第2475話 魔術の王国 ――休日――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、数年先に見込まれる交換留学に向けた体験授業を受ける事になっていたカイト率いる冒険部。そんな中、カイトは裏で動いていた『賢人会議』の暗躍を受け最高評議会のエデクスとの裏取引を行う事となっていた。
そうして、裏取引からしばらく。シレーナのフォローを終えてティナとの作戦会議を終えた後。カイトは敢えて瞬にはルークが『賢人会議』の今代のリーダーである事を告げず、とりあえずの手打ちが終わった事を告げるに留まっていた。
「という感じになった」
「なんだ。結局手打ちになったのか」
「そりゃな。先輩だってああも大々的に動かれちゃ、裏に統治機構に属する何かしらに影響を与えられる者が居るぐらいはわかるだろう?」
どこか拍子抜けしたような瞬に向けて、カイトは最初からわかりきっていた事と改めて明言する。無論、これに瞬も理解を示す。
「それはな。が、案外すんなり行ったもんだと思ってな。ということは、これで後は授業を受けるだけなのか」
「ああ、いや……まだ最高評議会とウチとの間で手打ちの算段が付いた、ってだけだ。だから『賢人会議』との間で手打ちが出来たってわけじゃない」
「……それは意味のある物なのか?」
なにせ当事者をすっ飛ばしての手打ちだ。確かに最終的には外交問題に発展するので最高評議会が動かざるを得ないわけであるが、それを『賢人会議』がどこまで把握しているのやら、というのが瞬の素直な感想だった。無論、それはカイトもわかっていた。
「意味はあるさ。最高評議会と手打ちした、ってことはもし襲撃があってもこっちが有利に立てる。なにせ相手が警察を抑えようがなんだろうが、こっちはその警察や政府機関を統率する最高評議会を抑えているんだ。勝ち目なんてどこにもない。彼ら以上が無いんだからな」
「あ、そうか……確かに何かがあっても気兼ねなく暴れられるのか」
「そういう事だな。向こうも外交問題にしない、って言ってる……てか本来はこっちが外交問題にするはずなのを外交問題にしない代わりに、って話だ。向こうとしても何かするのなら文句は言わないってわけだ」
瞬の理解にカイトは笑って頷いた。とはいえ、それとこれとは話が別。実際に来るかどうかは不鮮明だし、そもそも瞬らが巻き込まれるかどうかも未知数だった。
「とはいえ、だ。おそらく先輩らが襲われる事はあまりないだろう。襲われた所で狙うべき物も無い」
「利益がない、か」
「そういうことだな……それ以外にも狙われた所でオレ達に通用するほどでもない。後はま、なるようになれで」
「そうか」
カイトの言葉に瞬は一つ頷いた。と、そんな彼にカイトが一つの巻物を手渡す。
「これは?」
「『解放の巻物』だ」
「何なんだ、それは」
『解放の巻物』なる巻物を受け取りながら、瞬は不思議そうに首を傾げる。巻物は蜜蝋で封のされたA4用紙より一回りほど大きい物だ。よくファンタジー物で表現される巻物に近いサイズ感で、重さはほとんどなかった。
「『サンドラ』が発行している物で、入国時に宣誓した武器の使用制限を解除する物だ。万が一の場合にはそれを使えば、槍やらが使えるようになる」
「そんなものがあるのか」
「こういった事態の場合に対応出来る様にする為にな。主には警察機関に協力する者に渡されるものだが……今回は特例的に貰った」
「そうか……適用範囲は俺だけか?」
「いや、先輩以外にも一緒にいる面子も対応可能だ。万が一の場合にはそれを使え」
瞬の問いかけに対して、カイトは更にその使用方法等を語っていく。そうして一通り瞬が使い方を理解した所で、彼は一つ頷いた。
「よし。こんなものかな……が、これはあくまでも対『賢人会議』向けで渡された物だ。安易にひけらかすなよ」
「わかっている……俺だけが持っているのか?」
「いや、後はルーファウスにも渡した。事情の説明が若干手間だったが……必要だったから仕方がない」
「そうか……なら、なるべく別行動にならない様に気を付けよう」
自身かルーファウスしか持っていないというのだ。なら何かがあっても良い様に気をつける必要がありそうだった。そんな彼に、カイトは一転して少しだけ気軽に笑う。
「学外ではな。教導院の中だと気をつける必要はない。学内で結界を展開しちまえば即座にバレる」
「そうか……まぁ、たしかに魔術を教えている学校か。それで学内で展開された結界に気付けませんでした、は割と沽券に関わるか」
言われてみれば確かに。そう理解した瞬はカイトの言葉に少しだけ肩の力を抜く。というわけで、それからしばらくの間二人はそこから一週間についての話を行う事にするのだった。
さて瞬へと情報共有を行ったカイトであるが、そんな彼はその後再び天桜学園や冒険部で使用する魔道具の調達に出向き、教本と成り得る書物の調達に出向き、として過ごす事になる。
「……また見境なくやったな」
「遠慮はした」
呆れ返るカイトに対して、ティナは何か問題が、とばかりにふんぞり返る。そんな彼女の周囲には木を隠すには森と隠れ潜んでいた魔導書が浮かんでおり、見境なくやった様子が見て取れた。そんな魔導書達を見ながら、ティナは告げる。
「まぁ、行きがけの駄賃……という所かのう。無論、余としてもこちらに来たいと言わぬ魔導書は選んでおらぬよ。あくまでも新天地での出会いを期する書はおるか、と聞いた程度じゃ」
「聞けるお前が凄いんだが……まぁ、お前がやらんでも誰かがやったら引っかかった可能性はあるか」
「うむ。それに変にここで埋もれておるのもこやつらにとって損じゃ。それならいっそ一度別の所に移動させた方がどちらにとっても良い」
「それもそうか」
この何十万何百万冊の本の中から一冊の魔導書を探し出せるのはもはや運命と言うしかない。正真正銘相性の良い魔導書と主人であればそれもあり得るが、そういったものは中々現れない。
なので魔導書側がここでは無理と悟って別の所へ行く事は少なくなく、ティナの呼びかけに答えたとしても不思議はなかった。というわけで、カイトもそういうものと受け入れる事にして改めて魔導書の数々に目を走らせる。
「……また随分眠ってたもんだな」
「そうじゃのう……本来はある程度の期間が経過すれば外に出してやるのが良いのじゃろうが……この書店の作りの悪さというべきかもしれん。その点、開祖マグナスの言い付けを守れておらんと言えよう」
「開祖マグナスの言い付け……魔導書が主人選びし時というやつか」
「そうじゃな……この書店ではそれは難しかろうて」
どこか苦笑する様に、ティナはカイトの問いかけに頷きつつこの書店に張り巡らされている魔術の数々を視る。そのどれもが盗難を防止する為の物だが、これが裏返って魔導書が動けなくもなってしまっていた。
「それは仕方がないだろう……盗難防止は店側の義務にも等しいからな」
「わーっとるよ……それに何より、これらは書店の奥深くにあってもう百年以上も眠っておったような物ばかりじゃ。そこらはしっかり見極めた上でやっとるよ」
どうやらティナとしてもしっかり魔術界全体の事を鑑みた上で動いているらしい。というわけで、カイトは魔術に関してであれば彼女の方が圧倒的に上である事もあり彼女の好きにしてもらう事にする。
「まぁ、それならそれで良いだろう……何か良い魔導書はあったか?」
「ん、そうじゃのう。失われたと思うておったような魔導書も数冊見付かった。これは『サンドラ』側の手落ちじゃのう……御老公方に時折見に来る様に言うた方が良いやもしれん」
「そうか……」
確かに相当に古い魔導書もあるみたいだ。カイトはティナの周囲に浮かぶ魔導書を見ながら、なるほどと納得する。これについてはエデクスに後で告げるぐらいで良いだろう。そう彼は判断する。というわけで、彼は改めて今見ておくべき事を確認しておく。
「……教本も比較的古いのやら一杯集まったな。こんなもんか?」
「そんなもんじゃのう……ま、これ以上は何もなかろう。後は適時個々人が必要な教本を探す事で良いじゃろう」
「あいよ」
流石に教本も百冊超あれば十分だし、あまり多いと今度は保管する場所に困る事になる。なので教本探しはこれで良いだろう、と切り上げる事にしたようだ。そうして、それからしばらくは個々に使う教本を探すのを二人は手伝う事になるのだった。
さて更に教本を探し求めた後。今度はカイトは魔術で使う素材集めの手伝いに奔走する事になるのであるが、基本彼のやる事は灯里の手伝いだった。
「んー……ねぇ、カイト。錬金術の限界ってどんなもんなの?」
「錬金術の限界? そりゃ、術者当人の限界だろ」
「ああ、違う違う。そういう事じゃなく……錬金術で錬成出来る素材の限界よ。例えば何十の素材を合成出来ない、とかそんなもん」
「ああ、そっち」
灯里の問いかけにカイトは少しだけ過去の記憶を取り戻し、その上で限界はどうなるだろうかと推測する。ちなみに、カイトと灯里の錬金術のやり方は似通っている。これは二人の基本ベースに地球の科学知識があるからだ。
なお、これは灯里がカイトに似ているのではなく、カイトが灯里に似ていると言える。カイトの地球の科学知識は灯里の指導が大きいからだ。結果として彼の錬金術は灯里の錬金術に似てしまうのである。
「まぁ、基本は科学的、化学的に安定しているという所で良いだろう。錬金術で合成した所で、合成後は術者の手が離れる。だから核分裂性物質を錬成したとて、その後に待つのは核分裂だ」
「それはティナちゃんから聞いたわね。核物質は作るなって……まぁ、ウランだのラジウムだのなんて錬成したくもないから作った事ないけど」
空気中の水素や窒素を利用して核融合をも可能にしてしまった灯里だ。彼女であれば原子核を融合していく事で核物質を作り出す事も不可能ではなかった。
「それが良いだろう。核物質は高効率な燃料になれるが……流石にエネフィアでは使い勝手が悪い。エネルギー供給の側面であれば、灯里さんなら縮退炉もあるしな。そっちにシフトした方が良い」
「核分裂炉と核融合炉すっ飛ばして縮退炉の研究をやろうって発想、ぶっ飛んでるわねー」
「その縮退炉の試作品作っちまった当人が言うな」
「まー、そうなんだけどねー」
カイトの指摘に灯里はどこか呆れる様に肩を竦める。無論、さすがの彼女もティナも縮退炉を発電機として使うのはまだ危険すぎると判断し、量産は見送っている。なので研究はまだまだこれからだった。と、そんな二人であったが一転して気を取り直す。
「ま、そりゃどうでも良い。兎にも角にも錬金術の限界はその物質が安定するか否かという所になる」
「じゃあ一つ質問なんだけどさ。錬成した素材に別に……錬成陣とか組み込んじゃって、錬成した状態を維持するとか出来ないの?」
「ふむ……面白い発想だな……」
どうだろうか。カイトは灯里の問いかけに技術的に可能かどうかを思案する。というわけで、しばらくの後に彼は自身の考えを語る。
「これはあくまでも最後はティナに聞いた方が良いだろうが……おそらく魔導炉と組み合わせれば可能だろう。可能だろうが、魔導炉が電源喪失状態に陥った段階で連鎖的に崩壊する。その点をどうするか、等を考えないと駄目だろうな」
「……やっぱりそうなるかー……」
どうやらカイトの推測は灯里自身の推測と同じだったらしい。とはいえ、そうなると後はティナに聞いてみて、という所しかなくなった。
「りょーかい。それならティナちゃんに聞いてみるわ」
「そうしてくれ。流石に魔導炉になるとあいつの専門だ。どうすれば良いだろうか、という所はあいつの方が詳しいだろう」
「んー」
カイトの返答に灯里は一つ頷く。そうして、この日はそのままカイトは灯里と共に錬金術の素材を見て回る事に終始する事になるのだった。
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