第2539話 魔女達の会合 ――道は続く――
ジーマ山脈で発見された虚数域の物質。その調査のため、カイトはジーマ山脈を訪れていた。そんな彼は別に探していたティエルンを発見するに至ったわけであるが、その後。ティエルンを伴い部隊を再編成し、ジーマ山脈の最奥に新たに生まれていた迷宮へと突入する。
というわけで、迷宮『夢幻の楽園』に突入から数時間。一同は脱出口を発見しそこで小休止を取ると、改めて『夢幻の楽園』を進んでいた。
「ふむ……本当に終わらないな。というか、終わりがあるのかね?」
「終わりは無いですよ。終わらせようとしなければ……まぁ、知らないだけかもしれませんが」
再出発からおよそ一時間。どれだけ歩こうと変わらない光景に疑念を抱いたティエルンの問いかけに対して、カイトは一つ首を振る。元々想像力が迷宮の構成に影響を与えると言われているのだ。終わらせないなら永遠に終わらない事は不思議ではなかった。
「そうか……そうだ。そういえば今ふと思ったのだが、確かさっき休憩したければ休憩所が現れる、ということだったね?」
「ええ。休みたいと思えば休める場所が現れます」
「それなら『夢幻鉱』とやらを見付けたい、と思えば普通に出て来るんじゃないのか?」
「ああ、それですか……それが変な話なんですよ」
確かにカイトの言う迷宮の情報が事実であるのなら、最初から『夢幻鉱』を見付けたいと思えば見付けられるはずだった。にも関わらず未だ一切の痕跡も無しだ。何か裏があって不思議はなかった。というわけで、カイトはそれを明かす。
「一見すると先に進んでいないように見え、そして先に進むという概念の無いように見える『夢幻の楽園』ですが、しっかりと先には進んでいるんです……いえ、進んでいるとなっているのかもしれませんが」
ここらはどうやらカイトも詳しくわかっているわけではないらしい。少しだけ自信なさげに彼は語る。そうして、そんな彼が更に続けた。
「とりあえず、先に進んでいる事は事実なんです。なのである程度の深度にまで潜らないと、どうしてか『夢幻鉱』は出てこない」
「ふむ……迷宮側がそうしている……という事かな?」
「おそらくは」
「ふむ……確かにおかしくはないか……」
『夢幻鉱』の性能を鑑みれば、確かにそれだけの厳重さとも取れる対応がされていても不思議ではない。と、そんな事を考えるティエルンを横目に、そういえばとアンブラが問いかける。
「そういや、私の所に持ち込まれたサンプル。あれは結局どうなんだー? あれは一応『夢幻鉱』ってことで決着してんよなー?」
「あー、あれか。あれなんだが多分、この迷宮がジーマ山脈に接続される時に空間の歪みが出来て、そこからこぼれ落ちた物なんだろう。そもそも考えてもみろよ。『夢幻鉱』って最初は誰がどうやって見付けたんだ?」
「そういやそうだなー」
言われてみればそれはそうだ。アンブラはカイトの指摘に思わずはっとなる。今回はそもそも見付かったので探しに来たわけだが、それがなければ今でもティナ達の間で仮想の物質として話されていただけに留まっている事だろう。
それはどの世界でも変わらないはずだし、セレスティアの異世界でもそうのはずだ。というわけで、そこらに言及したカイトが更に続ける。
「てなわけで、おそらく『夢幻の楽園』が接続された折りにわずかにこぼれ落ちた痕跡を頼りに誰かがここに入って、そして最奥まで到達出来た結果『夢幻鉱』が手に入る事がわかったんだろう……もしかしたら、世界側がある事を気付かせるためにこぼれ落とさせるのかもしれないがな」
「それはわからんかー」
「まぁな……兎にも角にもお前やティエルンさんの所に持ち込まれたのはそのこぼれ落ちた極僅かな痕跡だろう」
「なるほどなー」
どこまで行っても想像に過ぎないが、確かにカイトの推測には筋が通っていた。なのでアンブラはそれに納得し、この後は適当な雑談となる。というわけで、時に生体ゴーレムの様な相手と戦い時に休憩しを繰り返し、半日。流石に誰もが休みたいと思ったのだろう。先にカイトが話していた通り、休憩所となる小屋が現れた。
「ふむ……何も仕掛けられている様子はなさそうだね」
「休憩したい、という想念に従って現れたわけですからね。オレの知る限り、危険性は無いですよ」
「なるほど。便利なものだ……あの生体ゴーレムとでも言うべき敵さえいなければ、実に快適な空間かもしれないな」
その生体ゴーレムと現実感の喪失があるから決して長居したい空間ではないがね。カイトの返答にティエルンはそう添えておく。実際、セレスティアの世界でもここが危険視されている理由はそこだ。
生半可な覚悟と実力で入ると現実感の喪失で精神をやられ出られなくなるか、あの甲冑の様な生体ゴーレムに近い魔物に遭遇し一瞬で殺されるか。そのどちらかだった。
「流石に今日はここまでにしておくか。ティナ。問題は無いか?」
「そうじゃのう……ここからどれだけ続くかもわからん。何が起きるかものう……そうじゃ。そう言えば外との時間の差異はどうなっとるんじゃ?」
今回ティナが各員に装着させた腕輪だが、あれはあくまでも各自の時間にずれが無いか確認するためだけのものだ。『夢幻の楽園』の中と外の時間変化の差がわかるものではなかった。
「ん……そういえばそれはオレも考えてなかったな。ちょっと待ってろ」
ティナの問いかけに、カイトは一見すると普通の懐中時計にも見える――ただしいくつもの文字盤や時針・短針があり普通の時計ではなかったが――時計を取り出す。そうして彼がなにかをすると、懐中時計から二つの時計の映像が浮かび上がる。
「えーっと……突入からの時間が六時間半って所か……それに対して外の時間が……ティナ。何時に入ったんだった?」
「10時ごろじゃな」
「大体外だと一、二時間って所か……元々一日二日は戻れない可能性がある、って伝えてたから休んでも問題はないだろう」
「そうか」
それなら休んでおく方が重要か。カイトからの情報にティナはそう判断を下す。というわけで、一同はそこで一夜を明かす事になるのだった。
さて明けて一日。翌日再度何が現実かもわからぬ道をひたすらに進み続けるわけであるが、そうなってくるとさすがにこの迷宮が危険だと理解していた。
「……はぁ。色々と潜ったつもりだったが。なるほど、これはやはり心臓に悪い」
「幻影ですね、次は」
「ああ……ふぅ」
カイトの言葉にティエルンは一つため息を吐いた。この二日間の踏破の間で、幻影による襲撃にも似た光景は何度も見てきた。誰もが誰もクオンの様な鋭敏な感覚を持っているわけではない。
無論エネフィアでも上位層の面々なのですぐに幻影と理解するが、その一瞬だけでもわずかに緊張するのだ。何度も続けば精神的に疲弊してくるのは無理もない事だった。
「次はなんだ? またセレスくんの一団か? それともまた別の一団か?」
「さて……」
どちらでしょうね。カイトとティエルンは自らの真横を通り過ぎていく生体ゴーレムに似た魔物を見送って、その先を見る。そうして見えたのは、褐色の女剣士だ。先にセレスティアの護衛として居た女戦士だった。
「ふー……やるわね、彼女。ぜひ一度手合わせしたいわ」
「吹けてないよー」
「うるさいわねー。気分よ気分」
ソレイユの指摘にクオンは不満げに口を尖らせる。とはいえ、実際女戦士の技量はたしかなもので、数合刃を交えた後には生体ゴーレムに似た魔物を斬り伏せていた。そんなのんきな彼女らを尻目に、カイトが声を発する。
「ほら行くぞー」
「「はーい」」
「やはりエネフィアでも上位の戦士達は違うか……この豪胆さは見習わねばならないな」
「見習わんで良いですよ、こいつらは……お気楽なだけで」
「お気楽にやれるだけの戦闘力を持っているという事の裏返しでもあると思うがね」
カイトの苦言にティエルンが笑う。というわけでまだまだ先に進み続ける一同であるが、常に一方的にこちらが誰かが過去に通った光景を見ているだけではなく、自分達が過去に通った光景を目の当たりにする事もあった。
『へー……ここらピクニックに良さそう』
『にぃー、おべんと食べたーい』
『持ってきてねぇよ。てかピクニックじゃねぇよ』
「オレらこんな間抜けな会話してたんか……」
「にぃー。お弁当用意してくれてるー?」
「してねぇよ!」
「サンドイッチ用意してたなー」
「してるじゃん! さすがにぃ!」
「あ、ちょっ、おい!」
結局間抜けな会話は変わっとらんぞ。カイトとソレイユの会話――情報提供はアンブラ――にティナは内心でそう突っ込む。もはや何でもあり。そんな現実感の無い中を突き進むというのは本来はとんでもない精神的な苦痛をもたらすのだろうが、この面々には特に意味がなかったらしい。
無論、出て来る生体ゴーレムに似た魔物は敵になるわけもなく、なのである意味ではピクニックと変わらなかった。
「はぁ……訓練にはなるわね。カイト。ここら今後定常的に借りて良い? 思いっきりやれそうだし」
「入ったが最後出られなくなるかもしれんがな。もちろん、救助なんて出来んぞ?」
「別に良いわよ。それで出てこれない様な奴ならウチに不要だし」
「あいっかわらずのバトルジャンキーなこって……そして出てこれる前提なお前がすげぇわ……」
どうやらこの『夢幻の楽園』は<<熾天の剣>>にとって良い塩梅の修行場として活用されそうらしい。
まぁ、数々の魔境の難点は人里離れているため、補給やらが面倒な事だ。もちろん、出入りも非常に面倒だ。それに対してこの『夢幻の楽園』は最終的にはカイトの管理下になるだろうというのは察するに余りある。サバイバル能力が鍛えられないのは難点だったが、戦闘力を鍛えるだけならかなり良い所だった。
「この程度、別に原理がわかれば出てこれるわよ……その原理も大体理解したから、脱出口出せるかやってたし」
「どーりで妙に脱出口多いなー、と思ったわ……」
先程から数度脱出口と遭遇していた一同であったが、どうやらクオンが意図的に呼び寄せられるかやっていたらしい。彼女の発言にカイトは肩を落とす。
そう言っても、元々彼女の認識力や直感力の高さはエネフィアでも随一なのだ。その点を鑑みればこの『夢幻の楽園』と彼女の相性は抜群だったかもしれなかった。
「一応今回はお客さんも多いからやってないけど、やろうと思えば敵も自由自在に出せそうだし。良い場所ね」
「おいおい……まぁ、良いわ。なら好きにしてくれ。どうせお前らに無理な所なんてほとんど無いだろうし」
「『無限回廊』は無理だったわねー」
「あれは……まぁ」
ほとんど無いの例外を上げたクオンに、カイトは思わず肩を震わす。この『無限回廊』はクオンに限らず多くの冒険者が挑んで――殊更クオンさえ踏破出来なかったというのが大きかったが――逃げ帰るか死んでいる。が、それも無理もない事はカイトもわかっていたのであった。と、そんな呑気な事を言っていたクオンであるが、彼女が唐突に足を止めた。
「どした」
「……何、こいつ。ソレイユ……前方10キロ先。何か居る」
「え? 無理で……え?」
現在、カイト達が認識出来る距離は3キロが限界となっている。そのはずなのにそれを更に超えた所にあるなにかの気配に気付いたクオンに言われ、ありえないと断じたはずのソレイユもまたそれに気付いて思わず言葉を失った。そして相手を認識したからだろう。急速に場が拡大し、一同は今までにない異変と遭遇する事になるのだった。
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