第2481話 魔術の王国 ――展覧会――
魔術都市『サンドラ』にて体験授業を受ける事になっていたカイト達。そんな彼らは『サンドラ』での滞在を締めくくる『展覧会』への参加を行う事になっていた。というわけで、開始前の一時をカイトは瞬からの相談に乗ったりして過ごしていたわけであるが、それも一時間程度。すぐに出番が訪れる事になった。
『17番から32番までの方、会場へどうぞ!』
「ん……どうやら出番みたいだな」
「ああ」
アナウンスを受けて、カイトは瞬と共に立ち上がる。控室は二つあり、番号札の奇数と偶数で分けられていた。形式上初戦での談合を防ぐ為らしかった。ちなみに、カイトと瞬は共に奇数の番号を持っていた。
「次に控室に戻れるのは、勝つか負けるかした後か」
「そうだな……まぁ、勝ったら控室にしか行けないんだがな」
「そうか。負けるまで出られないのか」
「そういうわけだ……後は段々減っていく」
カイトは今度戻ってくる時には半分にまで減っているだろう控室を一度だけ見送り、カイトは少しだけ気合を入れる。そうして気合を入れた彼であるが、その後は一度も振り返る事なく会場の手前まで移動する。
「先輩。わかっていると思うが、バトルフィールドは何でもありだ。どこが選ばれるかは完全ランダム。自分に最高のフィールドが選ばれるとは限らない」
「わかっている。昨日しっかり見ていた……最悪は魔術で場を書き換えるような奴が居る事もな」
「それがわかっていれば十分だ」
相手は魔術師達で、今回は二人共相手の土俵で戦わねばならないのだ。特に今回の場合、相手は優れた魔術師達の集まりだ。油断していないでも敗北の可能性は十分にあり、カイトさえ優勝出来るほどの魔術師であれば本気で戦えば負ける可能性は十分にあり得ると告げるほどだった。それを覚悟して、二人は初戦に臨むことになるのだった。
さて初戦であるが、初戦はまだ玉石混淆という塩梅でどちらも対戦相手は石ころ程度の相手だったようだ。カイトは一切の苦戦なく、瞬は若干苦戦しながらであったが培った戦闘経験で優位に立ち勝利を得ていた。
「ふぅ……まさか初手から<<雷炎武>>を切る事になるとはな……」
「使えて助かった、だな」
「カイトか……再シャッフルでもお前と同室か」
基本、『展覧会』では人数が多い場合は初戦と二戦目の間で番号札が再シャッフルされる事になるらしい。予め相手が誰かとわかっておく事で術式を解析されてしまうのを防ぐ目的があるそうだ。というわけで、瞬の言葉にカイトは一つ頷く。
「ああ……現にここに居るだろ?」
「そうだが……あれもありなのか。咄嗟にやってしまってしまった、と思ったんだが……」
「おいおい……あれは種別としては魔術による身体強化だ。身体強化の魔術も魔術である以上、『展覧会』での披露は問題ない」
「あ、そうか」
いつも使っている上に魔術師として戦う事がなかったので瞬からはその認識がすっぽりと抜け落ちてしまっていたらしい。どうやら勝利になっていたのでどうしてだろう、という塩梅で困っていた様子だった。
「はぁ……にしてもここまで魔術だけの戦いが苦戦するとは」
「そりゃ、先輩の場合は特にだろう。初戦敗退にならなくてよかった、と思っておけ」
「だな……次はよほどがなければ簡単に負けそうだ」
当たり前であるが、媒体としてナイフを使う事が出来てもナイフを武器として使う事は出来ない。限度は魔術を破壊する程度だ。無論カイトも<<魔斬>>は持ってきていない。
あれはあくまでも、『賢人会議』の襲撃に対する備えだ。というわけで、近接戦闘は魔術を使った物でない限り一切が禁止だった。というわけで少し話をしていると、あっという間に休憩時間が終わったらしい。
「もう次の試合か」
「しゃーない。諦めて行くぞ」
「ああ」
自身もまた諦めるようなカイトの発言に、瞬もまた立ち上がる。というわけでたどり着いた会場であるが、瞬は改めてナイフを握りしめいつでも抜き放てる位置に微調整する。
「さて……」
相手は誰だろうか。瞬は呼吸を整えながら、相手が誰か待ち構える。どうやらまだ相手選手は入場していないらしい。
(最低でも最初に姿は見える様にしておかなければならない、というルールがあって助かった……無ければ始まって早々の敗北もあったからな……)
僅かな安心があるとすればそれか。瞬はこれがあくまでも魔術を披露する為の『展覧会』である事に感謝を抱く。というわけで感謝する彼であったが、そんな彼の対面の方向。石畳の通路を歩いてくるのは、見慣れた長い金髪の男だった。
「……ルーク?」
「やぁ、瞬。久しぶり……というほどでもないかな。まさか二戦目で君とはね」
「お、お前も出ていたのか……確かシレーナさんから出ないと聞いていたと思ったんだが」
「ちょっと細工をしてね」
驚いた様子の瞬の問いかけに対して、ルークは少しいたずらっぽい様子でそう告げる。というわけで、案の定同じく二日目に参加していたシレーナが声を荒げている様子が遠くで見受けられた。
「あははは。いやぁ、どうやらシレーナもカイトも揃って同じ二戦目の時間になっちゃったかな」
「シレーナさんにも言ってなかったのか」
「あっはははは」
ぐっ。遠くでこちらを見ている様子のシレーナを見て驚く瞬の問いかけに、ルークは楽しげにサムズアップで答える。なお、どうやったかというと生徒会で仕事を手伝っている時に、自分の書類を紛れ込ませたそうだ。タイミングは漆黒のネズミと共謀して見計らって手伝いを申し出る事でしていた。
「さて……専攻は知っての通り異星の魔術。今更語るまでもないね。そして君の専門は文字を描いて発動させる魔術。お互い、手札はわかっていると思う。どうかな? もう終わりにしとかないか?」
「おいおい……俺がそういう事を申し出る奴とは思っていないだろう?」
「あはは。そうだね。まだ知り合って二週間ほどだが……そんな事を言う相手とは思っていない。ただそれでも、ここから先に備えたい相手が居てね。手札は可能な限り残しておきたいのさ」
瞬の敗北は必至。方や『サンドラ』の最高評議会に彼の才能が失われるのは惜しい、と言わしめカイトに裏取引をさせるほどの才能の持ち主。方やようやく見習いを脱した程度の魔術師だ。
勝敗なぞ見えていた。が、そんな相手がごまんといる事ぐらい瞬も最初から承知で、恥を晒す覚悟で来ているのだ。問題なぞ何処にもなかった。そうしてひとしきり笑い合う両者であるが、それと時同じくして試合開始を報せるブザーが鳴り響き、会場が草原へと一変した。
「っ」
両者一礼したと同時。先手を取ったのは瞬だ。彼はルーク相手に魔術合戦は不利である事を悟ればこそ、<<雷炎武>>を起動させる。そしてこの速度は近接戦闘を行う者ならではの速度だ。流石にルークも初手は譲る格好になってしまった。
「おっと!」
「なっ!」
今更であるが、ルークは魔術全般を高度な領域で修めている。故に動体視力を増強させる魔術も高い領域で習得しており、肉薄されこそしたものの眼前で爆発を起こす事により瞬の突進に対応。爆風を初速として利用して、その場から距離を取って杖を振る。一方、爆炎に煽られながら瞬は僅かにほくそ笑む。
(そうだろうさ)
こんな愚直な突進なんて通用しない。瞬は相手がルークである事にこそ、僅かな希望を見出していた。自分の手札を見知っている、そして相手の手札をある程度見知っていればこそ、こうすればこうされるだろうという予測が立てられたのだ。そうして瞬の推測通り、振るわれた杖の先端が分裂する様に無数の光球が生み出される。
「くっ」
光球が爆煙を切り裂くのを見ながら、瞬は笑みを消してその場を離れる。そうして彼は猛スピードで追撃する光球に対して、ナイフを構える。
「エンチャント」
どうしてもまだ瞬の腕では意識的な切り替えを行わないと炎と雷以外のルーンを瞬間的に発動させる事は難しかった。それが特に継続的な展開を可能にするものだと尚更で、彼は意識的に何をするかと口にする事で発動を補佐していた。そうして、彼の口決を受けたナイフに闇のルーンが刻まれて刀身が漆黒に染まる。
「ふっ!」
漆黒に染まった刀身を操って、瞬は放たれた光球を木っ端微塵に切り裂いて無力化する。そうして彼は更に闇のルーンに力を込めて刀身を伸長。大きく振りかぶる様にして刀身を斬撃の様に振り放つ。
「ま、この程度じゃどうにもならないよね」
そんな瞬の闇の斬撃に対して、ルークは変わらず優雅に笑って杖に力を込めて先端に取り付けられた球から光刃を生み出して闇の斬撃を切り捨てる。
(ちっ……まぁ、それはそうなんだろうが)
これが通用したら逆に何かの作為的なものを感じられる。瞬はルークの光刃を見ながら、そう思う。と、そんな彼であるが光刃の切っ先がこちらを向いていたのを見て、何か嫌な気配に背を押され思わずその場から飛び跳ねる。
「っ」
「む……驚いたな。気付かれるとは」
「はぁ……」
まさかこんな事をしてくるなんて。瞬は一見するとその場から何も変わっていない様に見える様に偽装しながら伸びていた光刃を横から見て、思わず胸を撫で下ろす。
(やはり相当な腕だ。あんな細く長く光刃を生じさせられるとは……)
「まぁ、伸ばしたついでだ! 受け取ってくれ!」
「この程度!」
バレたなら隠そうとしなくて良いかな。そんな意気込みで振るわれる細長い光刃の先端であるが、どうしても細さに見合った強度だった。気付かず命中させられればやられていたが、気付いた今ならどうという事はなかった。
故にいとも簡単に破砕される光刃に対して、瞬はさしたる意味を見出さなかった。が、その次の瞬間。きらめき舞い散る光刃の破片が一斉に瞬の方を向いた。
「さ、逃げられるかな?」
「!?」
ごく至近距離から放たれる寸前の光刃の破片に対して、瞬は思わず目を見開く。が、流石に反射神経等の身体的なスペックであれば圧倒的に瞬が優位だ。故に彼は普通の魔術師であれば回避不可能な距離での攻撃に、<<雷炎武>>を使用して距離を取って回避する。
「そう来ると思ったよ」
自身の光刃による追撃を回避する瞬に、ルークはしかしどこか鼻白む。ここまでは、彼の想定内だった。というわけで、次の瞬間だ。どういうわけか瞬が驚愕に包まれる事となる。
「なん……だ?」
今まで満ち溢れていた力が僅かだが抜けたような感覚がある。着地と同時にそんな違和感を感じた瞬であるが、次の一歩を蹴った所でそれが如実に結果として現れた。
「土の力を場に溢れさせたのさ……まぁ、これは君が悪いというよりも私が世話役になっていたという一点が優位に働いたかな」
「なに?」
どういう事だ。先日までと同じく世話役として魔術についてを語ると同じ口調で語るルークに、瞬が驚いた様子で問いかける。これに、ルークはそのまま続けてくれた。
「その<<雷炎武>>には明白な弱点があってね。本当は、水で満たした方が良いんだろうが……そうすると私にも不利そうだったからね」
「水?」
「そうさ。その<<雷炎武>>。炎と雷は両方とも水属性と相性が悪い。この閉鎖された空間だから出来る事ではあるのだけど……水属性で場を満たしてやれば、こうやって力を効力を弱めてやる事が出来るのさ」
「ぐっ……」
ルークの言葉通り、瞬は若干だが確かにいつもより足取りが重い事を自覚する。が、これにふと彼は笑みを浮かべる。
「……うん? っ!」
『感謝する。おかげで、もう一つ上を使う事が出来るようだ』
「っと! これは失策だったかな!?」
瞬が使ったのは<<雷炎武>>の中でも禁じ手たる禁式。が、効力が低減されてしまった結果、身体への負担も低減され結果的にこれを使える様になったのである。というわけで、一転して今度は瞬が攻勢に出る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




