第2547話 魔女達の会合 ――ヴァルプルギス――
虚数域の鉱石である『夢幻鉱』発見を受けて、現地であるジーマ山脈の奥地へと調査に向かったカイト。そんな彼はジーマ山脈地下に生み出されていた『夢幻の楽園』の深部にて『夢幻鉱』のサンプルの回収に成功すると、マクスウェルに戻って合同軍事演習の手配や『夢幻の楽園』移送の手配など、様々な作業を行っていた。
というわけで再び忙しない日々を送っていたわけであるが、そんな中で彼に知らされたのは<<無冠の部隊>>技術班の一人であるシャーリーが実はエンテシアの魔女であるという事実と、そんな彼女が実はカイトが転移されるより遥かに昔から地球へとやってきており、カイトの地球帰還に合わせて地球に戻り密かに彼を裏からサポートしてくれていたという事であった。
「まぁ……とりあえず。納得した。シャーリーもリーシャも、改めて世話になった」
「あ、ううん……」
「そう思うのなら、もう少しご自愛なさってください」
「気をつけます」
恥ずかしげながらも嬉しそうなシャーリーに対して、リーシャはここでそういった態度を取るとつけあがるとわかっていたので釘を差すのを忘れなかった。
「で、だ……リルさん。すいません、話の腰を折りました」
「良いのよ……楽しかったし」
「「「あ、あははは……」」」
相変わらずこの場の誰よりも年上のはずなのに、この場の誰よりも少女のようにいろいろな事を楽しめる性格だ。カイト以下シャーリーもリーシャもリルのそんな様子に若干苦い笑いを浮かべるしかなかった。
とはいえ、これで虚数域の話をする上で必須とされていたシャーリーは見付かった――というかそもそも居た――し、『夢幻鉱』についての取り扱いを話し合う事は出来るようになった。なので早速とばかりにティナが問いかける。
「で、シャーリー。それであればお主に聞いておくが、『夢幻鉱』というか虚数域。それについて取り扱いは如何とした方が良いと思う」
「ん……基本虚数域は負の性質を持つ世界だから、下手に扱うと実領域との間で対消滅が発生するのは良い?」
「理論的には問題ない。余らとしても地球で話しておった時点でそうなるのでは、というのが推論の一つとしてあった」
シャーリーの問いかけに対して、ティナは彼女の指摘が自分達の推論に合致している事を明言する。それにシャーリーは一つ頷いた。
「うん……といっても、実領域に持ち込めたなら対消滅が起きる事は稀だけど……」
「一つ聞きたいのだけど、良いかな?」
「あ、はい。なんですか?」
「対消滅が起きるとどうなるんだ? やっぱりどかんっ、かね? というより、何と対なんだ?」
対消滅。リルが虚数域への潜航を諦める事になったなど何度か言及されていた単語であるが、結局の所何が起きるのかというとティエルンにはわかっていなかった。対消滅というぐらいなのだからなにかとその物質が対となり消滅するのだろうとは思っていたが、それだけだった。
「あ……えっと私達実領域に存在する存在は基本、数値的に見ると山のようになっているんです」
「実数だから、かな?」
「はい。実数は存在的に正の値を取ります。それに対して虚数域の物質は負の値を取るわけです」
「なるほど。確かにそれは道理だ。そして正と負の値が同じ物が衝突すると、プラマイゼロというわけか」
「はい……この際、基本的には虚数域に存在する私達とは正負の値が同一になっているのでどかんっ、となる事は無いです。といっても、完全一致する場合がすべてじゃないので場合によってはその差異がどかんっ、となる事もあるかもですが……えっと……ここからも聞きます?」
ここから聞きますか。そんな様子でシャーリーがティエルンに問いかける。これに彼女は何を当たり前な、という様子で頷いた。
「当然だ。魔女が続きがあると聞きながらそこでお預け、というわけにもいかないだろう」
「はい……えっと、もし差異が生まれた場合なんですが、その場合はその存在の残質量に応じた対消滅反応を起こす事になります。存在としてはすでに存在出来なくなっているので、物体はエネルギーに変換されてしまうわけです。これが負の領域の場合にはエネルギーの吸収。正の場合にはエネルギーの放出となり、どちらにせよ大破壊がもたらされます」
「ほう……どんな感じだ?」
「えっと……ティナちゃん。縮退砲の資料あった?」
「あー……あるのう。とどのつまり、そういうことか。負の縮退なぞ考えもせなんだが……」
とどのつまりそういう事か。シャーリーの解説を聞いていたティナが何が起きるかをおおよそ理解したようだ。とどのつまり、起きる事と言えばティナが灯里と共に作り上げた縮退砲。あれと同じく質量に応じたエネルギー変換が起きてしまい、というわけであった。というわけでここからはティナも解説に参加することとなり、おおよそを聞いた所でティエルンも納得する事になった。
「なるほどね。そういうことか……質量をエネルギーに変換してしまう。確かに極微量でも馬鹿に出来ない破壊力を有していそうだ。それはリルさんも潜航を諦めるわけだ。これは防げそうにない」
「私の場合、潜航の直前で各種の防壁さえ対消滅を起こす事に気付いてやめたのよ。まさか防壁にさえ対が存在しているとは思わなかったわ」
「「「ふむ……」」」
どういう理論なのだろうか。三人の魔女達はリルの言葉になぜそれが起きたのだろうか、と首を捻る。が、これにカイトが口を挟んだ。
「あー……流れで参加してて口を挟むのは申し訳ないんだが、先に『夢幻鉱』の取り扱いについて話して貰えると助かる。それと『夢幻の楽園』。この二つの対処を考えにゃこっちおちおち寝てられん」
「あら……それもそうね。私も危険な物が近くにあるまま寝たくないもの。じゃあ、一旦話を切り替えてそちらについて話しましょうか」
魔女だからかついうっかり虚数域の話を繰り広げてしまったが、今集まっている理由は本来は『夢幻鉱』と『夢幻の楽園』をどうするか、という二つを話し合うためだ。
それを話すのなら空間系に対する専門家であるシャーリーを探さねばならないだろう、となっただけであった。というわけで、カイトの指摘に笑ったリルがシャーリーへと問いかける。
「シャーリー。改めて聞くけれど、『夢幻鉱』は対消滅を起こす恐れはない?」
「はい、お祖母様。それについては無いと断じて良いかと。現状を見ますに、この『夢幻鉱』は安定しています。であれば何故か……何かしらの要因で実領域に本来は存在するはずの対となる存在が消失した事により、虚数域にその痕跡だけが残ってしまった鉱石と考えて良さそうです」
「つまりは対消滅を起こそうにもその対となる物がないので安定しておる、というわけか」
「うん」
ティナの総括にシャーリーは一つ頷いた。そうして、そんな彼女が続けた。
「多分だけど、『夢幻鉱』以外にも色々と虚数域に痕跡だけ残ってしまった物はあるんじゃないかな。まぁ、利用できそうなのは後は木材とかぐらいかもしれないけれど……」
「ほぅ……木材か」
それは中々に利用価値がありそうだ。ティナは『夢幻鉱』の木材版とでも言うべき存在の示唆に、わずかに興味深い様子で目を見開く。やはり古来から鉱物と材木は色々と利用価値が高く、何に使えるかは別にしてサンプルは欲しい様子だった。
「うん……多分『夢幻鉱』みたいに一見すると透明な存在になっていると思うから、探すのは中々難しいと思うけれど……」
「なるほど……存在の痕跡のみが残っているが故、『夢幻鉱』は透明。それの木材版じゃから、同様に透明の木となるわけか……ふぅむ……」
そうなると目視での発見は非常に難しいだろうな。ティナは『夢幻の楽園』のことを思い出し、何かしらの探す術を手に入れねばならないだろう、と判断する。
「まぁ、それは良いじゃろう。おそらく一朝一夕になんとかなるものではあるまいしな……で、『夢幻の楽園』じゃ。こちらはどうするかのう」
「これについては前に話した通り、上に安置で良いと思う。迷宮としての扱いを受けているのなら、これはもう世界側が安定させるようにしているから」
「やはり結論としてはそうなるか」
「うん……ただやっぱり虚数域のなにかが漏れると困るから、やっぱりカイトの言う通り上が一番かな」
「か……」
どうやらカイトが述べた通りの問題点やらを鑑み、彼の提案に従うのが一番良いらしい。ティナも元々カイトの発言に道理を見ていた事もありこれには素直に納得する。というわけで、そこから暫くの間は『夢幻鉱』やらその他今後見付かるだろう虚数域の物質についての話し合いが行われる事になるのだった。
さてそれから暫く。シャーリーを中心としていろいろな議論が交わされる事になったのであるが、それも暫くすると一旦は休憩を兼ねてお茶会となっていた。
「ふぅ……にしてもお主がまさか余の血縁じゃったとは」
「うぅ……」
「別に怒ってはおらんよ。面白いと思うておるだけでのう」
前々から言われていたが、ティナは元々天涯孤独と思っていたのだ。それが蓋を開けてみれば近くにも自分の血縁が居たという驚きの事実で、世の中以外と狭いのだと楽しげだった。
「で、でも私はティナちゃん以外知らないよ……? 他の皆どこに行ったかさっぱりだし……」
「まぁ、フィオにせよ余にせよ居場所が掴めておらんし、何よりティエルン殿でさえ見付けるのに暫く掛かったからのう」
「お手数をお掛けしたね」
娘にさえ居場所を伝えていなかったのに何も一切気にしていないのか、楽しげにティエルンが笑う。まぁ、殊更行動派である彼女だから探し出すのに時間が掛かったとも言えなくもないが、逆にそれ故にこそ痕跡が多く残っていたから探しやすくはあった。逆に引きこもられていたら痕跡が残っておらず、ここからどうするかと悩ましい所であった。
「まぁ、貴女の場合は仕方がないでしょう。何年かは私と一緒に地球に居たのだし」
「はい……あ、そうだ。お祖母様」
「何かしら」
「あっちの家はどうします? カイトの所に居るなら向こうに行くのもあるかと思うのですが」
「あら……それは確かにそうね」
シャーリーの問いかけにリルは言われてみれば、と納得する。先にシャーリーが言っていた地球の家なのだが、これは実はその昔リルが手にしてシャーリーに避難所として与えたものらしい。
「そうね。確かに行く事もあるでしょうから、私の部屋はそのままにしておいて頂戴な。暫くは旅に出るより、ここでカイトとかティナの行く末を見た方が楽しそうだし」
「わかりました」
「……リルさんも『最後の楽園』に居たんですか?」
「ええ……リアレは知ってるかしら?」
カイトの問いかけに、リルは一人の魔女の名を問いかける。これにカイトは一つ頷いた。
「ええ……『最後の楽園』の提唱者と」
「彼女とは知り合いだったのよ……それでそれとなくエリザちゃんとエルザちゃんを見守っていたの。後は時が癒やすでしょう、と思ったのだけど……駄目ね。どうにも。その点は上手くいかなかったみたい。放任主義も少し度が過ぎたかもしれないわね」
多くの弟子達がそれで大丈夫だったからいつしか皆放任しても大丈夫だろう、と思い込んでしまっていたのかもしれない。リルは地球で起きていた色々とを聞けばこそ、自分の見通しが甘かったのだと悔やんでいた。そしてだからこそ、ティナの件が片付いてもマクダウェル家に留まっているのであった。
「まぁ、それだから地球でもこれから暫くはお世話になると思うわ。よろしくね」
「え、あ、はい。それについてはこちらで手配します……ああ、そうだ。それならリアレさんなら色々とあって……」
「……え? そんな事が起きるのね……」
どうやらリルさえ聞いた事がなかった様な事態が起きたらしい。彼女でさえ驚く事があるのだ、という様なティナ達が初めて見る顔を彼女が浮かべる。というわけでこの日は色々とリルの新たな一面が見られつつも、いろいろな事がお茶会で話し合われる事になるのだった。
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