第2519話 冒険者達 ――再会――
カルサイトの要請を受けて『アダマー』にて暗躍していた裏ギルドの調査を行っていたカイト達。そんな彼らはソラが調査員として動いている事を悟られた事により、敵の本隊が到着する前にこちらから打って出る事を決める。
というわけで『アダマー』全域に渡ってユニオンと裏ギルドによる大捕物が繰り広げられる事になったわけであるが、ソラはスラムに居たカルサイトを襲撃した裏ギルドの腕利きを捕縛するとそのまま公園にて戦っているという<<太陽の牙>>の支援に乗り出していた。が、そんな所に現れたのはマクダウェル家から来ていたユハラとソーラの姉ルーナだった。
「さて……で? 死にたい奴はどいつ?」
ごきごき、と手を鳴らしながら、ルーナが威圧的に裏ギルドの構成員達へと問いかける。その力量は先に見た通り。油断があったとは言え裏ギルドの一人とソーラを一撃で昏倒させるほどだ。
明らかにソラ達をも遥かに上回る傑物だった。とはいえ、まだはっきりとはわからないが故に裏ギルドの主力の一人は様子見とばかりに雑兵へと顎で指示する。
「……おい」
「「「……」」」
主力の一人に言われ、兵隊達が頷きあい息を合わせる事にする。が、それを待ってくれるルーナではなかった。
「「「……え?」」」
「遅い……ふんっ!」
ばんっ。何かが弾けたような音と共に、アイアンクローで握りしめた兵隊の一人の顔に衝撃波が迸る。そうして一撃で気絶させた裏ギルドの兵隊をルーナがぶん回し、周囲の兵隊を薙ぎ払う。
「いつまで寝てんの、このバカ!」
「うっぎゃ! え、何!? 朝!? それとも戦闘!?」
「ボケてんじゃないわよ! さっさと戦え!」
「お、おっす!」
どうやら上下関係は完全に固定化されているらしい。ルーナの怒声にソーラが少年兵だった頃の癖か敬礼で応ずる。そうして単騎で無双するルーナに、裏ギルドの面々も彼女が敵だとようやく認識出来たようだ。
「や、ヤバい、囲め!」
「何だ、あの変な女!?」
流石にルーナの来襲には裏ギルドの面々も泡を食ったようだ。しかも彼女があまりに圧倒的な戦闘力でこちらを殲滅してくるのである。混乱もひとしおだっただろう。その一方で一人で裏ギルドの主力を圧倒するルーナは少しだけしくじった、という顔をしていた。
「はぁ……しまった。若いの数人こっちに残して貰っとけばよかった……ゴミ袋持つのとゴミ片付けるの足んないじゃない。マクダウェル家の教育室室長ともあろうものがゴミをほったらかしなんて……赤っ恥も良い所だわ。どうしようかしら」
「「「……」」」
「ルーナさん!」
メイドとして、メイド達を教育する者としての矜持がルーナにはあるらしい。散らかった裏ギルドの構成員達を見ながら考えるルーナであるが、そんな彼女は明らかに隙だらけだ。故に即座に取り囲まれる事になる。それを見てソラが慌てて支援に入ろうとしたが、その前に終わっていた。
「ぐっ!?」
「はぁー……さいっあく。これじゃ若い子達笑えないじゃない」
バタバタバタと暴れる裏ギルドの一人をアイアンクローで握りしめながら、ルーナは心底嫌そうな顔でため息を吐いた。なお、暴れる際に剣で腕を斬りつけられたりしていたのであるが、彼女の黒鉄の籠手は一切傷付く事はなかった。というわけで、非常に胡乱げな彼女は再度手のひらから衝撃波を放って裏ギルドの構成員を気絶させる。
「はい一人……はぁ。ん?」
「っと。まだやってる?」
「カイト! 元気そうだなぁ!」
「兄貴! そっちも元気そうで何よりじゃねぇか!」
まるで居酒屋にでもやって来たかのようなノリで現れたのはカイトだ。そんな彼を見たソーラが嬉しそうに喜色を浮かべ、カイトもまた同じ顔で久方ぶりの再会を喜び合う。が、そんな所に怒声が飛んだ。
「ソーラ! 口じゃなく手を動かせつってんでしょ!」
「やります! 大急ぎでやります!」
「ったく……あら、カイト。良い所に。ゴミ掃除やってんだけど、袋持っといてくんない? 袋持つ子までユハラの方にやっちゃったのよ」
「うっす!」
どうやら激怒状態に入っていた事を余波で察していたらしい。そしてカイトには完全に下っ端気質が叩き込まれていたようだ。即座に応じてゴミ袋を取り出していた。
「ごめんねー。でもマクダウェル家のメイドがゴミほったらかし、なんて赤っ恥だし」
「い、いやー、大丈夫っすよ。大掃除の時は皆でやる、ってのがウチの決定でしょ?」
「はぁ……あんたが来てくれて本当に助かったわ」
これで気兼ねなく戦える。そんな様子でルーナが牙を剥く。そんな所に、ソラがふと呟いた。
「いや、あの……それカイトなんっすけど……良いんっすかね……」
『言うな! 今はルーナさんの機嫌が最優先だ!』
「お、おぉ……」
どうやら怒ったルーナには絶対服従を決め込んでいるらしい。カイトは上機嫌なままで居てくれるのなら、と下っ端で居る事をよしとしていた。
というわけで、カイトが来た事で片付けの心配もなくなり背後に阿修羅を幻視させるルーナにより、その後は一方的な戦いが繰り広げられる事になるのだった。
さてルーナが来てからおよそ三十分ほど。公園で繰り広げられていた戦いは完全に終わりを向かえ、カイト達は捕らえた裏ギルドの構成員達をユニオンの本部から来た本隊に引き渡していた。
「はぁ……これで全部っと。カイト。これで最後の封印措置終わった」
「そうか……連れて行け」
「はい」
ユニオン本部から来た職員はカイトから引き渡された裏ギルドの構成員を連れて郊外に停泊させている飛空艇へと移送していく。というわけで一通り引き渡した所でソラがカイトへと問いかける。
「で、カイト。こっからは?」
「いや、もう終わりだ。これで全部引き渡せた」
「え? パトラさんの所は?」
「パトラ……報告のあった<<翠玉の輝き>>だな。それならルーナさんがもう全部片付けてるよ」
「マジか……」
いや、ルーナさんなら出来るんだろうけど。ソラは先程のあまりに一方的な様子を思い出し、主力がこちらであった以上は不可能ではないと理解する。で、そのルーナはというと苦い顔だった。
「はぁ……鈍ったわね。この程度のゴミを片付けるのに三十分近く掛かっちゃったなんて……昔ならこの半分で行けたってのに」
「仕方がないですよー。今回はゴミの量結構多かったですし、広範囲に渡ってましたし。何よりルーナさん、途中別のゴミも片付けに行ってたでしょ?」
「あー……そういえばそっちもあったわね……」
ユハラの指摘で思い出したのはパトラ達の所へ襲いかかっていた裏ギルドの構成員達だ。こちらはすでに言われている通りルーナが片付けており、開始時点から三十分以上経過しているのはそこも大きかった。
いや、どちらかといえば彼女らが手を出していなければまだ終わっていなかったとも言える。というわけで、ルーナは感覚を確かめる様にシャドウボクシングの様に腕を振るって竜巻やら業風やらを巻き起こした。
「ん。まぁ、良いか。こんぐらい出せてればゴミ掃除に困る事は無いでしょ」
「「「……」」」
何が良いんだろうか。明らかに軽く素振りした程度では起きそうもない竜巻に周囲はそう思うが、当人の先程の無双を見ていれば誰も何も言えなかった。とはいえ、何も言えないのは周囲の何も知らぬ面々だけで、ユハラからすればいつもの事であった。彼女が平然とした様子で告げる。
「まぁ、どうしても気になるんでしたらアイゼンさんに稽古頼めば良いんじゃないですかね。今ならマクスウェルに滞在されてますし」
「あー。それも良いわね。久しぶりにアイゼンさんに稽古付けて貰うってのも」
「ここしばらくアイゼンさんも暇なさってますしねー」
今更の話であるが、基本マクダウェル家には各地の武人が意味もなく遊びに来る。<<熾天の剣>>なぞその筆頭の一つと言えるだろう。
というわけで、ルーナはアイゼンから手ほどきを受けていたのであった。ちなみに、そういうわけなのでルーナはエルーシャの姉弟子にあたり顔見知りだったりする。と、そんな姉の一方。弟のソーラはというと、ギルドの統率を終えてカイトの所へと歩み寄っていた。
「よぉ、カイト」
「おう、兄貴……そっちも元気そうだな」
ぐっと握りしめた拳と拳を押し当て挨拶を交わし合う。ひとまずルーナは落ち着いてくれたので問題はなさそうだったし、ユニオンとしても裏ギルドや<<白い影の子供達>>の構成員を一方的にひっ捕らえたのだ。カイトとしてはこれで今回の一件はお役御免で良いかな、という塩梅であった。
「おう。わりぃな、なんだかんだ手を借りちまって」
「良いって。今回は偶然って要素が近いからな。まー、後はルーナさんの機嫌がマッハで悪化してたってのもあるけど」
「あ、あははは……」
ルーナが怒ると怖いのは誰よりもソーラが一番理解していた。基本は面倒見が良いし愛想も良い彼女だが、それ故にこそ怒らせると怖い。と、そんな彼の横のリリアナが一つ問いかける。
「ソーラ……まさかお前のお姉さんはあの<<鉄拳>>ルーナか?」
「なにそれ」
「知らないのか……」
きょとんとした様子のソーラに、リリアナはがっくりと肩を落とす。マクダウェル家でも有名所は冒険者であれば知っておかねばならない事は幾らかあった。その中の一人に、ルーナは名を連ねていた。
「教育室室長の<<鉄拳>>のルーナと言えば有名な拳闘士だぞ」
「んー……まぁ、ルーナ姉確かに拳で戦ってたけど。ルーナ姉ー」
「あぁ? 何よ」
「<<鉄拳>>って呼ばれてんの? ごがっ!」
「その名で呼ぶな……ご理解されましたか? もしご理解されないご様子でしたら、頭に直接叩き込んでやりましょうか」
「り、理解致しました……」
まるでりんごでも握り潰すかのような力で顔面を握られながら、ソーラはこくこくこくと頷いた。それを受けて、ルーナは彼の頭を手放した。
「はぁ……感動も何もあったもんじゃない。ったく……あんた生きてたんなら手紙の一つぐらい寄越しなさいよ。まぁ、生きてただけ良しとしてやるけど」
「い、いや……だから送ったって……」
「私宛に送りなさい! それが筋ってもんでしょ! なんで実の姉じゃなくてカイトの所に送ってんのよ!」
送ってないんだ。<<太陽の牙>>の面々はルーナの指摘にどこかいつもの事と思いながらも、呆れるばかりである。と、そんな彼らにルーナが深々と頭を下げた。
「ああ、皆さん。ウチの愚弟がお世話になっております。姉のルーナです」
「あ、いえ……こちらこそだんちょ……ソーラさんには世話になっております」
メイドとしてきちんと教育の行き届いた礼をされ、ミネアが大慌てで頭を下げる。まぁ、先程の一幕を見せられて何をどう反応すれば良いかわからなかったのだろう。なお、リリアナは知らなかったとはいえ<<鉄拳>>と言ってしまったので大慌てでミネアの後ろに隠れていた。
「ありがとうございます……それで皆さんの事は色々とあり伺っております。後はこちらで手配させて頂きますが……我々としても状況が掴みきれていない所が少なくない。よろしければ当家にて事情をお聞かせ願いたいのですが」
「ありがたく、お受けさせて頂きます」
元々自分達だけではどうしようもなくなりつつあったのでカイトを頼ろう、というのがソーラの方針だ。そしてカイトもそれを察知した時点で受け入れの方針は示していた。というわけで、これ以上横槍が入る前にとルーナはマクダウェル家の飛空艇へと一同を案内すると共に、ソラも仕事が終わったのでそれに続く事になるのだった。
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