第2484話 幕間 ――王命――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、体験授業を受けたカイト率いる冒険部。その締めくくりとして魔術師達が習得した魔術を披露する場である『展覧会』に参加する事になったカイトであったが、そんな彼が三回戦にてルークとの戦いを開始する前。二回戦の終わりとほぼ時同じくして観覧席を後にしていたティナはというと、会場の外にいた。
「ほぅほぅ……これはこれはまた割と凄い事をしてきたのう」
会場を後にしたティナが相対していたのは、漆黒のネズミの同胞が操った『賢人会議』の魔術師達だ。とはいえ、全員何かしらの洗脳を受けているのか目に光はなく、意志薄弱という塩梅であった。そんな彼女の視線の先には、漆黒の人の姿があった。
「何やら面白い存在じゃな……構造上は人と類似する様子じゃが……」
『はじめまして、魔王様。いや、元魔王という方が良いかな?』
「ほっ……余の事も見知っておったか」
『知らないはずがない。本来、我々が一番最初に見込んでいた王たる者は貴方だった』
「敬意を払うのもそれ故、と」
今更言うまでもない事であるが、カイトが『外なる神』を知る以上、ティナもまた『外なる神』を知っている。
エネフィアの『外なる神』は知らないが、その性質は似ているだろうと踏んでいた。そしてその様子から、漆黒の人型はティナが『外なる神』と戦った事があると理解する。
『……どうやら地球で我らの同類と出会っていたようだ』
「当たり前じゃ。カイトをなんと心得る。ありゃ、余が知り得る限りでもただ一人しかおらぬ大精霊様全てと契約した傑物じゃぞ。あちらの『外なる神』なぞ、度肝を抜いて有史上最高と言うらしい試練を課したわ」
僅かな警戒を滲ませる漆黒の人型にティナは何を世迷い言を、とばかりに告げる。それに漆黒の人型はその真っ黒い影の中から裂けたような口を広げ笑う。
『ははは。それはそれは……にしても、『外なる神』。法則から外れた神という所かな』
「そこは知らぬ。もとより地球にて『外なる神』と戦いを繰り広げておった者が『外なる神』と呼ぶので、余らもそれに倣い『外なる神』と呼んでおるだけじゃ。彼奴らも自ら『外なる神』や『旧支配者』なぞと名乗っておるがのう」
『なるほど……では、我らもまた名乗っておきましょうか』
ティナの言葉に漆黒の人型は笑いながら、どこか慇懃無礼に頭を下げる。
『『星神』が一柱……名を『黒き者』』
「ズヴィズダー……星を表す言葉じゃな。星そのものを豪語するか」
『星そのものにも比する神、とお考えを』
ティナの言葉に『黒き者』を名乗った人型が笑う。そんな『黒き者』に、ティナは一つ問いかけた。
「そうか……ま、別にそこらはどうでも良いよ。お主らが何を名乗り、どういう存在であろうとものう。ただ一つ問題となるのは、お主らが余らの行動を邪魔せぬのかという一点に尽きる」
『それは、今回の一件次第という所でしょう。いえ、正確には今回の一件に連なる出来事次第、という所ですが……一つ、お聞かせ願えますか?』
ティナの問いかけに笑う『黒き者』であるが、話を進める為にと一つ問いかける。これに、ティナはおおよそを理解しながら顎で問いかけを促す。
『真なる王……その言葉やそれに類する言葉に聞き覚えは?』
「幾度か『外なる神』共……より具体的には『這い寄る混沌』なる神が言っておるのう。何やらカイトがその候補であるとの事であるが」
『やはり、そうでしたか……御身は如何お考えか』
「知らんよ、そんなもん。そも真なる王……真王とは如何なる者か。それさえわからぬのに、カイトがその候補かどうかなぞわかりはせん。それとも、お主は真王が如何なる者かわかっておるのか?」
それ以前として選定者たるニャルラトホテプ達さえ真王の正体や条件はわかっていない。ティナはそれを思い出し、『黒き者』の問いかけに答える。
『そこまでご存知でしたか……正直、我々にもわかってはおりません。よしんば他の世界の神であればわかるのではとも思いましたが……この様子では全ての異世界。全ての『星神』、全ての『黒き者』は知らぬのでしょう』
どこか困った様に、『黒き者』は笑う。これについてはこの個体の素の感情が滲んでいる様子だった。まぁ、彼らとて何かわからぬ者を探す事が神としての役目だとして与えられているのだ。困るのも無理はなかった。そんな様子と地球でのあれやこれやから、ティナもまたこの言葉に嘘はないのだろうと判断した。
「その様子じゃと、そうなのじゃろうな……で、その上で問おう。やるのか、やらぬのか」
『ははは……この様子を見てその問いを行う豪胆さ。称賛に値しますよ』
「ほっ……逆に言うが余にたったこれっぽっちの戦力でどうにかなるなぞと思うておるなぞ、それこそお笑いじゃ」
洗脳され意識なく動く数十人を前に、ティナは一つ獰猛に笑う。おそらくこの数十人は本来の腕より相当な力を行使してくるだろうが、彼女からしてみればそれがなんなのだという所に過ぎなかったようだ。それに、『黒き者』は僅かに片眉を上げて興味深いと笑う。
『ほう……それはこれを見ても、そう言えますか?』
「「「……」」」
高速詠唱。数十人の魔術師達は虚ろな目でまるでマリオネットの様に腕を伸ばし、言葉ならぬ言葉で何かしらの詠唱を開始する。そうして、数瞬。数十人の魔術師達の身体を覆う様に、半透明の何かよくわからぬ者共の姿が現れる。それにティナは興味深げに僅かに目を細めた。
「……ふむ。こりゃまたエネフィアの如何なる生命とも、地球上の如何なる生命とも共通点を見出だせぬ存在共じゃのう。いや、若干インスマウスに似た存在もおる様子じゃが。教授らが喜びそうじゃ」
インスマウス。それはクトゥルフ神話に語られる存在で、有り体に言えば半魚人という所だ。他にもクトゥルフ神話に例えればミ=ゴのような菌類に見えなくもない存在に似た存在など、一言で言い表す事が難しい存在の数々が魔術師達を覆っていた。そんな存在達に相対しながら、しかしティナは余裕を崩さない。
「が……だから何なんじゃ。たかだか『奉仕者』か『眷属』らに過ぎまい。いや、この様子であれば『眷属』を降ろしたとも言えまいて。せいぜい『奉仕者』を降ろした程度じゃろうのう」
『『奉仕者』までご存知でしたか』
「別に不思議はあるまい。なんじゃったら普通に『眷属』共ともバトったわ……ふん。興醒めじゃ。せっかく少しは本気でやってやろうかと思ったがのう」
そう言いながらも、ティナもせっかくなので少しはやるつもりらしい。異空間の中から<<ソロモンの小さな鍵>>を呼び出す。
「レメゲトン。王命である。第二権能を開封せよ」
『了承した、我が主。我が父が叡智を受け継ぎし者よ』
ぶぅん。ティナの命令に、待ってましたとばかりにレメゲトンが実体化する。が、その姿は『サンドラ』にて当初露わにした姿とは全く異なり、その姿を大人にしたような姿だった。そうして、彼女は一度だけ呼吸を整えると、朗々たる声で厳かに声を発した。
「王命である!」
心せよ。レメゲトンは己が司る者達に。己の同胞達にこれから放たれる言葉が王の言葉である事を告げる。そうして、彼女の言葉に応じたかの様に二冊の魔導書が異空間から自ずと顕現する。
『『「王命である!」』』
頭を垂れよ。レメゲトンの言葉に合わせ、彼女の同胞達もまたここからの言葉が王命であり、頭を垂れ耳を傾ける様に命令する。そうして更に二冊の魔導書を模った幻影が現れる。
『『「王命である!」』』
三度、レメゲトン達はこれが王命である事を高らかに告げる。そうして、次の瞬間。<<ソロモンの小さな鍵>>と呼ばれる五冊の魔導書に封じられし七十ニの眷属達。即ちソロモン七十ニ柱の眷属の数十が整列し、ティナに向けて頭を垂れて顕現する。それを前に、ティナは右手を横に突き出す。すると、三冊の魔導書が弾け飛びティナの周囲を渦巻くかの様に舞い踊る。
「我はソロモン王が叡智を受け継ぎし者。ありとあらゆる知を統べし者」
ソロモン七十二柱を居並ばせ、最後にティナが自らの定義を口にする。それに合わせ彼女の突き出した右手の指に三つの光が宿り、それへ舞い散った紙面が輪を型取り複雑な紋様を浮かべる指輪へと変貌。
そこから真紅のドレスと黄金の王冠。王者のマントが顕現し彼女を彩った。そうして、王としての風格を露わにした彼女が最後に告げる。
「王命である……偉大なるソロモン王が娘らよ。栄光あるソロモン王が編みし眷属らよ。戦の時である」
「「「おぉおおおお!」」」
ティナの言葉にレメゲトン達が傅き、ソロモン七十二柱の眷属達が鬨の声を上げる。そうしてまさしく王者の軍勢たる様を見せつけ、ティナは改めて『黒き者』に相対する。
「半分……半分じゃ。些かこれでも大盤振る舞いかと余は思うが。まぁ、良かろう。戦いの火蓋を切るのであれば派手でなければのう」
『これは……驚いた』
一体一体の使い魔達の精度もさることながら、何より恐ろしいのはこれだけの使い魔を全て顕現させてなお平然とするティナの化け物じみた魔術の腕だ。それに『黒き者』はおおよそティナがこのエネフィアにおいて史上最高の魔術師である事を再認識する。それを前に、ティナは眷属達に告げる。
「さて……ソロモン王が眷属らよ。誰でも良い。遊んでやれ」
「王よ。その命、我におまかせください」
「エリゴスか……貴様が出るには些か役不足な者共じゃが。まさか軍を出すわけではあるまいな?」
「無論にございます」
エリゴス。そう呼ばれたのは騎士の姿を模った使い魔だ。<<ソロモンの小さな鍵>>に記される眷属達であるが、ティナが従えたにあたりその姿を一度再構築し直している。なので例えばデカラビアであれば本来は記号を模った姿となるわけであるが、基本ベースは人型となっていた。
それに合わせエリゴスもまたかなり人に近い見た目を取っており、エルフに似た尖った耳を持つ端正な騎士と言って良い姿だった。なお、あくまでも顕現時に再構築しているだけでソロモン王が設計した姿も取れるのだが、今の主人の意図を汲み専ら新しい姿を取る事が多かった。
「良かろう……では、他の眷属らは別名あるまで下がれ。これよりはエリゴスの場である」
エリゴスの言葉に笑ったティナからの王命が下り、エリゴスを除く全ての眷属らが三つの指輪にそれぞれ格納される。これは別に消えたわけではなく、いつでも呼び出せる状態になっているだけだ。そうして、ティナの許諾を受けたエリゴスは槍を手に数十の『奉仕者』達に相対する。
「王命である……我が王を侮りし者共よ。須らく、消えるが良い」
轟々と魔力と闘気を昂ぶらせ、エリゴスは獰猛に笑う。そうして、ソロモン七十二柱が一柱エリゴス対『星神』の『奉仕者』達の戦いの火蓋が切って落とされるのだった。
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