第2542話 魔女達の会合 ――夢幻鉱――
ジーマ山脈の奥地にて新たに発見された未知の鉱石。それはかつて『もう一人のカイト』が居て、今はセレスティア達の本来の世界である第三の異世界で採掘される『夢幻鉱』と呼ばれる虚数域の性質を有する物質だった。
というわけで本来エネフィアには存在していなかったはずの『夢幻鉱』が自領地で発見された事を受けたカイトは調査隊を組織。別口で『夢幻鉱』を察知したエンテシアの魔女ティエルンの協力を得ながら、こちらも本来はセレスティアらの異世界にあるはずの迷宮である『夢幻の楽園』へと突入。暫くの探索を経て『冥界華』が生い茂る洞窟へとたどり着いていた。
「ふむ……実に興味深い。ティナ。君は現在の状況をどう読み解く?」
「ふむ……どう、とは?」
「この洞窟の内部のことさ。普通の洞窟であれば入り口から入り込んだ光で照らし出される。だがどれだけ進んでも一向に暗くならず、さりとて何か光源があるようにも見えない。何か普通ではない理論が働いているのでは、と考えるのが普通ではないかな?」
ティナの問いかけにティエルンは楽しげに問いかける。洞窟の入り口から入って暫く。『冥界華』の群生地の一つを見付けるなどいくつかの状況には遭遇したものの、やはり一番の不審点と言えるのはこの点だった。そんな問いかけに、ティナも推論を口にする。
「それはそうじゃのう……さてここで安易に考えるのであれば闇が裏返り光源となる可能性じゃが」
「それは無いだろうね。それなら外は逆に暗くなるか、せめてもっと薄暗くなければならないはずだ」
「じゃのう」
虚数域だから闇だけが裏返るなぞの事はないだろう。ティエルンの指摘にティナもまたはっきりと認め頷いた。そもそも彼女自身が安易に考えるのなら、と言っている。そうではない、と認めていた。
「では、なにか……考えられる可能性は少なかろう」
「ふむ?」
おそらくすでに同じ結論に到達しているのだろう。ティエルンはティナが視線を走らせたのを楽しげに見る。これは単にどちらも何も言わない事でお互いが同じ結論に到達するか、と確認しているだけにすぎないらしい。というわけで、ティナが結論を口にした。
「この洞窟そのものが光源……なんじゃろうな。そしておそらく……この洞窟の岩壁の至る所に『夢幻鉱』が含有されておるのじゃろうて」
「やはり君もそう見るか」
「うむ」
ティエルンの言葉にティナは再度頷いた。勿論、こんなものは今自分達が知り得る情報だけで判断しただけだ。虚数域というこれまでの常識から全く外れた領域での事である以上、全く自分達が見知らぬ理論で照らされている可能性は十二分にある。故に、彼女はやはり学者としてその点は確認する事にする。
「ホタル。センサーはどうじゃ?」
「現在の感度では何も検出出来ておりません。反応はある、という所に留まっています」
「そうか……」
もし含有されていたとしても非常に微細な量で、含有されていると言って良いかどうかという領域だろう。ティナはホタルからの検査結果についてそう判断する。
「これ以上は今の所は無理そうじゃな。そもそも虚数域さえ察知出来なんだ余らが、どこまで正しい推論を出せておるかどうかという所にもなろうて」
「ま、それはそうだね。何か見ず知らずの理論が働いている可能性はあり得るだろうさ……カイトくん」
「なんですか?」
今までティナと話していたティエルンは再び先頭を進むカイトへと問いかける。
「この岩壁に含まれていると想定している『夢幻鉱』。それをかき集め精錬する事などは可能かな?」
「ふむ……難しいとは思いますが。どの程度含有されているか、という含有量がわかりませんから」
「それはまぁ……そうだろうね」
含有量がわからない事には話にならない。そう口にするカイトの指摘にティエルンもまた同意する。が、含有しているのならそれはそれで使いみちがあるかもしれなかった。というわけでサンプルを集めるだけ集め、一同は更に先へ進み続ける。が、その道中でそうなると、とティナが苦い顔だった。
「ふーむ。お主のセンサーでは厳しいかもしれんのう。いや、ぶっちゃけてしまえばセンサー類による採掘は限りなく難しいのやもしれん」
「はぁ……」
「ふむ……どうするべきかのう。そもそもここまで来るのがまず普通には不可能という話になるんじゃろうが。緋々色金相当であれば良いと思うたんじゃが……」
「そうは問屋が卸さない、と」
「そうじゃのう」
ホタルの言葉にティナはため息を滲ませる。勿論、使うのがクオンら超級と呼ばれる面子ぐらいなものなのでそいつらに取りに行かせるのが良いのでは、というのはあるだろう。
が、現状では『夢幻鉱』の性質は未知数。何に使えるかもわからないのだ。今後を考えた場合は定常的、そうでなくてもある程度入手の目処が立てられるようにはしておきたかった。
「まぁ、良い。ここらについては追々考えねばならぬじゃろう。問題は山積みじゃからのう……」
ここまで到達するのはどうするか。到達した上で採掘が可能かどうか。山積する数々の問題点を頭の中で洗い出し、ティナは幾度目かのため息を吐く。と、そんな所で再度幻影が一同の前に現れる。
『レジディアの姫よ。ここからは貴方の出番です。若様の剣に祈りなさい』
『『……』』
レジディアの姫。そう言われた以上、これはおそらくセレスティアの事だろう。声からそう考え声のした方に耳を澄ませる一同であるが、そこで見たのは二人の幼い姫だ。
この片方はセレスティアに間違いない――実際顔立ちは非常に似ていた――が、もう一人。当時のセレスティアより少し年上の少女が一緒だった。
「これは……こっちがセレスだよな? もう一人は?」
「姉さんです……私が対応する神器の使い手で、それ故に同行していました。兄さんの許嫁でもあります」
「あー……そういや、これ居るとかなんか言ってたなぁ」
セレスティアの返答に、カイトは灼炎の髪をポニーテールに束ねた少女を見る。やはり巫女と呼ばれるだけあってどこか清楚な印象のあるセレスティアに対して、こちらの少女はどこか活発さが滲んでいた。と、そんな少女が腰に帯びていた二振りの片手剣を取り出して、片方を自身で。もう片方をセレスティアへと手渡す。
『『神々が鍛えし邪を払う剣よ。我が声に応え給え』』
二人の少女が声を揃えて、地面に突き立てられた二振りの剣に祈りを捧げる。そうして切っ先から虹色の淡い光が放たれて、洞窟の中をセンサーのように駆け巡る。すると彼方の方からまるで共鳴したかのように澄んだ音が鳴り響き、その反響のように光が岩壁の先から返ってきた。
『壁……また面倒な事をしてくれますね』
『壁の中か……戦士イミナ。先にこちらが進む。姫君の傍は任せる。壁を通った後、何が起きるかわからん。気を抜くな』
『は、はい』
かなり昔だからだろう。まだ騎士に成り立てにも見えるイミナが緊張した声で頷いた。というわけで、一同は壁の中へと消えていく。そうして消えていった壁へとカイトが近づいていき、岩壁を叩いてみる。
「……」
「どうじゃ?」
「見ての通り」
どんっ、どんっ。カイトは先程の確認するように軽く叩くではなく、指し示すように力強く岩壁を叩く。過去の映像の中では単なる幻影のように思えた岩壁だが、どうやらカイト達の居る時間軸と空間では実在する壁らしかった。
「ホタル。音波があったじゃろ」
「はい……駄目です。完全に空洞として検出されています」
「そうか。どうやら、色々と通常の手は通じぬようじゃな」
どうやら既存の技術はおおよそすべてが使えないものと考えた方が良いらしい。ティナはここまで来てついに音波などの科学的検査さえ通じなくなった状況にわずかに笑う。ここまで打つ手なしだと楽しくなったらしい。
「さて……そうなると問題はここからどうするか、じゃのう。セレス。先にお主らが使った剣はなんじゃ?」
「あ、あれは『夢幻鉱』で作られた神剣です……えーっと……」
「あいあい……当時のオレが携えていた神剣だ。あの二振りは共に創世の龍が拵えたとされる天地開闢の剣で、代々二つの一族の族長に伝わる秘宝だった」
セレスティアの視線を受けたカイトが説明を変わり、あの二振りがかつて自身の相棒だった事を語る。が、これにティナはそういえば、と納得する。
「そういやお主。この当時は何やら一族の長の子との事じゃったか」
「まぁな。それで、オレが持ってたってわけ。流石に転生前の物だからそのまま向こうの世界に置いていかれてるってわけ」
「なるほどのう……まぁ、色々とあったんじゃろうが。そこについては今逐一聞いても意味はあるまいな」
「そうだな」
それがなぜ結局神々に返却されずセレスティアの姉とやらの手に収まっているのか。色々と気になる点が無いではなかったが、ひとまずそれらは今は関係の無い事だ。故にカイトもティナの言葉に同意して、それならどうするか、を考える事にする。
「ふーむ……アンブラ」
「言いたい事はわかっけどなー。流石に共鳴してどうなるかわかんないから置いてきてるぞー。ひっそり持ってきたってのはないなー」
「じゃろうなー」
そもそもそうする、と決めたのは自分達だし。ティナはかつてのセレスティア達と同じく共鳴させる事で探せないか、と考えたそうであるが、その媒体となる『夢幻鉱』の欠片はマクダウェル家の地下研究所に厳重に封印していた。それも難しそうだった。というわけで彼女は次いでティエルンへと視線を向けるが、こちらも笑うだけだ。
「私も無理だね。君達と同じ考えで置いてきた」
「ま、そうじゃろうのう……で、セレスは」
「あはは……」
そもそも壊れたネックレスを修復したいがために来ているのだ。彼女は本来なら媒体となったはずのネックレスを揺らし、苦笑いするだけだ。そしてこうなると、結論は一つだった。
「しゃーないのう。一度外に取りに帰ってまた来るしか」
「あー……いや、ちょっと待った」
「なんじゃ?」
「オレ持ってるわ」
「「「は?」」」
がさごそと胸元を漁るカイトに、一同が思わず驚愕する。そうして取り出したのは、かつて彼がウィルから貰った自身の帰還の証明となる指輪だった。
「これ。エンテシア皇国の国宝……より正確には皇王イクスフォスが初代后妃であるユスティーツィアに婚約指輪として渡した物の片割れ。こいつ『夢幻鉱』で出来てる」
「なんじゃと!? なんでそんなもん……っ、そうか。そういやお主……」
ウィルから万が一の時にお前がカイトだと証明出来るように持っていけと言われたんだよ。そう語られた事があった事をティナは思い出す。
「そういうこった。この指輪……『夢幻鉱』だ」
「最初に言わんか……」
「『夢幻鉱』だとは知ってたけど、『夢幻鉱』が虚数域の物質なんて知らなかったんだよ。セレス、こいつで共鳴させられるか?」
指輪の付いたネックレスを首元から外して、カイトはセレスティアへとそれを手渡す。そうして渡された指輪を見て、彼女は一つ頷いた。
「……いけます。きちんと加工もされている様子ですから、十分媒体になるかと」
「よし、頼む」
「はい……邪を払いし聖なる輪よ。我に古へと続く道を示せ」
カイトの要請にセレスティアが一つ頷いた。そうして、そんな彼女の祈りを受け数百年輝く事のなかった指輪が輝いて、周囲を淡い光で照らし出すのだった。
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