第2551話 様々な強さ ――飛空術――
『夢幻鉱』に始まるいくつかの出来事に対して一旦の目処を立て、更に同時にエンテシアの魔女の探索に関する話にもある程度の目処を立てる事が出来たカイト。
そんな彼はティナに呼ばれエンテシア家の本邸に入るための『鍵の杖』と呼ばれる物の作成の手伝いを行う事になっていたのであるが、結局それはティナしか作れない――正確にはエンテシア家当主――事が判明しギルドホームへと帰還する。
そうして帰還したギルドホームでも結局何もする事がないことが判明した彼は訓練を行う事にして訓練場に出たわけであるが、そこで偶然飛空術の訓練をしていたソラ達を発見。自身の訓練の前に彼らに飛空術を見せる事になっていた。
「まずはロケット型の飛空術だが……これはおそらくアルも見せただろう。イメージとしてはジェットエンジンみたいな感じだ」
一旦は座って自身の解説を聞くソラ達に、カイトはいつもなら見えないようにしている魔術式を敢えて可視化した状態でソラ達へと見せる。ちなみに、ロケット型の魔術式を構築するのはなにげにすごい久しぶりという事であった。というわけで、そんなロケット方の魔術を見て瞬が思わず驚きを浮かべた。
「なんだ……こんな簡単な術式なのか」
「出すか出さないか、っていう程度だからな。これだとせいぜい出力調整ぐらいしかできん。更にもっと効率よく、とか考え出すとこんな簡単な術式だけじゃなくて前面に障壁を張って風防の代わりとしたり、とか色々とやらないといけないけどな」
「ああ、流石にそこまでは対応してくれないのか……」
それもできてくれれば簡単だったんだがな。瞬は浮かび上がっている魔術式を見ながら、一つため息を吐いた。カイトがしていたのは単なる飛行するために必要な術式だ。これにカイトも笑う。
「そりゃそうさ。これはあくまでも飛行するのに必要な術式。必要最低限の構成だ。そこから先にどれだけ、どんな術式が必要なのかは様々な状況に応じて異なっている」
「まぁ、そうなんだろうな……」
「ああ……で、これ以外となるとまずは滑空型だが……これは非常に簡単だな。アル、少し距離を。一応、範囲には気を付けるが万が一の場合は防壁も頼む」
「うん。二人共、少し下がって」
カイトの要請を受けたアルが瞬とソラの二人を少しだけ後ろへと下がらせる。そうして少しだけ距離を取らせたカイトが少しだけ浮かび上がり、あまり目立たない程度に空中に浮かんで魔力で足場を生み出す。それを見て、瞬が口を開く。
「確か跳躍型は<<空縮地>>の応用なんだったな」
「ああ。勿論、実際にやる時は足場なんて足の裏だけで十分だから、こんな足場なんて必要無いけどな。そして基本ベースは<<空縮地>>ではあるが、前に語った通り跳躍型は滑空型とも言われる。だからここからが違うんだ」
カイトはそういうと、肩のあたりに飛行機の翼の様な形状の魔術を生み出す。
「これが跳躍型でよく使われる翼だな。これを利用して滑空するわけだ」
「……小さくね? ハンググライダーとかだともっと大きなイメージあるけど」
「そりゃ大きいさ。実用的なレベルの超長距離を飛ぼうとするのなら、こんな小さい翼は使い物にならん。だからこれをもっと大型化して、なるべく滑空出来るようにしないといけないな」
「場所は肩で良いのか?」
ソラの質問に答えたカイトについで、瞬が問いかける。どうにも彼には肩に翼を取り付けるのが不格好というか、直感的に何か違和感が感じられたようだ。これにカイトは笑う。
「そりゃ、これは一例だ。だから実際には背中に同じように取り付けたり、他にもロケット型を併用して移動距離を伸ばしたり、と考えている者も少なくない」
「なるほど……それでか」
「ふーん……早い話、ジャンボジェット機って感じ?」
「そんな所だな」
ソラの問いかけにカイトは一つ頷いた。実際、カイトが飛空艇の理論をもたらして以降――それまでは足や手に魔術を展開していた――はジャンボジェット機のように翼にロケット型の魔術を組み込ませ、自身を飛行機のようにしてしまおうという冒険者も居るようだ。
「この一体化した場合の利点はコントロールの容易化。難点は魔術の煩雑化に伴う難易度の悪化だな。どっちが良いかはオレにはなんとも言えん」
「別々にした方が個々の操作は楽になるけど、その分複数の魔術を使わないといけないから難しい、と」
「そういうこと」
ソラの要約にカイトは再度頷く。こればかりはどちらが良いか、と聞かれてもカイトにも答えられない。その人の性質などに影響してしまうからだ。
「まぁ、そりゃ良いだろう。兎にも角にも跳躍型はこうやって翼を出す事によって滑空するわけだな」
「そのために初速として<<空縮地>>を使うと」
「そうだな。実際、ジェット機だって飛び立つ際には初速を得てから飛ぶだろう? それと同じだ。ロケット型を組み込むのはよりジェット機に近付けたものだと思えば良いだろう」
「なるほど……」
ロケット型を組み込む事を考えたり、飛距離を伸ばすために翼を常に顕現させておかねばならなかったりと色々としなければならない事はありそうだったが、瞬としてはやはりこの跳躍型が一番しっくり来ている様子だった。
実際、先の練習用の魔道具でも一番相性が合っていたのはこの跳躍型だった。と、そうしてひとしきりの説明を終えたカイトが足場の顕現を解除。再度地面に降り立つ。
「まぁ、ここまではアルでも解説出来る所だろう。なので今回見せるのはこの次。魔術師達が使う飛空術と言うべき所か」
「「……」」
やはりここからはほぼほぼ未知の領域だからだろう。瞬とソラがわずかに身を固くする。そうして、カイトは先程とは比べ物にならないほど緻密な魔術を展開した。
「これが土属性でも上級に位置する重力制御の魔術。まず、今の二人には何がなんだかの領域だろう。というか、アル。お前わかるか?」
「あはは……流石に上級になると流石に僕じゃまだ無理だよ」
「だろうな。流石にこれは魔術師達が練習向けでやる奴で、基本的にはよほど万能じゃない限りは近接主体のソラや先輩がやるべきものじゃない。これの習得に力を割くぐらいなら、いっそ別の物に力を割いた方が遥かに良い」
一応、今回は実演ということで使ってみせるけどな。カイトはそういうと、発動待機中だった魔術を始動させる。そうして彼の身体と共に彼の周囲の重力が一気に低減され、ついにはゼロになった。
「一見するとこのようにふわふわと浮かんでいるように見えるが、実際にはこれに加えて重力を制御して移動したい方向に加速したりする」
「つまり落ちてるってことか?」
「そういうことだな。だからうっかりすると飛びすぎる事も起こり得る。勿論、呼吸の確保などしないといけない事は少なくない」
瞬の理解にカイトは自身の周囲に展開した重力の偏向を拡大。瞬らをも飲み込む。
「おっ!?」
「ととと!?」
「このメリットの一つとしては、このように同行者を連れて移動しやすい事が挙げられる。というよりも、この点に関してだけは概念型にも勝る利点と言って良いだろう」
ジタバタともがく二人――呼吸はカイト側が確保している――を見ながら、カイトはこの重力型による最大の利点を明言する。こればかりは自身に付与するしかできない概念型とは違い、自身の周囲の場を制御する事で飛翔する反重力型の利点だった。と、そんな彼は暴れる二人に告げる。
「あはは。反重力型は基本無重力状態で停止する事になる。今は停止状態なんだが……宇宙飛行士のように手足を使って反転とかになってくるから、暴れれば暴れるほど動く事になる」
「「わっ!」」
魔術を切った事で地面に落下した二人が声を上げる。そうして尻もちをついた所に、カイトが再度魔術を展開。すると先程までは複雑な挙動を取っていた二人はそのままの格好で浮かび上がるだけだ。
「おっと……わっとととと……」
「これは……慣れないと厳しそうだな」
「だろうな。この習得を目指すのであれば、実際に宇宙飛行士がやる様な訓練をしないといけない事もあるだろう……宇宙飛行士達が宇宙空間で実際に使っている手法でもある」
「本当に宇宙飛行士みたいだな……」
今の自分達が置かれている状況が宇宙飛行士達の訓練と似た状況だ。そう言われても納得出来る状況に、瞬がわずかに感心した様な顔を浮かべる。と、そんな感心を彼が得た一方でソラは逆に別の点に感心を得ていた。
「でも、ってことはこんな事を地球じゃ科学技術で再現できてるって事なのか……それ考えりゃ、地球の技術もすげぇんだな」
「あはは……そうだな。これを更に飛空術に近づけようとしているのが、煌士くんだ。まぁ、彼も今は魔術と科学を融合させ実現しようとしているから、純粋科学かと言われればそうじゃないんだろうが」
「あ、そっか……そうだよな」
カイトの語る話にソラは桜の弟の事を思い出し、そう言えばそうだったと改めて彼に対して畏敬の念を抱く。というわけで反重力型を語った後、カイトは最後の一つに話を向ける。
「で、最後……概念型。これは類例というか、最も良い例はやはりユリィ達翼を持つ者だろう。彼女らの飛翔の概念を魔術的に再現したのが、この概念型だ」
「うっ……」
「うわぁ……」
カイトの構築した魔術を見て、ソラも瞬も思わず引きつった声を漏らす。少なくとも二人が見たくない、と思いたくなるほどの数と細かさの魔術式が組み込まれていたのだ。
「あはは。だろうな……これに関してはもう反重力型も極め、その他多種多様な魔術も極めた果てにある魔術だ。これに適性がある、とされたならもうそれは天性の才能だ」
視たくも見たくもない。そんな様子の二人に対して、カイトも始めはそうだったからこそ納得するしかできなかった。
「で、でもよ。そういや、これらの飛空術って最悪頭に直接ぶち込めないのか? 魔術師でそんなんやってる奴居るって聞いた事あるぞ」
「それが、飛空術の習得を困難にしている所でな。飛空術は個々人に応じて必要な術式が変わってしまう。ロケット型や跳躍型ならまぁ、ワンチャン汎用化もありだが……」
「反重力型と概念型は駄目、と」
どこか言い淀んだ様子のカイトに、瞬が問いかける。これにカイトははっきりと頷いた。
「反重力型は性質上呼吸の確保とセットだから、一つ解析されりゃ共有してる奴が全滅必須。汎用化を誰もやらん。メリットに見合わないからな。というか、やりたくないからこその飛翔機だ。概念型に至っては自分で自身の概念を理解し、それをベースに最適な魔術を自分で構築するしかない。これに至っては理論上汎用化が不可能だ。そりゃ、ワンオフなんだから当然だ」
「「……」」
どうやらソラも瞬も考える事を放棄するぐらいには面倒な話になりそうらしい。カイトの解説から反重力型の汎用化が難しい理由と、概念型がそもそもの構築を自分でやらなければならない事を理解する。
「というわけで、これはオレに最適化された魔術だ。だからオレにしか使えないし、オレ以外が使おうとしても発動に失敗する。そのかわり、オレがオレのために作った魔術だからオレが使う分には自由自在な飛翔が可能になっている」
指をスナップさせ、カイトは発動待機中だった飛空術を起動させる。これはいつも彼が使っているものなので特に困る様子もなかった。
「これが出来るようになれば、飛翔の概念が付与されるからもはや何でもやりたい放題だ。本当に自由に飛ぶ事が出来る……これについては本当にいろいろな形で現れるから、人によっては翼が出て来る事もある。概念を付与されているから自分が飛ぶイメージが重要、という所もあるな」
「「へー」」
そうなのか。カイトの解説に二人は再度頷いた。そうして、この後も暫く現在の二人に最適な飛空術を見極めるため、カイトは自身の訓練の傍らで二人の訓練を見守る事になるのだった。
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