第2533話 魔女達の会合 ――調整――
マクダウェル領中西部にあるジーマ山脈。ここで見付かったという虚数域の物質の確認のため、そして同じくジーマ山脈にて発見の報告があったエンテシアの魔女の一人ティエルンを探すためジーマ山脈へとやって来たカイト。
そんな彼は早々にティエルンを発見する事に成功したものの、彼女が探していたのもまた虚数域の物質である事を知る。そしてそんな彼女から虚数域の物質がかつて自身が愛用した武器の素材であった『夢幻鉱』なる物質である事を理解すると、その当時の知識を頼りに何か探索する事は出来ないかと試行錯誤していた。
「……という塩梅ってのが現状で言える範疇だな」
『なるほどのう……まぁ、元々見付かったというのも表層部ではなく最深部に近い所じゃという事ではあったので疑問はさほど無いが』
カイトからの報告にティナは一つ頷いた。今回アンブラに持ち込まれた『夢幻鉱』の欠片が見付かったとされる地層はジーマ山脈の奥深く。時折『吸魔石』が見付かる領域だという。
そこで偶然にも虹色に輝く透明な物質がある事に気が付いて、その一つをアンブラに。その一つをティエルンに譲渡したのがことの発端だった。いくつに分割したかはアンブラもティエルンも聞いていなかったそうだが、サンプルが非常に小さいのでそう大きくはないだろうというのが二人の見立てだった。
「そうか……まぁ、そういうわけで。最深部まで一度行ってみて考えるべきかもしれん」
『良かろう。それについては元々想定しておったから、こちらからフォローを掛けよう。で、こっちの話じゃな』
「教えてくれ」
カイト側の報告と提案が終わった事で、ついでティナの側からの報告となる。カイトがかつての記憶を頼りに『夢幻鉱』の性質を思い出していた一方で彼女は彼女で調べ物をしてくれていたのである。
『まずアンブラとティエルン殿にサンプルを渡した学者じゃが、神殿都市の学者じゃというのは良いな?』
「それは聞いていた……何か裏は?」
『それについては確認されておる限り無いみたいじゃな。で、ちょうど二人が合流した事を受けアンブラに事の経緯というかその話をしてもらって確認した。どうやら渡しておったのはこの二人だけのようじゃ』
「そうなのか? サンプルが小さいから、そこまで大人数に配ってはいないだろうな、とは思ったが」
アンブラとティエルンが持っていたサンプルはおおよそ小指の先程度のサイズだ。なので大本はそこまで大きくないだろう、とは思っていた二人であるがやはりそうだったらしい。というわけでティナも一つ頷いた。
『うむ。こちらはティエルン殿に確認したんじゃが、どうやらつい先日まで神殿都市におられたそうじゃ。聞けば収穫祭の頃からおったそうじゃぞ』
「マジか」
ずっと探していたのに、結局は最初から領内の近い所に居たらしい。そんな事実にカイトは一瞬呆気にとられるも、本題はそこではなかったのですぐに気を取り直す。
「まぁ、そりゃ良い。で、ティエルンさんに一つ。アンブラに一つ、って具合で渡したのか」
『うむ。ちょうど三分割したそうじゃ……その当人は地質学の専門家ではあるが鉱物の専門家ではないそうじゃからのう。アンブラに渡したのは、あやつの横の繋がりもあっての事じゃろうな』
「なるほどね……ティエルンさんはそもそもの専門家だしな」
『そういうことじゃのう』
確かにその某が頼るのならこの二人が一番確実か。カイトもティナもその考えに納得する。その某がそもそもマクダウェル領の学者ならアンブラを頼るのは間違いないだろうし、ティエルンもわからなくもない。であれば、こうなるのも必然だっただろう。
「よし……ま、とりあえず『夢幻鉱』だが……オレの所感としてそのまま手に入るとは到底思えん。何か絶対にあると思う」
『何かとはなんじゃ?』
「それがわかりゃ苦労せん……が、そんな簡単に採掘出来る鉱石じゃない。ティナ、確か採掘用の装備は用意してたな?」
『うむ。必要じゃからな』
今回は可能であれば『夢幻鉱』のサンプルの取得も睨んで準備は行っている。なのでホタル専用の採掘用装備を持ってきていた。
「ティナ。本部に連絡して追加で人員を寄越すように手配してくれ。多分、というか絶対に戦闘せにゃならん気しかせん」
『妙に自身あるのう』
「『夢幻鉱』取りに行った事あるんだよ。無理難題ってレベルじゃないが……それ相応に手に入れるのが難しい領域の素材だ。坑夫が行って取ってくる、っていうのは不可能な場所に向こうじゃあった」
『それはあくまで向こうじゃから、という可能性もあるが』
「それはわかっているが……普通に考えて『夢幻鉱』の様な物質を普通の空間に置いてるとは思えんのよ」
『む……それは一理あるのう』
通常の空間でないからこそ、虚数域の鉱石が見付かったのだ。カイトの指摘にティナは道理を見る。というわけで、そんな彼女がカイトに問いかける。
『で、なんとする?』
「とりあえずホタルは連れて行く。後行くのもオレとホタル、ティエルンさんだけにしておいた方が良いだろうな。想定しているより厄介な可能性が高そうだ」
『ふむ……そうなると、一度こちらの手配も見直した方が良いやもしれんな』
「だろうな……となると、今回の実地研修が終わった後にもう一度色々と組み直しが必要そうか」
『じゃのう……カイト。<<移ろう山師>>との折衝は任せて良いか? 余はそちらの手配をやろう』
「あいよ」
ティナの要請にカイトは一つ頷いた。というわけで、それから暫くの間一同は『夢幻鉱』の採掘に向けた手配に動く事になるのだった。
さて明けて翌日。カイトはティエルンに状況を伝達すると、今回探し求める場所がかなり厄介そうである事を彼女に伝え後は彼女側の判断に委ねる形を取っていた。というわけで、先に来て採掘を行っていた関係から結局フィルマンらも同行する事になっていた。
「奥……ねぇ。まぁ、確かに奥までは行ってなかったが。が、わざわざそんな重武装するほどの所じゃないぞ?」
「それならそれで良い。が、何が起きるかわからない以上、最大限の準備はしておきたい」
「まぁ……確かにそりゃ否定はしないけどな」
カイトの発言にフィルマンは一つ頷いた。流石に今から行きます、とすぐに行けるわけでもない。なので<<移ろう山師>>が作成した地図を見ながら、おおよその道順を確認していた。
「えっとだな……どうにも聞いた話だとその学者先生が通ったルートは鉱石を見付けた数日後に起きた地震で崩落しているんだ。なんで俺達は一ヶ月ほど掛けて、まずは崩落したルートへ繋げられる迂回路を作成していた。それがこのルートだ」
「なるほど……ティエルンさん?」
「勝手に進めた事については謝罪するさ。が、君も隠した理由ぐらいは納得してくれると思うがね」
地震により洞窟の一部が崩落した事は領主ことカイトにも当然報告が入っている。その修繕についてどうするか、などは現在思案中だったのだが、勝手にされていたのだ。一言苦言があっても致し方がなかった。
「それは否定しません。ですが、貴方の立場上ユスティエルさんを通すやり方やリルさんを通すやり方もあったと思うんですが」
「ま、それも否定しないがね」
君たちが公職に復帰していたのなら別に取れる手があったんだがね。ティエルンは後にそう語る。実際ここまですんなり話が出来たのはカイトが様々な意味で物分りの良い統治者であり、『夢幻鉱』というか虚数域の物質の危険性も理解していたからだろう。と、そんな彼女が一転してカイトに指摘する。
「とはいえ……それで言えば君もまた勝手に動いていると思うんだがね」
「それは否定しませんよ……皇都の学者だろうと虚数域は理解出来ないでしょう。下手に待てと言われても困る」
「だろうね」
領内に核爆弾がある様な状態で待てと言われて待てるカイトではない。なのでカイトも皇都から下手な指示が出ないように、封印措置などの一通りの措置が整った時点で報告するつもりだった。そしてその意見に賛同したティエルンは話を続ける。
「まぁ、それはおいておこう。兎にも角にもこのルートの復旧がつい先日終わった所だ……団長殿。そういえば今回のマクダウェル家との一件があり報告を聞きそびれていたんだが、その後の進捗について教えてくれ」
「あ、はい……えぇっとですね……まずここから先ですが、地図のちょうどこのあたりまでは無事にすすめている事を確認してます。ちょうど地下50メートル付近の所ですね。第三休憩所のあたり……ですか」
「第三か……カイトくん。ジーマ山脈の坑道に入った事は?」
「記憶が確かならありませんね」
幾ら領主だからと言っても領内のすべての施設に立ち入っているわけではない。なのでジーマ山脈の坑道に入った事はなかったらしく、ティエルンの問いかけに首を振るだけだ。
「そうか……なら第三休憩所は今回学者仲間から聞いている発見地点に続く最後の休憩所だ。そこまでなら無事に到達出来る、という事で間違いないね?」
「はい……第三までは急場の復旧も完了してます」
「そうか……引き続きやって問題は無いね?」
「ええ……どれぐらいで最深部までの道を確認出来そうですか?」
「三両日……って所か。結界が破損してたりしてる場所から魔物やらがはびこっちまってるからな」
しかも今まではなるべく見付からないように動いていたのだ。結果一ヶ月近くの月日を要しただけで、もう見付かってしまっている上に許可まで出たのなら話は別だったようだ。というわけで、フィルマンの返答にカイトは一つ頷いた。
「すでに昨日時点で本家に確認を取り、許諾を得ています。そのまま続けてくださって構いません。また、必要であればこちらから手配を掛けて物資の支援も惜しみません」
「お、おぉ……」
さすがはマクダウェル家って事か。元々状況が掴めていた事もあるだろうが、それにしたって理解が良いマクダウェル家の動きにフィルマンは思わず呆気にとられる。
が、せっかく自分達を支援してくれる、というのだから彼らに文句はなかった。とはいえ、何ら条件もなしで進められても困るので、カイトは一応の念押しを行っておく。
「とはいえ、です。最深部への到達はこちらから戦力を派遣します」
「俺達だけじゃ不足ってことか?」
「ええ……マクダウェル家よりの連絡で<<無冠の部隊>>の戦闘員の派遣が決まりました。状況を鑑み、先の地震で何かの異変が起きている可能性を考慮に入れています」
「<<無冠の部隊>>?」
マジかよ。フィルマンはカイトの放った単語に思わず目を見開く。それほどの戦力を融通するというのだ。マクダウェル家の本気度が伺いしれた。
「無論、これは万が一の話ではありますが……マクダウェル家はそれほど今回の物質を危険視している、とお考えください。またそれに伴い相応の口止め料をお支払いする、とも」
「マジか……」
どうやらものすごいデカイ山を踏んでしまっていたのかもしれない。ティエルンからは今回危険な物質かもしれない物質が発見されたので、その調査を行いたいとしか聞いていなかったフィルマンは思わず気後れしている様子だった。
が、ここまで進めている上にマクダウェル家が支援してくれると言ってくれている以上、下りるとも言いにくい状況だった。まぁ、カイトもここから自分達で調査したくなかったので意図的に退路を潰している所もあった。という事でそこらを読み取ったフィルマンは諦めたように一つ頷いた。
「……まぁ、わかった。とりあえずその<<無冠の部隊>>の戦闘員って人が来るまでには最深部へ繋がる道を確認しておく。それで良いか?」
「お願いします」
フィルマンの返答にカイトは一つ頷いた。というわけで、カイトとティナは一旦アンブラの実地研修を終わらせると今度は<<無冠の部隊>>の隊員に扮する形で再度ジーマ山脈へと脚を運ぶ事になるのだった。
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