第2524話 魔女達の会合 ――虚数――
カルサイトからの要請で『アダマー』に赴き、裏ギルドの暗躍を阻止したカイト。そんな彼は裏ギルドを更に裏で操る非合法組織に追われていたソーラと彼が率いるギルドを回収。更に今回の一件の礼を兼ねてソラとトリンを補佐する、と申し出たカルサイトと共にマクダウェル領へと帰還する。
そんな彼を待っていたのはアンブラが未知の鉱石を発見したという報告と、その物質が非常に危険な可能性を秘めているという話だった。
というわけで、発見された鉱石を密かに回収と可能な限りの調査を行う事にしたらしいアンブラに協力する事を決めたカイトはその支度に勤しんでいた。そんな彼だがこの日。ティナに呼び出されて公爵邸の自室に戻っていた。
「で、報告ってのは?」
「うむ。まず先日数日待てと言ったアンブラが持ってきおった鉱石の事じゃな」
「なるほどね。それでこっちなわけか」
ティナの返答に、カイトは一つ頷いた。基本よほどの案件でない限りは報告もギルドホームで受けている――逐一移動するのが手間なので――彼であるが、それも状況によりけりだ。そして今回の案件を鑑みれば、こちらでなければならない、というのも納得だった。
「うむ……まず結論から言えば、ドンピシャ。大当たりじゃな」
「最悪じゃねぇかよ。なんでそんな楽しげなんだよ」
大当たり。それは即ち、アンブラが述べた通り第一種永久機関も可能とする素材だという事だ。これはその実用性に反してカイトのような為政者側からすれば悪夢にも等しかった。が、それ故に心底嫌そうなカイトに対してティナはどういうわけか笑っていた。
「まー、大当たりは大当たりなんじゃが……何事もそう上手くはいかぬもの。きちんと裏があっての話じゃ」
「ってことは、危険度下げて良いって事か?」
「それはせん。危険度は最上位で良かろう」
「なのにその様子か?」
危険度は下げないがそこまで危険視する必要もない。カイトの問いかけにティナは首を傾げる。というわけで、そんな彼女はなぜ面白いのかを教えてくれた。
「ぶっちゃければ、これを実用可能とするにはあまりに費用対効果が見合わぬのよ。正直に言えば見付かったのは偶然……いや、奇跡とも言えよう」
「うん? どういうことだ?」
「普通は見つけられぬのよ。今回は天文学的確率を引き当てたというか……正直ミラクルが連発した結果見付かったとしか余にも言えぬわ」
よく理解が出来ない様子のカイトに対して、ティナははっきりと今回は奇跡だったと断言する。というわけで、彼女はそのミラクルを指折り数えた。
「まずひとつ目。この素材を見付けられる才能……や、適性と言った方が良いかもしれんな。それを持った者がこの鉱石の傍に偶然おったこと。第二。そこでこの鉱石を調べようと思った事。第三。それがアンブラの所に持ち込まれた事」
「アンブラはウチでも有数の地質学者だぞ? 持ち込まれても不思議はねぇだろ」
「そうじゃな。が、それでもそこに持ち込まれるかどうかなぞ運次第。ミラクルと言ってよかろうて」
「まぁ……確かにな」
そう言われりゃそうだが。カイトはティナの指摘に不承不承ながらも頷いた。
「とはいえ、だからなんなんだ? あいつも適性持ってたとかそういう話か?」
「いや、それはまだわからんが……ここで重要なのはあやつの持っとる検査機。こっちじゃな」
「アンブラの持ってる検査機ってと……ウチで作った奴だろ? 確かにワンオフだけど……まさかそれでなかったら検査に引っかからなかったとかか?」
「当たらずとも遠からず。半分正解じゃ」
「うん……? どういう事なんだ?」
何がなんだかさっぱりだ。カイトは楽しげなティナを横目に、同じく部屋に来ていたアンブラに問いかける。
「んー。ティナ曰くぶっちゃけ偶然、だそうだぞー。私も詳しい事はわからんけどなー」
「うむ。お主に語るには今更の話であるが……余ら、身内で使う検査機とか実験装置の類は自前で用意しとるじゃろ?」
「融通が利くからって話だろ? 性能も高いし」
「そうじゃ。ってなわけで、アンブラの持つ検査機は余が使う事もあるので機能だけは組み込んでおいたのよ」
「知ってる」
基本アンブラもマクダウェル家の学者と教員の二足わらじと言える状況だ。なので彼女の検査機は彼女の私有物ではなく、形式的にはマクダウェル家が彼女に貸与している形と言える。
が、これは彼女に限った話かというとマクダウェル家の学者は基本そういう形を取っていて、中でもアンブラの様な中枢に近い学者の持つ装置にはティナの手が加わっている。
彼女が使いたい事があるからだ。その代わりオーパーツレベルのスペックアップがされているので困る事はない。そして勿論、この改修費用はマクダウェル家持ち。即ちカイトに報告が上げられた上での事になるのであった。
「で、それが?」
「うむ。早い話、実は虚数魔術の設定を組み込んでおっての」
「虚数魔術? あれをか?」
「あ、お前さん知ってんのなー。私さっぱりだったぞー」
驚いた様子を浮かべたカイトに、アンブラもまた別の意味で驚いた顔を浮かべる。というわけで、エネフィアのアンブラが知らずカイトが知る以上、答えはこれだった。
「そりゃそうだ。虚数魔術は地球で提唱されてる魔術だ。オレも詳しくは知らん」
「まぁの。そこらは余やオーディン神らが研究やっとる分野じゃ。まだまだ未開の領域じゃ」
詳しく知らないのではなく詳しく語れるほど理論が纏まっていない。ティナはカイトに対してそう語る。それでもカイトが聞いた事があったのは単に大精霊達と関わる者としての見地から意見を求められるからだ。
「ま、虚数魔術というと若干語弊があるが……これが一番言いやすいからのう。本来は虚数より虚実魔術や虚構魔術という方がまだ合致するが……」
「そうやって専門家が適当にするから、後々困る事になると思うんだがね」
「言うでないわ」
「すまんなー」
少し照れ気味なティナと学者の一人であるアンブラが揃ってカイトの苦言に笑って謝罪する。とまぁ、そんな事はどうでも良いのでティナは話を進めた。
「ま、それはさておいて……アンブラが見付けおった謎の鉱石。この物質は簡単に言えば虚数域に存在する素材なんじゃ」
「虚数域? いや、待て。虚数域だと? 存在し得るのか?」
「いや、存在はし得ぬ……はずじゃった」
聞き間違いかもしれない。そんな様子で聞き直すカイトに、ティナははっきりと頷いた。はずだった。彼女がそう言うように、本来今回見付かった物質は存在してはならないのだ。それが見付かったというのだから、彼女が楽しげなのも無理はなかったのだろう。
「どーしてこんなものが存在するのか……それは余にもわからん。本来は世界が修正するべきエラーじゃ。存在せぬ存在が存在しておるんじゃからのう」
「まぁ……なぁ。虚数域だからなぁ」
先にティナが虚実魔術と言うように、実際には存在しない存在に関する魔術が虚数魔術だ。なので虚数域も十分に虚数魔術で扱う範疇だった。
「リルさんはなんて?」
「私も見るのは初めて、だそうじゃ。虚数域への探索を試みた事はある、とのことじゃが上手くはいっとらんかったそうじゃのう」
「リルさんでだもんなぁ……」
おそらくエネフィアで唯一ティナを上回れる可能性がある魔術師であるリルでさえ失敗しているというのだ。実のところ今も彼女が今回発見された未知の素材の調査を行ってくれていて、ここに居ないのもそれ故だった。
「そうじゃな。余も存在はせぬと思うておった。あくまでも便宜上、もしくは定義上の存在。そのはずじゃったんじゃが……本来、虚数の存在は存在せぬ。世界側が不整合として修正するからのう」
「存在しないものが存在しているんだから当然の話だな」
「うむ……まだまだ世界には余も理解出来ぬ物事が多いのう」
それで楽しげなのか。ティナからしてみれば今回の一件は自分達の理論や常識の間違いが指摘されたようなものだ。どうしてこれが存在し得るのか。そういった所をゼロから調べ始めねばならず、面白くて仕方がなかったらしい。とはいえ、そんな事は彼女に好きにしてもらえば良いだけの話で、カイトには興味はなかった。
「それは良い。で、結論としては?」
「うむ。虚数域の物質なので当然、そのまま魔力やらを流し込んだ所で意味はない。それどころか吸い取られるだけが関の山じゃろうて」
「虚数だから、か」
「うむ。まぁ、これにも当然ロスが生じよう。なので吸魔石と同様の素材程度にしかならぬ」
カイトの問いかけにティナは改めて説明を続ける。
「が……ここで出て来るのが虚数域の素材という話じゃ。ではここに虚数を加えると……」
「吸収が裏返って放出となる、と」
「そういうことじゃな。どこから取り出してるか、というのは聞くな。わからん」
そもそも存在はしていない、というのがティナ達の結論だったのだ。にもかかわらず唐突に存在している、という答えだけを渡されたのだからティナだって困っていた。
「で、そこらも含め一度発見されたジーマ山脈へ向かいたい、と」
「そういうことじゃな」
「そーいうことだなー」
ティナとアンブラは揃って頷いた。無論、カイトとしても使い方次第では先に彼が危惧した通りの使い方が出来てしまうというこの素材については気になっていたし、何よりティエルンの調査もある。行く以外にそもそも選択肢はなかった。
「わーった。探索隊についてはそのまま許可。護衛としてオレとティナが。またそれ以外にも必要に応じて軍を手配……それで良いな?」
「うむー」
「おっけーだぞー」
カイトの結論にティナとアンブラが再度頷く。というわけで、カイトは虚数域に存在するという素材を探しに向かう事を改めて決定し、支度に勤しむ事になるのだった。
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