第2528話 魔女達の会合 ――遭遇――
ティナの属する血脈であるエンテシアの魔女の一人にして、彼女の母ユスティーツィアの従姉妹であるティエルン。そんな彼女を探して欲しい、というその娘のフィオルンからの依頼を受けてカイトとティナはアンブラ率いる魔導学園の学生達と共にティエルンがつい最近ティエルンと遭遇したというジーマ山脈にやって来ていた。というわけで、軍人に扮していろいろな手配を行ったカイトであるが、学生達が休憩に入った頃合いで改めてティナやアンブラと話をしていた。
「お前さんらこっちで泊まるのかー」
「ああ。ま、軍人が近くに居ちゃゆっくり休憩もし難いだろうしな」
今回であるが、カイト達は魔導学園の施設ではなく飛空艇に泊まる事にしていた。もう一つの目的に虚数域の物質の探索もあったので、もしそちらが早々に見つかればその管理などもあったからだ。何よりカイトの述べた通り、学生達にしっかりと休んで貰うためという事もある。
「それで言えば私もこっちのが良いんだがなー……これ、ティナが作ってる奴だろー?」
「じゃなー。今回は戦闘はほぼほぼ考えておらんから、防御極振りと居住性極振りの飛空艇じゃな」
「攻撃はカイトが居るからなー」
とどのつまり、そういう事である。カイト単騎でも十分な火力を出せる以上、飛空艇に武装を盛る必要はない。それに今回は虚数域の物質の事もあり、それ以外の事に出力を割きたいという事情もあった。
なのでこの選択となったようだ。とはいえ、結果出力の大半が防御や居住性に振れたため、居住性は魔導学園の簡易拠点より良かった。
「ぶっちゃけると、私もこっちで寝たいぞ」
「教師がアホな事言ってんな。一応は実地研修で来てるんだから、きちんと統率役を担ってろ」
「面倒なんだー、教師ってのもなー」
「知らねぇよ。てめぇが選んだ道だろ」
うだー、とだらけるアンブラにカイトが笑いながら苦言を呈する。言うまでもないだろうが、学生の前でだらけられる教師はまずいない。なので彼女からしてみれば簡易拠点側は常時仕事中の様なもので、楽になれないのだろう。
「まー、そうなんだけどなー……学生の前でだらける教師ってのもおかしいだろー?」
「あー……まー……確かになぁ……」
あのユリィと灯里さんでさえ、教師モードと私人モード使い分けてるしなぁ。アンブラの指摘にカイトもまた微妙に複雑そうな顔を浮かべる。
「なんかあんのかー?」
「んー……あー……気にすんな。特に気にする意味もねぇよ」
「そかー……まぁ、こっちでもないとお酒なんて飲めないんだわー」
「あ、お前どっから取ってきやがった」
「あんたの家だなー」
「わーっとるわい」
何度も言及されているが、アンブラはマクダウェル家の重鎮の一人だ。そしてアンブラとカイトは旧知の仲。マクダウェル公爵邸には設立以来顔パスで通れる。というわけで、酒瓶を一つ失敬する事なぞ容易い事だった。というわけで、ことんと置かれたウィスキーの瓶の蓋を開ける。
「で、どうだったんだー?」
「さほど、という所じゃのう。現状吸魔石と虚数域の物質の判別は出来ておらん。というよりも、吸魔石が邪魔をしておって見付からん」
「簡単に見付かりゃ今頃、って話ってわけかー」
ティナの返答にアンブラがそれはそうだろうと納得した様な事を口にする。とはいえ、ここまではわかりきった話だ。なのでティナはアンブラへと一つの端末を手渡した。
「地中探索用のドローンの端末じゃ。一応、メインはこっちから操作しておるが……万が一吸魔石の地層やらに阻まれ探索できなくなってしまった場合、そちらから中継を頼む」
「あいよー……とりあえず見つかれば御の字、って話だがねー」
「見付からねば見付からぬで面倒な話になるがのう」
見付からなければ見付からないで今度は問題になるのがこの虚数域の物質はどこから来たのか、という疑問だ。というわけで、ティナは改めて確認という様子で問いかける。
「確認なんじゃが、お主の所に持ち込まれたあれはジーマ山脈で見付かったとの事で相違ないな?」
「そだなー。学者仲間の一人が吸魔石の研究やってんだけど、その時にあれが紛れ込んでてウチに持ち込まれたってのがきっかけだぞー」
「であれば、ここで相違ないと思うんじゃがのう……」
違った場合が面倒くさい。ティナはそんな様子で僅かな懸念を口にする。とはいえ、ここを確認せねばならないのは事実だ。というわけで、一応の懸念を口にしながらも三人は数日の間の動きを話し合いながら夜を過ごすのだった。
さて翌朝。朝食も食べ終わった時間に学生達が実地研修を開始していたのを、カイトは飛空艇の甲板の上から見ていた。
『ってな具合で、吸魔石のある地層だと簡易のセンサーは完全に無効化されちまうから気を付けろー。うっかり魔物が居て真下から強襲食らうってのがフィールドワーク型地質学者の最も多い死因だからなー』
そういえば結構前にウチの馬車も真下から魔物の一撃食らった事あったなぁ。アンブラの説明を聞きながら、カイトはのんびりとしていた。
基本、今回の遠征の護衛はマクダウェル公爵軍の技術将校であるティナが作った新規の魔道具の試験運用も兼ねている、と学生達には伝えている。なので学生達の監視は彼女の操るドローン型の魔道具で事足りる。カイトが居るのは魔物との戦闘になった場合に、という所だ。
更にはホタルも甲板で巨大なライフルを構えており、威圧的といえば威圧的な光景はあった。そんなホタルがカイトへと報告する。
「マスター……坑道の一つへ向かう集団が確認されました」
「うん? ライフルを」
「どうぞ」
ホタルから手渡されたライフル型の魔銃に取り付けられているスコープを覗き込み、カイトは遠くの光景を確認する。見るものは距離としては数百メートル先。冒険者達が貴重な鉱物資源を求めて立ち入る洞窟だ。ここが一番可能性として高いだろう、という想定を一同はしていた。
「冒険者……に加えてあれは……坑夫か?」
「おそらくそうかと」
ドワーフの坑夫を中心として、数人の冒険者達が洞窟へと向かっていくのをカイトは見る。が、全員男性で、ティエルンらしい魔女の姿はどこにも見当たらなかった。
「どこから来たかわかるか?」
「不明……アイギス」
『イエス。おそらく直進しているものとして現在逆探知を行っています。もう暫くお待ち下さい』
確かにこの一団にはティエルンの姿は無いが、この集団がいくつかの冒険者集団の一つでそれを雇っている人物が彼女だという可能性はある。確認しておくべきだった。というわけで、数分後。アイギスから報告が入る。
『マスター。先程の件で報告です』
「聞こう」
『結論から言えば外れです。足跡から経路を確認しましたが、乗り合いの馬車で使う街道沿いへ向かうルートです。一直線に伸びていました。おそらく今日来たばかりかと』
「そうか……まぁ、薬草が主軸になったものの、ジーマ山脈の坑道に来る冒険者は少なくないんだろう」
ソラがミニエーラ王国でそうだったように、迂回ルートではあるがジーマ山脈を通り抜ける馬車や竜車は存在している。その間に馬や地竜を休ませるための停泊所の様な場所があり、今回の集団はそこで降りたと考えられたようだ。
というわけで、カイトはそれについては外れと判断。再び待つ事にする。というわけで、更に一時間ほど。アンブラ達が専門性の高い装置の設置作業を終わらせ小休止に入った頃の事だ。再びホタルから報告が入る。
「マスター」
「来たか?」
「はい……アイギス、20番と22番のコントロールを私に。マスターはデバイスのモニターを」
『イエス……コントロールを移譲。どうぞ』
「了解」
どうやらそこそこ距離が離れていたらしい。ホタルとアイギスがドローンの一つのコントロールをやり取りし、コントロールを受け取ったホタルが最も近かったを操作。少し高めの場所から移動させていく。
「これは……」
「おそらく結界の外で薪を集めているのだと」
「見たままだな」
モニターに表示されていたのは、若い冒険者――おそらく下っ端――が薪を拾い集めている様子だ。季節は冬も近く、カイト達のように飛空艇を拠点としていたり、アンブラ達のようにこの場に簡易拠点を設けていない限りは暖を取らねば寒くてやってられないだろう。それを命ぜられていた可能性は十分にあった。と、そんな映像が唐突に途切れる。
「っ、何があった?」
「不明……アイギス」
『イエス。22番、狙撃された様子。緊急時プロトコル起動まで3秒……復旧』
「破損状況は?」
『外装に若干の傷。行動に支障はないものの、これ以上の破損を避けるためにも撤退を提案します』
「許可する」
おそらく下っ端がサボっていないか確認した腕利きの冒険者が、下っ端を見るドローンに気付いて攻撃したのだろう。地球やマクダウェル家近辺に居ればドローン型魔道具も馴染みがあるものだが、一般的にはそうではない。今回はカイト達が若干うかつだった、という所だろう。
「先の下っ端は?」
「すでに逃走しています……追えますが、どうしますか?」
「やめておこう。下手に揉め事は起こしたくない」
ホタルの提案にカイトは一つ首を振って却下する。よしんば面倒な相手なら最悪だし、もしこちらの状況を把握したのなら向こう側が謝罪に来る可能性も高かった。いたずらに動くべきではないと判断したのである。
「了解。広範囲に動いているドローンは一旦こちらに撤退させます。その後は学生達の行動に影響の無い範囲で活動を」
「そうしてくれ……さて、何が釣れたかな……」
釣るつもりはなかったのだが、結果的に何かが釣れてしまった。そんな現状にカイトは出たとこ勝負、と腹をくくりながらも少しだけティエルンが来てくれたら有り難いな、と思う。来なければ来ないで後で調べてそのギルドをチェックしておけば良い。現状、得になる可能性の方が高かった。そうして、更に十数分。今度はアイギスから報告が上がった。
『マスター。使い魔の接近を確認したとマザーが』
「使い魔か……流石に飛空艇にマクダウェル家のマークが入ってりゃ行動は迅速か」
なにせマクダウェル家だ。喧嘩を売って損はあっても得はない。なので周囲を調べマクダウェル家の紋章が入った飛空艇とその近くで活動する魔導学園の生徒達を見ておおよその状況を把握。即座に侘びておく方が自分達にも有益と判断したのだろう。
「使い魔と話は?」
『可能じゃ……というより、向こうもそれを求めておるな。お主からの方がよく見えようて』
「ん?」
ぱたぱたぱた。飛空艇の甲板から見える位置に滞空する小鳥をカイトは発見する。無論敵意を見せる様子はなく、明らかに話がしたい、という様子だった。というわけで、こちらが小鳥を確認したのを受けて小鳥を中継して念話が飛んできた。
『ギルド<<移ろう山師>>だ。先にウチの団員が奇妙な物体を見かけて迎撃した、という報告を受けて使い魔を飛ばさせて貰った。もしそうなら申し訳ないんだが、軍が開発していた何かしらの魔道具か?』
「ああ。今回、魔導学園の支援で動いていたんだが……手が足りなくてな。開発中の移動式の小型魔道具による警戒と監視網を構築していたんだが。間違えられたか」
『やはりか……申し訳ない。まさかそんな物があるとは知らなかったそうだ』
どうやら想像した通りだった事を受けて、使い魔の主は自分達に非があると口にする。
「いや、仕方がないだろう。ウチはこういう奇妙な物が多いからな……が、こちらも暫く学生達が行動する関係で、今後も色々と使う事になる。一度責任者と会って話がしたい。出来るか?」
『……わかった。一時間後で良いか?』
「わかった」
会っておく方が得。相手ギルドの幹部はそう判断したようだ。というわけで、カイトは洞窟の近辺に拠点を構えていたという<<移ろう山師>>というギルドと接触する事になるのだった。
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