第2535話 魔女達の会合 ――再出発――
マクダウェル領中西部にあるジーマ山脈の奥深くで見付かったという虚数域の物質。それは本来はエネフィアには存在しないはずの物質であった。
それを受けたカイトはジーマ山脈への調査を行う事としてジーマ山脈へと向かうも、そこでついに見付かったエンテシアの魔女の一人ティエルンから提供されたサンプルが『夢幻鉱』である事を理解する。というわけで、事態の変遷を受けてカイトは再度調査隊を組織しなおし、再調査を行うべく支度を進め再出発していた。
「さて……今回はさっさと終わらせたい所なんだが……」
「さぁのう。どうなるかわからん……というか、お主が万全を期したい、というから支度に時間が掛かったんではないか」
「普通の場所じゃなくなってる感しかないんだよ」
ティナの苦言に対して、カイトは一つ首を振る。先に彼が言っていたが、セレスティアの居た世界で『夢幻鉱』が採掘されるという場所は神域の奥地も奥地にあるという。
しかも単なる奥地ではなく、迷宮の深部でのみ採掘されるという緋々色金以上の難易度を誇る鉱石だ。それを知るカイトはまともな空間でなくなっているのでは、という予想を立てており、地震もそれ故ではと睨んでいた。
「その発見と時同じくして起きたという地震……単なる地震や地殻変動ではなく、迷宮の発生に伴う空間歪曲などではないかと思っている」
「迷宮の発生のう……マクスウェル近郊であればそういった専門の計測器があるのでわかったんじゃが。ジーマ山脈近郊の軍基地には配備がまだされておらんのう」
「確かオレ達の再転移を受け、準備してたんだったっけ?」
当然であるが、空間の歪みなどを感知する道具がすぐに言ってすぐに出て来るわけがない。そもそも天桜学園の転移をマクダウェル家が察知したのは膨大な魔力が感知されたためで、決して空間の歪みや破損を検知したからというわけではないのだ。というわけで、カイトの問いかけにティナは一つ頷いた。
「そうじゃな。似たような事が今後も起きぬとは限らぬ。それを鑑みれば、今後の事を考えても転移……衝突を検知するシステムは構築せねばいつか犠牲が生じよう」
「もう出てる気もせんでもないがね」
「そこは仕方がないと諦めるしかあるまい。そもそもエネフィアにおいて異世界人という概念が生じたのはお主という前例が広く認知されたがためよ。皇国でさえ、伝説的に父上の事があったからそういう話があると一部で思われておっただけじゃからのう」
人知れず転移させられどこかで野垂れ死んだ者は居るだろう。そう指摘するカイトに、ティナは少しだけ冷酷に首を振る。そんな彼女に、カイトは少しだけ苦笑する。
「ま、そうだがね……ああ、ついでに聞いておくと。配備はどの程度進んでる?」
「現状はマクスウェルに一つ。神殿都市に一つ。魔族領との境目に一つじゃな。まぁ、まだまだ実証実験が行えておらん装置じゃ。大規模な配備には至らぬて」
「それはしゃーないか」
世界と世界の衝突の余波による転移と世界間転移術は当然だが異なるものだ。なので衝突を検知しようにも、その衝突が起きなければ正しく検知出来ているかがわからない。
そしてその検知のテストをしようにも事前に衝突を察知しておかねばならないなどの色々な制約があるらしく、多忙である事も相まって優先順位はかなり下げられているのであった。そしてそれはカイトも報告を受けた上で下げさせているため、彼も気にしてはいなかった。
「それはともかくとして。迷宮の検知なども出来るようにカスタムとか出来るか?」
「ふむ……まぁ、出来ぬではないな。が、お主の方が知っとろうが、迷宮の発生もなかなかに珍しい話じゃ。こちらもまたサンプリングが難しいのう」
「結局それか……ま、長い目でやってくしかないか」
「じゃな。そもそもこの検査機もそういう話でやっとるもんじゃからのう」
当たり前の話であるが、カイト達とてそんな頻繁に世界と世界の衝突が起きるとは思っていない。なのであくまでも今後に備える意味で開発を進めているだけで、結局急ぐつもりはなかったようだ。というわけで、そんな事を話しながら進む事暫く。飛空艇はジーマ山脈近郊にたどり着く。
「マスター。ジーマ山脈に到着しました」
「よし……ティエルンさんに繋いでくれ」
「イエス」
カイトの指示を受けたアイギスが通信機を起動。事前に渡しておいた通信機へと通信を送る。
「ティエルンさん」
『聞こえているよ……来たようだね』
「はい……そちらは?」
『坑道の修復を終えたが……どうやら、君が危惧した通りの事になっていそうだ』
カイトの問いかけに、ティエルンは少しだけ楽しげに答える。これにカイトはため息を吐いた。
「はぁ……やっぱりそうなりましたか」
『ああ……最深部まで至るより前に、迷宮と思しき『転移門』が発生していたそうだ……どうするね?』
『俺が言うのが筋だろう』
『そうか』
フィルマンの返答を受け、ティエルンは彼へと通信機を投げ渡す。というわけで話し相手がフィルマンへと交代する。
『カイト・天音か?』
「ああ」
『軍のお偉方やらも一緒か?』
「……当たり前だが。何かあったのか?」
『無けりゃ、俺が出張る事も無いだろうぜ』
カイトの言葉にフィルマンは盛大にため息を吐く。その声にはどこか苛立ちが乗っており、何かがあったのだと察するに十分だった。
「だろうな……取り次ぐか?」
『すまん』
「……変わった。今回の作戦の総指揮を行うソフィアじゃ」
『<<移ろう山師>>ギルドマスターのフィルマンだ……報告が一点だけ』
「聞こう」
フィルマンの言葉に、ティナがその先を促す。それにフィルマンは非常に申し訳無さそうに頭を下げた。
『ウチのバカが数人、少し見てから報告するかつって入っちまいやがった』
「いつの話じゃ?」
『復旧が昨日の夕方。そっから確認のため奥に入らせたから……報告が入ったのは18時ぐらいか。何人か残してたんだみたいなんだが……入った奴らが一時間経っても帰ってこないから慌てて報告に来たって話だ』
「ふむ……」
現在時刻は10時。半日と少しばかり迷宮に入って経過していた。一時間経過しないで戻る、と言っていたそうなのですぐに脱出するつもりではあっただろうから、明らかに中で何かがあったのだと察せられた。
「わかった。状況次第では救助の目もあろうが……」
『わかってる。奴らだって冒険者だ。自分の尻ぐらい自分で拭わせる。それに助けに行くなら俺達が行くのが筋。助けてやってくれ、なんて口が裂けても言わねぇさ。単なる報告だ』
「ならば良い」
そもそも迷宮だ。同じ所から入っても同じ所へたどり着けるとは限らない。必然、入ったが最後自力で出られなければどうしようもない事は往々にしてあった。
「で、話を戻せばどの程度の腕を持つ奴じゃ」
『ランクBの三人組だ。冒険者としちゃ10年近くの経歴を積んだ奴らなんだが……』
「ランクB……周囲の魔物のランクを鑑み大丈夫と踏んだか」
『申し訳ねぇ……』
ティナの指摘にフィルマンは再度謝罪する。基本的に迷宮で出る魔物は周囲の魔物のランクと近い、もしくは少し上に設定される事が多く、そして階層が上がれば上がるほど強くなっていく。なのでジーマ山脈の一般的な難易度を判断基準とするのであれば、確かに入ってすぐであればなんとかなる可能性は高かった。
「まぁ、それについては仕方があるまい。何より今回はウチがそこまで警戒しておるのは色々とあっての事じゃ。お主らの経験則に従うのなら、逆にこちらが不可思議と捉えられても致し方があるまいて」
『……そう言ってもらえると助かる』
マクダウェル家が万全を期したのは単にカイトが危惧しているだけで、それだって前例となるのは異世界かつ一件しかない。『夢幻鉱』の存在も異世界の存在も知らないフィルマン達が訝しむのは無理もないし、そもそも外れる可能性は十分にあり得た。が、故にこそティナは通信を終わらせてカイトに告げる。
「……どうやら、お主の危惧した通りになっていそうじゃのう」
「みたいだな……ランクBの冒険者達が揃いも揃って脱出不可か。壁を越えた奴らがそうなってくると、あながち今回の準備は間違いじゃなかったか」
杞憂にならないで済みそうだ。カイトはティナの返答に深い溜息を吐いた。というわけで、そんな彼は到着が近いとあって呼んだセレスティアを見る。
「セレス……『夢幻鉱』の採掘される迷宮へ入った事は?」
「一度だけ……龍の戦士達と共に、前も同じく破損したネックレスの修繕を行うべく」
「所感は?」
「……」
カイトの問いかけに、セレスティアは無言で首を振る。とどのつまり、太刀打ちできなかった。そういう事だった。無論当時の彼女より今の彼女の方が強いのでまた違った感想もあるだろうが、それでも難易度が高い事が察せられた。
「隊を率いていたのは?」
「魔龍王という方の腹心の方と」
「あの人か……あの人、むちゃくちゃ強かっただろ?」
「ご存知なのですか?」
「オレの両親が両親だ。知らない方がおかしい」
「はぁ……」
カイトが龍神の子である事はセレスティア達の世界ではある程度は知られている話だ。が、そんな彼が盛大に呆れ顔かつしかめっ面なのがセレスティアには気になったらしいが、カイトが語らない以上は何も言えなかった。
「ま、それはともかくとして。多分厄介極まりないだろうな」
「なのでしょう……あの神域は綺麗でしたが、同時に危険過ぎた」
「あっははは。そこを修行場としてた大馬鹿が居たな……どこかの誰かの祖先だが」
「あ、あはは……」
どこかの誰かの祖先。言うまでもなく自分の祖先の事でしかないことにセレスティアは頬を引きつらせる。
「ま、たーぶんその領域に近い何かがあるんだろう。気張ってやりましょうって所で一つ」
「あ、カイト。一つだけ良いですか?」
「うん?」
セレスティアの問いかけに、カイトは一つ首を傾げる。
「貴方は、行かれた事は?」
「あるよ。あの二振り強化するために……後年だけどな」
「ではわざわざ聞く必要もなかったのでは?」
「もし行った事がないなら説明も必要かと思っただけ。行ってるなら説明が楽で良い……危険かもな、って一言だけで良いからな」
「あ、なるほど……」
確かにあそこと同じかもしれない、と言われセレスティアは本格的に装備を整えた。無論、同行する事になっているイミナも本気で臨むつもりであり、今回カイトが集めた面子も最上位の迷宮を攻略出来る、もしくはその見込みが立てられる面子だけで揃えた。十分に注意していた。そんなセレスティアを後ろに、カイトは一つ肩を回す。
「じゃあ、いっちょやってみますかね……ティナ。全員に出発の号令を」
「りょーかいじゃ。アイギス。お主はこちらで頼むぞ」
「イエス」
今回は状況からティナも隊列に加わるつもりだった。というわけで、彼女もまたカイトに続く。そうして、一同は飛空艇から降下してジーマ山脈へと降り立つのだった。
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