第2545話 幕間 ――古代文明――
地球で机上の空論として語られていた虚数域。その存在をふとした事から掴む事になったカイトは、ジーマ山脈の地下に生まれていた『夢幻の楽園』の入り口から虚数域へと突入。
そこで虚数域の鉱石である『夢幻鉱』のサンプルの確保に成功すると、後のことを<<無冠の部隊>>技術班に任せ自身はその更に支援を行うべくマクスウェルへと帰還する。そうして色々と手配を整え始めた彼であったが、そこに入ってきたのは地球に残してきた弟妹達からの連絡だった。
「で、オレに話って? まさか妹生まれたから速報でーすなんて言わないでくれよ」
『あ、それはもうすぐ生まれそうって言ってた。一応出産予定は今月中って』
「マジかよ……いや、事後処理じゃなくてよかったか……」
もし事後になっていたら頭を抱えながら話を聞く事になりそうだった。カイトはわずかに頭痛を感じながらも、浬からの連絡に対してそう判断する。というわけで、気を取り直して彼が問いかける。
「で、要件は? ってか海瑠は居ないのか? その代わり空也と煌士くんが居るみたいだし」
『『お久しぶりです』』
「おう」
『海瑠はミカエラくんと遊びに行ってる。別に話としたら聞ければ良いから私らだけで良いかな、って』
「マジか。あのミカエラとねぇ……ま、仲良いならそれで良いや」
ミカエラとは地球でカイトと公的には敵対している組織の一人なのだが、色々とあって海瑠に懐いているらしい。そしてなんだかんだ海瑠もミカエラを気に入っているらしく親友と呼べる間柄らしかった。
というわけで割と遊びに行く事があるらしいのだが、それならそれで弟の交友関係なので兄が口出しすることでもなかった。
『うん……アトランティスってお兄ちゃん知ってる?』
「アトランティス? ああ、現代文明の前にあった古代文明の事か。まぁ、流石に知ってるとは言えないが……知らないとも言えないな」
浬の問いかけにカイトは少しだけ困った様子で答える。さすがに彼も現代の地球文明が存在するより遥かに前の文明――しかも痕跡の多くは消されている――の事は伝聞形式でしかほとんど聞いた事がなく、しかし知らないと言えるほど知らないわけでもなくこの返答になってしまったようだ。
「だがそれがどうした? もしお前らがあの事についてまだ気に病んでいるのなら、それについては気にする事じゃない。あれへのけじめはきっちり取らせる」
『それは違くて……アトランティスの生き残りについてなにか知らないかなって』
「だからその話じゃないのか?」
『そうなんだけどそうじゃないっていうか……』
どう説明するのが良いのだろうか。しどろもどろになる浬であったが、そこに煌士――桜の弟――が口を開いた。
『すいません。我輩の方から』
「ああ」
『実は……』
しどろもどろになる浬から煌士が説明を代わり、暫くの間以前の連絡からの間に起きていた事が語られる。そうして、カイトがなるほどと頷いた。
「なるほどね……アトランティスの遺産か」
『はい。あちらにアトランティスの残滓があったのなら、こちらにもアトランティスの残滓があっても不思議はないのではと』
「ふむ……良い推論だ。結論から言えば存在している。空也が話した事があるかどうか、という所なんだが……空也。お前ベオウルフとは話したか?」
これを話すのならそこを確認しておくべきだろう。カイトはそう考え、空也――こちらはソラの弟――に問いかける。そんな問いかけに、空也は一つ頷いた。
『はい……豪快な豪傑という様な方でした』
「だろ? だがあれでも狼のように誇り高い戦士だ」
『わかります……なんというか、王としての気品というか品格があった』
「あはは……ベオウルフと戦場で会った事は? もしくは彼の防具を見た事は?」
『戦いの場ならありますが……まさか彼の防具が?』
「ああ」
どうやら防具を身につけるほどの戦場で出会った事はなかったらしい。とはいえ、そういう事であれば納得も出来ると理解した空也に、カイトもまた頷いた。
「ベオウルフが秘蔵している防具は語られないが、彼が先祖代々受け継いできた防具らしい。あいつは武名の方が大きすぎるし、武器の方が有名すぎるから語られないがな」
『そうなのですか……では他にもあると考えても?』
「良いだろう。流石にそのすべては神々も把握していないそうだがな……なにせ彼らも生まれる前の時代の遺物だ。そうと知らず、というのも少なくないそうだ」
空也の問いかけにカイトは一つはっきりと頷いて、その上で話を進める。
「そういった風に、現代ではオーパーツとして伝えられている遺物のいくらかはアトランティスの遺物だそうだ。そうだな……これは神々の間でも一説って所だが。クリスタル・スカルもアトランティス文明が作った物なんじゃないか、と言われているな」
『あれはアステカの物なのでは?』
「わからん、というのが正確な所だ。アステカにあったのでアステカが保有しているがな……先生が聞いたから、確かだろう。何に使うかも一切不明。何個あるかもな」
先生というのはギルガメッシュの事だ。なのでおおよそカイト達の間ではこれはオーパーツの一つなのだろうと目されているそうである。
「ま、そりゃ良いわ。兎にも角にもそういう風に何時誰がどうやって作ったかもわからない物の中には、アトランティスの遺物があるそうだ」
『なるほど……』
「ああ……だからお前らが見た謎の武装ってのはもしかすると本当にそれかもしれん。が、そうなると厄介だな……あの性能は間違いなく一線級のものだ。使うには相当な魔力やらが必要なハズなんだが……」
どうやってそれを捻出したかなど色々と探るべき点はあるだろう。が、それをさておいても今あるという事実は事実として認識せねばならなかった。というわけで、彼が浬らに助言を与えた。
「メソポタミアの女神ティアマトは知っているか?」
『メソポタミアの創世神の一人。慈愛深き女神ティアマトですね』
「ああ。彼女はアトランティス文明の生き残りだ……彼女に聞くのが一番だろう」
地球最古の文明と呼ばれるメソポタミア文明の創世神の片割れだ。確かに彼女が地球の歴史に関しては一番詳しい可能性は高かった。が、そんな助言を口にしたカイトは一点苦い顔を浮かべる。
「が……まぁ、イシュタルとエレシュキガルには気を付けろ。あの二人が出てくるとろくな事がない」
『イシュタルとエレシュキガル……それぞれ生と死を司る姉妹神ですね。仲はあまり良くないのだとか』
「ああ……まぁ、ここらは煌士が詳しいだろう」
自身の言葉に補足を入れた煌士に、カイトは説明を丸投げする。別に調べれば出て来ることだし、調べた奴が居るのだ。わざわざ時間の無いここで説明する事でもなかった。というわけで、彼が話を進める。
「前に使い魔のオレが語ったかは知らんが、その三女神はオレを個人神としてサポートしてくれている」
『三柱も? 個人神は一人一柱が通例なのでは……』
『個人神って?』
『メソポタミア文明における特徴の一つだ。大雑把にいえば宗教やら職業やらを司り公人として仕事やらをサポートするのに対して、個人の全般を守護する神という所だ』
『早い話が氏神みたいなもの?』
『そうだな。氏神を更に細分化し、その人だけを保護する神だ……まぁ、流石に神の数と人の数の差異から神の側に被りはあるだろうが。が、その逆は聞いた事がない』
浬の問いかけに対して、煌士が個人神に関する軽い講釈を行う。というわけで前代未聞の話故に半信半疑――カイトならありえるのではと思っている所もあった――の煌士の視線に、カイトも認めた。
「オレも前代未聞だとは聞いている……が、そうなった」
『はぁ……』
「ま、そういうわけだからティアマトもオレの個人神だ。オレの頼みならまぁ……なんとかなるんじゃね? ティアマトもティアマトで割とくせ者の性格しとるからな」
『『『えぇ……』』』
どこか投げやりなカイトに、浬達が顔を顰める。が、神々がこんなものだというのは彼女らもここ一年で身にしみて理解していた。
「ま、後は頑張れや……ああ、アトランティスの遺産だった場合はオレに報告入れるようにしておいてくれ。流石にお前らの手に余るし、隠蔽工作を色々とやらにゃならん事になるだろう。ああ、そうだ。皇家にサポートするようにさせてくれ、と光里さんに伝えておいてくれ」
『あ、うん。わかった』
皇家というのは日本でカイトが率いる異族達以外の組織を率いる陰陽師集団の長で、カイトとその皇家の当主が両輪――カイトが異族で当主が人間や一部のハーフ達――となり日本を裏で支えていた。
そのつながりから日本政府にも影響力を有しているため、こちらも押さえておけば隠蔽工作なぞどうにでもなるのであった。というわけで、そこらの指示については追って差配すると伝え、カイトは『夢幻の楽園』の移送の手配と共にそちらの手配も整える事になる。が、そうなるとまたカイトは仕事が増えるわけで、そして同時に私的な理由により頭を抱える事になる。
「ふぅ……あー……どうしよ……おむつとかは向こうのが良い物そろうだろうから……とりあえず子ども用のおもちゃなんとかしてみるか……?」
なにかとマメと言われる男である。カイトは自分にもう一人妹が生まれる事を聞いて、どうするべきか非常に悩んでいる様子だった。
「どーしよ……ここはいっそ魔術的な護りが与えられるネックレスとかのが良いか……?」
「悩んでる割には、御主人様前向きですよねー」
「まぁ……わからないでもないですけど」
「そう? わかんないなー」
どうすれば良いんだろう。頭を抱えるカイトに、メイド達がヒソヒソと言葉を交わす。
「まぁ……私らってほら。兄弟姉妹と四、五十離れてるって普通でしょ? でも人間ってほら……」
「あー……御主人様って一応、人間だっけ……」
「一応ってなんだ一応って」
「「「いやぁ……」」」
まぁねぇ。メイド達は口々に顔を見合わせ苦笑する。とはいえ、確かにカイトほど人間離れした人間はいないだろう。実際、エネフィアのでは純粋な人間ではなく龍族の祖先帰りなどと認識している事も少なくなく、カイトも色々とあるからか否定しきれていない事も大きかった。
「はぁ……ほら、戻った戻った。オレに用事のある奴は……って、そこ。シャーリー。なんでお前までメイド達に混じって整列してるんだ」
「あぅ……ごめんなさい」
顔なじみというか<<無冠の部隊>>技術班の一人――シャーリーというらしい――がメイド達に混じっていた事に気付いて、カイトがため息混じりに指摘する。これに混じっていた少女がおどおどとした様子で頭を下げるが、これに今度は逆にカイトが笑う。
「いや、謝らんでも……通信機の調整か?」
「はい。アウラも手が空いてないから……」
「そうか……ああ、すまん」
カイトの空けた席に腰掛けるのは、ティナと同じく魔女族の少女だ。言うまでもない事ではあるだろうが、別にティナ以外魔女が一切<<無冠の部隊>>に居ないわけではない。
というよりそもそもリーシャだって魔女だし、魔術関連に掛けては魔女族が最優だ。技術班には割と魔女族やその血を引いているという者は少なくなかった。というわけで、カイトはせっかくなのでそのまま通信室に居座って彼女と話をする事にする。
「そーいやお前この三百年どこ行ってたんさ。行方不明ってヤバいんじゃない? とか結構不安視されてたけどさ。いざ集合するぞー、ってなったら普通に居たから皆びっくりしてたろ? まぁ、実際はリーシャが知ってたらしいけど」
「あぅ……ごめんなさい」
「いや、謝らんでも……お前も変わらねぇなぁ」
この気弱な少女であるが、それ故に三百年前の戦争時代も同じ様に逃げ惑う事が多かった。それをカイトが保護したのがすべてのきっかけだったそうなのだが、それで魔女である事がわかり何が得意か、となり色々と紆余曲折あって技術班に所属していたのであった。
「あぅ……えっと、自宅に引きこもって読書とか……」
「あははは。そりゃ良かった。便りがないのが一番の便り、って言うしな。平和を謳歌出来てたならそれが一番だった」
「あ、あははは……」
カイトの屈託のない笑みにシャーリーがどこか乾いた笑いを浮かべる。というわけでそんな彼女の作業を見守るカイトであるが、そこでふと気になった事を告げる。
「そういやお前、パソコン系慣れるの早かったよな。ウチの技術班の奴でも今でもあんま得意じゃない、って奴少なくないのに」
「あ、うん……色々と似たの使った事あったから……」
「ふーん」
前にレガドに有ったように、技術が収斂していけば最終的には似た様な物になっていくらしい。なので古代文明の魔道具を操作するコンソールの中にはパソコンに似た操作が出来る物も見受けられ、魔女族であればそういった物に触れていても不思議はなかった。というわけで、暫くカイトは彼女との間で話しながら、作業の邪魔にならない程度に時間を潰す事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




