第2548話 魔女達の会合 ――招集――
虚数域の鉱石である『夢幻鉱』の発見をきっかけとして、エンテシアの魔女であるティエルンの発見に至ったカイト。そんな彼はそれをきっかけとしていつまでも隠し通せるものではない、とリルに告げられた<<無冠の部隊>>技術班の一人であるシャーリーもまたエンテシアの魔女にして実はティナの幼馴染であった事を知る。
というわけでそんな彼女を中心として『夢幻鉱』の取り扱いなどについて策定したわけであるが、それも終わり少しの間お茶会となっていた。そんな中でリルが少し自分を戒めた事を聞いたわけであるが、それからは再びエンテシアの魔女に関する話となっていた。
「で、それはともかくとして。このリストに関してじゃが……先に聞いておくが、シャーリーは知らんな?」
「うん」
「それはそうだろうね」
なにせティナと最も年の近い魔女がシャーリーだ。おそらく魔女族という全体を見たとしても、ティナに最も年齢が近いのが彼女だろう。
しかも彼女の場合、カイト達に密かに同行して途中地球に居た時間以外にも地球に居る時間がある。下手をすると百年封印されていたティナと同等かそれ以下の実年齢の可能性は大いにあり得た。
「で、私だが……懐かしい名前がちらほらと、という所だね。ああ、まずは色々と消した方が良い名前もありそうか」
「まぁ……亡くなっているのもおるか」
「そりゃ、戦争だからね。君達が終わらせた戦争もあったし、それ以外にも各地で小競り合い程度は起きていた。そこに巻き込まれて、というのは存外少なくないのさ」
なにせ魔女としてのエンテシア家が閉鎖されてからおよそ七百年だ。その間百年にも渡る戦争は起きていたし、それほどでなくても例えば皇国と教国との間で数十度は小競り合いが起きている。
他大陸も見れば当時のラエリア王国とアンシア王国――ヴァルタード帝国の前身――など、各地で全面戦争にならずとも小競り合いは何度も起きていた。どこかに巻き込まれて、というのは不思議でなかった。
「というわけで……まずはさっとリストを貸して貰えるかな? 死んだ奴の名前は消していこう」
「余の一族なので不思議はないが、迷い無いのー」
「よほど親しくもなければ死んだ奴を偲ぶ魔女なんて魔女らしくもない」
呆れ半分笑い半分という塩梅のティナに対して、ティエルンは迷いなくペンでフィオルンが作成したリストの名前を消していく。というわけで、数分後には半分ほどの名前が消えたリストが出来上がっていた。
「こんな所だね……あ、そういえば完全に忘れていたが。シャーリー。君のお母さんと五年ぐらい前に会ったよ」
「あ、はぁ……それが?」
「それだけだ」
それで。そんな様子の問いかけに対して、ティエルンはそれだけだと特に気にする様子もなく話題を終わらせる。シャーリーからしてみても五年前に会った、と言われた所で今どこで何をしているかもわからないのだ。だからなんだ、としか思えなかったようだ。というわけで、カイトが口を挟む。
「ま、生きてるって事なんだろ」
「三百年前の戦争で死ななかった人が今更死ぬとも思えないし……」
「そりゃそうだがね……というか、シャーリー。お前が最後にそのお母さんと会ったのっていつだ?」
「……体感二百年前ぐらい?」
「……そうか」
そりゃ感慨も何も無い。カイトはシャーリーの返答に乾いた笑いを浮かべるしかなかった。体感二百年前、ということはエネフィア準拠であれば更に倍以上は経過しているのだ。
それにも関わらず反応が酷薄なのは、彼女も彼女で魔女だった。とはいえ、そこらは魔女とつるむ以上カイトにとっては自然だったので気にせず進む事にする。
「まぁ、良いわ……それでティエルンさん。線が引かれていないのは生きていると考えても?」
「この三百年で私が会った事がある奴、という所か。三角印を入れているのは会ってない、と思ってくれ。流石に会っていないのまでは私もわからない。死んだ、というのも風のうわさで聞いた奴だね。私達の事だから死を偽装している可能性も大いにあるから、そこは生きていても承知してくれ」
「それは勿論」
なにせ魔女だ。死の偽装なぞよくやる技だし、実際に見たならまだしも風のうわさ程度で真実と思う事はなかった。というわけでこれはあくまでも参考程度に留めておく事にして、カイトは次を問いかける。
「それで、どうやって他の面子を探せば良いと思いますか? 如何せん貴女は動いてくれたので探せましたが……」
「動けばそこに痕跡が生まれるからね……さて、まずこれだが。数人は諦めた方が良いだろう。シャーリーではないが、おそらく何人かはすでにこの世界には居ないはずだ。リルさん。リルさんが地球に渡ったのは偶然ですか?」
「違うわね。比較的近いから、まずは地球に移動したのよ……そうね。実際の所を明かせば私が一番最初に渡ったのは地球だったわ。そこから地球に前線基地みたいな拠点を置いて、色々と動いていたの」
これは不思議ないな。カイト達は前々から地球とエネフィアが属する世界が近い事が言われていた事から、リルが同じ様に初転移の先に選んでいても不思議はないと判断する。そしてであればこそ、とティエルンも告げた。
「でしょう……そういうわけでまずは地球に渡ったのも少なくないだろうね。そこから先は、私もわからないがね。なにせ我々には君達より前にリルさん、という実例があったのだから」
「それを考えれば、三百年前の戦争から難を逃れようとして地球。更にそこから別の異世界へ逃れていても不思議はない、と」
「だろうね。そこらはもしかすると君達の方が詳しく知れるのかもしれないが」
カイトの言葉に対して、ティエルンはどこか投げやりに頷いた。これについてはカイトも地球の状況等を鑑み、更に別の異世界に転移している可能性は大いに有り得ると判断。それについては可能であれば探す事にして、不可能なら諦める事にする。
「まぁ、それについては仕方がないでしょう。あまりに時間が経ちすぎている」
「そうだね。さて……その上でどう探すか、だが。おそらく全員が色々とアンテナは張っているだろう。存外、引きこもりと言っても魔女は情報を常に手に入れられるようにしているものさ。事実、私もリルさんが皇国に来ている事は掴んでいたしね」
リルがマクダウェル家に研究室を構えた事は当人の性質などもあり一般的には秘密にされている。が、それはあくまでも一般的にの話であり、然るべき筋に伝手があれば掴む事は出来た。その然るべき筋に対する伝手をティエルンは持っていた、という事に他ならなかった。
「というわけで、後はフィオとユスティエルに私がマクダウェル家に居る事を伝えれば、向こうから接触を取ってくるだろう。この間までは私もそうだったが、君の伝手でリルさんが来たのかその子が目覚めた事があって来たのかがわからなかったからね。私とフィオが同時にマクダウェル家に接触した事が伝われば、自然向こうは封印が解かれた事を理解するはずだ」
「ということはもう待つだけで良いと」
「そうだ。最初の一人さえ見付けてしまえば、それでゲームセットさ」
カイトの確認に対して、ティエルンははっきりと頷いた。とはいえ、そんな彼女が笑う。
「とはいえ……まぁ、全員目的は本家の書庫だろうけどね。あっははは。いやぁ、当主の座を娘に譲る必要が出た、と言われた時はあっそ、ぐらいにしか思わなかったが、本家の書庫が封印されるとは誰も思ってなかったからね」
「そんな軽かったんですか」
「当時参加率はかなり悪かったからね。興味無いな、だから何、時間勿体ないんだけど、で終わった事も少なくない」
「元々よ、参加率が悪いのは」
「あっははは。リルさんも何故かいらっしゃる事が多かったので貴女目当ての方が多かったですからね」
楽しげに笑うリルに合わせ、ティエルンもまた楽しげに笑う。なお、なぜかとティエルンは言うが実際にはリルがエンテシア家の幼子達に教練を施す時には来るので、それに合わせて集会が開催されるためだ。歴代の当主達も自分達の性質をよく理解しているのであった。
「まぁ、その中でも一番色々と興味無い、という感じだったのは君のお母さんさ。本当に私から見ても鉄面皮なんじゃないか、と思うぐらい表情が変わらなかったものだ」
「そ、そうか……」
どうやってあの父はそんな鉄面皮を口説き落としたのだろうか。ティナはティエルンの心底面白いと言わんばかりの様子にそう思う。と、そんなティエルンにシャーリーが告げる。
「それで言えばティエルンさんは変わりすぎですよ」
「ははは。それはよく言われるね。魔女に見えないとかなんとか……フィオが生まれた時にフィオの父親に魔女とは思わなかった、って言われたぐらいだし」
「「「……」」」
それ言わなかったんだ。笑うティエルンに対して、カイト達は何も言えず乾いた笑いを浮かべるだけだ。
「まぁ、それはともかくとして。誰も当主の座に興味がなかったから、ユスティは君に当主の座を譲れたんだ」
「本家封印されるのに?」
「全員当主の承認が無いと本家に入れないの、すっかり忘れていたのさ。基本当主が代替わりしても引き継ぎの自動承認でされるからね」
本当にあれだけは失敗した。ティエルンはそう告げる。と、そんな彼女は少しだけ言い訳がましい様子で一応の弁明を行った。
「そう言っても、実際には色々とタイムラグがあった事も大きかった。君が当主に指名されたのから、実際にユスティの当主権限の消失まで十数年のタイムラグがあった。その間は普通に入れたからね」
「で、誰もが忘れていたと」
「次の集会で聞けば良いか、ぐらいには私も思った……とは思うんだがね。流石に昔過ぎて忘れたよ。あ、そうだ」
ごそごそ。ティエルンはなにかに気付いたかのように、異空間の中に手を突っ込んで何かを探す。そうして数分して出てきたのは、一本の古びた杖だった。
「あったあった。失くしてたらどうしよう、と思ったんだが……ティナ。すまないが、これに当主の承認をくれ。当主の杖は継承したんだろう?」
「これか?」
「それ。それで軽く小突けばそれで承認される……と聞いている」
聞いている。あくまでも伝聞でしかない様子のティエルンに、ティナが小首を傾げる。
「知らぬのか?」
「さっき言ったろ? 普通は自動承認がされるんだけど、今回は時間が経過し過ぎていて自動承認が出来ないんだ。だから書庫に用事があるエンテシアの魔女は絶対に君の所に来るしかない……でも私と同年代の魔女は自動承認されているのしか知らないから、実際に承認されるのなんて私らも初めてなんだ」
「なるほど」
そもそもティエルンがマクダウェル家に世話になるか、と考えたのは一に研究設備が揃っていること。二にリルが居ること。三に本家の書庫に色々と調べ物があるからだ。
この内前一つはティエルンにもどうでも良いが、後ろ二つは彼女のみならず他のエンテシアの魔女にとっても魅力的過ぎた。この二つが見過ごせないのなら、必ず向こうから接触があるだろうというのが彼女の言葉だった。というわけで、ティナはティエルンの望み通り古ぼけた杖を当主の杖で軽く小突く。
「……これで良いのか?」
「うん……お、どうやら起動しているみたいだ。良かった良かった。実を言うとね。マルス帝国の中央図書館で借りた本とか借りっぱなしにしてしまったりしててね。それを思い出した時にそういえば入れない、と気付いたのさ」
「借りパクしとるんか……」
「返す先が無くなったんだから借りパクも何も無いさ」
ティナの指摘にティエルンは楽しげに笑う。まぁ、そんな彼女もその借りた図書の処分に困って本家の書庫に預けたらしかった。それをふと読み直す必要があった、との事であった。というわけで、ティナが一つ問いかける。
「それでその図書には何が書かれていたんじゃ?」
「ルナリア文明時代の鉱物資源の精錬に関する本だ……それに関しちゃ結局同じ本が偶然見付かったから、今となっちゃどうでも良いけどね」
どうやら忘れない内に承認さえ貰えておけば良いらしい。ティエルンは杖を異空間に再度収納しようとして、ふと気がついた。
「そういえばシャーリー。君は杖を持っているのか?」
「え、いえ……私の分、あるんですか?」
「ああ、そこからか。いや、それはそうか」
なにせシャーリーはティナと同年代の魔女。そしてティナが封印される頃に彼女は地球に避難しており、その後は当然本家の書庫に行けるわけがない。なので杖を持っているわけがなかった。と、それに気付いてそういえばとティエルンは気づく。
「そうか……そういえばフィオの分も用意しないといけないのか」
「作るの難しいんですか?」
「いや、どうなんだろうか……ただ今度会った時にでも作れば良いかー、としていたらすっかり忘れていた……どうにせよ本家の地下書庫には行かなければならなかったか」
カイトの問いかけにティエルンはあっけらかんと語る。というわけで勿論、フィオルン自身も自分専用の杖がある事を知らないのであった。というわけで、流石にそのまま放置はあれか、と思ったティエルンは先にそちらの承認の杖を作成する事にして、その後はほとんど他愛ない座談会で終わりを迎える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




