第2549話 様々な強さ ――鍵の杖――
『夢幻鉱』というかつて『もう一人のカイト』が愛用していた武器の素材であった物質が発見された事をきっかけとして、様々な虚数域の話を行う事になったカイト。
そんな彼は同じく『夢幻鉱』が見付かった事でマクダウェル領にやって来ていたエンテシアの魔女の一人ティエルン・エンテシアを発見。彼女を新たにマクダウェル家に迎え入れると、その後は暫くエンテシアの魔女達に関する話を繰り広げていた。
というわけで、それから暫く。ティナは当主の責任という事でティエルンに言われ、シャーリーとリーシャ、そしてフィオに与える用の承認の杖の作成に取り掛かるべく色々と準備を行っていた。
「で、オレまで駆り出されるのか」
「しゃーなかろう。そもそもリーシャの分も作れ、と言うたのはお主じゃろ」
「ま、そーなんだがね」
リーシャはリルの弟子なのであるが、彼女がエンテシアの魔女かと言うと実はそうだったらしい。
「とはいえ、別に不思議はないだろ。リーシャをオレに紹介してくれたのはそもそもイクス……お前の親父さん達なんだから」
「それを余もあやつも聞いたのがこの間じゃ……」
「すまん。すっかり言い忘れていた」
あははは。呆れて肩を落とすティナに、カイトは軽く笑う。この間の会合にせよ何にせよリルの弟子なのでリーシャが居て不思議はないと思っていたティナであったが、そこでカイトからリーシャの分も必要だ、と言われてそこでようやく彼女もまたエンテシアの魔女だと知ったのである。勿論これについてはリーシャも知らなかったらしく、彼女自身が仰天していた。
「元々リーシャの名前はお前の親父さんのもう一人の奥さん……サフィールさんが使っていた名だ。サフィールは本名で、リーシャが幼名なんだ」
「この間聞いたわ」
かつてサフィールがメイドなぞもしておりまして、と言っていたわけであるが、それは最終決戦の頃からそうだった。が、あの当時彼女はリーシャの名で呼ばれていて、その名を紆余曲折あってリーシャに与えたのである。
「あっははは……ま、それはともかくだ」
「ともかくで済ませようとするでないわ……」
「うっせぇ。てめぇだってよくやってるじゃねぇか」
「む……まぁ、それはそうじゃがのう」
どこか不貞腐れたように拗ねるカイトに、ティナもそう言われては見に覚えがあり過ぎて言い返せなかったらしい。というわけで、この話はここでお終いとしておく事にする。
「……うむ。で、本題に話を戻せばひとまず杖を作らねばなるまいのう」
「その素材というか作成方法があるのが結局は本家の本邸と」
「ま、これは道理じゃろうのう」
カイトの指摘にティナは一つ頷いた。この本家の本邸は基本的に当主が承認した相手しか来る事が出来ない様な空間に設けられている。その承認の杖は基本本家が用意してくれていたそうなのだが、その本家が動かなくなって久しい。必然として作り方も失伝してしまっていたのだが、おそらく本家の地下にはあるだろう、というのがティエルンの予測だった。
「というか、今思えばリルさん知ってそうじゃないか?」
「……それはあり得るのう」
「聞けばよかったか」
今更だがいつからエンテシア家と関わっていたかもわからないリルであれば、手動による承認の手順や作成方法を知っていても不思議ではなかった。それに気付いたティナも今更だがと思う様子であったが、もう本家の地下に来ている以上さほど違いはなかった。
「ま、言うても今更じゃろう。ほれ、地下書庫に着いたぞ」
「おう」
どうやら話している間に地下の書庫に辿り着いたらしい。二人は扉を開いて中に入る。そうして入って少し歩いていると、オイレが飛来する。
『おや……これはユスティーナ様。婿殿もご一緒ですかな?』
「うむ。少し人手が必要やもしれんかったのでのう」
『と、なると……『鍵の杖』の事かのう』
「ご明察……で良いのじゃろうな。『鍵の杖』というのはここに来るための杖で良いか?」
『うむ』
ティナの確認にオイレは一つはっきりと頷いた。どうやらティエルンも正確な名は言わなかったが、あの古ぼけた杖の名は『鍵の杖』というらしい。というわけで、オイレはそれなら話は早いと僅かに宙に浮く。
『それじゃと話は早い。そろそろ来られる頃ではないか、と思いすでに用意を進めておった』
「なんじゃ……っと、そうじゃ。そういえばティエルン殿が見付かったんじゃが」
『おぉ、ティエルン様が。懐かしい……あいも変わらず土に塗れ採掘を楽しんでおるんじゃろうて』
「そうじゃったのう……まぁ、遠からずこちらに来るじゃろうて。今は先に部屋を整える、との事じゃからのう」
『ふぉふぉ……それはまた騒がしい事になりそうじゃ』
ティナからの連絡にオイレがどこか懐かしげに、楽しげに笑う。というわけで、そんな彼に案内されて二人は当主とその都度許可を得た者しか立ち入りが許されない個室へと案内される。
『ここが、『鍵の杖』や『始祖の杖』の修繕や作成を行う間じゃ』
「『始祖の杖』の修繕も出来るのか?」
『あれとて所詮は木製の杖。きちんとした手入れを行わねば痛みもしようて』
「道理か」
どれだけ優れた素材を使っていようと、所詮は実体を持つ杖だ。経年劣化が存在してしまうのは致し方がなく、その修繕を行うための部屋があるのは当然だった。というわけで入った部屋だが、これにティナは思わず目を見開く。
「これは……異界スレスレではないか」
『そりゃそうじゃろう。『始祖の杖』とは即ち世界樹の枝で作られた物質。加工はもとより修繕も魔法の領域にも等しい御業を使わねばならぬ……そんなもの、今の御身であればわかろうものと思うがのう』
「であればもう対応するのは異界化の領域か……わかりはするが、それでもこんな部屋をうん千年も前に作られれば驚きもする……いや、始祖にして開祖エンテシア様であれば不思議はないかもしれんがのう」
オイレの言葉にティナは道理なのだろうと納得しながらも、同時にその見事さに感嘆の吐息を漏らす。と、そんな彼女に部屋の外からカイトが告げた。
「あー……オレもう帰って良い?」
「なんでじゃ……てかなんでお主部屋に入らぬ」
「いや、入らないんじゃなくて入れないんだが。流石にこの部屋に突っ込みたくはない」
「む?」
カイトの返答にティナは改めて見事と自身が称賛した修繕の間とでも言うべき部屋を見る。そうして、確かにと納得する事になった。
「ふーむ……確かにこりゃお主でも厳しそうか。本家を守る結界なんぞより、遥かにここは強固かつ厳重な結界じゃからのう」
「異界化までされているから、大精霊の力があろうが相性が悪い……お前の支援が貰えるならまだしも、流石に挑みたくはない」
「じゃろうのう……ま、こればかりは仕方があるまいな。言われてみれば道理ではあろうて。ここに好き勝手に入れてはなんでもやりたい放題じゃからのう」
殊更厳重に守護されている部屋を確認しながら、ティナは自身でさえこの領域の部屋を拵えるのなら年単位の研究と準備が必要と判断。それを踏まえた上で相手が伝説的な魔女であるエンテシアである事を鑑み、おそらくこの部屋の防備は自分が年単位を掛けねばならないと考えたようだ。
「わかった。こりゃ、余が当主の責任としてやらねばならんようじゃのう。ま、たまさか魔道具作りの練習とでも思って引きこもろう」
「いつもの事じゃねぇかよ」
「ははは……ま、そこは言わぬが花じゃ」
カイトの指摘にティナが笑う。そうして、流石に連れてきたは良いが何も出来る事が無いとカイトはその場を後にして、ティナはひとまず『始祖の杖』の修繕方法やその素材。『鍵の杖』の作成に必要な素材などの確認に勤しむ事になるのだった。
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