第2544話 魔女達の会合 ――取り扱い――
虚数域という本来は机上の空論でしかなかった領域。その実在をふとした偶然から掴んだカイト達はその物質の危険性などを鑑みて発見されたジーマ山脈最奥へと足を踏み入れていた。
そうして迷宮と化していたジーマ山脈の地下を進むこと内部時間で二日ほど。彼は深部にて様々な幻影に遭遇しながらも、ついに虚数域の物質こと『夢幻鉱』の発見に成功。サンプルの確保まで終わらせて、迷宮を後にする事にしていた。
「ふぅ……やっと出られるか」
「存外出るのは簡単なのね」
「出方はわかってれば簡単だからな……わかってないと永遠に出られないけど」
「そこが怖い所と言えば怖い所ね」
出方は簡単だし、一度慣れてしまえば簡単に出る事が出来るだろう。だがしかし、その前提となるわかっていればという点がまず誰にも発想出来ない。
「コロンブスのたまご……出来るとわかっとればそんなもの簡単じゃろうと言えるが、発想が至らねば永遠に発想出来ん。ある意味ではこの迷宮は最も難しく最も簡単な迷宮と言っても良いやもしれんな」
「そういう意味では良い迷宮は良い迷宮ね。魔物のレベルとしても丁度よいし、休憩ポイントの確保が容易なのも良いわ。後街も近い」
「まぁ……お前らが常日頃修行してたのは魔境だからなぁ……」
当然ですが、クオンらとて不眠不休かつご飯も食べずに活動出来るわけではない。なので彼女らの遠征は長くても数ヶ月しか出来なかったし、更に言えば数ヶ月出来ても実際に数ヶ月やれるかと言われればそうではない。街から近いのは利点だったようだ。と、そんな事を話している間に輪の起動が終わり、一同は『夢幻の楽園』を後にする事になる。
「……ふぅ」
「お? 戻ったか」
「団長殿……待っていてくれたのか?」
「仕事ですからね」
どうやら輪から出てきた所で待っていてくれたのは、色々と調べている<<無冠の部隊>>技術班の面々と共にフィルマンだった。確かに彼の依頼人はカイト達ではなくティエルンだ。これが当然だろう。
「そうか……では、その仕事ももう終わりで良いだろうね」
「ということは、と考えて?」
「ああ。目的のモノは手に入った。その後を調べるのは私達学者の仕事だ……まぁ、もしやすると最後の最後はいまいちに思えたかもしれないが、そういう不測の事態も含めて仕事だろう」
「あっはは。楽になったんで問題はねぇですよ」
ティエルンの言葉にフィルマンが笑う。そんな彼に、クオンが告げた。
「そういえばわかりはするだろうけれど。貴方の所の団員」
「……ええ。一緒に出なかった時点でおおよそは察してます」
「そう……中に居たのはランクSの魔物だけだったわ。過去の映像も映し出される様な特殊な迷宮だったから、貴方達が入っても同じ光景が見られるでしょう。行きたいなら、連れて行ってあげてもよいけど」
「構いやせん……別にメンバーが死ぬのは一回二回って話じゃない。危険度を見誤った、ってのが死因だ」
クオンの一応の申し出に対して、フィルマンは冷酷に首を振る。そもそもマクダウェル家が最上級の警戒をしていたのだ。クオンまで動かしていた時点で、フィルマン達にはおおよそ自分達では及ばない領域の話になっていたのだと認識するばかり。そうなると一時間経過しても出てこなかった時点で諦めていた。
「そう……それが妥当だと思うわ。ここは入って出られるのはランクSでも上位層だけでしょう。<<熾天の剣>>ギルドマスターとして、この迷宮は冒険者の立ち入りを許可制とするべきと判断します。カイト、以上の旨をクズハに提言しておいて…ソレイユ。<<森の小人>>の意見として異論は?」
「無いねー。正直あの当時のエース級じゃないと入って出てこれないんじゃないかな?」
「でしょうね」
「……」
それがわかった上で持ちかけるのはやめて欲しいんだがね。フィルマンはクオンとソレイユの会話を聞きながらそう判断する。
「それと色々と判明した事があったから、本件については私が直々にクズハに報告します。ここに迷宮が生まれた事については貴方も口外しないように」
「へい」
エネフィア最強の冒険者にして八大の当主であるクオンからの命令だ。フィルマンにはそれを受け入れるしかなかったし、事と次第によってはマクダウェル家からも同じ通告が出される可能性がある。
素直に従っておく方が得と思ったようだ。というわけで、一同はこれ以上ここに居る意味は無いと後の事は技術班の面々に預け、フィルマンとティエルンとは一旦ジーマ山脈――依頼の終了報告などがあるため――で別れ、カイト達はマクスウェルへと帰還する事になるのだった。
さてジーマ山脈を後にしてその翌朝。カイトはマクスウェルに戻ったのが遅かった事もあり朝一番からの行動としていたわけであるが、その行動はやはり迅速だった。
「というわけだ。暫くジーマ山脈の各種坑道は立入禁止。理由に関しては先の地震により坑道の崩落が確認されたため、としておいてくれ」
「わかりました……復旧に関しては?」
「今のウチの技術力だとどれぐらいでできそうだ?」
「冒険者達の協力がどの程度あるか、という所でしょうか」
カイトの問いかけに対して、クズハが現状を確認しながら提示する。これにカイトが指示を下した。
「なら一ヶ月で構わん。冒険者に復旧への協力要請は出すが、一週間先にしておいてくれ」
「わかりました……それで件の迷宮については?」
「とりあえずウチの地下で管理したい、ってのがティナの言葉だったが……」
「その顔だと却下したんですか?」
「まぁな」
クズハの問いかけにカイトは少しだけ苦笑を滲ませながらも頷いた。『夢幻の楽園』についてだが、流石にあの場で即動かそうとは出来なかった。なのでひとまず封印措置を行わせておいて、ここから一週間の間に回収してしまおうという腹づもりだった。
「流石にウチの地下に未知の領域を置くのは危険性が高すぎると判断した……ただでさえ空間の整理も出来てないってのに、これ以上何が起きるかわからんのは御免こうむる」
「あ、あはは……」
尤もです。クズハはカイトのしかめっ面に笑いながらも言外に同意するしか出来なかった。勿論、ティナのだからこそ置くべきという意見もわかるのであるが、今回はカイトが押し切った形だった。
「とりあえずオレが管理出来るらしいから、しばらくはオレが管理しておいて後で手を考える……いや、まぁ道中で話し合ったが」
「なにか結論が?」
「アウラが引きこもってた天空研究室あるだろ? あれを拡充させる話があったの、覚えてるか?」
「あー……まだ皆さんが集まられる前のお話ですね」
マクダウェル家には有名な地下研究所の他に実はアウラが空間系・召喚系の魔術の研究を行っていた天空の研究室があった。
これは地下の拡充などで空間を拡張する際、空間系の魔術の研究が干渉を起こす事を危惧したためだ。というわけで専用の設備も上にあるのであるが、やはり地下が主軸なのであまり使われていなかった。が、せっかくあるのだからと上の研究室を拡充させる計画があったのだ。
「ああ。あの後色々とあって外に<<無冠の部隊>>専用の軍基地作ったり地下の研究所を拡大したり、で頓挫していたんだが……あちらを虚数域関連専用のエリアにするか、ってな」
「なるほど……そもそもあちらは元々が空間・召喚関連の研究を行っていた事もありますから、ベースは備わっていますものね」
「そういう事だな」
クズハの理解にカイトは一つ頷く。そうして、そんな彼が更に続けた。
「さらには万が一なにかがあった場合、宇宙に放り出して色々と対応するっていう対応も取れる。何も無いから対消滅を起こしにくいだろう、っていう安全管理の面からもそちらの方が良いだろう」
「それでお姉さまも同意された、と」
「そういうことだ」
確かにここまで言われればカイトの言っている事の方が筋が通っていたし、そちらの準備が非常に手間である以外はデッドスペースの活用など利点が多い。確かに悪い話ではなかった。が、全てがすべて良い話だったかというと、決してそうではなかった。
「が……そこらの指摘やったらまー、あいつが馬鹿を言い出してな」
「……次は何を?」
「それならいっそ宇宙に研究所作るか、とか言い出しやがった」
「……あはは」
実際お姉さまならやってしまえるかもしれませんね。クズハはそう思えばこそ、乾いた笑いしか浮かべられなかった。が、実際これについてはカイトも幾度か考案した事はあったらしい。
「いや、確かにそれについちゃあいつが言ってる事が正しいんだよ。いつまでもこんな大都市のど真ん中の地下に研究所、ってのもヤバいからな」
「そうは言いましても、マクダウェル邸以上の防備を施している施設なぞこのエネフィアに無いと思いますが」
「それでもオレとしちゃあんま良い顔は出来んが……まぁ、何より生物学系の話がな」
「それに何が?」
やはりクズハは三百年エネフィアに居たのだ。カイトが何を懸念しているのか、いまいちわからなかったらしい。
「ウィルスなんかの細菌学に関する研究だ。エネフィアじゃあまりされていない学問だが」
「細菌……ああ、微細な生物に関する研究ですか。確かにあれはマクダウェル家の地下ではやっていませんね……あ、そういえばそれに関してはお兄様が……」
「そ。細菌学や生物学の一部に関しては何が起きるかわからないから、街に近い所では決して研究するな、って厳命した」
これに関しては三百年前に制定されたルールなので、クズハもうっかり失念してしまっていたらしい。とはいえ、安全管理に関してはより良いと思われる以外はカイトが制定したルールが今もそのままにされている。なので何度か街の近くに研究所を作りたい、という要望があってもすべてカイトの制定したルールが優先され却下されていたのだ。
「今後を考えりゃ、そこらの細菌学に関する話も出て来る事があるだろう。その際に街の近辺に研究所を起きたくないから、宇宙に研究所を建設しようって話が。それが一番人的被害を少なく出来るだろう、ってことでな」
「はぁ……」
この様子だとカイトもこの話には一分の理を見ているらしい。どうしたものか、と考えている様子だった。とはいえ、これについては流石に明日明後日の話ではない。なのでカイトも気分を切り替える事にした。
「ま、流石にこれに関しちゃ今日明日でなんとかなる話でもない。そもそも宇宙に行けるか、って話がまずあるからな。そこらの技術的な目処が付いてからの話だ」
「それもそうですね……ああ、それで坑道の修繕の話は了解しました。こちらで手配を行っておきます」
「頼む」
この話についてはひとまずこれでおしまい。そう気分を取り直した二人――アウラは合同軍事演習の打ち合わせで不在――は改めて『夢幻の楽園』移送に関する差配を行う事になるのであるが、そこで椿からカイトへと連絡が入る事となる。
『御主人様。今よろしいですか?』
「椿か……なんだ?」
『秘匿通信回線1番にメッセージが』
「1番……ウチのか。誰だ?」
今更言う事の無い話であるが、カイトは皇国や日本にさえ秘密にしている通信網をいくつも保有している。そのうちこの秘匿通信回線というのはエネフィアと地球を繋いでいる回線のウチ、カイトが大阪の上空にある館に設けている通信機からの通信回線だった。
『浬様です。また海瑠様のお名前も共に』
「あいつらから? んー……」
天音家としての話であれば、政府の管理する通信機からある程度まとまって送られてくる事になっている。が、こちらを使うということは政府には知られてはならない話である可能性は非常に高かった。
「わかった。すぐに行くと入れておいてくれ」
『かしこまりました』
「はぁ……クズハ。少し頼む。愚妹だけならいっそ無視でも良かったんだが……海瑠まで入ってるとなにかあったかもしれん。向こうも少し厄介な状況だそうだしな」
「わかりました」
相変わらずトラブルがひっきりなしだな。そんな様子のカイトの背をクズハが見送る。そうして、彼は急いで通信機の所へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




