第2487話 魔術の王国 ――纏う者達――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、体験授業を受けていたカイト達。そんな彼らは二週間に及ぶ行程を終えて、最後の『展覧会』への参加を残すのみとなっていた。
というわけで瞬と共に『展覧会』に参加したカイトはただ一人三回戦へと駒を進めると、そこで彼はルークを裏から操っていた『黒き者』とついに遭遇。
これが地球で言う所のニャルラトホテプに相当する者と察した彼は少しの話し合いの後に『黒き者』を退かせ、改めてルークとの交戦に臨む事になる。そうして、その正体が魔導書であったエテルノと一体化したルークに対して、彼はアル・アジフ、ナコトの二人と一体化した姿で相対していた。
「「……」」
方や獣の様に獰猛な様子を見せながらも動かず、方やいつもの優雅さを見せ動かなかった。そうして少しの沈黙の後。先手を取ったのはルークだった。
「はぁ!」
馴染みの杖をまるで剣の様に振るい、ルークがカイトへと襲いかかる。が、その速度は先の瞬との交戦では決して見せなかったほどの速度で、残像さえ見えるのではというほどの速度だった。
「っ」
斬りかかったルークであったが、当然相手はカイトだ。彼はまるで平然と笑いながら右手に持つ<<バルザイの偃月刀>>を振り上げ、その一撃を軽く受け止める。と、そこに。彼の伸びた髪が蠢いて、拳の様にルークへと襲いかかった。
「!?」
ぶぉん。そんな音を響かせ飛来する髪の拳に、ルークは目を見開いてその場から後退する。それにカイトは笑った。
「おっと……すまないな。今のオレはメインはオレが操るが、髪の毛やら何やら適時あいつらが操ってくれるんだ」
「す、すごいね……」
髪の毛さえ動くとは。流石にこれはルークも想像していなかったらしい。驚愕とも呆れとも取れる複雑な面持ちだった。
「だろう? それに魔術だって自動展開だ」
「!」
『ルーク。油断しないで』
「ごめん!」
ぐんっ、と引き寄せられる自身を即座に魔術を展開し保護したエテルノの苦言に、ルークは改めて相手が伝説となった男であると胸に刻む。この形態の利点の一つには、使用者の詠唱や口決等一切必要なく魔導書に記される魔術を魔導書が自動展開出来る事だ。しかも使用者が口決等で別に展開する事もできた。
「エテルノ。様子見じゃないが、一撃本気でやる」
『わかりました。でも余力は残す様に』
「わかっているさ」
高速で空中を移動しながら、ルークは剣の切っ先を向ける様に杖の先端をカイトへと向ける。そうして、彼の杖の先端から極大の光条が放たれる。それに、カイトは笑ったまま<<バルザイの偃月刀>>を両手で構える。
「はっ」
軽やかに一閃する様に。カイトが<<バルザイの偃月刀>>を振るう。するとそれだけで、ルークの放った極大の光条が真っ二つに裂けた。そうして裂けた合間を縫う様にして、カイトもまた空中へと躍り出る。そうして戦場を空中へと移した両者は同時に異星の魔術を起動させる。
「アル・アジフ、ナコト……ざっと三十ほど展開しろ」
『出し惜しみ』
『気にするな。どうせこんなもの、お遊びに過ぎん』
カイトの内側でアル・アジフとナコトが会話を繰り広げる。そうしてそんな彼女らがカイトの左右に三十の魔術を展開する。
「エテルノ……解呪、もしくは妨害は出来るかい?」
『難しいかと。解呪と妨害は、ですが』
「それで行こう」
エテルノの言外の言葉を察したルークは即座にその提案を承認。同じく三十の魔術が彼の両側に展開される。そうして、両者は僅かにルークが遅れる格好で魔術を射出。ルークの魔術にカイトの魔術が激突し、様々な属性の爆発が乱気流を生み出した。
「「っ」」
異星の魔術とはいえ、属性に関しては違いはない。異星の魔術だろうと火属性は火属性だし、水属性は水属性だ。そして勿論、地球の属する世界の魔術だろうとエネフィアの属する世界の魔術だろうと、その原理原則は外れない。故に、カイトの攻撃に相対する属性をぶつける事で相殺は不可能ではなかった。
そうして生まれる乱気流は単なる乱気流ではなく、様々な属性が混沌としてその影響で生まれる乱気流だ。それは空間をかき乱し、まともに魔術の展開さえできなくする力を有していた。
「ナコト」
「エテルノ」
魔術的な乱気流により飛空術の展開が困難となり、両者は地面に舞い降りる。それでも墜落ではなく舞い降りれるあたり、両者共に並の魔術師ではなかった。そうして舞い降りた両者だが、カイトは<<バルザイの偃月刀>>を。ルークは馴染みの杖を顕現させる。
「「はぁ!」」
カイトは斬撃を以て強引に空間の乱れを叩き直し、ルークは暴風を放ち強引に乱れを吹き飛ばし強引に空間に静寂を取り戻させる。そうして魔術を十分に展開出来るだけの空間を手に入れた両者は、しかしその場で魔術を使うではなく即座に相手に向けて地面を蹴った。
「っ」
地面を蹴った両者の内、驚きを得たのはなんとカイトだった。そんな彼に対してルークは余裕ながらも少しだけ荒々しい闘士の笑みでカイトへと肉薄。拳を握りしめ、カイトへと殴りかかった。
「はっ!」
放たれる拳に対して、驚きを浮かべていたカイトは即座に気を取り直してこちらもまた闘士としての荒々しい笑みを浮かべルークの拳を打ち払う。そうしてルークの拳を打ち払ったカイトは返礼とばかりに、アル・アジフが魔術を付与させた足でハイキックを放った。
「甘いね!」
カイトのハイキックに対して、ルークはなんと自身もまたエテルノに魔術を展開させたハイキックで以て迎撃する。そうして右左右と三度襲撃が激突し、再び左足が交差する。
「まさか体術も出来るか!」
「エテルノの『神』はもうわかっているんだろう!?」
「名前は知らんよ!」
襲撃の交わりというのに火花が舞い散るという異常の中、ルークの問いかけにカイトは楽しげに笑ってそううそぶいた。が、エテルノの召喚可能な『神』なぞ先の戦いの時点で理解できようものだ。
「名前はね! でも<<機械神>>であることはもうわかっているだろう!?」
「そりゃ、見たから……なっ!」
左足の鍔迫り合いを終わらせルークが次の一撃として右足を振り上げると同時。カイトは敢えてそれに合わせずエビ反る様にしてルークの襲撃を回避。そのまま掌底を叩き込む様にしてルークへと襲いかかる。
「ぐっ!」
「ちっ」
外したか。エテルノが即座にルークを背後に退かせた事を受け、カイトは僅かに舌打ちする。しかも自身の掌底の余波を初速として利用された結果、思った以上に距離を取られてしまっていた。そうして再度<<バルザイの偃月刀>>を取り出すカイトに対して、エテルノがルークへと苦言を呈していた。
『身体技能で彼に勝てるわけはないでしょう』
「わかっているさ……が、ここから先。『神』を呼んだ上で戦うならある程度彼の実力を把握しておかないと手が打てないからね」
今更言うまでもないが、ルークはあくまでも魔術師だ。カイトを驚かせる体術を使えようが、あくまでもそれは魔術師という分類に当てはめてずば抜けた身体能力を持っているというに過ぎない。
近接戦闘を行う者の中で最強と名高いカイトと戦って勝てるはずがなかった。故に、彼は少しでも最後の切り札を切った後に不利にならない――有利ではない――様に、今のまだ消費が低い状態で情報を手に入れるつもりだった。そしてそれはルークと長年連れ添ったエテルノも理解はしていた。
『それはわかっています……が、それ故にこそ相手を見ていなければなりません』
「わかっているさ……が、余裕を残してなんとかなる相手じゃない」
相手は伝説の勇者カイト。それも今回はそれなりに本気でやってくるのだ。しかも彼の正体がバレない様に――エテルノの魔術を見てみたい、という思惑もある――エデクスが裏から手を回している。
ある程度本気で戦っても問題はなかった。が、それは相手となるルークとしては悲劇としか言いようがない。故に、余裕を見せている様に見えて実際に余裕がないのはルークの方だった。
「ま……それを承知でやってるんだけどね。エテルノ。準備だけは頼むよ。『神』も切らずに敗北は幾らなんでも情けない」
『承知しました……処理能力の七割をそちらに回します』
「頼んだ……ふぅ」
<<バルザイの偃月刀>>を片手で楽しげに弄ぶカイトに対して、ルークは少しだけ気合を入れ直す。ここから先、今まで以上にエテルノの支援は貰えない。油断しているつもりはないが、下手を打てば即敗北もあり得る状況だった。そんな彼に対して、<<バルザイの偃月刀>>を弄んでいたカイトが弄ぶ動作から流れる様に、斬撃を放った。
「っ! <<永劫に至る道>>!」
むちゃくちゃをしてくれる。もはや魔術なのか武術なのかもわからぬほどの斬撃を放つカイトに対して、ルークは眼前の空間を改ざん。自身に至るまでの距離を偽装し自身に至るまでの時間を偽装し、一気に威力を減衰させる。そうして彼に届いた頃には、カイトの斬撃はまるで数千キロを移動したかのような威力と成り果てていた。
「ほぅ……面白いな」
『突っ込んでみるか?』
「あっははは。やめとく」
アル・アジフの冗談に、カイトは笑いながら次の一手を考える。実のところ、彼の戦闘に遊びが多いのは気の所為ではない。これには二つの意図があり、一つは客寄せパンダとして呼ばれているので演技を多めにしていること。
もう一つはルークが自身の知識の及ばない異星を使うからだ。今のルークの魔術も当然カイトにとっては未知のもので、実際には彼もまた安易に突っ込めないのだ。故に、彼は少しだけ気を引き締める。
「二人共、ニトクリスを頼む」
『手数で攻めるか』
『多分、通じない』
「そんな事はわかってる……が、もう少し情報が欲しい。エテルノさんとて魔導書。何かしらの特色があるはずだ」
カイトはエテルノの魔導書としての名も知らなければ、そこにどんな魔術が記されているか一切わからない。故にカイトもまた情報収集を主眼として動いていた。
というわけで、カイトが<<バルザイの偃月刀>>を投げ放つのと同時にアル・アジフとナコトの二人は<<ニトクリスの鏡>>を展開。投げられた<<バルザイの偃月刀>>を無数に分裂させていく。
「さて……」
どう出るか。カイトは無数の<<バルザイの偃月刀>>に取り囲まれるルークを見て、少しだけ興味深げに次の一手を見定める。それに対してルークは即座にエテルノに記されている魔術を展開した。
「<<時より逃れる事能わず>>」
四方八方から縦横無尽の軌道を取りながら迫りくる<<バルザイの偃月刀>>に対して、ルークは自身を中心として何かしらの魔術を展開する。すると魔術で編まれ本来は劣化なぞしないはずの<<バルザイの偃月刀>>がまるで朽ち果てたかの様に脆くなり、ルークがそれを拳打で叩き壊す。
「<<永遠と刹那は両立せり>>」
朽ち果てた<<バルザイの偃月刀>>の欠片が舞い散る中、ルークが先程の撤退を更に上回る速度で加速。それにカイトは僅かに目を見開いた。
『時間を加速したな』
『多分凄い速度で移動出来る様になっている?』
『どちらかといえば自らの周辺だけ、時間を加速させているのだろう。相当高度な魔術だぞ』
「『神の書』を使うのなら、その程度には耐えて貰わんとな」
僅かな称賛を口にしたアル・アジフに対し、カイトは楽しげに笑っていた。そもそも彼の身体能力に追い縋るには生半可な腕ではできないのだ。それをなんとか追いすがろうとした結果が、今のルークの魔術だった。
「だが……」
にたり。肉薄するルークに対して、カイトは牙を剥く。魔術においてカイトはルークには勝てない。流石にエテルノの支援を受けている今、それは事実として横たわる。が、相手が自らの土俵に登ってくるのなら、話は違った。
「コード・バルザイ。コード・ニトクリス」
『あまり、無茶はしてやるなよ?』
「さぁ? 向かってくるんだ。文句は無いだろうさ」
アル・アジフの茶化すような言葉に、カイトは笑ってうそぶいた。そうしてルークとの距離がゼロになったと同時。その真横に鏡像のカイトが現れた。
「エテルノ」
『了解』
七割を『神』の召喚に割り当てようと、エテルノのスペック全てがなくなるわけではない。故に彼の近未来的な衣服の一部が盛り上がると、そこから砲口が生えて鏡像のカイトを撃ち貫く。
「はっ!」
「とっ」
気合一閃杖を剣の様にして振りかぶるルークに、カイトは<<バルザイの偃月刀>>を召喚。片手で受け止め、更に逆の手にもう一振りの<<バルザイの偃月刀>>を召喚。双剣士としての手数を見せる事にする。
「っ」
数瞬。たったそれだけで、ルークは自身の圧倒的不利を理解する。そうしてまたたく間に勢いを押し返したカイトの襲撃を受け、ルークは思い切り吹き飛ばされる事となった。
「ぐっ!」
「まだまだ行くぜ」
『<<ニトクリスの鏡>>承認』
『ハスター、セット』
ナコトのセットした業風を<<バルザイの偃月刀>>にまとわせ、カイトは思いっきり腕を後ろに引いてそれを投げ放つ。そうして二つの竜巻となった<<バルザイの偃月刀>>がルークへと襲いかかった。
『ルーク。腕だけですが、召喚準備完了です。もう少し堪えてください』
「助かったよ」
迫りくる竜巻をどうするか、と考えていたルークであるが、エテルノの報告に僅かな安堵を浮かべる。そうして、次の瞬間。先にカイトが戦った金属でできた『神』の腕が竜巻を握り潰した。
「む」
『焦らしてくれるな』
「ふぅ……さぁ、第二ラウンドと行こうじゃないか」
「いつぞやと同じだな」
「さぁ、何のことだい?」
カイトの言葉にルークは楽しげにうそぶいた。まぁ、そもそもこの『神』の腕を召喚している時点で自身こそが『賢人会議』のリーダーだと言っているようなものであったが、この場においてそんな事はさしたる意味も持ち合わせてはいなかった。そうして、二人の戦いは第二幕へと突き進む事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




