第2497話 冒険者達 ――セーフハウス――
ブロンザイトの弟にして冒険者であるカルサイト。そんな彼からの要請を受けて、ソラとトリンはアールドゥ王国という国へと渡り、カイトは更に後ろから彼らの支援をするべく少し遅れてアールドゥへと出発する。
というわけで、一足先にアールドゥ王国の首都『アールドゥ』に辿り着いたソラとトリンはユニオンの指示に従ってカルサイトが入院するユニオン本部直轄の病院への道先案内人となる仲介人と遭遇。彼が渡した封筒を確認していた。
「マジでどうやったんだろ」
覗き見されない様に封筒を開く前に近場の喫茶店――昼食を食べた所とは別――に移動したソラとトリンであるが、そこで改めて封筒を取り出してソラは訝しげだった。ソラとて冒険者だ。
ある程度の魔術の発動は察知出来る様になっているし、何よりそれ以前の問題として自動で防ぐような障壁も展開している。それなのに、どうやってか抜き取られた挙げ句別の封筒を入れられていた。
「あー……それはすごく単純だよ。あの金属板……あれそのものがそういう魔道具なんだ」
「へ?」
「あの金属板が自動で中身と入れ替わるような箱を仲介人は持ってるそうなんだ。それを使って、自動で中身を入れ替えてるんだって。発動する魔道具が相手持ちで対象が極小。可能な限り気付きにくくされてるんだって」
「へー……」
そういうのもあるのか。ソラはユニオンの仲介人が持つという魔道具を聞いて、感心した様に頷いた。というわけでソラは周囲を少しだけ警戒。覗きが居ない事を確認すると、更に結界を展開。封筒を開いた。
「……えっと……んぁ?」
「一度きり、って意味だよ」
封筒を開いて中を出すと同時に浮かび上がった刻印にソラは一瞬あっけに取られるも、トリンがその意味を語る。というわけで、それにソラは気合を入れて中身をしっかりと暗記する。
「まずは……『白い小鳥のとまり木』って宿屋へ行く。んでから店番やってる人に宿を借りたい、っていう。そうしたら相手が短期か長期か聞いてくるから、長期と告げる」
一般の逗留客に偽装して話しかけるわけか。ソラは封筒の中身を読みながら、そう理解する。そんな彼に、同じく記憶領域に一言一句を書き留めるトリンが問いかける。
「それから?」
「長期の客は今いっぱいだから無理だ、って店番が言うからトロワって奴が先に来て話してないか、って聞く……そうしたら名前を聞かれるからカトル・オトンヌと答える……それだけだな」
「トロワさんにカトル……ああ、なるほど。秋だからかな……」
「どういうこと?」
「トロワは三を意味する言葉なんだ。春夏秋冬で秋だからトロワ。カトルは」
「四だな。そっちは聞いた事ある」
「そういう事だね……三と四。で、オトンヌは秋を意味する言葉だから……という感じかな」
多分トリンには違った風に聞こえてるんだろうな。ソラは自分にはフランス風に聞こえている事を思いながら、ふとそう思う。と、そんな事を考えてソラはふと思う事があった。
「でもえらく簡単なんだな」
「あまり難しくしても覚えきれない冒険者、少なくないからね。それにそこに行く前に審査も幾らかあるし。かといって何の暗号も無しだと相手も誰を通すべきかわからないからね」
「あ、そっか」
思えば今回の病院の存在を知らされるのさえ、事前に審査があるというのだ。その時点である程度の審査は終わっており、あまり難しくする意味もなかったのだとソラは理解する。
「後は他に注意事項とかない?」
「えっと……あ、あった。トロワは14時から16時までの間しか会えないから、その時間は絶対に外すなって」
「14時から16時……あんまり余裕は無いね」
「……っぽいな。軽く飲んだらさっさと行くか」
トリンと同じくソラは自分の持つ時計を見て、今の時間が14時を過ぎている事に気が付いた。ここから件の宿屋がどこか、と調べたり移動しなければならない事を考えると、さほど時間は無いだろう。というわけで、ソラもトリンも場所を借りた代金と少し注文を頼んで、足早に喫茶店を後にするのだった。
さてソラとトリンが仲介人と出会ってからおよそ一時間程度。喫茶店を後にした二人は一旦ユニオンの支部へ向かうと地図を入手。目的の宿屋がどこにあるかを調べていた。
が、それはほぼ調べるまでもないという塩梅で、支部で地図を手に入れたりしても仲介人と話してから一時間ぐらいで『白い小鳥のとまり木』を見付けるに至っていた。
「えっと大通りを西に……あ、あった。あれだよ、多分」
「マジ? あ、そうっぽいな……かなりでかいなー……」
どうやらカルサイトが運び込まれているという『白い小鳥のとまり木』とやらは大通りに面する宿屋だったようだ。建屋としてもかなり立派なもので、ユニオン支部から少し遠目に見て見付けられる建物だった。なお、なぜ簡単に見付けられたか、というと白い小鳥の看板があったからだ。
「そっか……大通り面してると襲撃出来ないのか」
「それはあると思うよ……特に首都の大通りで襲撃されたら国の面子にも関わるからね」
襲撃する相手も冒険者だ。そこに襲撃すれば無抵抗とはならないし、ユニオン側も万が一に備えて護衛を付けていないとは思えない。となると、必ず戦闘はあるだろう。それは言ってしまえばテロだ。それを認められるのは中々に厳しいものがあった。
「でもま、見えてるなら迷わないで良いよな」
「そうだね。これで道に迷って、とかなら目も当てられないからね」
道に迷わないで良いのは良い事だ。二人は見つけやすい位置に設けられていた『病院』に僅かに胸をなでおろしながら、宿屋へと歩いていく。
そうして十分ほど。大通りに面する『白い小鳥のとまり木』へと辿り着いた。というわけで、中に入ると受付に座っていたのは若い女性だった。そんな彼女がソラとトリンを見るなり口を開く。
「はい、いらっしゃい」
「っ……えっと泊まりたいんですけど、大丈夫っすか?」
「ええ……長期? 短期?」
「あ、長期です」
店番というのだからてっきりおっさんがやっているかと思っていたソラであるが、店番をしていたのは想定外の若い女性だ。しかもよくあるファンタジー物の村娘等が着ている素朴な服ではなく、水商売でもしているのでは、と思うほどに女の色香が漂う服だ。それに僅かにしどろもどろになるソラであったが、なんとか指示された通りに答えていく。
「長期……ああ、ごめんね。今長期は予約で一杯なの」
「あ、えーっと……トロワって奴が先に来てると思うんっすけど……」
「ああ、トロワくんの知り合い? お名前は?」
「あ、カトル・オトンヌです」
「ああ、貴方がカトルくん。話は聞いてるわ。少し待ってて」
どうやらきちんと答えられたらしい。ソラは慣れない演技に緊張しているのか、それとも女の色香に当てられて緊張しているのかわからないものの、ほっと胸を撫で下ろす。そうして、店番はカウンターの引き出しから一つの鍵を取り出して、ソラへと手渡した。
「はい、これ。この時間だからトロワくん、二階のラウンジでコーヒーを飲んでると思うわ。いつもなら右奥のテーブルに居るはずだから、すぐに見付けられるはずよ」
「あ、そうなんっすか。ありがとうございます……あ、えっとこれ」
「ああ、チップなら先にトロワくんから受け取ってるから大丈夫よ……あ、部屋の場所も彼から聞いてね」
こういう場合チップを差し出すのが筋だろうな。そう考えて用意していたソラであるが、店番の女性はそれに笑って首を振る。というわけで、ソラは鍵を受け取るだけ受け取って彼女の指差した階段へ歩いていく。と、その瞬間だ。彼の脳に直接声が響いた。
『カルサイトさんの客っていうからどんな子と思ったら。随分若い子なのね』
『き、聞いてたんですか?』
『彼も客として何回かここに来てたのよ。でも彼自身が運ばれたのは今回が初めて……十分に注意してね』
ひらひら。僅かに振り返ったソラに、店番の女性は笑って手を振る。激励という所なのだろう。というわけで、それにソラは一つ礼を述べる。
『うっす。ありがとうございます』
『ええ……それでここからだけど、トロワくんに会ったら久しぶりを装って声を掛けて。それから横良いか、って聞いて後は彼の指示に従って』
『うっす』
『良い返事……じゃあ、頑張ってね』
再度激励を述べるだけ述べると、店番の女性が鍵を手渡す際に貼り付けていた魔糸を剥がす。そうして二人は階段を登り、二階のラウンジへと向かって件のトロワなる人物を探す。どうやらラウンジでは数人の逗留客が軽食を食べたり飲み物を飲んでおり、そこそこの広さがある様子だった。
「右奥のテーブルでコーヒーを……あの人じゃないかな」
「うっし……悪い。横、大丈夫か?」
「うん?」
ソラの問いかけを受けて、神経質そうなエルフの男性が読んでいた本から顔を上げる。が、そんな彼はまるで決められていたかの様に視線を再度本に下ろして口を開いた。
「……横には座るな、といつも言っているだろう。前に座れ」
「あ、おう……」
「で? 受付で鍵は受け取ったのか?」
「あ、ああ。これだろ?」
ソラは店番の女性に言われた通り、トロワの指示に従って受け取った鍵を彼へと差し出す。
「もう一つは? ここの鍵は二つあるはずだが?」
「え? あ、ああ、これもか」
多分そうだろう。ソラは仲介人から受け取った封筒に同封されていた金属板もトロワへと提示する。その二つを受け取り、トロワが唐突に小さな小枝を取り出して金属板を軽く小突いた。
「?」
「……どうやらユニオンが指定した本物らしいな。ついて来い」
「え、あ、おう……」
何がなんだかさっぱりだが、どうやらトロワはソラを本物と判断したらしい。というわけで、立ち上がった彼に続いて立ち上がり、ソラとトリンは階段を上がる。その道中、トロワが軽く教えてくれた。
「さっきの金属片には登録証に登録されている魔力の波形を感知して反応する術式が編み込まれている……お前がどこかで偽物に成り代わっていたら、それでわかる」
「あ、なるほど……ってことは最初の時点とかどっかで別人が成り代わってても」
「わかるな……まぁ、その前に下の『店番』が気付くだろうがな」
「あの人も冒険者なのか?」
「ユニオン本部直轄のな……ちなみに言えば、さっきのラウンジ。一般客が半分で残る半分も冒険者だ」
「マジか……」
まったく気付けなかった。ソラはそんな様子で頬を引きつらせる。どうやら警備としても申し分ない領域である様子だった。というわけでそんな事を聞きながらトロワに従って歩いていく事しばらく。最上階の最奥にあるスイートルームへと辿り着いた。
「え……ここなんっすか?」
「ここは単なる入り口だ……」
ソラの問いかけにトロワはそう言うと、ソラが店番の女性から受け取った鍵と仲介人から受け取った鍵の二つを組み合わせて錠前に入れてかちゃりと回した。
「っ……」
開いた扉だが、その先は部屋ではなくいくつもの扉がある通路だった。そこでは白衣を着た医者らしい人物や看護師らしい人物が忙しなく動いており、たしかに病院と言っても過言はなかった。
そんな通路を行き交う者たちだが、トロワが入ってきたのを見て一瞬警戒するも入ってきたのがトロワだと見てすぐに作業に戻っていった。そうして、トロワは更に歩いてソラ達を受付らしい所へと案内する。
「デキウスさん。誰への面会ですか?」
「カルサイトさんだ」
「ああ、彼の……ユニオンから連絡があったお二人ですね。登録証の提示をお願いします」
「あ、はい」
受付の指示に従って、ソラとトリンは自分達の登録証を受付に提示する。どうやらこの受付にもユニオン支部にある受付と同じ装置があるらしく、偽装されていないか等の最終チェックが行われていた。
ちなみに、デキウスはトロワの本名だ。トロワは彼以外にもいるらしかった。というわけで、そんなトロワの一人は受付まで案内して自分の仕事は終わり、と踵を返した。
「後は任せる。私は戻る」
「はい……では、確認しました。1-2号室がカルサイトさんの病室です。この鍵を使わないと入れないのでなくさない様にしてください。また、出る時も必ず受付に返却をお願いします。もしまたこっちに来る事があるなら、その時も受付に申し出てください」
「あ、わかりました」
受付の言葉に、ソラは一つ頷いて鍵をなくさない様にしっかりとストラップを腕に巻きつけておく。そうして指定された部屋であるが、それは受付からすぐの所だった。
「ここか……」
「だと思うよ……カルサイトさん。トリンです」
『おう! お前らか! よく来てくれた! 入ってくれ!』
どうやら元気という言葉に相違無いらしい。トリンの言葉に応じたカルサイトの声には覇気が満ち溢れており、けが人とは感じられなかった。というわけで、二人はカルサイトの許可を得て部屋へと入るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




