第2541話 魔女達の会合 ――洞窟――
『夢幻鉱』という虚数の性質を持つ物質とやらを探して、ジーマ山脈の地下深くに現れていた迷宮へと挑んでいたカイト。そんな彼は迷宮がかつて自身が入った事もあるセレスティアらの世界にある『夢幻の楽園』という迷宮である事を認識することとなる。
そうしてかつてそこで自身のために何時終わるともわからぬ修行を繰り広げていたかつての親友の姿を見た事で珍しく勇者カイトとしての風格を露わとしていたわけであるが、それとほぼ時同じくしてホタルのセンサーに反応があった事、ティナの掣肘を受けた事で改めていつもの彼へと戻っていた。
「やっぱり奥に行けば行くほど、頻度が増えてくるのね」
「一応は『夢幻の楽園』も迷宮だからな」
入った当初は一時間に数度という頻度でしかなかった生体ゴーレムに似た魔物からの襲撃であるが、今はもう気付けば10分の間に数度。時には複数の個体と戦う事だってよく起きていた。これはひとえに奥に進んでいるからだ、と言われれば数多くの迷宮を攻略してきたクオンにも納得出来た。
「そう……そこらは見極めないと訓練になりそうにないわね」
「だろうな……あのバカがどれだけ奥でやってたかはわからんがな」
セレスティアの祖先にして、かつての自身の親友だった男の姿をカイトは今一度だけ思い出す。その彼はここでいつ終わるともわからぬ修行の日々を送ったのだ。
最終的には永劫にも等しい旅を終えたカイトに大きく水を開けられたものの、それでもすべての世界でナンバー2と言えるだけの戦闘力を持っていたのだ。どれだけ奥でどれだけの日々を過ごしたのか、と察する事も出来なかった。そんな事を言及するカイトに、クオンが口を尖らせる。
「……本気になんないでよ。嫌になるから」
「わかってるってば」
不満げなクオンにカイトは笑いながらもその言葉に応ずる。というわけで進み続けること少し。センサーの反応を頼りにして動き続けて、一同は楽園の様な花畑の中で異質な土地を見つける事になる。
「……山?」
「ご丁寧に洞窟まで」
「しかもかなり大きいわね」
一同を出迎えたのは、巨大な山だ。それが唐突に現れたのである。といっても、例えば富士山などのようにゴツゴツした岩肌覗く山というよりも、周囲の花園がそのまま盛り上がった様な山だった。
ある意味、これもまた現実感の無い様子だった。そんな山のど真ん中にはまるでここから入れ、と言わんばかりの大口が空いており、そこだけ茶色い土が見えていた。そんな山を見上げ、セレスティアが一つ頷いた。
「ここです。前にもこんな山の中に、『夢幻鉱』はありました」
「大当たり、か……何か気を付けるべきことは?」
「特には……今までと同じ様に注意して進むぐらいしか。洞窟もそのものにそこまで危険性はありませんでしたし……」
ティエルンの問いかけにセレスティアは一つ首を振る。そもそもここに至るまでに気を付ける事が多すぎて、特別これを気を付けろと言えないのだ。というわけで、外でぼさっと突っ立っている必要もないので一同は洞窟の中へと入る事にする。
「……なんというか、死後の世界を連想させる光景だね。薄暗く、さりとて真っ暗闇でおどろおどろしいわけでもない。どこか、幻想的だ」
入った洞窟であるが、やはりこの『夢幻の楽園』の中だ。普通とは違っていた。例えば光源は何も無いにも関わらず常に淡い光に満ちていたし、見たこともない花々が生い茂っていた。が、この見たことのない花々を見た事のある者たちが居た。
「これは……カイト、こいつもしかしてあれかー?」
「『冥界華』……『霊薬』と『エリクシル』の原料だな。エネフィア広しと言えど、ウチでしか栽培してない例のアレだ」
「やっぱかー。見た事あったんだよなー……」
カイトの返答にアンブラがマジか、という顔で『冥界華』を一輪摘み取る。そんな様子に、ティエルンが驚きを露わにした。
「ほぅ……これが『冥界華』か。私も植わっているのは初めて見たね。こんな風に生えるのか……」
「ふむ……」
興味深い様子で『冥界華』を見るティエルンに対して、こちらは公爵家に居るので見慣れているはずのティナがなにかを考えるように『冥界華』を触れていた。そんな彼女に、カイトは不思議そうに問いかける。
「なにかあるのか? お前が今更『冥界華』に興味を示すのも珍しい」
「いや……今になって思ったんじゃが、『冥界華』もまた虚数域に生える物質なのではと思うたんじゃ。『霊薬』にせよ『エリクシル』にせよ……どちらも『冥界華』を使用しておるが、それこそ物理法則さえ無視した治癒が可能となる。これを媒体としてやろうとすれば元々存在せなんだ器官や組織を生やす事も不可能ではない」
「聞いた事はあるな。先天性の障害さえ治癒してしまえる、と」
ティナはユスティエルから薬学を学んでいるが、如何せんマクダウェル家にはリーシャというティナをも上回る外科医兼薬剤師が専属で居る。他にもアウラの従姉妹にしてこちらは内科医のミースも居るわけで、そのどちらもが薬学に掛けてはティナを上回る。
なので彼女が薬剤の調剤を行う事はあまりない。が、別にティナの腕が悪いわけではなく彼女も最上位の回復薬である『霊薬』と『エリクシル』の調合は出来たし、きちんと効能や各種の使い方は把握していた。そして医者に世話になりっぱなしのカイトもその流れで聞いた事があったのだ。
「うむ……それこそ誰もやりはせんが女性に男性器を生やす事も、その逆もまた不可能ではない」
「どんな道楽者がやるんだよ……勿体ない」
「じゃからやりはせんと言うとるじゃろ。『霊薬』や『エリクシル』を道楽に使うなぞ、往年の大大老でもせんぞ。その上でそれを媒体として使える一流の医学者まで必要じゃからのう。道楽にも程があるわ」
『霊薬』にせよ『エリクシル』にせよ、『冥界華』を素材とする最上級の回復薬は本来は国でさえおいそれと手に入らないものだ。それこそカイトが『冥界華』を持ち帰り栽培方法を確立するまで、そのどちらもが大国でさえ国宝級の扱いを受けていた。
今でこそカイトのおかげで比較的手に入るわけであるが、あくまでも昔に比べ手に入るというだけだ。道楽で使えるほどの流通量はなく、道楽に使えるものでは決してなかった。故にカイトの指摘に笑うティナであるが、そんなわかりきった話はすぐに終わらせ本題に戻す。
「まぁ、それは良いわ。兎にも角にも重要なのは、そのあり得ざる事象を引き起こせるという点よ。本来存在せぬものを存在させてしまう……虚数を実数としておるのにどこか似ておると思うてな。ホタル、お主『冥界華』を持ち運ぶための保存容器持っとらんか?」
「申し訳ありません。流石にあれは……」
「あ、それならオレ持ってると思うぞ……古いものだけどな」
「む、何」
そもそも『冥界華』そのものがエネフィアでも極限られた場所でしか自生しておらず、更には非常に繊細な花だ。なのでその保存容器もまた非常に数が限られるのでホタルも持ってきていなかった。が、これに対して何故かカイトはそんな貴重品を持っていたらしい。彼がガサゴソと異空間に手を突っ込んで探していた。そして、暫く。確かに保存容器が出てきた。
「あった」
「なんで持っとるんじゃ、お主」
「十数年前に取りに行った時に余ったのそのままにしてた。色々あの当時ドタバタしてたから、すっかり忘れてたんだよ」
「んな貴重品何個持っとったんじゃ、お主……」
「いや、道中で作ってた。壊れたら困るから、いつでも取り替えられるようにな。まだまだあるぞ」
「お、おぉ……」
さすが一度見境を失くすととんでもない事をしでかす男。そんな貴重品を大量に保有していたようだ。と、そんな彼の言葉にティナははたと気付いた。
「作った? お主が?」
「ああ……まぁ、色々と伝手はあるからな。裏技はやったさ。何個要る?」
「なるほどのう……三つぐらいで良い。ただ差異を調べたいだけじゃからのう」
この言い方じゃ。おそらく語られぬ大精霊様から聞いたかで強引に作り上げたんじゃろう。ティナはカイトの言葉の裏を正確に読み取る。実際、ほぼほぼ用意の出来ていない状況での出発だったため、保存容器もミコトから情報を聞いて強引に魔力で作成したようなものだったらしい。後に彼曰く、自分でなければそんな裏技は出来ない、という程の力技だったようだ。
「ほらよ」
「良し……うむ。ひとまず持ち帰って検査しよう。それ次第では『冥界華』の別の使い方も見えてくるやもしれんし、リーシャらと相談し更に上の回復薬を作る事が出来るやもしれん」
「これ以上上って……何が出来るんだよ。死者蘇生ぐらいしか思い当たらんぞ」
「まぁ、余にもわからぬよ。まだこれからじゃからのう。ただもしより薬効が強い回復薬ができれば、さらなる量産もできよう。それは有益であろう?」
「それはそうだがな……可能なら死者蘇生までは至らないで欲しいもんだ」
物語ではよく語られる死者蘇生。これだが実際に魔法の領域にまで手を伸ばせるのであれば不可能ではなかった。実際、<<死魔将>>達とてそれに手を出した。が、その対価は決して甘いものではなかった。
「それはわかっとるよ。死者蘇生の概念に反応して生ずる世界の修正力……それは甘く見てはならぬからのう。ヒト一人蘇らせるのに十人が犠牲に、なぞよく語られる話じゃ」
「十人で済めば腕利きだ」
「まぁの……うむ。ま、これで良かろう。あ、後二つくれ。奥に群生地が別にあればそちらもサンプルとして持ち帰りたい」
「あいよ」
ここは虚数域なのだ。ティナからしても未知の領域で、どんな法則で動いているかわからない事だらけだ。なので色々とサンプルは持ち帰るつもりらしかった。
勿論彼女以外にもアンブラもティエルンも各々興味のあるサンプルを収集しており、例えばこの『冥界華』はティナが摘んだ分で十分かとアンブラは土の方を採取していた。と、そんな彼女が呟いた。
「うーん……可能ならこの水も持って帰りたい所なんだけどなー」
「なんか問題ー?」
「検査どうすっかなー、って。虚数域の水ってなんか持って帰ったらヤバそじゃねー?」
「あー……なんかちょっと怖いねー」
『冥界華』に水分を与えているらしい近くを流れる小川を見るアンブラとソレイユであるが、そんな両者は敢えて例えるのであれば三途の川に見える小川の水を汲むべきか悩んでいた。
外は楽園のように感じられたし、この洞窟の中もある意味では楽園に近く見えるが薄暗い事で同時にあの世のようにも感じられるようになっていた。というわけで、アンブラはこういう場合に頼りになる男を頼る事にする。
「カイトー。あの水大丈夫そうかー?」
「大丈夫か、って何がよ」
「いやー、こんな場だからさー。触れたら魂持ってかれるとかありそうじゃんよー」
「どーだろうな。虚数域の水なんて触れた事はないが……」
「む?」
「……とりあえずあれでサンプル十分じゃね?」
きょとん、という顔でこれまたカイトが『冥界華』の育成に必要になると思い持っていっていた水の回収容器に紐を括り付け、小川に投げ込んで水を回収していたティナを見る。さすがは魔女。研究に関しては行動に迷いがなかった。というわけで、そんな彼女が指摘する。
「今更じゃぞ。そもそも虚数域の土だ風だと触れておるのに、何水に怯えておる。それこそお主らドワーフであれば土の影響が強かろう。抜かれるのであれば土に触れた時点で抜かれとるわ」
「ま、まぁそうだろうなー……」
それはそうといえばそれはそうなのだが。それにしたって迷いがなさすぎる。アンブラはティナのある種の豪胆さに思わず頬を引きつらせる。というわけで、一同はもう暫く洞窟の入り口付近で各種のサンプルを採取するべく留まる事になるのだった。
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