第2536話 魔女達の会合 ――迷宮の入り口――
ジーマ山脈にて発見されたという未知の鉱石。その調査に乗り出す傍ら、同じくジーマ山脈で発見されたというティエルンの探索を行う事にしたカイト。そんな彼は早々にティエルンを見つけるに至っていたものの、彼女との話し合いの中で今回探す物質が『夢幻鉱』と呼ばれる物質である事を理解する。
というわけで、『夢幻鉱』であるのなら採掘出来る場所が非常に高難易度な迷宮であるかもしれない、と判断した彼は一旦マクスウェルへ帰還。面子を再編成して、改めてジーマ山脈へと降り立っていた。
「……なんだ、こりゃぁ……」
降り立ったカイト達を見て、フィルマンは思わず頬を引きつらせ持っていたナイフを取り落とす。それはそうだろう。なにせ降り立ったのはクオンを筆頭にしたランクSでも最上位の面子だ。何が起きつつあるのだ、と言葉を失うのも無理はなかった。
「フィルマンじゃな? ソフィアじゃ」
「あ、あぁ……え、えーっと……えぇ?」
「何?」
「いや、え……あんた剣姫クオン……だよな?」
「そうだけど……どこかで会った?」
「いやいやいやいや! まさか! 一方的にあんたを見知ってるだけだ!」
若干胡乱げな問いかけにフィルマンは大慌てで首を振る。下手な発言をして睨まれてはたまったものではない。というわけで大慌てで否定した彼はこれ以上話したくない、という所もあったのかティナへと問いかける。
「ちょっと待ってくれ……確かに今回マクダウェル家は<<無冠の部隊>>を含め打てる手を打つってのはそこのから聞いた。だが、マジか」
「マジもなにも、それぐらいは危険性が高い可能性があると判断しただけじゃ」
「お、おぉ……」
元々口止めなどを含め、危険性の高い物質の採掘と調査である事はティエルンから言われていた。だがマクダウェル家まで同等の認識でいるとは思わなかったらしい。
「さて……で、拠点に色々と設営は任せさせておるので、それはそちらの指示に従わせよ」
「あ、あぁ……おい、聞いてたな!」
「了解! 場所は空けてます! そっちに誘導しときます!」
「ってな具合だ。準備はこっちも出来てる」
元々マクダウェル公爵家が軍として動くだろう、というのは言われていた。なのでフィルマンもそれに備えて準備しておいた。というわけで、様々な検査機のセットを行う<<無冠の部隊>>技術班を尻目に、カイト率いる本隊は坑道に向かう事にする。
「フィルマン……だったかしら。坑道は行った?」
「ああ……最奥まで確認した……その上で言えば、予めもし迷宮が出来ていても入るな、と言われてなけりゃ俺も入っちまいそうな雰囲気だった」
「……だ、そうだけど。どう?」
「私が一度見た所も、そのとおりでした。風光明媚できれいな所……ただ出て来る敵だけは異常な強さを持っている」
クオンの問いかけにセレスティアはいよいよ本当に神域にあった迷宮に似た系統が現れたかもしれない、と僅かに大剣を握る力を強くする。それにクオンも嘘はないと理解した。
「そう……話が本当なら、相当楽しめそうね。アイシャー。そういうわけだからちょっと外頼むわねー」
『はぁ……調査が目的なんですから、その点は忘れないでくださいね』
「わかってるー……というか、調査名目でこの面子なんて集めないでしょ」
アイシャの掣肘に対して、クオンは後ろを向いて笑う。彼女の後ろには支援役としてソレイユも居たし、外にはアイシャと共に広域の支援を行うべくフロドも居る。
本当に何が起きているんだ、という様な面子が集まっていたのであった。もちろん、冒険者として見ればランクS相当の魔術師であるティエルンも居たし、ティナもカイトも居る。本格的に城でも攻めるのでは、と思われても仕方がない面子が整っていた。というわけでそんな面子を引き連れ下へ下へと降りていく一同であるが、ある程度潜った所で一同は異変に気がついた。
「っ……」
「……へぇ。相当キツいわね。なるほどなるほど……確かにこれは嘘じゃないわね」
「何の話だ?」
どうやらフィルマンは気付けないらしい。顔を顰めるセレスティアの横。クオンが舌なめずりでもしそうな塩梅で笑うのを見て首を傾げる。
「貴方確かランクBって話だっけ?」
「ああ……それが?」
「なら、しょうがないんでしょう……神の力に似た気配が漂ってるのよ。下の方から」
「神の力? 何も感じないが」
クオンの返答にフィルマンは一度感覚を更に鋭敏にして確認するも、何も感じられなかったようだ。そこが今の彼の限界という所だった。
「そりゃ、そうでしょう。神の力なんてそう安々わかるものじゃないわ……攻撃する時の力とは全く別。神気……神の気とかそういうものだから。それを感じ取れるようになりたいなら、まず気の訓練からしないと駄目でしょうね」
「気……中津国の気か?」
「その気ね。その頂点にあるのが、神の気。神域とか聖域とか、行った事は?」
「無いな」
クオンの問いかけにフィルマンは再度首を振る。これにクオンはそれが普通だろう、と特に気にする事はなかった。
「そ……そういった神域や聖域に満ちているのが、神の気。常人でもあの領域までの濃度になればわかるのだけど……流石にこの領域だとまだ感じられないのが普通でしょう」
「そうか……何十年と生きたが、まだまだ知らない事が多いもんだ」
それを知らなかったが故に何も危険性を感じられなかった。そうフィルマンは理解する。こればかりは感じられるか否か、という所しかないのだ。
「でしょうね……ウチでも自由に神の気を操れるのはアイゼンぐらいなものだし」
「そうか」
自由に操れるのはアイゼンぐらい。それが意味する所をフィルマンは正確に理解していた。とはいえ、そんな彼に対してそれ故にこそとクオンは肩の力を抜いた。
「ま……神の気が満ちるのなら魔物は出ないでしょう。到着までは、楽出来そうね。その点は?」
「さぁ……私の知っている所は龍と神の戦士達が守っていましたので……」
「そ……ま、後は実際に見てみて確認してみましょ」
セレスティアの返答にクオンは興味を失ったようにいつものお気楽モードへと戻る。というわけで、神の気が満ちるようになった坑道を一同は更に下へと降りていくのだった。
さて一同が坑道へ入って数十分。流石に崩落を完全に元通りに出来たわけではなかったので足場が悪く、一度の小休止を挟み一同は異質な場所へと辿り着いていた。
「ここが、最深部だ……俺達も何度かジーマ山脈の坑道へは来た事があったが、こんなものは見た事がない。最近、マクダウェル家がこんなもの作ったとかは?」
「あるわけあるまい……こりゃ、見事な『転移門』じゃな」
フィルマンの問いかけにティナは一つ笑う。ジーマ山脈の入り口からおよそ百メートルほど地下。そこに出来ていたのは、神殿の様な空間だった。ただしそこにあったのはパルテノン神殿の様な柱と、空間の中央に円形の輪があるだけだ。
「輪は起動しておるようには見えぬが……あの台座が起動用の装置かのう。セレス。何かわからぬか?」
「いえ……ここらは私が知るものとは違います。向こうはこんな輪はありませんでした」
「となると……フィルマン。お主らの部下はどのようにしてこれを起動させた?」
「普通に触ったら起動したそうだ」
ティナの問いかけにフィルマンは聞いた通りを答える。そこらも相まって、先輩冒険者達は危険性は薄いと判断したそうだ。というわけで、ティナはカイトに一つ頷きかける。
「そうか……アンブラ。この周囲の構造材。お主何かわかるか?」
「んー……柱は大理石だなー。普通にやろうとしたら結構金掛かりそうだなー。ただし、周囲の壁はわかんないぞー……多分なんかしらの石材だとは思うんだけどなー」
「それと、多分概念的な補強をしている様子だね。これはおそらく崩落などを防げるようになっているのと……これは……」
アンブラの言葉を引き継いで、ティエルンが補足を入れる。が、そんな彼女は壁材を見て一つ唸る。
「これは……なるほど。ちょっと考えものだね。これはおそらく……どこか別の場所へ転移させられそうだ。下手を打つと嫌な所へ飛ばされる事になるかもしれないね」
「む……これは……むぅ……む?」
ティエルンの言葉に同じく壁材の更に裏を見るティナであるが、そんな彼女は何かに気付いたように僅かに目を見開く。そうして彼女は台座へと近づいていき、数度触れてみたりして確認する。
「ティエルン殿。少し良いか?」
「なんだい?」
「所感を聞きたい。これなんじゃが……」
「ふむ……なるほど。確かにそうとも取れるね……」
ティエルンとティナは揃って何かを確認するように台座を数度触れてみて台座を起動させてみて、を繰り返す。どうやら台座には輪を起動させる以外の機能も備わっているのか、彼女らが押したスイッチは何も反応していない。というわけで、
「……セレス。少し良いか?」
「あ、はぁ……なんでしょう」
「これが文字じゃと思うんじゃが……お主、わからぬか?」
どうやらティナ達が確認していたのは台座に刻まれていた奇妙な紋様らしい。が、どうやら迷宮の構造の一部として設定されてしまっているからか翻訳の魔術が働かず、わかる者にしかわからない状態だった。
「これは……え? どうしてここに……」
「やはりか。これはエネフィアの文字ではないのでは、と思うたが……」
「レジェンディア大陸の古い神々が使う文字です。えっと……」
なんて書いてあるのだろうか。ティナから場を譲られ、セレスティアが台座の前に立つ。どうやら今の彼女らが使う文字とは違う時代の文字だったのだが、王族としてそこらも教育されている彼女なら読めたらしい。が、それ以前として。もう一人だけ、この文字を読めるものがいた。
「……夢幻に挑む……違う……夢幻へ挑む者よ」
「夢幻へ挑む者よ。心せよ。これより汝らを迎えるは常理通じぬ裏の界なり……時は逆巻き空間は形定まらず。すべてがただ想うがままとなり」
「「「え?」」」
唐突にまるでいつも読んでいるとばかりに呆気なく読み解いたカイトに、誰もが思わず呆気にとられる。が、これにカイトが笑う。
「セレスまで驚くなよ……前世のオレにとっちゃそいつが母国語だ。普通に読める」
「あ……」
「そうか。そういや、お主も読めるのか」
「逆に今のレジェンディア大陸……? の文字は読めんがね。時代が変われば文字も言葉も変わっていくもんだ。その点、これで助かった。血に宿った文字だったからな」
オレなら普通に読めるからな。カイトは自身の見知った文字で書かれている文字を近づいてみて確認する。というわけで、彼が続きを読み上げた。
「えっと……続きは……これより先に引き返す道は無し。夢幻に挑む旅人よ。心せよ……後は……まぁ、中のお話って所が続くぐらいか」
『何書いてあったんじゃ?』
一瞬だけ顔を顰めた事を見逃さなかったティナが、カイトへと問いかける。明らかに何か異質な様子があったらしい。これにカイトが悟られぬように台座を見たまま返した。
『この台座のコントロール方法か。その地の領主限定だが、この迷宮を移動させる事が出来るらしい』
『ほっ……それは便利じゃな。ここに置いておっては管理が面倒じゃ』
『後で何か考えないとなぁ……』
どうせ自分達が管理する事は変わらないのだが、それでも管理が容易になるのは有り難い。なのでカイトもティナもこれについてはありがたく受け入れておく事にする。というわけで、そんな彼が台座のスイッチを押し込んだ。
「っと……これで起動か」
「へぇ……こう見てみれば普通の迷宮ね」
「迷宮としては迷宮だからな……まぁ、オンオフは出来るって事だろうさ」
クオンの言葉にカイトは一つ頷いた。そうして、一同は改めて準備を確認。迷宮へと続く輪をくぐり抜けるのだった。
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