第2473話 魔術の王国 ――再び日常へ――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、体験授業を受ける事になっていたカイト。そんな体験授業も折返しとなる土日に差し掛かり、時間が出来た事で魔道具等の時間の掛かる物の視察を行う事になったわけであるが、その傍らでカイトはティナと共に『サンドラ』を取り仕切る評議会のごく一部。
最高評議会と呼ばれる『サンドラ』でも有数の魔術師の一人に名を連ねるエデクスとの間で会食を得て、マグナス六賢人の子孫が興した『賢人会議』の処遇を話し合う事になっていた。そうして、会食から明けて一日。翌日も日曜日で休日となっていたわけであるが、カイトは生徒会室にシレーナを呼び出していた。
「はぁ……」
「そんなため息を吐かないでくれよ」
「吐かないで、って言われても……」
「皆そんな態度になるんだよなぁ……」
どう接すれば良いかわからない。シレーナのそんな様子に、カイトはいつも通り困った様に笑うだけだ。が、これは相手からしてみれば当然としか言い得ないわけで、シレーナもそう言うしかなかった。
「仕方がない……です? だってまさか貴方が伝説の勇者だったなんて……」
「そうは言われてもな。こっちだって伝説になりたくてなったわけじゃないし」
「まぁ……そうなんでしょうけど」
元々カイトが地球に戻った裏事情はエネフィアの誰しもが常識として知っている事だ。なのでシレーナはそれを理解していればこそ、なんとも言えない表情で同意するしか出来なかった。そんな彼女にカイトは告げる。
「ま、わかっていると思うがあれは政治的な場だ。表立って変な反応はしない様に頼む」
「うん……出来る限りは、だけど」
なんだかんだシレーナも年相応の所は多い。なのでカイトの指示にどこかやりにくそうに頷くしか出来なかった。とはいえ、彼女もまた高い地位にある家の子弟なればこそ、切り替える方法は身に着けていた。
「……まぁ、それはそれとして。貴方はこれからどうするの?」
「どうするもこうするもない。表向きの立場は今もある……特に現状だと各国に足を引っ張られるのが嫌だから、しばらくはこのまま学生の身分でも謳歌するさ」
足を引っ張られたくない、か。シレーナはカイトの戦士としての力量の一端に触れればこそ、彼が戦士として動けなくなる不利益を僅かながらでも理解していた。
「厄介な話なのね、勇者にして公爵というのも」
「あはは……わからいではなくなっちまったのが、悲しい所だ。昔は考えなしで動けたんだが……はぁ。オレ以外に奴らと単独で互角以上に戦えるのはクオンしかいない。それだって一人が限界。向こうが攻勢に回った瞬間、その後は見えてる。ま、誰もが見えてるから助けてくれ、って話になるんだがね」
三百年前のなぞり書き。カイトはどこか困ったような顔でそれを指摘する。事実、三百年前はカイトを筆頭にしたルクス、バランタインの三人が居てようやく当時の魔王軍と互角に戦えたのだ。
後ろ二人を欠いてしまった今、そしてかつてティステニアさえ操ってみせた更に上の存在が見えてしまった今、戦士としてのカイトを欠いてしまうと敗北も十分に有り得てしまった。
「そういえば……そんな強かったの、彼らって」
「強いか弱いかで言えば強い。というより、強すぎる……わかりきった話だろ? 四人の魔将に八人の大将軍。十二人の軍団長……その二十四人の幹部たちは別格だった。単騎で一国に匹敵する武力を持つワンマンアーミー。軍団長なら抑えきれるが、大将軍クラス以上になればまぁもうユニオンのエース達でないと無理だ」
「<<死魔将>>になれば、何をか言わんやというわけね……」
「そうだ。オレ以外はティナ、クオンだけだろう。その時点でこちらの一手負けだ。オレが二人分抑えるしか無い。その上でもし更に上が居たら? な? オレを欠いた時点で負けなのさ」
相変わらずぶっ飛んでいるとしか言いようがないが、それが事実だ。シレーナはエネフィアの民だからこそ、昔からカイト達の物語を寝物語として聞かされていればこそ、これだけは否が応でも理解していた。
「……結局、どうあがいても貴方を頼りにするしかないのね。表に出ようと出まいと」
「なにせ勇者ですので。ま、昔から慣れてるし、その代わりやりたい放題はやらせてもらってるさ」
誰よりも辛い立場にあるはずのカイトであるが、彼はそんな事を微塵も感じさせない笑みで笑う。そんな彼の様子にシレーナもなんとなくであるが、彼の根っこは今まで見えていた部分とさほど変わらないのだろう、と理解する。
「そう……まぁ、それなら良いわ。私も貴方の足を引っ張らない様に出来る限りをするから」
「そう。それで十分」
少しだけ気負うような様子があるシレーナの返答に対して、カイトは一つ笑って頷いた。というわけで口止めとフォローを行ったカイトであるが、そろそろお暇しようかという所でシレーナが一つ彼へと相談を持ちかける。
「そういえば……ルークはどうすれば良いの?」
「ん? ああ、ルークか。あいつなら別に放置で良いだろう。裏に誰が潜んでるか、というのは気になるが……」
「裏……そういえば昨日エデクス様もそう仰られていたわね。なにか心当たりとかは無いの?」
「無いよ……が、相当昔の時点で接触していたみたいだな。何が目的なのやら、という所だが……」
いっそ直接本人に聞いてみても良いかもしれない。カイトはそんな事を口にする。が、これにシレーナは信じられないとばかりに目を見開く。
「本気?」
「半分本気の半分冗談……もし本当にあいつの動きをコントロールするつもりなら、こんな見えた動きはさせないはずだ。であれば、可能性は二つ。この動きがその裏に潜む奴らの意図に沿う物か、裏に潜む奴らは自分達の介在がもうバレても良いと考えているかのどちらかだ。前者なら裏を更に探っていかないといけないが、後者ならもう相手は何も気にしていない事になる」
「な、なるほど……」
言われてみれば裏に潜む意思の介在を理解できるのだ。そしてルークがどういう立場かはわからないものの、それがバレるような動きを見せている以上必ずそこには何かしらの裏に潜む者たちの意思や意図が見えるはずなのである。それを鑑みれば、ルークに直接聞いてみるのも手といえば手なのかもしれなかった。とはいえ、これについてカイトは一つシレーナに言い含める。
「ま、これについてはこっちで考えてこっちで動く。エデクス殿からもそう許可を頂いているしな」
「つまり私は何もするな、と」
「というより、おそらくもうルークもこっちが動いた事は察しているだろう。なんでシレーナが変な動きを見せても特に気にしないだろう。よしんばそれで開き直って平然と認めて語るなら、オレを呼んでくれ。聞きたい事はいくつかある」
「あいつの事だから有り得そうでなんとも言えないわね……」
あのルークだ。聞いてもいないのに自らバラす可能性さえ多いに有り得そうだった。それをカイト以上に理解していればこそ、シレーナはただただ呆れる様にため息を吐くしかなかった。
「あはは……ルークの動きについてはもしかするとシレーナの方がよくわかっているかもしれないな。それについては本当に放置で良い。もちろん、自身の身の危険が及ばない程度でだが」
「そうさせて貰うわ」
こうなってはルークの動きを考える意味はなさそうだし、最高評議会の指示は何もするな、だ。であればシレーナはもう考える事を放棄してそれに従う事にするだけであった。というわけで完全に考える事を放棄した彼女であるが、別にそれはこれに関してであって他に考えなければならない事は山程あった。
「で、それならそれは良いわ。次。監視役……というかお目付け役の件だけど。あれ、大丈夫なの?」
「ん? ああ、お目付け役の件か。何が?」
「いえ……普通お目付け役ってもっと年上の人になると思うんだけど」
「いや、無理だろ。お目付け役として適任っぽそうな人って大半……ねぇ、って感じだし。元構成員にお目付け役は頼めんでしょ。なら、ルークの抑え役にもなれるシレーナの方が良いって塩梅だ」
「……そんな至る所に居たのね……」
どうやら自分が知らされていなかっただけで、『賢人会議』は相当な加盟者の居る組織だったらしい。シレーナはカイトの反応からそれを理解する。というわけで、彼女はかなりショックを受けた様子で呟いた。
「はぁ……この調子だとウチの生徒会の中にも居るのかしら」
「さてなぁ……まぁ、居ないっぽいとは思うが。あくまでもぽいだがな」
「どうしてそう思うの?」
「何も知らなきゃ嘘吐かなくて良いから。もし知らされるにしても、シレーナが卒業か引退後になるんだろう」
「あー……」
納得。シレーナの専門分野は精霊魔術。その傍には常に精霊達が常駐している。そして精霊達は嘘にはかなり敏感だ。知らぬ存ぜぬを通すにも相応の対抗策が必要だった。
その点彼女の兄やルークらはそれぞれ対抗策を持っていたし、そもそも彼らはシレーナより上の魔術師だ。精霊達が察知出来ずとも無理はなかったが、下級生や同級生であればかなり厳しい物があった。
実際、全てが終わった後にレーツェルがシレーナに語った所によると、もし今回の一件がなければそういう予定を立てていたそうである。
「で、その上で逗留の場所だが……良い所を用意するから、そこについては期待しておいてくれ。あ、留学についてはかなり特例的に早めになるから、そこの所も要注意な」
「早め……生徒会引退後とか?」
「ご明察」
「本当に早いわね……」
おそらくここまで早いのは中々に無いんじゃないか。シレーナはカイトからの返答にそう思う。と、そんな事を言われたシレーナであるが、どこか呆れた様子で呟いた。
「はぁ……まさか貴方達を偶然招いただけでこんな事になるなんて。ルークも考えてなかったでしょうね」
「……」
「……どうしたの?」
自身の呟きで何かに気が付いた様に目を見開いたカイトに、シレーナは困惑する様に問いかける。これにカイトはようやく合点がいったとばかりに深くため息を吐いた。
「そうか、そういう事か……それなら筋が通る。それだとすると……そうか。ルークの目的はそれか。いや、裏の意図か……?」
「あのー……」
「ん? ああ、すまん。今の言葉でちょっとした思い違いに気付いてな」
「思い違い?」
「んー……まぁ、簡単だ。おそらくルークは最初からオレ達の正体に気付いた上で招いてたって話」
「は?」
信じられない。カイトから語られたルークの思惑に、シレーナは思わず目を見開く。そしてそう言われて、シレーナはこう言うしかなかった。
「ということは……ルークは最初から『賢人会議』を潰すつもりだったわけ?」
「だろう。これが裏の奴らの意図か、それともルークの希望かはわからんがな。少なくとも『賢人会議』を潰す目的でルークは動いていた。あ、そうか。そうだよな。そうでないとおかしいもんな……」
あはは。カイトは更に何かに勘付いた様に楽しげに笑う。そうして、それから少しの間シレーナはカイトの推測を聞く事になり、それと共に驚きを得る事になるのだった。
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