第2477話 魔術の王国 ――展覧会――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、数年後の交換留学を見据えた体験留学を受けていたカイト達。そんな彼らであるが、最後の金曜日も終わり放課後に入っていた。
というわけなのであるが、カイトは少し早めに金曜日の授業を切り上げて――単に最後の一コマの授業がなかっただけだが――シレーナと共に『サンドラ』の郊外にある全天候型のドーム会場にやってきていた。
「へー……ここが」
「来た事はないの?」
「いや、あるにはあるが昔はこんなドーム型の会場じゃなかった。当時は外に設けられた臨時の会場って感じだったんだよ」
どこか興味深げにドーム型の会場を見るカイトであるが、シレーナの問いかけに三百年前の事を思い出していた。
「三百年前は専門の術者が結界を展開していたが……やはり土壌の関係で有利不利が生まれやすくてな。その点をどうするか、と聞かれた事があったな」
「そうらしいわね……貴方の意見を参考にした、と聞いているわ」
「だろうな……が、オレに持ってこられたプロットだとこんな立派な物じゃなかった」
ドーム型の会場を作ることそのものはカイトが意見を出したらしい。が、それもここまで立派なものではなかったらしく、それもあり殊更興味深げらしかった。
「この真新しさから考えると……ここ十何年かの間に新築したのか? 前の物よりずっとキレイになってるし、三百年経過しているにしちゃあまりに真新しい」
「そうね。私が物心付いた頃に完成してたから……十五年ぐらい、かしら」
どうやらほとんど記憶にはないらしいが、それでも僅かながらに記憶には残っていたらしい。何かを必死で思い出すような様子を見せつつ、シレーナはそう答える。
ちなみに、三百年前からそれだけではなく実際には何回かの改築があったらしい。なのでカイトの知らない全くの別物と化していたのである。というわけで、そんな会場へと二人は歩いていくわけであるが、ドーム型の会場は『展覧会』開幕も近いからかやはりごった返していた。
「案外人が多いもんだな。使い魔でごった返しているかと思った」
「昔は……それこそお父様やお祖父様が生まれるより前には何回かそんな事があったそうね。魔術師であれば使い魔に参加の表明ぐらい代行させれば良いだろう、という事で……」
「今はなくなったのか?」
「何か不正があったらしくて、本人でなければならない規定が出来たそうよ」
「ふーん……」
なにせ参加者も魔術師だ。やろうとすれば使い魔を介して不正を、という事は出来なくもないだろう。当時何があったかカイトにはわからなかったが、本人でなければ登録を不可能にする、というのは不正防止の側面からは正しかった。
というわけで、カイトは『サンドラ』や周辺の都市国家から来た様子の魔術師達に並んで参加登録を行う事にする。と、そんな列に並ぶカイトであるが、そこでふと一つ気になった事があった。
「ん? それなら……教導院の生徒達は来なくて良いのか?」
「ああ、それなら問題はないわ。教導院の生徒が参加する場合は学業の一環としての参加になるから、生徒会が名簿を取りまとめて一括して提出するの。何より、ここに教導院の生徒が集まっちゃうと処理できなくなるから……」
「あー……」
教導院、というとカイトは今回体験授業を受けているサンドラ教導院が出てくるわけであるが、実際にはサンドラ教導院以外にも教導院はいくつもある。
それらの生徒の全員が参加するわけではないが、それらの生徒が一斉に集まれば今以上に人でごった返すだろう。それなら教導院単位で参加者等を取りまとめて貰った方が圧倒的に良かった。
「まぁ、それでも『天覇繚乱祭』よりは随分とマシ……か? どうだろう……」
「『天覇繚乱祭』……噂には聞いてる程度だけど、そこまで人が多かったの?」
「あっちは全世界から人を招いて、更には全世界から人が来る。各国の軍人・要人も揃うしな。予選まで含めれば参加者総数は延べ数千人に登るだろう」
「そ、それはまた凄いわね……」
言うまでもなくシレーナは魔術師だし、この『サンドラ』の住人の大半が魔術師だ。なので滅多な事では『天覇繚乱祭』に参加する事もないし、放送を見る事もない。
一応世界最大の武道大会なので知っているが、という程度に過ぎなかったようだ。故にカイトの言葉に彼女はどこか驚嘆と絶句の入り混じったような顔を浮かべていた。
「まぁ、凄いな」
「でもそれに両方出場するの、貴方達ぐらいな物じゃないかしら」
「多分、そうだろうな」
楽しげなシレーナの指摘に、カイトもまた楽しげに笑う。一応参加した者が居ないわけではないらしいが、それでもかなり稀な存在である事は事実だった。というわけで、カイトは学生専用の窓口へと向かい、そこでシレーナと共に参加手続きを終えておく。
「はい、ありがとうございました。確かにサンドラ教導院の分、確認致しました。後の処理についてはこちらで一括で行います」
「お願いします」
「これで終わりか」
「そうね……はぁ。あー……」
やはり『サンドラ』有数の儀典は生徒会の一年の業務全体でもかなり大規模な業務になるらしく、それが終わったからかシレーナは珍しく気の抜けた様子を見せていた。それぐらいにはこの一ヶ月近く忙しかったようだ。
「あはは……おつかれ。とりあえずこれで後は出て、という所なんだろ?」
「そうね。後は明後日朝から学生の部に出場して、という所ね」
流石に魔術は才能によって優劣が決まりやすい、と言えども努力が無視されるわけではない。そして武道大会のような物ではなく、習得したり開発した魔術を披露する場としている以上、年齢によって参加出来る階級が異なるらしい。無論、カイトも学生の部への参加になっていた。
「それなら後は明後日に備えてゆっくり休め。それもまた選手の役割だからな」
「そうするわ……ああ、付き合ってくれてありがとう。書類が思った以上に多かったから……」
「ああ、良いよ。こっちも唐突に参加する事になって面倒を掛けちまってたからな」
カイト達の参加はかなり土壇場での決定になったわけであるが、その煽りを食ったのが教導院の生徒会だ。というわけで、カイトは大量の書類の荷物持ちや簡単な対応を行うために同行したのである。
丁度時間が空いていた、という事も大きかったし、カイトからしても一度会場を下見しておこうと思った事も大きかった。とはいえ、それもこれで終わりだった。
「ああ、良いわ。別に気にしないでも……あら?」
「ん?」
カイトの返答に一つ笑ったシレーナであったが、唐突に鳴り響いた何かの音楽にカイトと揃って僅かに目を丸くする。とはいえ、発信源はカイトのポケットからしており、カイトには何の音かわかった様子だった。
「すまん。着信だ」
「ああ、良いわ……なにそれ」
「小型の通信機の亜種……という所か」
カイトはシレーナの困惑に答えつつ、少しだけ断りを入れて通信機を起動させる。
「はい」
『ああ、天音様ですか?』
「ええ……貴方は?」
『ユニオンのサンドラ支部の連絡員です』
連絡員。ユニオンの活動において何か所属する冒険者に緊急で連絡を入れる者で、ギルドマスターの役割があるのでカイトは万が一の場合の連絡先に自身の通信機――と言ってもギルドとして保有する物で個人の物ではないが――を登録しておいたのである。
「はぁ……何か?」
『Aの1537案件に対しての連絡となります』
「っ……お伺い致します」
一瞬、カイトの顔が険しくなる。Aの何々、というのは通信が傍受された場合かなりの事態があり得ると判断されるような依頼において使われる符号で、指定された案件はソラとトリンがマクスウェルで準備を進めているカルサイトからの要請に割り振られた符号だった。
『現地の調査員が負傷。現在ユニオン麾下の病院に入院中です』
「っ!? あの人が?」
カルサイトは三百年前の戦乱を生き延び、実績であればランクS級の冒険者にも遅れを取らないような猛者だ。それが緊急で連絡の入るほどの怪我なぞ、カイトからしても到底信じられる事態ではなかった。
「それで容態は?」
『一命は取り留めていますが、しばらくの行動不能を余儀なくされています。それに伴いユニオンは本案件に対する難易度の引き上げを承認。併せて報酬額の引き上げも行われる事に』
「それについては構いません。調査員の容態と怪我を負った経緯の詳細を。彼の腕は私も知っています。それが手傷を負わされるというのはにわかに信じられない」
『……報告によると五体満足ではありますが、コアが一部破損した様子。種族的に大事を取るべきというドクターストップと『敵』の戦闘力が想定を大きく上回った為、合流まで一時的に入院措置となったとの事です』
「そうですか……」
どうやら思った以上に深刻ではないらしい。カルサイトは珠族。胸のコアに傷が入れば致命傷だ。少しかすった程度なら問題はなかったらしいが、今回はその程度でもなかったようだ。
が、同時に致命傷というわけでもなく、更に詳しく聞けば当人としてはピンピンしているとの事であった。というわけで、カイトもそれを聞いて胸を撫で下ろし話を進めてもらう事にする。
「わかりました。それで経緯は?」
『調査中、こちらの動きを察知した『敵』の手の者による強襲を受けた模様。初手でコアに一撃を食らったもののなんとか撤退した、との事。ただ『敵』については完全に姿かたちを隠しており、詳しい事はわからないそうです』
「なるほど……」
どうやら思った以上に厄介な案件になりつつあるらしい。カイトはカルサイトが支援を要請した時点で察してはいたものの、それ以上だと判断する。
「わかりました。当案件については引き続きこちら主導で動きます」
『……大丈夫ですか?』
「ユニオンマスターからの許諾と直轄部隊の指揮権はあります。続行可能です」
直轄部隊というのは先にカイトがソラに述べていた支援部隊の事だ。ユニオンの直轄というかユニオンマスターの直轄になるので直轄部隊とも呼ばれる事があった。
そして今回の部隊はカイトの旧知の仲の者も少なくなく、戦力としては十分に応対可能だった。無論、この連絡員がそれを聞いているのではない事ぐらいわかっていたが、カイトは敢えてこの返答としていた。
『……わかりました。では本部には続行と報告しておきます』
「お願いします……ああ、そうだ。こちらからの増援に回復薬を持たせます。追って、搬送先の病院の情報をお願いします」
『わかりました』
カイトの要請にサンドラ支部の連絡員は一つ頷いた。そうしてそれを受けて、カイトも通信を終わらせる。
「ふぅ……悪い。ちょっとユニオンからの連絡だった」
「かなり険しい顔だったけど……何かあったの?」
「ちょっと面倒な案件でな……裏が関わる案件で現地の調査員が手傷を負わされたらしい。相当な腕利きなんだが……」
不意を打たれた、と言ってしまえばそれまでであるが、それでもカルサイトに撤退させるような相手だ。油断出来るわけがなかった。というわけで険しい顔のカイトへ、シレーナが問いかける。
「……いや、今は良いか。喫茶店、オレも同行して良いか?」
「戻らなくて良いの?」
「今戻った所で一緒だ……ギルドホームの方で対応してる奴が居るんだが、今の時間だと流石に寝てるかもしれん。少し考える時間がある」
どうしても時差が存在している為、ソラもトリンも寝ている可能性は高かった。それに何より最終的に指示を出すのはカイトだ。今すぐ連絡するのではなく、対応をしっかり練った上でどうするべきか指示を与えるのが彼の仕事だった。というわけで、彼は一旦思考をまとめるべく喫茶店に立ち寄ってしばらくの時間を費やす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




