第2526話 魔女達の会合 ――出発――
エンテシアの魔女にしてティナの母ユスティーツィアの従姉妹である魔女ティエルンの探索を行っていたカイト。そんな彼は昔なじみのアンブラという地質学者の要請を受け、ティエルンと思しき魔女が居るというマクダウェル領西部にあるジーマ山脈へと向かう支度に勤しんでいた。
「……あ、そうだ。ティナ」
「なんじゃ?」
「ジーマ山脈行きの件。一つ確認しておきたいんだが」
「なんじゃ?」
カイトの問いかけにティナは再度先を促す。これにカイトは気になっていた事を問いかける。
「虚数域の物質の探索なんだが、どうやるつもりなんだ? アンブラもお前もそこの話してなかったが」
「ああ、それは簡単じゃ。虚数域の物質は先にも言うた通り、吸魔石と同じ様な性質を示す。魔力を通せば吸収する、という性質じゃな」
「それは知ってる……で?」
「うむ。なのでそれを利用する。ジーマ山脈には吸魔石の鉱脈がある事はお主も知っての通りじゃ。なのでアンブラも今回の調査は吸魔石を含む地形における地質調査、という所になっておる」
「あ、なるほど……」
虚数域の物質が吸魔石に似た性質を示すのであれば、それを頼りにして調査すればよかったのか。カイトはティナの語った方針になるほど、と納得する。と、そんな事を思ったカイトがふと気付いた事を口にした。
「というか、それならもっと早々に虚数域の物質が見付かっていても不思議はないと思うんだが」
「それだけ非常にレアリティの高い物質、という事なのじゃろうて。そも余にせよ地球の知恵者達にせよ、実在するとは思うておらんかったからのう。んなもん、ポンポン見付かっとりゃそうは言わん」
「あ、そうか……地球でも見付かってないもんな……」
そもそもティナ達も虚数域については言及こそすれ、それ故にこそ存在していないと思っていた。それが今回唐突に存在する、という答えだけ渡されたのだ。彼女らの情報網を考えればおおよそありとあらゆる物質の情報は持っているはずだ。である以上、虚数域の物質のレアリティは察するにあまりあった。と、それを思い出した彼はもう一つ思い出したように告げる。
「……あれ? そういや、地球側に伝えた方が良いか?」
「む……確かにもし虚数域の物質が見付かった場合は伝えた方が良いじゃろうな。虚数魔術に関しては向こうでないと話出来んし」
「そうか……まぁ、兎にも角にもまずは本物かどうかを確認する所から始めないと駄目か」
「うむ。結局似た性質を持つだけのまがい物でした、では色々とめんどいじゃろ」
カイトの指摘にティナは一つ頷く。現状、サンプルが少ないため見付かっている物質が本当に虚数域の物質である、とは断定されていない。そこらもあっての今回の調査ではある。そして最も面倒な相手を知っている以上、カイトはそれに頷いて同意する。
「まぁな……特に姉貴とオーディンが面倒過ぎる。確定させてからにしとくか……それはさておいて。やるのは吸魔石の調査と同じ。魔力の波を地中に飛ばして、反射を見る形か」
「うむ。地質学の調査でも基本的に行われている事じゃな。そしてそれ故にこそ、吸魔石のある鉱脈は必ず見ておかねばならぬものじゃ。特異な反応を示すからのう」
「そうか……それならホタルとアイギスも連れて行った方が良いんじゃないか?」
「む……確かにそうじゃのう。ホタルの移動式の検査キット。アイギスの後方支援は有益か……」
カイトの指摘に対して、ティナはどうだろうか、と少し考える。この二人を連れて行く場合は飛空艇などの拠点を用立てないといけないが、そのメリットなどに見合うかどうかを考える必要があった。そうして数分。彼女が結論を下す。
「うむ。そうじゃな。二人も連れて行った方が良いじゃろうて。思えば今回はお主、ユリィも連れて行けぬからのう。万が一の交戦があった場合、お主の補佐が足りぬ」
「流石に魔導学園の学生の前にあいつは出れんからな」
「うむ。それに飛空艇などについては魔導学園の拠点を経由しつつ、今回用立てる飛空艇を別物に変えておこう。どうせアンブラの手配じゃし、それもこちらに委任されておるからのう。カイト。リストを提示する。そちらの中から用立てられる飛空艇を」
「わかった」
ティナの要請を受けて、カイトは彼女の提示した飛空艇の中で即座に使用可能な物を見繕う事にする。そうして、この日もまた二人はジーマ山脈に向かう準備を進めていくのだった。
さてカイトとティナがジーマ山脈行きの手配に勤しんで数日。アンブラはアンブラで学生達の申請や用意の手伝いを行っていたのであるが、そのどちらも終わり実際の出発と相成っていた。
というわけで、カイトは飛空艇の艦橋でアイギスにメインの操縦を。ホタルにサブの操縦を任せ自身はひとまずアンブラと共に打ち合わせを行っていた。
「というわけ」
「それでアイギスとホタルがなー……了解だー」
そもそも今回はかなり急に出ないといけなくなったため、動かせる人員はカイトとティナのみだった。他の面子は例えばソラ達は機密の関係で関われない。では関われる面子は、というと誰もが彼もが大規模軍事演習のための調整で動けなかった。
「まぁ、今回の作業としちゃいくつかのポイントでボーリング調査をやって、裏で私の方で精密調査やってって感じだなー。山脈での魔術でのボーリング調査と波形測定は結構難業っちゃ難業だし、ジーマ山脈だから魔物も出て来る可能性あるなー。そんときゃ頼むぞー」
「あいあい……で、お前は後ろに行ってなくて良いのか?」
「学生の中に教師が入っちまったら学生が休めないからなー。そういや、今回お前さんもティナも本来の姿……っちゃ、本来の姿かー」
カイトの問いかけに答えたアンブラはカイトの現在の姿を見てそう告げる。これにカイトは頷いた。
「今回の件は流石にウチじゃ受けられんし、魔導学園の筋としちゃ基本は軍に要請を掛けた方が良いからな。軍人として動いた」
「軍人……まぁ、軍人かー」
「一応オレは大陸間同盟軍だと少将だし、ティナはウチの技術将校のトップだからな」
「嘘は言ってないってかー」
楽しげなカイトにアンブラもまた楽しげに笑う。かつて言及されているが、皇国の五公爵が大陸間同盟として動く場合は大陸間同盟軍少将となる。そして現状大陸間同盟軍が再結成されているため、非公式ではあるがカイトも少将に復帰している。嘘ではなかった。
「まー、でもそれならもうちっと人員派遣してくれても良いとは思うがなー」
「言うな。ウチの軍も今むちゃくちゃ忙しいんだよ」
「大規模軍事演習かー……私は関係無いから気にしてないけど、かなりデカイみたいだなー」
「演習のためにハリボテとはいえ大規模な街を設営しちまおう、って計画立ててるからな。皇国の歴史上、最大の軍事演習になってる」
非軍属かつ担当する政策も農業政策――と適時土地の開拓など――と軍事からは離れた分野だ。なのでアンブラは一応公爵家の人員も兼任しているので動きは掴んでいたが、関係がなかったので詳しくは知らなかったのだ。というわけで、現状を教えてもらった彼女が少しだけ苦い顔だった。
「……前みたいに移動要塞、出ないと良いんだがなー」
「無いと良いんだが、ってのはオレも思うが……こればっかはな。まぁ、そのための、って話でもあるんだが」
「暗黒大陸への遠征かー?」
「それだな……お前はどうするんだ?」
実地調査を行う関係上、アンブラも一応冒険者を兼任している。なので理論上彼女も今回の遠征に参加する事は可能だった。というわけでそんな問いかけに彼女は少しだけ悩ましげな顔を浮かべる。
「一応はバルフレアの奴に誘われてるんだがなー」
「なんか問題あるのか?」
「あんまり学生ほっぽって遠征も行けんだろー? 短期ならともかく長期でユリィみたいに代役立ててもらう、ってのもやり難いしなー」
「あー……そのあいつだって適時戻って溜まった仕事やってるしなぁ……どっちも抜けるってのは若干まずいか……」
ユリィは公的にはカイトが居ない事もありランクEX冒険者の一角としてユニオンの本気度を示す意味合いもあり遠征に参加予定だ。アンブラもユリィもそちらに、というのは魔導学園の体面として若干難色を示さざるを得なかった。が、同時に悩む理由があるのも事実だったようだ。
「つっても、暗黒大陸の地質調査はやっときたいって言われてるっちゃ言われてるんだよなー。ここ、結構悩みどころでなー」
「なるほど……確かに未踏破領域が多数を占める暗黒大陸。地質調査なんてされているわけもなし、か」
学者としての側面から考えても、きちんとした地質調査をやっておくのは悪くない話ではあった。そしてこちらの方面で申し出がされた場合、魔導学園としても研究という建前があるので拒みにくい。教師という側面で考えるか研究者という側面で考えるか。それ次第で判断の分かれる所であった。
「んー……まぁ、それならそれでお前の判断に任せるよ。こっちとしちゃそれを承認した方が良さそうだ」
「んー。まぁ、頼むわー」
どうするのが良いだろうか。二人はどちらでも良いと言えば良い状況に後で考える事を選択したようだ。というわけでここらの話を終わらせた所で、ティナがやって来た。
「終わったぞー。とりあえずこれで虚数域の物質の簡易検査も現場で出来るし、もし万が一サンプルが他に手に入ったらそれを持ち帰れるようにもしといた」
「そうか……じゃあ、後は到着を待つだけか」
「うむ……」
カイトの言葉に頷いたティナが艦橋の椅子の一つに腰掛ける。そうして、一同は到着までの暫くの間雑談でもしながらのんびりと過ごす事にするのだった。
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