第2517話 冒険者達 ――戦闘――
カルサイトの要請を受けて『アダマー』という街にて暗躍する裏ギルドの調査に赴いていたソラ。そんな彼はそこで出会ったソーラらと共に裏ギルドの調査を行っていたわけであるが、それに勘付いた裏ギルド側が彼に監視を差し向けた事をきっかけとして、事態は急変。
さらなる増援が来て町中で大規模な戦闘に発展する事を厭ったカイトの決断により、こちらからの強襲作戦になっていた。というわけで、自身に差し向けられた監視をマクダウェル家の従者に対応してもらったソラは一路スラムにて裏ギルドと交戦を開始していたカルサイトと合流。彼が数週間前に不意打ちを受けた剣士との再戦を行う傍らで、裏ギルドの腕利きの槍使いとの交戦に臨んでいた。
「ふぅ……」
冒険者のランクとしてはAぐらいか。ソラは槍使いとにらみ合いながら、おおよその力量を見極める。ランクとしては一つ上だが、昇格していないだけのソラにとっては特別強敵とは言い得ない。そんな彼に対して、槍使いは穂先を僅かに下げつつ上下させ突進の姿勢を見せつつも、攻め込もうとはしていなかった。
「ふぅ……」
(どう来るつもりだ?)
至って平静とした様子の槍使いを見ながら、ソラはゆらゆらと揺れる穂先から意図的に視線を外し、槍使いの全身に意識を向ける。と、そんな様子を見て槍使いが僅かに笑って突進してきた。
「ほっ!」
「っ!」
「っと」
まるで流れるような流れで跳ね上がった穂先を盾で切り上げ、ソラはその攻撃を楽に回避。そうして空いた胴体に向けて剣戟を放つものの、槍使いも普通にそれを読んでいたようだ。突きは非常に軽いもので即座に後ろへ下がっていた。そうして距離を取って一安心と思った矢先、穂先が見掛け以上に伸びてソラへと襲いかかる。
「なっ! あっぶねぇ!」
唐突に伸びた穂先を叩き落とし、ソラはそのまま地面に突き刺さった槍を踏み砕かんと足を振り下ろす。が、その瞬間には槍が短くなり地面を踏み抜くにとどまった。と、そんな彼の足を狙って再度槍の穂先が迫りくる。
「片足、貰った!」
「っ」
これで機動力は削いだ。流石に殺す事は出来なくても大ダメージは与えられるだろう事を想像して笑った槍使いであったが、そんな彼が見たのは足目掛けて穂先が迫るソラが笑みを浮かべた事だ。そうして、直後。穂先がソラの足を貫かんとしたその瞬間。彼が左手を伸ばして槍の柄を握りしめる。
「っと! 驚いた! まさか、この連撃を予知してたなんてな!」
「さてな!」
今の行動は明らかにこちらの動きを予知していたとしか思えない。自身が誘われたと悟った槍使いの言葉に、ソラが笑う。が、事実彼はこの流れを読んで、ここまで誘導していた。そして誘導していた以上、この『綱引き』もまた彼の意図する所だった。故に、次の行動に槍使いは驚愕を浮かべる事となる。
「っ! がぁああああああ!」
「ぐぅうううう!」
ソラと槍使いの苦悶の声が響く。ソラが槍を介して槍使いに強引に雷を流し込んだのだ。が、最初から覚悟の出来ていたソラと、唐突に雷撃を受ける事になった槍使いだ。ダメージは歴然とした差が現れていた。そうして苦悶の表情を浮かべた槍使いは右手一つで槍を決して離さない様にしながら左手を突き出して真空波をソラへ向けて解き放つ。
「ぐっ……おぉ!」
「ちっ」
流石にこの程度で仕留め切れはしないか。そう思ったソラはダメージを与えられただけ良しとして、槍の柄から手を離す。そうして真空波から逃れた彼は一瞬だけ乱れた呼吸を整える。
『練習不足が祟ったな、ソラ』
「うるせ……はぁ」
<<偉大なる太陽>>の楽しげな苦言にソラは僅かに笑ってしびれる身体を元の状態へと賦活する。本来これは相手にのみダメージを与えるものだったのだが、練習不足と敵の力量が高い事から自分へのダメージ覚悟で大威力にしてぶち込んだのである。その一方で身体から煙を上げる槍使いは一瞬倒れ込みそうになる身体を持ち直して、深く息を吐いてソラを睨む様に見据える。
「はあ……ふぅ……お前、どっかで同じ流派の奴とやったことあんのか?」
「まさか」
流石にここまで誘導されていると槍使いも自分と同じ流派なりと戦った事があるか疑いたくなったらしい。が、これにソラは笑うだけだ。ちなみに、実際ソラはこの槍使いと同じ流派とは戦った事はないし、なんという流派かは聞いた事もない。それでもわかったのは、カイトが教えてくれた事があったからだ。
『斉天大聖?』
『早い話が孫悟空……あ、金色とか蒼色にならない方な』
『あ、おう……って、ことはこれがかの有名な、か』
ソラの脳裏に思い浮かんでいたのは、斉天大聖こと孫悟空が使ったとされる<<如意金箍棒>>――もしくは如意棒とも呼ばれるが――だ。
自由自在に伸び縮みするそれは槍ではないがソラに一風変わった戦いを教えており、今回の流れもそこで覚えたものだった。というわけで、ソラは伸びる槍を<<如意金箍棒>>と考え戦う事にしていたのである。
「おし……はっ!」
敵が回復するより前に動く。ソラは自身のしびれが完全に取れた事を受けて地面を蹴ってまだ復活しきっていない槍使いへと肉薄する。
「おらよ!」
「くっ」
流石にダメージを受けた上での交戦は厳しかったらしく、槍使いの顔には苦いものが浮かんでいた。が、そんな彼に対してソラは容赦がない。思い切り<<偉大なる太陽>>を叩きつける。
そうして数合激突するわけなのであるが、流石に耐えきれなかったらしく槍使いは地面に槍を突き立てそのまま伸ばし、その場を離脱する。
「ちぃ!」
「あ、待ちやがれ!」
『あ、馬鹿者!』
逃げ出した槍使いに対して、ソラが怒声を上げて追い縋る。が、これに対して<<偉大なる太陽>>は何か嫌なものを感じていたのか即座に制止するが、間に合わなかった。というわけで空中で<<偉大なる太陽>>が閃光を放ってソラを強引に若干だが押し戻し、槍使いの隣の建物の屋根に着地させる。
「え? って、うぉあ! あっぶね!」
「ちっ!」
『馬鹿者! そういうのは空中で自由に動ける様になってからやらんか!』
「わ、悪い! 助かった!」
どうやら何かしらのトラップが仕掛けられていたのだろう。槍使いの舌打ちを見てソラはそれを理解する。というわけで若干強引ではあったがトラップを回避したソラはかなりの距離を取りつつも改めて相対する。そんな彼に、槍使いは再度槍を伸ばして迎撃した。
「はぁああああああ!」
「ちっ!」
どうやら距離を取って近づけない様にしつつ、体力とダメージの回復を図るつもりらしい。伸びた槍を器用に操りながらこちらを近づけない様にする槍使いに対して、ソラは若干攻めあぐねていた。そうして思い出すのは、再度先のカイトとの模擬戦だった。
『ほらほら、どしたどした!?』
『ちぃ! むちゃくちゃじゃん!』
あの時どうやって攻略するんだ、って言われたんだっけ。ソラは今と同じく伸び縮みする<<如意金箍棒>>の突きに苦戦していた。
『ぐふっ!』
『真正面から突っ込んで縮む速度に勝てるほど、お前は速度重視じゃないだろ。先輩だってやれるかどうか、って領域だぞ』
『た、盾構えて突っ込みゃ行けると思った……あ、あぐぅ……』
盾を正面に構え防ぎながらであれば行けるのではないか。そう考え突っ込んだソラはそこで自身に速度が足りない事を思い知らされ、カイトに腹を突かれ悶絶していた。そんなわけがなかったのだ。
そして彼はそこで斉天大聖ならばこれを遥かに上回る精度と速度で突いてくると聞かされ、バカ正直に突っ込まない様に胸に刻むと共に、いくつかの攻略法を聞かされる事になる。その内、彼はここで今回使えそうな攻略法を選択した。
「はぁー……」
放たれる突きであるが、当然リーチが長くなればその分一撃一撃の攻撃の間隔は長くなる。故にソラは盾一つで槍を払いながら、<<偉大なる太陽>>へと力を込める。そうして、ある程度力が収束した所で彼はおもむろに薙ぎ払いを放った。
「ちっ!」
広範囲に渡って放たれた斬撃に、槍使いは舌打ちする。ソラのような重装備ならまだしも、彼のような軽装備では流石に無防備に受け止める事なぞ出来はしない。故に彼は伸ばしていた槍を縮め両手で構え、あえてそれを受け止める。そうしてその反動を利用して距離を取ろうとしたわけであるが、その次の瞬間にはソラが肉薄して来ていた。
「ちっ! これでも食らい」
「わかってりゃ、どうにでもなる!」
仕掛けられていた罠を起動してソラを迎撃しようとした槍使いであるが、それをソラは足に魔力をまとわせ強引に踏み抜いて叩き潰す。そうして勢いそのままに槍使いに肉薄した。
「おぉ!」
ぎぃん、という鈍い音が響いて、続いて槍使いの苦悶の声が漏れる。ソラが<<偉大なる太陽>>を振り下ろす様に叩きつけたのだ。
「ぐっ!」
「まだまだぁ!」
「くっ……」
叩き込まれる連撃に槍使いの顔には段々と脂汗が滲んでいく。防御は出来ているものの溜めに溜めた魔力が乗った一撃の連続だ。防御の上からでもダメージを負っている様子だった。
そうしてなんとか屋根に力を受け流し防いでいた槍使いであるが、先に耐えきれなくなったのは天井の方だった。スラムの違法建築の屋根なのだから仕方がないだろう。
「くっ!」
「おっと!」
ぐらりと一瞬よろけた次の瞬間崩れ落ちた屋根にソラは僅かに虚空を蹴って崩落から免れたものの、槍使いは屋根と共に階下へと落下する。そうして上手く受け身も取れずに落下した槍使いがなんとか着地したと同時に、ソラが声を発した。
「動くな。っと、顔も上げるなよ。勿論、手も足も動かすな」
「……はぁ。わーった。俺の負けだ。口は動かして良いよな? 言ってないし」
頭上から響いた声に、槍使いは自身の敗北を悟る。この状態から先の剣戟を受けでもしたら即座に胴体と首が別れ二度と一緒になる事はない。それを悟ったのだ。というわけで槍使いはこれ以上戦っても逃げ切れる状況ではないと握っていた槍を手放す。それを受けて、ソラは僅かに口決を口にする。
「好きにしろ……封」
「ぐっ……こんなのまで出来たのかよ」
「魔術は覚えんでも良いが捕縛術は覚えとけ、ってのがギルドマスターの方針でな」
「ちっ……」
どうやら相当対人戦に長けたギルドマスターらしい。封印の施された槍使いは先とは違って少しだけしてやられたような顔で笑う。
ここでもしソラが不用心にも近づいてきて縄などで捕縛しようとしたものならそのまま逆転してやろう、と思っていた様子だが流石にそうは問屋が卸さないらしかった。というわけで、今度こそ槍使いは完全に諦めた。
「負けた。完全敗北だ。流石に封印されちゃどうしようもねぇ」
「そうか……なら、立て。外で回収してもらわないとな」
「俺は物かよ」
どうやらまだ喋れる程度には元気らしい。ソラの言葉にそんな軽口を叩く。と、ソラの優勢とその後戦闘音が鳴り止んだ事を受けアイギスが手配してくれていたマクダウェル家の執事が待っていた。
「ソラ様。アイギスより連絡を受けております。その者はこちらで」
「あ、どもっす……え、あれ? 俺アイギスちゃんに何も言ってないんっすけど」
「当家の飛空艇は性能が違いますので」
「そ、そっすよね……」
「おいおい、マジかよ……」
やはり裏ギルドの槍使いも自分が相手をしていたのがマクダウェル家だとは思っていなかったらしい。乾いた笑いを浮かべていた。というわけで槍使いを引き渡したソラは次いでトリンに指示を求める事にする。
「トリン。カルサイトさんを襲った連中の槍使い、捕縛完了だ。カルサイトさんは?」
『りょーかい……カルサさんならこっちも問題なさそうだよ。真正面からなら勝てただろうしね。それに、周囲の裏ギルドの連中ならユニオンの本隊が大半捕縛出来てる。こっちは問題無いだろうね』
「そか」
やはり不意打ちを受けたが故に撤退させられたという事だったのだろう。ソラはカルサイトが勝利出来そうな事に僅かな安堵を浮かべる。そんな彼に、トリンが指示を送る。
『ソラ。それより君には<<太陽の牙>>の人達の支援をお願いしたい』
「ソーラさんの?」
『うん。どうやらあっちにも腕利きが向かってたみたい。負けはしないだろうけど、若干攻めあぐねているみたい』
「わかった。場所は?」
『こっちで予め誘導して街外れの大きな公園で戦ってもらってるよ。屋根を伝ってスラムから出ればすぐに分かるはずだよ』
「おしっ……じゃあ、行ってくる」
『気を付けてね』
首を鳴らして腕を回し準備運動を行ったソラに、トリンが一つ激励を投げかける。そうして、そんな彼の言葉に背を押されてソラは一路ソーラ達の支援に赴く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




