第2538話 魔女達の会合 ――幻の道――
ジーマ山脈で発見された虚数域の物質。その調査のため、ジーマ山脈を訪れていたカイト。そんな彼は別に探していたティエルンを発見するに至ったわけであるが、そんな彼女がジーマ山脈に来ていた理由も虚数域の物質の調査のためだった。
というわけで、そんな彼女との話し合いにより人員を再構成してジーマ山脈に戻ったカイトであったが、そんな彼はジーマ山脈の最奥に新たに生まれていた迷宮の入り口から移動したのは、セレスティア達の異世界に存在するという『夢幻の楽園』と呼ばれる迷宮だった。
そこで遭遇した甲冑の撃破後。一同は改めて先に進んでいたのだが、そこでやはりこの『夢幻の楽園』が普通ではない事を思い知らされていた。
「はぁ……本当に時間がむちゃくちゃね、ここ……」
同じタイミングで入った者は同じ時間軸に存在出来る。それがわかっていればこそ横に居る誰かが確かに存在するとわかるだけで、それがわかっていなければ今頃精神がおかしくなっても不思議がない。クオンは一体いつの存在なのだろうか、と横を通り過ぎた何者かを見送ってそう思う。
「今のは貴方達の世界の某?」
「だと思います……こちらには今まで『夢幻の楽園』に通ずる『転移門』はなかったとの事ですから……」
「そ……貴方達の世界にもなかなかの使い手が居るものね……居た、かもしれないし今後存在するのかもしれないけれども」
どちらなのだろうか。クオンは横を通り過ぎた戦士の身のこなしから、エネフィアであればランクSに匹敵する猛者だと察したようだ。が、今の某が過去の人物なのか未来の人物かは定かではなく、もはや何がなんだかさっぱりだった。というわけで、それについてはもう考えない事にしてクオンは先を歩く幻影に言及する。
「……で、今この前を歩いてるのが貴方?」
「あ、はい」
「随分と前の事だったのね」
「はい」
前を歩く幻影であるが、この一人はどうやら幼い頃のセレスティアだったようだ。そんな彼女は褐色の肌を持つ女戦士を主軸とした戦士達に守られながら進んでいた。それを見ながら、クオンはわずかに目を細める。
「……この女。とんでもない剣士ね。今私が戦っても良い戦いになりそう」
「ものすごい強い方でした……神界でも一、二を争う剣士だとか」
「なるほど、納得出来るわね」
この彼女が居るのなら、この『夢幻の楽園』も安心して進めただろう。クオンは女戦士の力量から、素直にそう判断する。というわけで過去のセレスティアを守る集団にクオンは興味を抱きそれについてセレスティアと話しながら歩いていくわけであるが、やはり所詮一時的に映し出されているだけ。暫くすると気付けば消えていた。
「あら……終わりなのね」
「あはは……っ」
「幻影よ」
自分達の幻影が消えるとほぼ同時に現れた甲冑の幻影に一瞬セレスティアは身構えるも、先の交戦で幻影と本物の僅かな感覚の差を理解したクオンが首を振る。と、そんな幻影の甲冑は案の定自分達の真横を通り抜け、なにかを狙う姿勢を見せていた。
「……っ」
「……そ」
逃げられはしなかっただろう。セレスティアもクオンもそう思う。甲冑が狙っていたのは、先に入った<<移ろう山師>>の若手冒険者三人組だ。クオンでさえ自分が招集されたのが間違いではない、という強さを有する存在だったのだ。
それに狙われ生きていられる道理はどこにもなかった。無論、それ以前として違う時間軸に出た彼らを救う術はどうやってもなかっただろう。故に僅かな苦味を見せるセレスティアに、クオンは冷酷に告げる。
「諦めなさい。すでに確定した過去になっている……すでに死んだ彼らを救う術は無いわ」
「……はい」
あれは単に過去が映し出されているだけ。遭遇からまもなく――というより三人組は遭遇に気づけもしなかったが――で仲間一人が斬り殺され困惑を露わにする残り二人を見ながら、セレスティアはそれを改めて再認識する。
「ここは間違いなくランクS冒険者でも高位の実力を持つ上澄みしか生き延びられない魔境よ……カイト。冒険者として言えば、ここは立入禁止にしておくべきね」
「もとよりそのつもりだ……な? ヤバいだろ?」
「ええ……目に視えている敵さえ本物かどうか並の感覚じゃわからない。戻る方法も今の所見当たらない……私達は貴方やセレスが居るから戻れるとわかっているけど、わかっていなければいつ精神がおかしくなっても不思議はないわ」
笑いながら指摘したカイトの言葉に、クオンは剣姫としての顔で応ずる。何が本物かさえわからない上に、この楽園にも思える風光明媚な空間だ。それが更に現実感の喪失を加速させており、強靭な精神力も併せ持たねばいつ精神が壊れてもおかしくなかった。
「だろうな……ん」
「こいつは本物ね」
話している最中に現れた甲冑に、カイトとクオンは今度は本物と見極める。どうやらカイトもかつての彼が何度かの踏破を行っていた事で本物を見分ける感覚を養っていたらしく、見極められている様子だった。というわけで、再度一同は足を止めて甲冑との戦いになるのだった。
さて幾度かの甲冑を模した魔物との戦いを繰り広げながら奥へと進んでいた一同。その間常に風光明媚な様子を見せられていたわけであるが、ある時その光景に僅かな変化が生ずる事となる。
「……あれは……」
「どうかしたー?」
「んーっとねー……」
弓兵として一足先に遠くに見えるなにかに気付いたソレイユであるが、そんな彼女はいつものお嬢様モードに戻っていたクオンの問いかけに目を細め確認する。
「輪っかが見えるけど……にぃー。ここってループしてるのー?」
「いや、ループはしてない。どうやら脱出ポイントが出てきたみたいだな。もうそんなに歩いたのか」
「大体二時間ぐらい歩いておるのう。その間ほとんど周囲の景色が変わっとらん様な感じじゃったが」
「ま、だから精神的にもヤバいんだわな……とはいえ、あそこなら休める。流石に一度小休止を挟んでおくか」
ティナの指摘にカイトは一つ笑う。というわけで少しだけ速度を上げた一同は数分歩くと誰の目にも見えるようになった輪の所で一休みする事になった。
「ふぅ……」
「ふむ……これは台座か。確かに入り口の方にはなかったのう」
「おんなじ物かな?」
「さて……どうじゃろうのう」
ティエルンの問いかけにティナは一つ首を振る。一見すると同じ物に見える台座だが、入った時とは違いここは虚数域だ。単にそう見えているだけ、という可能性は大いにあり得た。そうして少し見回して確認する二人であるが、台座に刻まれていた文字を読んでいたティエルンがカイトへと問いかける。
「カイトくん。文字が少し異なっているみたいだが」
「あ、はい……えっと……ああ、意訳すると脱出するならここからどうぞ、という感じですね。まぁ、元々脱出はここからじゃないと出来ない仕組みになっているんですが」
「ふむ……ということは入り口という概念と出口という概念が別になっている感じか」
「そうですね……ま、ここだけの話なんですが……」
ティエルンの理解にカイトは一つ笑いながら、実情を明かす。
「実は脱出口はすぐに出そうとしたら出せます。それ以外に定期的に出て来る、というだけで」
「出せる? 不思議な事を言うものだね」
「ここは想像力が色々と左右する空間です。なのでさっきから見えていた幻影は例えば先に入った三人組が見えたのはオレ達が無意識的にあの三人はどうなっただろうか、と考えた事でそれをこの空間がその時に繋げた、という所です。他にもセレスの幻影なら彼女が過去にここを歩いたな、と思った事かもしくは彼女がここを歩いた時はどうだったのか、という思念に応じて出たのでしょう」
「ほう……」
実に興味深い。カイトの語るこの『夢幻の楽園』の話に、ティエルンは興味深い様子でわずかに目を見開く。そうしてそんな彼女の促しを受け、カイトが更に詳しい所を語る。
「続けてくれ」
「はい……ですので、例えば休みたいと思えば休める空間を提供してくれることになるんです。ティナの話だと二時間ぐらい歩いていたみたいですから、誰もが内心少しぐらい休みたいな、と思っても不思議はない頃合いでしょう」
「なのでこの脱出口が現れた、と」
「そういうことですね……同様に強く出たい、と思ってもここが現れます」
「ふむ……」
そういうことなのか。ティエルンはカイトの言葉にわずかばかり納得する。わずかばかりなのはやはり彼女が学者だからだろう。聞いただけを事実と受け入れるではなく、自分なりに解答を見付けた上でしか納得出来ないのだ。というわけで、そんな彼女がカイトに問いかける。
「その話が事実なのだとするのなら、一つ聞きたいが良いかね?」
「ええ」
「もし脱出はしたくないが休憩だけしたい、という場合。もしくは少し横になりたいな、という様な考えを抱いていた場合。その場合はそういったベッドの様な休憩出来る施設が現れるのかな?」
「そのとおり、ですね。横になりたいんですか?」
「それはもちろんだ。ただ、おそらくこの脱出口は私の想念に反応したのだろうね……と言っても、出たいというわけではなくどうやって出るのだろうか、という想念にだろうが」
「あぁ、なるほど……」
今度はカイトが納得する番だった。今回は誰しもが高難易度の迷宮を想定して入っている。なので出たいと思うには少し早すぎる気がしないでもなかったが、それ故にこそどうやって出るのかという話は今まであまり出ていない。誰ももう脱出したい、と思っていなかったからだ。
が、同時に言及されないということはティエルンのように出るのならどうやって出るのだろうか、という興味にも似た感情を抱く事もあり得るわけで、それへの解答として『夢幻の楽園』側がこの脱出口を用意したのだった。
「まぁ、そういう事でしたらさっさと疑問を晴らしておく事にしますか……ティナ。少し離れてくれ」
「む? 良いぞ」
台座から離れ輪を調べていたティナであるが、話は聞いていた。なのでカイトの話を聞いて輪から離れる。というわけで、カイトは入った時と同じく台座に手を乗せて起動させる。そうして起動した水に似た膜の張った輪を見ながらティナが口を開く。
「ふむ……見た目は入った時と同じく渦巻く水の膜……という感じかのう」
「の、ようだね……が、これはおそらく虚数域と実数域の境目という所なのだろう。これを解析できれば、どこからでもここに行けるのだろうが……」
「難しいでしょうね」
「だろうね」
「じゃろうのう」
カイトの指摘にティナもティエルンも揃って苦笑を浮かべ同意する。なにせあのリルでさえ虚数域への潜航を諦めたのだ。実は彼女も今回話をしていたのだが、今回来なかった理由はそこにあった。
虚数域に行ける可能性があると聞いて、外側から周囲の変化などを見たいと希望したのである。自分では無理だったからこそ、どういう理論が働いているのか知りたかったのだ。というわけで、ティエルンがそれに言及する。
「流石にリルさんでもこの解析は骨が折れるだろうね……正直、私の手にも余る。どうにせよ空間は専門外だしね」
「お前は?」
「余も難しいのう……アウラあたりの補佐があれば表層をひっかくぐらいの解析は出来るやもしれんがのう」
カイトの問いかけにティナは一つ首を振る。と、そんな返答を受けたカイトがふとティエルンに問いかけた。
「そういえばエンテシアの魔女で空間の解析やらに長けていた人はいらっしゃらなかったんですか?」
「それはもちろん居たさ……えっと……誰だったかな……ああ、思い出した。シャーリーだ。彼女が得意だったはずだ」
「知らん名じゃな」
「それはそうだろう……まぁ、あの子なら普通に生き延びてるはずだ。あの子は小動物だからね」
くすくすと楽しげに笑うティエルンであるが、どうやら後に聞けばこのシャーリーとやらも空間転移でマルス帝国からの招集から逃げていたらしい。
というわけで幾度かの戦乱も同じ様に逃れている可能性が高く、今も生きている可能性は高いだろうとの事であった。そうして、一同はそんな話をしながら少しの間小休止を取る事にするのだった。
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