第2540話 魔女達の会合 ――真剣――
『夢幻鉱』という虚数の性質を持つという物質が発見されたというジーマ山脈へ訪れていたカイト。そんな彼は同じく『夢幻鉱』発見を理解し先に調査にやって来ていたエンテシアの魔女の一人ティエルンを調査隊に加え、ジーマ山脈奥に現れていた『夢幻の楽園』というセレスティア達の異世界に存在するという迷宮に挑む事となっていた。
というわけで、『夢幻の楽園』に突入して体感時間として二日目。更に暫く進んだ所で、一同は今までにない異変を感じ取り足を止める事となっていた。
「……カイト。ごめん……あれはちょっと私の手に負えない。本物だったら私が補佐に回るわ」
「……お前がガチる覚悟無いか。あの時以来か」
大抵の魔物であればどんな初見の相手だろうととりあえず戦ってみて判断してみるか、というクオンであるが、今回ばかりは話が異なっていたらしい。本物かどうかも察せられないほどの圧に、彼女は彼我の差を否が応でも認識せざるを得なかったようだ。というわけで久方ぶりの難敵の存在にわずかに牙をむくカイトに、クオンはしかし首を振る。
「あの時は戦略的な点も踏まえた上よ……でもこいつは間違いなくあのティステニアなんかよりずっと強い。少なくともこの距離で感じられる時点で、悔しいけどどうすることも出来ないわね。ソレイユ……多分、一撃ぐらいなら防げる。その隙に連打」
「ん……にぃ。前衛お願い」
「あいあい……ティナ」
「うむ。セレス、お主らは下がっとれ。邪魔にしかならん」
「……はい」
どうやらここまでの存在はセレスティアも知らなかったらしい。大剣を握る手には力が込められていたし、イミナもまた完全に力を解き放つ事が出来る状態になっていた。
「この面子が揃いも揃ってヤバいか……楽しいねぇ……っ」
どんっ。轟音が鳴り響いて、自分達の真横を生体ゴーレムに似た魔物が粉々になりながら吹き飛んでいく。
「どうやら、敵じゃないらしいが……」
「どうかしらね」
今の所生体ゴーレムに似た魔物は一度に両手の指で事足りる程度しか出ていないし、それらが互いに攻撃しあう所を見た事はない。が、ここから先が更にランクアップしており、生体ゴーレムに似た魔物さえ敵と認識する狂戦士の様な敵が出ても不思議ではないのだ。油断は出来なかった。
「「「……」」」
何が現れるか。カイト達は固唾を呑んで成り行きを見守る。これが幻影であるのなら、単に今の自分達以上の存在がかつてか未来かのどちらかでどこかの世界に存在するというだけだ。
だがもしこれが敵意ある存在であれば、一瞬で終わりだった。と、そんな彼らの真横を、無数の生体ゴーレムに似た魔物の幻影が気配の先めがけて殺到していった。
「……幻影か。どうやら、過去か未来かにとんでもない存在が居るみたいだな」
「……安心したというか、悔しいというか……なんとも言えないわね」
生体ゴーレムに似た魔物が自分達に反応しないのだ。それはとどのつまり、自分達とは関係のない時間軸に存在するなにかが戦っている事に他ならず、ある意味では安堵して良い事ではあった。が、あまりに圧倒的な戦闘力を保有する存在にクオンは少しだけ悔しそうだった。そんな彼女にカイトは笑う。
「あはは……ま、せっかくだ。面でも拝みに行こうぜ」
「そうね。せっかくだから顔の一つでも拝ませてもらわないと割にあわないわ」
冷や汗を掻いた。そんな様子で一同が肩の力を抜いて今までは見通せなかった10キロ先まで歩いていく事にする。と、そうして暫く近づいた所で、カイトとセレスティアが気がついた。
「これは……」
「真紅の拳打……?」
もはや絶望的とも思える無数の生体ゴーレムに似た魔物に対して放たれているのは、事もあろうに拳打だ。それが一撃迸る度に金属に似た表皮が砕け散り、消し飛んでいた。
技もさることながら、一撃の重さもエネフィアの拳闘士と比較にならないほどの威力だった。が、それ故にこそ二人にはこれが誰の物か理解出来たのだ。
「……なるほど。そういや、バカオブバカがここで修行してたな」
絶望的な物量をたった一人で押し返す真紅の英雄。それを遠目に見て、カイトは笑う。
『……まだだ』
まだこんなものじゃない。こんなものじゃ届かない。真剣に。それこそ鬼気迫る様子さえある男の顔に、カイトはわずかな申し訳無さを感じる。
『……』
たった一人だからこそ、誰も見ていないからこそ浮かぶ男の意地。たった一人対等と、負けたくない。自分以外に負けてはならないと認めた友の役に立つことが出来ず、ただ壊れていく友を見守ることさえ出来ない現状への嘆き。
しかしいつか必ず自分が友の役に立つのだと信じ、ひたすらに技を。力を。心を磨く日々。何百年と続いたというその断片が、そこにはあった。そんな光景にセレスティアが、思わず感嘆の声を漏らす。
「……すごい。これが……」
「馬鹿なだけだ」
スタスタスタ。セレスティアの感嘆を。誰しもがあまりの力量の差に言葉を失うのを横目に、カイトは一人歩いていく。
「聞こえるか。届くか……ここに過去も未来も無いのなら……オレの声も届いてくれ」
他の誰のためでもなく。ただひたすらかつての自分に向けて振るわれる拳に、カイトは願うように。祈るように口を開く。
「届いたぞ、お前の想い。お前の願い。お前の力……お前が、オレに光を見せた。その光が、オレに手を引かせたんだ。他の誰でもない。英雄こそが、壊れた世界を救ったんだ」
『……』
一瞬。今まで止まる事のなかった真紅の英雄の拳が止まる。聞こえたのか。届いたのか。それはカイトにもわからない。が、決して無駄ではないのだと願いたかった。そうして、真紅の英雄が一瞬だけ。カイトの言葉に耳を澄ませるように目を閉じる。
『……ああ』
鬼気迫る顔が一瞬だけ柔らかなものになり、再度真剣味を帯びた表情に戻る。そうして迫りくる無数の生体ゴーレムに似た魔物の群れに対して、まるでカイト達を送り出すように大剣を取り出した。
『……おぉおおおおおお!』
雄叫びが迸り、無数の生体ゴーレムに似た魔物達が消し飛んだ。そして真紅の閃光が収まると共に、過去の映像もまた消し飛んだのだった。
さてそれから。結論から言ってしまえば、かつて対等と言えた者との間で開いてしまった力量を再認識する事になってしまったカイトが本気になった事により、道中に危険はほとんどなくなっていた。
「に、にぃー……ちょっと張り切りすぎじゃない?」
「ん? そうか? まぁ、この程度本来のオレなら余裕だからな。ちょっとサボりすぎたか、って思ったから少し本気は出してるけど」
「そ、そっかー」
それなら良いんだけど。ソレイユはおそらく見た事のないほどに勇者感のあるカイトの返答にそう答えるしかなかった。そんな彼を見ながら、剣姫モードになっていたクオンが問いかける。
「……カイト。さっきの知り合い?」
「ああ……前世のダチ公。オレが知る限り、オレを除いた最強と言えるのはあいつだろう」
「今の貴方と比べると?」
「……はっ。多少怪我のハンデぐらいくれてやった方がちょうどよい。なにせ当時のオレは強すぎたんでな」
「っ……」
おそらくクオンさえ初めて見るカイトの本気の圧。それは威圧的でも高圧的でもないにも関わらず、格の違いを見せつけていた。それを目の当たりにしては、クオンさえ気圧されるしかなかった。
剣姫モードの彼女がこれだ。他がほとんど何も言えなかったのも無理はないだろう。戦士とは対等の存在が居てはじめて映える。それをここで彼女らは改めて認識する。
「ちょーっと最近後進の育成だー、政治家としてのお仕事だー、剣士としての戦いだー、つって腑抜けた事やりすぎたわ」
迫りくる生体ゴーレムに似た魔物を生み出した無数の武具で串刺しにして、カイトが首を鳴らす。そうして彼が最強たる者の圧で、残る数体を迎え撃つ。
「はっ」
一撃一殺。カイトは双剣を手に、片手一つで堅牢な金属状の表皮ごと生体ゴーレムに似た魔物を消し飛ばす。その威力たるや防御の上から。しかも再生なぞ一切間に合わせることなく、圧倒的な力で以ってねじ伏せる様なやり方だった。だが、しかし。力だけでは決してなかった。
「……」
一撃で一体を消し飛ばすカイトであるが、更に迫りくる一団に対して培った<<転>>を使い決してその一撃を寄せ付けない。
その上で自分より後ろには一切通す事のないように時に槍の突進力で敵の前に躍り出て、少し離れているのなら弓を使い消し飛ばす。全体を見極めて最適な順序で敵を倒すなど、彼が今生で培ってきたすべてを上乗せしていた。というわけでたった数秒でそのすべてを滅したカイトが呟いた。
「足りねぇなぁ……ちょっとは修行になりそうなやつ出せや……あいてっ!」
「バカモン。何をそうも張り切るかはわからぬが、張り切りすぎじゃ」
おそらく魔王ティステニアと戦った時にも出さなかっただろう勇者カイトとしての彼の本気に対して、ティナは盛大に呆れながら首を振る。彼女も一応は先程の光景に触発されたのだとはわかっていたが、それとこれとは話が別だった。
「いってててて……」
「別にお主が修行に張り切るのは良い。良いが、今は調査中じゃ。公私の分別はせい。ホタル。センサーに反応があったそうじゃな?」
「あ、はい」
どうやらホタルが思わず反応が遅れるぐらいには、カイトの圧は物凄かったらしい。そんな彼であったが、ティナが頭を叩いた事でいつもの彼に戻る事になった。
「いたたたた……お前にだけは公私の分別しろって言われたかないんだがな……はぁ。それで?」
「はい……まだ遠方ですが、『夢幻鉱』と思しき反応がわずかに検出されています」
「なるほど……あいつが修行してたのは最深部にほど近いエリアだったんだろうよ。もしくはあいつが『夢幻鉱』が採掘出来る領域を目安に修行してたのかもな」
元々『夢幻鉱』は『夢幻の楽園』でもかなり深い所に行かないと取れない、という話だったのだ。カイトと対等に立たんとした男が修行していたのがその深い所だとするのなら、反応が検出出来るようになったのも納得もできようものだった。
「セレス。そっちはなにか感じられるか?」
「あ、いえ……私の方はまだ何も。お役に立てず申し訳ありません……」
「ああ、良いって良いって。まだ遠いんだろうしな……だな」
「はい」
カイトの問いかけにホタルは一つ頷いた。一応センサーにわずかに感があるという所ではあるらしいのだが、詳細な場所がわかるほどの精度はないし、逆にセレスティアの側は近付かないと正確な位置などはわからないらしい。
「よし。じゃあ、ここからは速度を落としてゆっくり動くか。ソレイユ、お前は周囲の警戒。クオンはオレと敵が来た場合の対処」
「はーい」
「はいはい」
方やいつもと同じになった事でこちらも調子を取り戻したソレイユと、方や改めてカイトの遠さを認識して若干不貞腐れた様子を見せるクオンが応ずる。というわけで、『夢幻鉱』の反応が近づいてきた事により、一同は少しだけ移動速度を落として本格的な調査を行いながら動く事になるのだった。
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