第2555話 様々な強さ ――支度――
皇帝レオンハルト主導で行われる皇国全軍による合同軍事演習。その手配に勤しんでいたカイトはそれと共に合同軍事演習の最終調整を兼ねて軽い遠征を計画していた。
していたのだが、それを行う前に彼は今回の合同軍事演習の支度を行う必要があった。というわけで、直近まで迫った合同軍事演習に向け彼はハイゼンベルグ公ジェイクと話をしていた。
「そうか……とりあえず完成か」
『うむ。ざっと10キロ四方の地方都市を想定した演習場を設営した……中々骨の折れる作業であったが……』
「都市戦を想定しなきゃならないんだ。かといって実際の都市を使う事なんて出来ないし、都合よく流用出来る廃都なんて早々無いからな」
『三百年前ならまだしも、現代に廃都なぞ無いわ』
「あっははは。違いない。そんなベースがあるならとっくの昔に使ってるもんな」
ハイゼンベルグ公ジェイクの指摘に、カイトもまた笑う。色々と事情があって廃棄された都市があったとて、その原因が解消された時点でその都市の基盤を流用して新しい街を作るのがエネフィアの一般的な流れだ。実際マクスウェルとてかつてあった都市を再利用している事からも、これは明らかだろう。
『まぁのう……ま、そういっても大半がハリボテの幻術を織り交ぜた有り合わせよ。過信はするでない』
「必要も無いだろ。そっちは都市を防衛する側。こっちは奪われた都市を攻略する側。その想定で演習を行う。どっちも都市部への被害は最小限に抑える事が前提だ。逆に壊れないように強固にし過ぎちまったら演習の意味がない」
カイト達攻め手側からすれば要救助者。逆にハイゼンベルグ公ジェイク達守り手側からすれば保護対象だ。そして流石に都市の住民全員を避難させるシェルターは物理的に設置不可であるため、ある程度は各自の家々にて避難してもらうしかない。なので都市の住宅の破壊は可能な限り避けるべきで、どちらも壊さないようにしなければならなかった。
『ははは……そうでも言わねばお主の一撃で全部破壊して終わり、という事もあり得よう?』
「やらねぇよ」
冗談めかした言葉にカイトは笑う。というわけで現状をひとしきり聞いた所で、彼がハイゼンベルグ公ジェイクに逆に指摘する。
「で、それで言えば流石に爺が前に出るのはもうやめてくれよ。流石に今度はご法度だぞ」
『わかっておるよ。今回はこの姿のまま参戦する。が、切り札としてあれらは呼び寄せるがのう』
「それは承諾済みだ。こっちも切り札としてウチの奴らを使うからな」
建国の英雄達と<<無冠の部隊>>。この二つは皇国において最も有名な英雄達だ。そのどちらもが対<<死魔将>>と対邪神を考えるのであれば動かすべき戦力だ。
しかしこれらはカイトとハイゼンベルグ公ジェイクが主軸となり動かす部隊なので、この二人が所属する陣営――そもそもどちらも皇国の指揮系統にはないが――に加えられる事になっていたのである。
『うむ……ではこんなものかのう』
「まー、そんなもんだろう。ああ、そうだ。ここ暫く忙しすぎて詳しく把握してないんだが、各地の演習の状況はどうだ?」
『存外、悪くはない。各地の旧文明の遺跡から発見された痕跡を侮って手痛い被害を被った所もあるからのう。それが何個も続けば否が応でもわかろうて』
どうやらやはり皇国はカイト達の事があるからか、他国に比べて邪神の復活に関してかなり危機感を抱いていたらしい。総じて警戒態勢はかなり厳重に取られていた様子だった。
「そうか……まぁ、ここ暫くってかオレが帰ってから色々と有り過ぎたか。最近は各地の邪教徒達も活発になってるそうだしなぁ……」
『欲を言えばもう一発デカイのが欲しいがのう。それで丁度よい塩梅に引き締まる』
「やめてくれ。対応すんのオレだぞ」
『ははは』
冗談よ。ハイゼンベルグ公ジェイクは肩を竦めるカイトに楽しげに笑う。と、そんな彼が唐突に顔を引き締める。
『そういえばカイト。邪教徒と言えばじゃが』
「ウチの邪教徒共がおとなしい件か?」
『なんじゃ。気付いておったのか』
「流石に自分の家の庭でいたずらする奴がいりゃ警戒もする……結論から言えば、マジで大人しい。痕跡が皆無とまでは言わんが、あんまり見付かってない」
『ふぅむ……逃げたか、それとも……』
どうなのだろうか。現状マクダウェル領にはエネフィアでも随一の戦力が整っているし、内々には単騎であれば最強を謳われるシャルロットまで滞在している。先の収穫祭で痛手を被った事を鑑みて、一度引いていても不思議がないと言えば不思議はなかった。
「わからん。情報が足りん。流石の情報屋も邪教徒までは動きが掴めん。攻略出来ないと踏んで撤退したか、それとも嵐の前の静けさか……ま、どっちでも良いわ。来たら潰す。総戦力でな」
『そうか……まぁ、自分の家の庭ぐらい片付けられるように指南はしてやっておる。せいぜい他所様の庭に手間を掛けさせぬようにな』
「あいよ」
どうやらハイゼンベルグ公ジェイクは単に本来は最も盛んにであるはずのマクダウェル領での邪教徒達の動きが静かな事から、カイトに何か起きていないか聞きたいだけだったらしい。ひとまず何も無いという事なのでそれで良しとしたようだ。というわけで、おおよその話し合いが終わった所で二人は通信を斬る。
「さってと……どうすっかね」
「何がですか?」
「爺攻略……あの爺だ。どーせとんでも作戦を用意してくれてるんだろうさ」
クズハの問いかけにカイトは楽しげに笑う。今回はマクダウェル家とハイゼンベルグ家が皇帝レオンハルトに提案した関係で、この両家が実務を担当している。なので攻め手守り手共に旗印がこの両家になっており、カイトとハイゼンベルグ公ジェイクは敵同士になる事が確定していた。が、そんな彼にクズハは首を傾げる。
「それを今考えた所で意味があるのでしょうか……」
「ねぇな……そもそもお互いの戦力がどうなるか、ってのも見えてない。考えるだけ無駄だ。今週末の参加締め切りが終わった後、ユニオン側から提出されるのを待ってからだな……クズハ。お前はわかっていると思うが、今回の戦闘においてはアウラと共に旗印だ。ウチのバカどもは表向きはお前の指揮下になる」
「指揮が取れるとは思いませんね」
「あっはははは。安心しろ。オレもだ」
あのアクの強い奴らを統率しろ、と言われた所でクズハには自分が統率の取れる未来が見えず、そしてカイト自身もまた統率が取れたかというとそうは思っていなかった。故に笑う二人であったが、カイトが顔を引き締める。
「ま、そりゃ良いんだ。とりあえずアウラと一緒に一番うしろに引っ込んで、適度にデカイのぶち込んでくれりゃそれで良い。お前が攻撃、アウラが回復。それを適当に回転させる。それだけだ」
「はい」
「よし……後はアウラが戻ってからだな」
ここ暫くはハイゼンベルグ家と共に各地の五公爵二大公の調整に勤しんでいたアウラであるが、今回の渡航を最後にそれも終わる予定になっていた。それが終わった後はマクダウェル家としての最終調整を行って、マクダウェル家としての支度は全て完了だった。というわけで、カイトは更にいくつかの書類にサインを入れて、今日のマクダウェル公としての公務を終わらせるのだった。
さてアウラが戻ってくるまでの数日。カイトはというと一通りの合同軍事演習の支度が終わった事もあって今度は冒険部としての最終調整を進めさせていた。
「ソラ、先輩。参加者については締め切るが、何か参加を悩んでいるとかって奴はもう大丈夫か?」
「ああ。俺の方は問題無い……ソラは?」
「あ、俺も問題無いっすね。最後の飛び込みでソーラさんとことカルサイトさんねじ込んだぐらいで」
カイトの問いかけに瞬とソラの二人は現状知りうる限りの検討中が無い事を明言する。というわけで、そんな彼は大きく仰け反って姿勢を楽にする。
「そうか……ま、軽い訓練だ。そこまで気合を入れるもんでもないか」
「軽い訓練のう……そんな訓練に一つ彩りを与えてやろうか」
「あ?」
カイトとしては冒険部相手にさほどの訓練を出来るわけでもないし、そもそも今回彼の企画の意図は冒険部のギルドメンバー向けに最終調整を行える場を提供する事だ。なので特に気にすることもなく、という所だったのであるが、そんな彼が響いた声に姿勢を戻す。
「彩り?」
「うむ……ちょいと色々とやっとったんじゃが」
「お前が色々とやってない時があるのか?」
「無いが……まぁ、聞け。単に草原で訓練もあまり面白うあるまい? そこで面白いものを開発してのう。元々は軍とヴィクトル商会との共同開発じゃったんじゃが、その試作品が出来てのう」
ことん。ティナはカイトの揶揄に笑いながら、彼の机の上に一つの四角形の金属物を置く。これはカイトも見たことがないもので、何がなんだか皆目見当も付かなかった。
「まーたテスターやらされんのね……」
「か、覚悟決まっとるのう……」
「何回やらされた思うとるんじゃ」
「ま、まぁのう……」
諦めが早くて助かるといえば助かるのだが、こうも半眼で言われてはティナも少し無理やりやらせすぎたか、と思ったようだ。まぁ、どうせ断った所であの手この手でやるように言われるのは見えた話だったし、それにカイトとしても有用なら受け入れるつもりではあった。というわけで彼が気を取り直す。
「ま、とりあえずこれが何か話せ。話はそれからだ」
「うむ……簡単に言えば特殊な戦闘フィールドを構築するための魔道具じゃ。最近、やはり訓練の需要が各地で高まっておるからのう。色々と想定した訓練を一気に行いたいが、そうなると支度が面倒という話が出る」
「まぁなぁ……そこはよく聞く話か」
「うむ。そこで開発したのがこれじゃ」
やはり軍を率いている以上、各種の運用を想定した訓練は積ませている。が、そうなると一番面倒なのが、どうやってその各種の運用を想定可能な訓練場を作るか、という所だった。
例えば市街地戦なら市街地を。湖なら湖を、という風に逐一移動していると非常に手間だし、費用も馬鹿にならないのである。
「これはまだ限定的じゃが、市街地戦や水上戦などある程度よくある戦場を想定した訓練が可能な空間を創り上げる、という魔道具じゃ。そのモードの一つに、今回のように対人戦を主眼とした訓練モードもあってのう。それを使ってみぬか、と思うてな」
「へー……また便利なの作ったじゃねぇの」
それが運用段階になってくれれば、カイトとしても万々歳だ。なので先程までとは打って変わって俄然興味を示した彼が少しだけ前のめりに話を聞く。
「想定される戦場は何種類現状ある?」
「草原。山岳地帯。森林。市街地。水源……それら基本的な五種が現状で登録しておる。晴天から雷雨まで、天候に関しては微調整は可能じゃ。が、どうしても限度があるのは許せ。まだ試作品じゃからのう」
「設定可能なフィールドを組み合わせる事は? 例えば草原と水源みたいな感じに」
「可能じゃ……が、ある程度空間の広さが限定されるのが難点かのう。これは製品化されても変わらんじゃろう」
「それはしゃーない。ま、そこも含め今後の開発に期待しよう」
まだ試作品だ、というのは最初に言われていた。なのでカイトも気にしない事にしたようだ。というわけで、そんな彼にティナが告げる。
「頑張ろう……っと、それで話を続けると、これじゃが訓練用である兼ね合いから外側からの制御も可能じゃ。緊急時には強制排出を行う事も出来る」
「なるほどね……今回のそこらの手配は?」
「それはこちらで手配しよう」
「……わかった。確かに有用そうだ。試しに使ってみよう」
元々冒険部がテスターをやらされるのはよくある話だ。なので今回もそれを使う、とすれば演習の参加者達も気にしないだろうというのが容易に想像出来た。というわけで、カイトはその後は暫くティナとの間で試作品の使用方法や注意点などを聞く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




