様子だった。そうして特に迷いもなく入っていく冒険部の面々に、新参者達があっけにとられていた。
「お、おぉ……お前さんら、迷いねぇなぁ」
「あははは。ウチはこんなもんっすよ」
「そうか……ははは。まぁ、良いじゃねぇか。冒険者やってっと迷いなく行けるってのは一つの利点だ。俺も負けねぇようにしねぇとな」
ソラの言葉にカルサイトが楽しげに笑う。そんな彼の一方。もう一つの新参者となるソーラ達はこの構造物の凄さに驚いていた。
「すごいわ、これ……相当高度な魔道具……」
「どれぐらいの組織ならこれを作れそうだ?」
「間違いなくヴィクトルかマクダウェル家ぐらいの技術力が無いとだめね」
リリアナの問いかけにナージャが首を振る。やはりさすがはマクダウェル家とそのスポンサーたるヴィクトル商会。一同はそんな様子だった。
「入って大丈夫そうか?」
「安全性に関しては折り紙付き。問題ないわ」
「……えらく前のめりだな」
「実際、中を見てみたいのよ」
なるほど。じゃあ、俺達も行くか。そんな様子で<<太陽の牙>>の面々も中へと向かっていく。そうして中へと一同が入っていくのを見送りつつ、カイトは現状をティナへと問いかける。
「ティナ。もう入らせたが、そっちで確認とかは取れているのか?」
『取れておるよ。今回は百人もおらなんだので、十分試験運用の許容範囲内じゃ』
「そうか……じゃ、オレもこれから入る。使用感なんかは後で」
『ああ、それについてじゃが、お主にはもう一つ頼んでおきたい事があってのう』
カイトの言葉を遮って、ティナが口を開く。これにカイトは足を止めた。
「頼みたいこと?」
『一応は外から監督しておる者が中を監視できるが、中で有事が起きた場合には特定のポイントへ入れるようにせねばならん。それは良いな? 無論、声掛けもな』
「それはそうだろう」
『うむ……それで中へピンポイントの声掛けができるか。お主がおる所へホタルを送る事ができるか、というテストも行っておきたい。適時ホタルを向かわせるので、人形を持ち帰らせるようにしとくれ』
ティナが言うとほぼ同時に、ホタルが要救助者と書かれた紙が貼り付けられた人形をいくつか運んでくる。そうしてカイトの前に並べ、告げた。
「これをマザーより」
「わかった……番号順で良いのか?」
『うむ。ああ、そうじゃ。胸元を見ればわかるじゃろうが、時計を仕込んでおる。ホタルが向かうと同時に戻るまでにどれぐらいの時間を要するか、とそれで確かめるようにするので、起動を忘れぬようにしてくれ』
「あいよ」
ティナの要請を受け入れたカイトは、魔糸で人形をがんじがらめにして異空間の中に収納。邪魔にならないようにしておく。そうして、彼もまた一同に遅れて魔道具の中へと入っていくのだった。
さて魔道具の中に入ったカイト。そんな彼を待ち受けていたのは先に入ったギルドメンバー達ではなく、無機質な通路だった。
「床と壁はるが、天井は無いと……んー……」
多分対策はされているんだろうけれども。一応はチェックしてみるか。カイトはそう決めると、壁を蹴って壁の上部まで移動する。そうして次の一歩で壁を抜けるという所で、彼は刀を取り出して壁に突き立てた。
「ま、そーですよねー」
こんこん。見かけ上は何も無いように見える虚空を叩き、カイトは笑う。あのままの勢いで飛び上がっていれば今頃頭のてっぺんから見えない天井に激突していた事だろう。と、そんな彼にティナの声が響いた。
『当たり前じゃろ。そんなもん、いの一番に対処されるもんじゃ』
「ティナか……テストはどうなんだ?」
『とりあえずは問題なさそうじゃな……とっとと降りよ。せっかくの壁に傷を付けおってからに』
「傷付けられたくなけりゃ、もっと詳しく説明してくれって話だ……ま、これも想定した上での話だろうがな」
ティナの苦言にも似た言葉にカイトは刀を壁から抜きながら、一切減速せずに地面に着地する。そうして次の行動に移れる状態になった所で、唐突にティナの立体映像が彼の前に映し出された。
「うん?」
『ああ、これは演習用の魔道具じゃからな。ルール説明などができるように立体映像が出せるようにしておるんじゃ……良し。じゃあ、まずはその入口から入ってすぐのポイントへ向かう事ができるか試験じゃ』
「対戦相手は良いのか?」
『そこらは若干細工をしておるよ』
「ふーん……」
オレにはよくわからんが。カイトはそう思いながら、ティナの言葉に素直に従う事にする。というわけで、彼は先程異空間に入れた人形の0番と記されている物を取り出し、地面に設置する。
「0番設置……カウントスタートよし」
『うむ……ホタル、合図と同時に非常口よりキューブに入れ。カイト、合図に合わせカウントスタートじゃ』
「りょーかい」
『了解しました』
ティナの言葉にカイトとホタルが揃って承諾する。そうして、合図が下された。
『スタートじゃ』
「スイッチオン……カウントスタート」
『こちらも上空へ移動。非常口へと移動します』
「非常口は上にあるのか?」
『うむ』
一応入り口はカイト達が集合した所にしか見えなかったが、どうやら上面に非常口があったらしい。そこへ向けてホタルが移動していく。そうして数分。暇なので腰掛けたカイトの聴覚が飛翔するホタルの音を捉えた。
「上……か」
『うむ。その天井の上には非常口から入った者しかいけぬようにしておる』
「要救助者は救助と一緒なら出れる、と」
『そう考えて構わんよ』
どうやら詳しく言えば更に色々とあるのだろうが、ざっくばらんにはそれで良いらしい。カイトの言葉にティナが頷く。そうして合図が下されてから数分。上空を旋回していたホタルがカイトの位置を割り出し、降下してきた。
「目視でしか探せないのか?」
『ホタルで、という意味であれば違うが……今回は一般を想定して動いてもらったのでのう。やはり目視だけだと厳しいか』
いつものホタルなら各種のセンサー類や念話を使ってカイトの位置を即座に割り出す事なぞ造作もないにも関わらず妙に時間が掛かっていた。それに疑問を持ったカイトの問いかけにティナが答えるが、その声は少しだけ苦かった。
「マスター」
「おう……じゃあ、これを確かに渡したからな」
「了解……マザー。これより帰還します」
『うむ。急げよ』
「了解」
ティナの指示にホタルが地面を蹴って、再度空中へと躍り出る。それを見送り、カイトはテストの終了まで少し待っている間にティナへと再度問いかけた。
「何かマーカーや非常ベルなどは無いのか?」
『無論、それも用意しておるよ。が、それが無い場合にどの程度時間が掛かるか、も確認しておきたくてのう。どこでも設けておるわけではないからのう』
「そか」
『うむ……おお、戻ったな。タイムは三分ジャストか。悪うは無いタイムか』
今回のホタルはあくまでも目視だけで探したのだ。それにしては十分良いタイムだったと言えたらしい。まぁ、これはそもそも移動していない想定なのでこれだけで良かった、という話だというのは後に聞いた話であった。
『よし。カイト、もう良いぞ。お主も進め』
「あいよ……じゃあ、次は一回目の戦闘後で良いのか?」
『うむ……まあ、何か起きる事はないじゃろうが。気をつけてな』
「あいよ」
世界最強に対して相手は子供達だ。まるで相手になる事はないだろうが、一応の礼儀としてティナも告げておいたようだ。というわけで、テストが終わった事を受けてカイトは腰を上げて奥へと進んでいくのだった。
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