第2489話 魔術の王国 ――召喚――
すいません。バグの時に保管した外伝のデータを登録しちゃってました……
今からずっとずっと昔。私がまだ幼子と呼ばれるほどの年頃の事だ。私はそこで彼女と出会った。
「大丈夫……ですか?」
「貴方は……?」
昔の私はといえば、少し世間を斜に構えた少年だったと思う。自分で言うのも凄い恥ずかしいんだけども、この世全てが取るに足らない存在に見えていた。
なにせ人並みはずれた才覚。神童と呼ばれていたんだ。有頂天になっていたのは許して欲しい。が、それもこの日。彼女と出会うまでの事だった。
「あ、僕はルーク……です」
「そう、ルーク……逃げなさい。奴らの気配はまだ無いけれど。遠からず……っ、貴方は何をしにここに? 街からは遠かったはず……」
「えっと……ネズミを追って。見た事ないネズミだったから……捕まえて調べてみよう、って……」
彼女の言葉に、当時の私は親にいたずらがバレた子供の様にしどろもどろになりながら答える。無理もない。なにせ親の言い付けを破って街から出ていたんだ。こうもなる。しかしこれに彼女は目を見開いた。
「ネズミ……っ、どんなネズミですか?」
「真っ黒な……捕まえようと思っても逃げられるんです」
睨みつける、もしくは怒るような彼女の顔に対して、当時の私は泣きそうな顔だったらしい。無理もないだろう。それほど当時の彼女の顔は怖かった。まぁ、今それを言えば彼女は凄い恥ずかしげにするから、話を逸したりするのにはちょうどよい笑い話だ。
『やぁ、エテルノ。助けが要ると思ってね。私がここまで案内させて貰ったのさ』
「っ……やはり貴方でしたか」
『おや……不要だったかな?』
「こんな幼子を誘って、何が目的です!」
後にも先にも彼女が……エテルノが怒っていたのを見るのはこの時だけだろう。いや、冗談に対して怒ったりはするけど、ここまで激怒と言って良い感情を露わにしたのはこの時だけだった。そんな彼女の怒りなぞどこ吹く風で、ネズミは答えた。
『何が? 主なくさまよう君に、主を連れてきてあげたんじゃないか』
「こんな幼子を巻き込めというのですか!」
『いや? 君の意思は関係ないよ。君はあくまで魔導書……道具さ。だから、決めるべきは彼の方だ』
エテルノの言葉に対して、漆黒のネズミはルークを見る。そのルークであるが、エテルノを心配すると同時にその視線の先にある巨大な『神』の残骸に注意が注がれていた。
『どうだい、ルークくん。凄いだろう?』
「……」
今でも、覚えている。エテルノの中に記される究極の切り札。何もかもが魔術で構成された芸術。どれだけの数の術式が編み込まれているか、なんて考えたくもない。
そんな芸術品に魅せられるのは、悪いことではないだろう。それどころか魔術師として当然の反応だ。そしてだから、漆黒のネズミの笑みに気付いていなくても仕方がない。
『彼は生粋の魔術師さ。魔術の学徒として生まれ、魔術を極めるべくして行きていく……そんな一族に生まれた天才児が彼さ』
「天才……?」
「そうさ」
「違う。そんなわけがない……こんな魔術。僕には作れない……」
ああ、なんて思い上がりだったのだろうか。おおよそ全ての魔術が程度の低い、もしくは高度な魔術でも少し頑張ればなんとでもなる程度の魔術に過ぎない。
そんな思い上がりを抱いていた自身が恥ずかしかった。どれだけ頑張っても、こんな芸術品は作れない。そう子供心に理解した。そして同時に、魅せられればこそ一歩でもこれに近づきたいと思った。
『それはそうだ。君には知識が足りない……だから、皆学ぶんだろう?』
「学ぶ……」
『そう。君は彼女から学ぶんだ。この『神』を操る術を。この『神』を繰り、遥か天へと至る術を』
「……」
漆黒のネズミが天高くを指差した。それに私もまた天高くを見る。そうして見えた蒼天を。更にそのさきを見て私は生涯の目標を決定し、そこからかなり長い時間を掛けてエテルノを口説き落とす事になる。
魔術都市『サンドラ』にて開かれる『展覧会』。魔術師達によるある種の武道大会じみた場であるそこに客寄せパンダとして参加していたカイトであるが、そんな彼は『星神』と言うエネフィア版『外なる神』の差し金を受けて参加したルークと第三回戦にて交戦。舞台を遥か天高くへと移していた。そんな光景であるが、外で見る観客達にはどう見えていたかというと実はほとんど何も見えていなかった。
「何だ? 何が起きているんだ? 急に灰色の世界が映し出されて、二人の姿が見えなくなったぞ?」
「……まぁ、お主らにはそう見えるじゃろうな」
「……なんで上なんか見てるんだ?」
「そりゃ、あっちじゃ見えんからじゃ。こりゃ、面白い事を考えたもんじゃ。見世物としては満点じゃな」
瞬の問いかけに対して、ティナは非常に楽しげかつ興味深げな様子で上を見上げていた。そんな彼女の様子から、灯里はどうやら何かを察したらしい。
「そういうこと……ティナちゃーん。お姉さんも見たいー」
「良いぞ……若干変な感覚があるが、それは諦めてくれ」
「流石に視力2.0の私もそこまで視力よく無いからねー。しょうがないでしょ」
下を見て上を見て再度下を見た灯里であるが、ティナの返答に一つ承諾する。そうして、彼女は目を見開いた。
「うっわ、すっご……これティナちゃん見ようとしたらいつでも見れるの?」
「興醒めも甚だしいのでやらんがの。こういうのは望遠鏡で見るから楽しいんじゃろうに」
「まー、一応宇宙船開発が最終目標なんでわからないでもないけど……やっぱ楽したいなー、とは思うのよ」
「それはわからんでもない」
何かを見ているらしい灯里とティナが楽しげに談笑するわけであるが、見えているのは彼女ら二人以外であればもはや六賢人の末裔の子孫でも当主や当代きってと言われる実力者や最高評議会の魔術師達。それが直弟子として迎え入れている者たちぐらいだった。故に瞬が問いかけた。
「……どこを見ているんですか?」
「月」
「……は?」
「だから月よ、月。お月さま……流石にあそこを舞台にされちゃ見えないわよ」
少し呆れる様に話す灯里に瞬は再度灰色で覆い尽くされるカイトとルークの戦いの場を見て、一度上を見る。するとたしかにそこには月が一つ浮かんでいた。そうして改めて下を見て、なるほどと彼も理解した。
「な、なるほど……言われてみればなんとなく、理科の教材で見た月面に見えますね……って、え? 月面?」
「うむ。月面じゃ……ルークの奴。『神』で大暴れしてやるつもりじゃ」
「出来るのか?」
「……」
瞬の問いかけに、ティナは少しだけいつもとは違う学者としての顔を浮かべる。
「実はの。これはまだ余がスカサハやオーディンらと共に話す中で提唱し、内々にしか明かしておらぬ学説なんじゃが……」
「が、学説か……しかもユスティーナが提唱……」
「そこまで難しい話ではないよ。『神』とはなぜ存在するか、という議論になった事があってのう。神がおるのに『神』を模した存在があるんじゃ。なにゆえ、と思わんか?」
「それは……確かに。だが強大な相手と戦う為の鎧……とでも言うべき物の為に作られたんじゃないのか? 先週の授業でそう聞いたが」
ティナの指摘に瞬は道理を見て一つ頷く。そんな彼の返答に、ティナは我が意を得たり、という様子で頷いた。
「それが、今の通説じゃ。が、実はこれに対して余らは異を唱えておる」
「何?」
「『神』は人が宇宙で戦う為に作られたのではないか……それが余の今の持論じゃ」
「なっ……」
一気にぶっ飛んだぞ。ティナが内々で提唱しているという説に、瞬が思わず言葉を失う。とはいえ、そこの言葉尻に気付いていた灯里が少し興味深げに学者の顔を浮かべていた。
「余らの、ね。ということはオーディン様とかの神様とかも同意してるってわけ」
「というより、地球でも知恵者として知られる神々が寄り集まって出した結論じゃ。流石にこれしかないのでは、となった時は知恵者が全員揃ってあまりにぶっ飛んだ結論に大爆笑したがの。オーディン神があそこまで大笑いしたのは初めて見た、と言われるほどの爆笑の渦じゃったぞ」
「……」
何がどう面白いのかはわからないが、とりあえず地球の神々の大半がこの意見に賛同しているらしい。瞬も灯里もそれを理解する。が、それ故にこそティナは興味深げだったのだ。
「ということは……」
「うむ。この戦いこそ、『神』の本来の用途に沿った戦いじゃ。何がどう起きるか……余にも想像ができぬし、興味深い。まさか単に月面で戦うだけでなく『神』と『神』が……それも二つの世界の『神』が激突するなぞ。滅多に見れるものではない」
見逃してなるものか。そんな気迫さえ滲むティナに、瞬は僅かに気圧される。そうして、ごく僅かな観客のみが見る事の許された戦いが、遥か天高くの月面で開始される事になるのだった。
さて舞台を月面に変えたカイトとルークであるが、両者は一度月面に降り立ちお互いが『神』を召喚する為に最後の支度に勤しんでいた。
「久しぶりだな、『神』を呼び出すのも」
『こちらの準備は完全に完了だ……ナコト。ベースの構築は』
『無問題』
『だ、そうだ……父よ。いつでも行けるぞ。後は、『号令』だけだ』
ナコトの返答を受けたアル・アジフがカイトに全ての準備が整っている事を明言する。
「『号令』は合わせる。そういう約束だ」
『そうか……なら、待つ事にしよう』
『出来る?』
「ここまで焦らしたんだ……できてくれなきゃ困るね」
ナコトの問いかけに、カイトは楽しげに笑いながらルークを見る。その彼はというと、残り一割の状況を聞いていた。
「エテルノ……視線が痛いから終わっていて欲しいんだけどね」
『貴方はいつも人の視線なんて気にしないでしょう』
「それはそれ。これはこれだ……で、準備は?」
『……今、完了しました。再度になりますが、わかっていますね?』
「忘れちゃいないさ」
思い出すのは、エテルノと最初に出会った時。『神』に魅せられ、天への道のりを歩み始めたあの日。そしてエテルノの課した最終試験を突破し、彼女の主人と認められた日だ。そしてその日語られた言葉を、エテルノは再度告げる。
「『神』を召喚する以上、そしてそれを操る以上、術者には多大な負担を強いる事になります。『神』を喚んだ代償として死んだ術者は三桁を超える」
「わかっているよ。『神』を操り、この宇宙へ至る為に努力し続けたんだ」
全ては、その為に。ルークは今までの血反吐を吐くような日々を思い出し、しかし一転して笑う。
「彼に認められる事……それは私の人生の目標へ至る為に、絶対に必要な事だ」
『……そうでしたね。もはや、何も言いません。私は貴方を全力で補佐します。思いっきり、やってやりなさい』
「ありがとう」
姉の様に、母の様に背中を押す言葉に、ルークは感謝を口にする。そうして彼は意を決してカイトをしっかりと見据えた。
「覚悟は良いか? 言っておくが、『神』と『神』の戦いはマジでオレも経験してない。何が起きても保証はしないぞ」
「承知の上だし、それを私も経験したくて彼の指示に従ったんだ。覚悟はできている」
「よっしゃ……じゃあ、やろうか」
ルークの瞳に宿る覚悟を見て、カイトはもはや問答は無用と判断する。そうして彼は右手を突き出して遥か彼方の世界に存在する『神』へと、呼び出す為の符号を放つ。
「我は遥か始原の時より在りしもの。我は終焉の時を経てなお残りしもの」
両者同時に、自らの魔導書が封ずる『神』を開封する詠唱を開始する。本来カイトであれば詠唱なぞ必要なかったが、完璧かつ最高の状態で『神』を召喚するつもりだった。
「我は輪廻の輪より外れしもの。我は常世全ての不条理を糺せし無二なるもの……我は神意なり」
『原初の世界』にて記された最古の魔導書の一角である二冊が喚ぶのは、全ての法則。全ての輪廻から外れた神。そしてそれ故にこそこの世すべての法則を、不条理を糺す事のできる『創世真話』に記された神を模した『神』だった。
「汝、永劫の果てより飛来せしもの。汝、永劫を齎せしもの」
対するルークはやはり魔術師としては優れていようと当人自身の格とでも言うべきものが『神』の召喚に耐えきれる領域ではなかった。故に先の様に逐次召喚するのでもなければ詠唱を行わねば自らの身体が耐えきれなかったようだ。
「汝、永劫の名を冠せしもの。汝、永劫の果てに在りて不変なるもの……汝、永劫を冠せしものなり!」
厳かに告げられる言葉と、高らかに謳われた言葉。二つの呼びかけに応える様に、遥か彼方から二柱の『神』がエネフィアの月面へと顕現する。そうして、『神』と『神』の戦いの火蓋が切って落とされる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




