第2537話 魔女達の会合 ――虚数域――
ジーマ山脈にて発見された未知の鉱物。それはエネフィアには存在していないはずの『夢幻鉱』と呼ばれる緋々色金と対をなす鉱石だった。
その発見を受け、カイトは同じくジーマ山脈にて『夢幻鉱』の調査を行っていたエンテシアの魔女の一人ティエルンの助力を受けつつ、ジーマ山脈最深部に生まれていた迷宮への入り口へとたどり着く。そうして迷宮の入り口とも言える輪を起動させた一同は、ある種の幻想的な場所へと移動していた。
「これは……なんともまぁ風光明媚な所じゃのう。楽園か聖域か……」
「なんと言うべきか、というのであればやはりそれしかないだろうね。陳腐な言葉だとは思うのだけれど」
感嘆の言葉を口にするティナに、ティエルンもどこか納得したように頷いた。そんな二人はまずは、と後ろを振り返りしかし、同時にそうだろうなと想定していたので頷くだけだった。
「輪はあるが……」
「あるだけじゃのう。何ら輝きも示さぬし、台座のようなものも見当たらぬか」
「まぁ、<<移ろう山師>>のギルドメンバー達が戻れていないのだからそうだろうとは思っていたけれどもね」
元々一時間で戻ると言っていた者たちが戻らなかったのだ。そうなるのだろうな、とは思っていたようだ。もちろん、他の面子にしたってそうだし覚悟の上だ。というわけで、冒険者としてソレイユとクオンは周囲の警戒を行っていた。
「ソレイユ。周囲は?」
「んーっとね。大体周囲1キロは安全」
「貴方にしては安全の見通しが狭いわね」
「にぃが警戒するように言ったからねー……でも同時にそれ以上は見通せないかな」
すっとソレイユの目が細められ、本気で周囲を見通すべく彼女の呼吸が狩人のそれへと変貌する。
「……周囲三キロが限界かなー……それ以上は空間が歪んじゃってる。ううん。多分、私達が認識出来ていない」
「そ……なら警戒範囲は絞ってその範囲内の警戒を完璧にしときましょ……ヤバい匂いがプンプン」
「ね……」
どうやらとんでもない場所に入ってしまったらしい。クオンとソレイユという遠近における最強とも言える二人は自分達が招集されるに相応しい場である事を理解する。その一方、セレスティアは補佐として同行するイミナと共に逆に仰天していた。
「そんな……イミナ。この光景は……」
「はい……私も記憶する通り、セレス様と共に来た神域に酷似しています。いえ、酷似といいますか……」
「もはや同じか?」
「「……はい」」
カイトの問いかけに、セレスティアもイミナもはっきりと頷いた。まるっきり彼女らが見た数年前の光景と酷似している。そうとしか言い得なかったらしい。そしてそれはもちろん、カイトもまた同じ印象を得ていた。
「オレが見たのも、この光景だ……ティナ」
「うむ。話は聞いておったぞ。実に興味深い話じゃ」
カイトの要請を受けたティナが虚空に腰掛け、楽しげに笑う。そうして、彼女は無数の簡易型の使い魔を解き放ち、周囲の確認と精査を行いながらティエルンと共に考察を行う。
「ティエルン殿」
「別に自分の分ぐらい自分で用立てるさ。流石に従姉妹殿の娘に手を借りるほど、私も老いちゃいない」
「左様か……さて。まずはじゃが……」
「どうやら認識出来る範囲を制限されているというわけじゃあなさそうだ。これはどちらかというと、私達が現状認識出来る距離がここを中心に三キロ、というわけなのだろうね」
「空間は定まらず……先の台座に刻まれておった通り、というわけかのう」
ティエルンの言葉に自分も同じ物を視ていたティナが一つ頷き、これが先にカイトが読み上げた台座に記されていた通りであると納得する。そしてこれにティエルンもまた同意する。
「そういう事だろうね……今の私達で感知可能な距離がそれだけ、という意味なのだろうね。視ようとすればもっと遠くも見れるのだろうけれど……」
「おそらくそれは無理と判断されておるのじゃろうて」
「さて……ああ、そうだ。アンブラくん」
「仕事ならもう始めてるぞー」
「結構。助かるよ」
ティエルンの問いかけに答えたアンブラであるが、彼女はいつもの持ち運び用の検査キットを使って地面を採取。即座に検査を行っていた。
「んー……うおー……こりゃすごいなー」
「何が?」
「んー……ほれ」
「……ゼロ? 中に入ってるのに?」
論より証拠。そんな様子でソレイユに検査キットを見せるアンブラであるが、そんな彼女の示した検査キットの中身は完全に何も指し示していなかった。しかもすごいのは、重量さえゼロ表示になってしまっている事だろう。そんな彼女らの話を横で聞いていたティナがしかし、どこかしたり顔で頷いた。
「なるほどのう……道理なのやもしれん」
「どういうこと?」
「この場全体が虚数域なのやもしれん。虚数域がどの様な場かはわからぬが……虚数が付与された物質の検出なぞまともに出来るとは思えん。多分、現状の装備では……む?」
現状の装備では何も意味をなさないだろう。そう言おうとしたティナであったが何かの異変に勘付いて後ろを振り向く。すると、何も光っていない輪から唐突に三人の若い男達が入ってきた。
『なんだこりゃ……』
『へー……きれいなとこだなー』
『魔物は……いそうにないな』
どうやら三人は冒険者らしい。軽装備に加え腰には各々の得物が帯びられており、戦闘にいつでも入れる様な状態だった。
『後ろは……ちっ。駄目か』
『ここらの魔物の領域の迷宮なら、近くに『帰還符』なんかの脱出用アイテムが早々に見付かるだろうぜ。さっさと見付けて帰るぞ』
『『おーう』』
若い冒険者にありがちな短絡的な思考。そんな様子が見え隠れした事は否めないだろう。そんな三人はどうしてかカイト達に気づく事もなく、何故かスタスタと彼らの間を横切って奥へと進んでいった。
「……気付かなかった、みたいね。結構な殺意出してあげたんだけど」
「皆見てたと思うけど、数十メートル先で消えちゃった……それ以上先で加速したとかじゃなくて、消えたで間違いないよ。あの身のこなしだから、見過ごすとか無いし」
クオンとソレイユの二人がそれぞれ、今入ってきた三人組がこちらに気付いていなかった事を口にする。これに、ティナが口を開く。
「時は逆巻き、かのう」
「どうやら目に見えるものが現実か、それとも過去を映し出しているのか……注視する必要がありそうだね。ユスティーナ。君はどう見えた?」
「正真正銘の人と同様……ではあったかのう。一つ触れてみればよいか、とも思うたが」
「おそらく無駄だろうね」
ティナの一つの思案に対して、ティエルンは少しだけ笑って首を振る。そうして、彼女がその理由を告げた。
「今のはおそらく、空間に流れる時間が逆巻いた事でここに居た過去の者の映像が見えただけなのだろうね」
「虚像……まさしくそう言うのが良いかもしれんな」
「だろうね……うむ。虚像。実にそれが相応しい」
そこにはあるように見え感じられるのに、実際には存在していない。正しく虚像というしかない事態にティエルンは笑う。が、これにクオンは一気に真剣味を増していく。
「そ……目に見える物も、肌で感じられる物もすべて本物かどうかわからない、と。ティナ。一つ聞いて良い?」
「良いぞ」
「私達が全員同じ時間軸から来たという確証は?」
「ほ……さすがは剣姫クオン。面白い所に焦点を当てるものじゃ」
クオンの指摘にティナは楽しげに笑う。見える限り。感じられる限りのすべてが偽られる可能性があるのだ。必然、実は今ここで話している自分達の時間軸がずれており、自分が話しているつもりでも同じ様に時間軸がずれてしまっていて虚像と話しているだけだった、という事態が起きても不思議ではなかった。
「ま、結論から言えばそれはない。今回の装備の一つとして、腕輪を持たせたな?」
「これ?」
「うむ……これで時間軸の同期をしておる。虚数域に行くかもしれぬ、とあって時間がむちゃくちゃになる可能性は当初から考慮に入れておったよ」
「なるほど……納得」
知性であれば圧倒的なティナだ。その彼女がこの状況を想定していなかったのか、と言われれば想定していた。しかもカイトが最初に何でもあり、という助言をしていた事もあり、先に地球との通信機を開発した時の技術を応用して開発していたのであった。
「今の情報を鑑み察せられるのは、おそらく同じ時間。同じ場所から入った者は同じ状況を共有出来るということじゃろう」
「それがわかるだけ安心ね……さて、カイト。どうする?」
「どうするもこうするもない。さっさと行ける所まで行って、情報を手に入れて出るだけだ。ここがオレやセレスが知っている場所なら、調べる必要は特段はない。誰かが不必要に入らないようにすりゃ良いだけだ」
そもそもカイト達はここの事を見た事があるようなことを言っていた。それをティナが彼の発言で思い出す。
「そうじゃ。そういや、先にお主。ここが見た事があるような事を言っておったのう」
「ああ……十中八九、オレが知っているあそこで間違い無いだろう」
「そうか……確かお主が言う所によると『無限回廊』に似た迷宮じゃったか」
再度周囲を見回すカイトであるが、そんな彼はやはりという塩梅で一つ頷いた。それを受けたティナの問いかけに、彼は再度頷く。
「ああ。ある特定の条件を満たせば出れるけど、そうでない限り終わらない系だな……『夢幻の楽園』。『夢幻鉱』の採掘される唯一の迷宮」
「ふむ……『夢幻の楽園』のう。では、今後この迷宮は『夢幻の楽園』と呼称。確定的な情報が得られるまでそれで良いじゃろうし、確定的な情報が得られた時点でそれで良かろう」
別に名前があるにも関わらず、それを新たに設定する事に意味はない。なのでティナはセレスティアの異世界で使われているという『夢幻の楽園』という名をこの迷宮の名として定めておく。というわけで定めた彼女が話を戻す。
「まぁ、話を戻そう……それで言えばおそらくこの迷宮そのものが虚数域であるが故なんじゃろう。元来、虚数域は常人には耐えられぬ。それが耐えられるようにある程度の補佐を受け、などとを考えた場合、虚数域がそう多いとは思えん」
「ここは迷宮で良いの?」
「はっきりとした事は言えん。なにせ情報が足りぬからのう。が、厳密には迷宮とするべきではないやもしれん」
それであれば移動させられる事などいくつかの事に筋が通るかもしれない。ティナはこの迷宮が迷宮に酷似しているだけで全くの別物かもしれない、と判断する。
「そ……ま、どっちでも良いわ。元々最上級のつもりで来てるんだし」
「それでお主らは良かろう……カイト。そういうわけじゃから、お主かセレスに道案内を頼みたい」
「一緒で良いだろう。オレの知識は古すぎるし、セレスは自信が無いだろうからな」
「お願いできれば」
カイトの発言にセレスティアも同意する。そうして、カイトとセレスティアを先頭として、一同は『夢幻の楽園』の奥へと進む事になるのだった。
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