第2482話 魔術の王国 ――決着――
魔術都市『サンドラ』での体験授業に参加して二週間。体験授業の全行程を終えたカイト達は『サンドラ』でも有数の祭典となる『展覧会』に参加する。そこは魔術師達が魔術の腕を競う場で、冒険部からはカイトと瞬の両名が客寄せパンダ代わりで参加していた。
というわけで、カイトは難なく。瞬は苦戦しながら初戦を終えた次の試合では瞬はちょっとした裏技を使って参戦したルークと戦う事になっていた。
「ふぅ……」
ルークのデバフにより<<雷炎武・禁式>>を維持する事に成功した瞬であるが、それでようやくトントンという具合だ。勿論、これを使う以上後の事なぞ考えていない。敗北が必須である以上、瞬としても覚悟は決めていた。
(よし……感覚は大丈夫。痛みは少し……か? いや、気にならん程度か)
ぱちんぱちんと身体から音がする度、瞬は身体に妙な感覚が訪れている事を知覚していた。これは身体の一部に高負荷が掛かってしまい、体外に放電している為だ。その際反動を身体が受けているのである。これを低減する事が上位の<<雷炎武>>を使うコツなのだが、まだまだ瞬はその面が甘かった。
(後は……なんとか仕込みをしないと)
それ以外に勝ち目は無いだろう。瞬はそれを悟るが、同時にそれも難しい事は理解していた。が、そんな彼に対して流石にルークも少し遊びをやめたのか空中に浮かんでいた。
「ふぅ……危ない危ない。流石にランクA相応の冒険者に遊びは見せられないな」
「さすがだな。飛空術は冒険者でも一握りしか出来ない魔術だが」
「あはは。流石に魔術師を専門にしておいて、飛空術の一つも出来ないと言うわけにはいかないさ。流石に戦闘時における概念飛翔は難しいけれどね」
こればかりは戦闘経験が物を言う。一応実験室や邪魔が入らない空間であれば出来るそうだが、如何にルークでも概念的な飛翔を素のままで行うのは厳しいようだ。
が、その一方で瞬は飛空術そのものが使えない。そして体術で攻めるわけにもいかない為、かなり不利な状況に置かれていた。とはいえ、流石に何も打つ手なしというわけではなく、瞬は即座に地面にナイフを突き立てる。
「っと!」
ずもも、と伸びる四角い地面に向けて、ルークは杖の先端を向けて光条を解き放つ。そうして光条と地面が激突し、地面が打ち砕かれていく。が、その頃にはすでに瞬は別の地面にナイフを突き立て、次の攻撃に移っていた。
「無駄だね!」
迫りくるいくつもの地面に向けて、ルークは無数の光条を放って打ち砕いていく。そうしてまたたく間に土煙が舞い上がり、モクモクとした土煙で瞬の姿は覆い隠される。
「む……」
しまった。ルークはつい興が乗ったので撃ちまくったが、彼は戦士ではない。気配を読んで瞬の姿を探すなぞ出来るわけがないのだ。が、そんな事を見透かしていたかの様に、瞬は更に容赦なく地面にナイフを突き立て至る所から地面を隆起させていく。
「っと」
とはいえ、一度隆起してしまえば流石にルークでも見抜ける。というわけで、ひとまずルークは自身目掛け直進する瞬の攻撃を迎撃しつつ、探知の魔術を展開する準備を行う事にする。
「さて……どうしてくるつもりかな」
自身の魔術と瞬の魔術が激突した事により、この土煙は擬似的かつ魔術的なジャマーと同様の効力を有していた。いっそやろうと思えば風属性の魔術で吹き飛ばしてやる事も出来そうだが、風属性の魔術を使えば瞬の有利になってしまう事を危惧してやらなかった。
というわけで十数秒。魔術的なジャマーにも対応可能な探査用の魔術を組み上げたルークがそれを展開。即座に瞬の居所を探る。が、そうして彼は思わず目を見開く事になる。
「っ!」
再度になるが、近接戦闘を行わないルークは気配を読むことが出来ない。故に土煙の中に瞬の気配が探知出来なかった場合、本当に見失っているに等しかった。そして、そこから先。ルークが瞬の攻撃を回避出来たのは正真正銘、幸運だった。
「つぅ!?」
「っ!? 何!?」
驚愕の度合いであれば、瞬の方が最初は大きかった。仕留めきれずとも直撃は与えられた。そう考えた瞬の斬撃であるが、偶然にもルークが更に上空へと舞い上がろうとした事により彼の僅か下方をすり抜けたのだ。そうして遥か彼方に飛んでいく緑色の斬撃がもたらす破壊を背後に見ながら、ルークは目を見開いて隆起した地面の上に立つ瞬へと問いかける。
「驚いた……いつの間にそんな所に」
「壁を走るぐらいは出来る。途中までは隆起させるのに乗った……思えば、これも魔術を使っているからな」
「……そうか。君が冒険者だった事を私はすっかり失念してしまっていたらしい」
当たり前の話であるが、壁を地面の様に走るような物理法則を無視したとしか言い得ない超常的な技術は全て魔術が前提として存在している。
それに関してはこの『展覧会』での使用は全面的に許可されていた。あくまでも、魔術を用いた結果のものだからだ。逆にこれが壁の僅かな亀裂等を蹴るような体術ベースの物だと駄目だったし、実を言えばそちらの方が瞬としては良かった。というわけで、本職の魔術師相手でさえ気付かせない極小の魔術発動を見せた瞬が少しだけ嬉しそうに笑う。
「冒険者だ。魔術師相手の訓練は受けている……まさかお前に通用するとは思わなかったがな」
「手痛いね……なるほど。単なるカモフラージュ……というわけじゃなさそうだね」
面倒臭がらずに全部壊しておけばよかったかな。ルークは瞬の移動する為の足場になってくれている様子の残った地面を見ながら、そう思う。そうして自嘲気味に笑うルークに、瞬も笑う。
「流石に飛ばれてばかりだと不利も良い所だからな……勝率を上げる手は取れるだけ取るつもりだ」
「……なるほど」
どうやらこの土煙は現状瞬が維持しているらしい。先程からしばらくの時間が経っているにも関わらず、土煙が収まる様子が一向に見られない様子からそう判断する。が、一方の瞬はというと内心ではかなり苦々しげだった。
(そうは言ったは良いんだが……ちっ。これでせっかく仕込んだ札の半分は使ってしまったか)
実のところ、瞬は冒険者らしく動き回りながらとりあえず仕込める場所にルーン文字を仕込みまくって、即席のトラップを作り上げていた。
どこかでルークをその場所に移動させて罠にハメる。それが数少ない勝機だったのだが、その大半を彼は土煙の維持に使ってしまっていた。
(が……土煙の中に叩き込めれば勝機はまだある。力技に出られても、実戦闘なら俺の方が強い)
問題はどうやってルークを土煙の中に叩き込むか、だが。瞬は最大にして何よりの問題点を改めて見つめ直し、内心で苦笑する。いっそ力技に出られれば、と心底思うが流石にそれはみっともないし勝負を捨てている。これから手を考えるしかなかった。
(どうする……流石に蹴り技なんて論外だ。ちっ……こんな事ならもっと真面目に魔術を学んでおくべきだった)
再度、瞬は内心で舌打ちする。無論、こんな魔術オンリーの戦闘なぞ滅多に起きる事ではないので想定する方がどうかしているが、現実問題として今は起きているのだ。瞬がそう思うのも無理はなかった。
というわけで、<<雷炎武>>の副作用である思考の高速化で超高速で手を考える瞬であるが、こちらは魔術で思考を高速化かつ分裂しているルークが待ってくれるはずもなかった。
「とりあえず……近場の物から手当り次第に壊していこうか」
「っ、はっ!」
考える時間もくれないか。瞬は再び杖を振るうルークに先駆けてナイフを振るい魔術を付与した斬撃を飛ばす。それにルークは展開していた術式を再構築。光刃を生み出して切り裂くと、返礼とばかりに斬撃無数の斬撃を飛ばして瞬の足場となっていた地面を粉微塵にする。
そうして瞬が移動した先で斬撃を飛ばし、一方のルークが光刃を飛ばして地面を破壊し、というのが繰り返されること十数度。ついに瞬が移動出来る地面がなくなった。
「じゃあ、これで終わりだ!」
「……」
ルークがこちらに向けて杖の先端を向けるのを見ながら、瞬はタイミングを見極める。早ければ空中で撃墜されるし、遅ければそのまま直撃だ。回避するならルーク撃った後。直撃までのコンマ数秒を見極めねばならなかった。そうして、数瞬。ルークが杖の先端から極大の光条を放つ。
「っ」
「甘いね!」
放たれた光条に対して、瞬は地面を蹴ってなにもない空中へと躍り出る。が、それに対してルークはここまでは読んでいた、と光条を即座にストップ。追尾する数個の光球へと攻撃を切り替え、瞬へと解き放った。万事休す。そう見えた瞬間だった。唐突に土煙の中からいくつもの地面が生えてきた。
「っ!」
「これぐらいは仕込んでおくさ!」
僅かに自身が降下するのに合わせて生えた地面を足場にして、瞬はルーク目掛けて飛び上がる。そうして彼は今回の『展覧会』において唯一と言って良い切り札を切る事にした。
「<<四元解放>>!」
瞬が切り札として選んだのは、かつてまだ冒険部が駆け出しの頃にカイトが切り札として与えた英雄達の武器を憑依させる擬似的な武器技。これも当然、技術的には魔術に属していた。
瞬はナイフをサブウェポンとして使う事になった時から、翔からこれを学んでいたのである。そうして虹色の光を宿すナイフを手にルークを飛び越し、全体重を乗せて彼へと襲いかかった。
「おぉおおおお!」
「っ」
火水土風の四属性複合攻撃。これは流石にルークも生半可な手札では防ぐことは出来なかったし、何より現状は動くに動けない。故に、ルークはここは瞬にしてやられたと切り札を一枚切ってしまう事にした。
「『壁』!」
「っぅ!」
「っ……」
ぎぃん。そんな甲高い音を立てて、ルークの障壁と瞬のナイフが激突する。ルークが使った切り札は一族が研究する真言。その程度の低いものだ。
敢えて悪しざまに言えば壁という単語を用いる事で障壁を強固に認識する、という少し強めの口決という程度しかない。が、それでも真言に近い口決を用いて強化された障壁は瞬の一撃をなんとか受け止める事が出来ていた。
「ぐっ……ぐぅううう……」
「っぅ……」
剛力を持って押し込もうとする瞬と、なんとか堪えるルークであるが共に顔はつらそうだった。そして先に競り負けたのは、ルークだった。彼はこのまま勝負すると後に響く事を厭って、敢えて後ろに飛ばされる事で距離を取る事にしたのだ。そうして、彼の姿が土煙の中に消える。
「っ」
ここからは一気に攻めきるしかない。瞬は僅かにでも崩れたルークの余裕を見て、一気に攻め立てる事を決める。そうして彼もルークの後を追う様に土煙の中へと降り立って、ルークが落着しただろう位置目掛けて地面を蹴った。
「はぁ! っ!?」
気合一閃。ルークが落着したなら居ただろう場所目掛けてナイフを一閃した瞬であったが、得たのは驚きだ。ルークは魔術師。落着した後に即座に立て直せたとしても、瞬ら近接戦闘を行う戦士より遅いはずなのだ。にもかかわらず、彼はそこにはいなかったのである。そうして驚く彼を取り囲む様に、真上すぐの所から光の柱がいくつも降り注ぐ。
「っ」
「おっと……動かない方が良い。君もわかるだろ? これは君が全力でやれば破れるだろうが、その程度でないと無理なものだってね」
「ルーク……上か?」
「ああ……ぎりぎり……本当にギリギリ落着を避けられてね。君が突進してくる直前、真上に浮かんだのさ」
どこか胸を撫で下ろす様に、ルークは瞬の問いかけに答える。実際、瞬の読んだ気配でもルークは地面に着地したとしか思えない距離で、それが前提としてあったからこそ彼も攻め込んだのだ。
が、実際には本当に間一髪制動が間に合っており、という事だったのだろう。そうして、そんなルークが杖を振るって土煙を吹き飛ばした。
「……降参だ。流石に魔術師相手に魔術合戦を仕掛けて勝ち目はないか」
「あはは……それでも、良い線は行ってたさ。何度か本当に危ない場面があった。これはまだまだ私も修練が足りないな」
流石に諦めるしかなかった瞬の言葉に、ルークは称賛と自戒の言葉を口にする。そうして、ルークが第三回戦へと進出し、一方の瞬はここで敗退となるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




