第2471話 魔術の王国 ――裏取引――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、体験授業を受けていたカイト率いる冒険部一同。そんな彼らに起きた黒衣の集団による襲撃を受け、『サンドラ』の最高評議会は外交問題に発展する前に裏取引による政治的な決着をカイトへと打診する。
もとより外交問題は望んでいなかったのでこれを受諾したカイトは『サンドラ』に強いつながりを持つティナ、表向きの仲介役として呼ばれたらしいシレーナと共に、最高評議会の中でも古株であるエデクスとの会食を開始していた。
「ふむ……確かにそういう事であれば一室用立てるのはやぶさかではありません。ティナ、お前はどうだ?」
「無論、断る道理なぞどこにもない。メルリアほどの魔術師を研究者として迎え入れるのであれば、余は諸手を挙げて賛同を示そう」
「そうですか……感謝します」
カイトとティナの受け入れに対して、エデクスは一つ頭を下げる。どうやらなのであるが、メルリアがこの場に案内役として呼ばれていたのは彼女の事もついでなので話したい、という彼の意向があったようだ。
「と、いう事であるが……メルリア。お主はどうだ?」
「謹んで、お受け致します」
師のエデクスの言葉に対して、メルリアはどこか安堵する様に受諾の意向を示す。言うまでもない事であるが、今回の申し出は元々メルリアも承諾済みで話がされていた。唐突に、というわけではなくどちらかといえば形ばかりだが、という意味合いが強かった。
「うむ……さて、これはこれで良かろう」
「ええ」
ひとしきり食べもし飲みもし、としながら話はした。そしてこれについてはおおよそ本題に入る前の話題に過ぎなかった。というわけで、会食も開始されて十数分。メルリアをマクダウェル公爵家として雇い入れる話を終わらせた両者は本題に入る事に暗に同意。エデクスが切り出す。
「では、本題に入ろうかのう。御身らを襲った集団……『賢人会議』の事じゃ」
「『賢人会議』……それが彼らの名と」
「うむ。興りはおよそ二百と数十年前……丁度御身らが帰られた後の事か。と言っても、数十年のタイムラグはあるのであるが」
それで自分達も知らなかったのか。カイトは丁度自分達が帰った後に出来た組織である事を理解する。
というわけで、そんな彼がエデクスに問いかける。
「昔から、今の様にどこかに襲撃を仕掛ける組織だったのですか?」
「いや、違う……というより、組織立って行動したのは今回が初の事態であろうな」
「「ほぅ……」」
これは興味深い。そんな様子でカイトとティナはわずかに片眉を上げる。とはいえ、それなら筋が通りもした。
「では元々組織として連携が取れていたわけではない、と」
「うむ……元はと言えばこうやって暗躍する者たちが若干内輪揉めにも近い事を起こし始めてのう。それを抑止する為にマグナス六賢人の末裔らが興したのが、『賢人会議』というわけよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! マグナス六賢人の末裔!?」
どうやら流石に自分達の祖先が興した組織だと言われては、今まで混乱ながらもなんとか押し黙っていたシレーナも声を上げるしかなかったようだ。仰天した様子で思わず、という塩梅であった。これに、エデクスははっきりと頷く。
「うむ……かつてはレーツェルも入っておったし、今であればゲンマがヘクセレイ家として統率しておるな」
「そんな……」
言葉を失うしかない。そんな様子でシレーナが椅子に力なく腰を落とす。まぁ、いきなり襲ったのが自分の兄達で、その組織には父達も参加していたと言われればそうもなるだろう。とはいえ、カイト達からしてみればそんな所だろうと思っていたわけで、特に驚くに値しなかった。
「まぁ、それについてはそれで良いでしょう。あの魔術師達の手腕を見れば別に驚くべくもない」
「わかっていたの?」
「そりゃ、警察機関等に影響を与えられるとなるとどこが裏に居るかなんてわかった話だろ? なら評議会かマグナス六賢人か、という所だが……組織であればマグナス六賢人に分がある。リーダーがルークである事を考えれば、これが妥当だろう。オレがバトったのは……んー……」
「あれはラオム家の次男坊よ」
「ロルフが?」
「うむ……おぉ、そうか。そういえばロルフとは馴染みであったか」
再度の驚愕に包まれるシレーナに、エデクスは笑いながらそういえば、と思い出したかの様に頷いていた。ロルフというのはゲンマの頃の生徒会役員で、シレーナとも馴染みの一人であった。
「そうだ……そういえばロルフの専門は次元と空間に作用する魔術……姉さんとよく話をしてたもの……転移術や次元歪曲などが出来ても不思議じゃない……」
どうやら言われれみれば、先にカイトがルークと戦う前に戦った幹部がロルフなる人物の戦い方と酷似していた事を思い出したらしい。シレーナは驚き、困惑ながらも妙な納得を感じている様子だった。と、そんな彼女は改めて考え直し、ぎょっとなった。
「……ちょっと待って。リーダーがルーク?」
「ああ。あのリーダー格はルークだ」
「え……じゃあ、何……? 彼は自分で仕掛けておいてさも何も知りません、という感じで『神の書』の講義を受けてたわけ……?」
「ああ……その点にかけては役者顔負けだったな」
くすくすくす。楽しげに笑いながら、カイトはわずかに怒りを感じている様子のシレーナの問いかけを認め、頷いた。そんな彼に、シレーナが今度は問いかける。
「待って……ってことは貴方もそれがわかっていながら、普通に話してたわけ?」
「んー……そこは微妙かな。たーぶんルークだろうなー、ってのは思ってたが、確証したのはエデクス殿が裏取引を持ちかけた所でかな」
「裏取引?」
「ここ」
シレーナの疑問に対して、カイトはこの場が裏取引の場である事を事も無げに明かす。これにシレーナは幾度目かの驚愕を得る事になった。
「え?」
「ふぉふぉ……シレーナ。すまぬとは思うが、兄らの後始末をしてもらう事になる。ま、これについてはレーツェルも承諾済みという所であろう。メルリア」
「は……」
エデクスの指示を受けたメルリアが杖を振るうと、一部空間に穴が空いたかの様に半透明の膜が浮かび上がる。そうしてそこにレーツェルが浮かび上がった。
『老公エデクス。この度はご配慮頂き、感謝致します』
「別に構わぬよ。お主の子やルークは失われるには惜しい腕故にな」
『ありがたきお言葉』
どうやら最初から承諾済みというのは事実だったらしい。しかもこの様子であれば連絡が入る事さえ前々からわかっていた様子だった。それをシレーナは理解する。故に若干信じられない、という様子で彼女が父へと問いかけた。
「お父様……ご存知だったのですか?」
『ふむ……それについてはエデクス公より聞いたかと思ったが』
「語ったよ。ただ信じられぬというだけでな」
『であれば、それが事実だ。まぁ、お前には知らせなかったのは意図的だし、困惑も無理はないとは思う』
シレーナは精霊魔術の使い手だ。悪いと思う事は基本的には出来ない性質だし、してしまったら精霊達が如実に反応してしまう事も少なくない。というわけで、やはり意図的に教えていなかったようだ。そうして、レーツェルがシレーナへと告げる。
『それで、お前に命ずるのはルークの見張り役……という所か』
「見張り役?」
『ああ……詳しくは、そちらで説明があるだろう。が、お前が同席しているのはそういうわけだと思え』
「は、はぁ……」
やはり当主としてどこか有無を言わせぬ様子を見せるレーツェルに、シレーナは唯々諾々と従うしかなかった。というわけで、更に幾らかレーツェルがエデクスとやり取りを行いおおよそはエデクスの采配に従う旨をレーツェルが明言し、通話は終わりとなる。
「……というわけよ。基本、六賢人の末裔達は儂の采配に従うと明言しておる。無論、これは他の六賢人も同意しておる」
「話が早くて助かります……それで、ルーク当人は?」
「さてのう……あれが何を考えているのかはわからん。が、どうやらこちらの動きを察知したようだ。組織の解体に向け、すでに動いておるとの事」
「ほぅ……」
一応、こちらは監視等を把握した上で、バレない様に動いている。にも関わらず先手を打って組織解体に向け動けているのであれば、相当強固な情報網を持っていると考えられた。故に見せる感心の顔に、エデクスは告げる。
「これが儂ら最高評議会もよくわからぬのであるが……あれがどこから情報を得ているのか。あの『神の書』はどこから手に入れたのか。その二点はわかっておらぬ」
「ふむ……最高評議会でも掴んでいないと」
「恥ずかしながらのう……数年前まであれが有するのが『神の書』ともわからんかった」
少しだけ楽しげに、エデクスは現状ほとんどルークについてわかっていないと明言する。これにカイトも楽しげだった。
「そうですか……まぁ、それについては良いでしょう。あの様子だ。多分、あと一回どこかでルークが仕掛けてくる。それに対処してくだされば、こちらは問題ありませんよ」
「受けるおつもりか?」
「ええ……そこで何が目的で、裏がどうなっているか。わかる物もあるでしょう」
エデクスの問いかけにカイトははっきりと頷いた。が、これに解せないのはシレーナだった。
「待ってください……あと一回仕掛けてくる? もうバレているのもわかっているのに?」
「ああ……何が目的か、なんてわからないがやる気はあるだろう。と言ってもなんとなく、ではあるが……そんな様子があった。様子見や鞘当、って感じのな」
シレーナの問いかけにエデクスではなくカイトが答える。これはあくまでも彼の所感で、ルークから聞いたわけでもない。というより、昨日の段階ではまだルークと確定させていたわけではないのだ。聞けるわけもなかった。
「多分、次は本気で『神』を召喚してくるだろう。となると、どこでどうやって仕掛けてくるか、だが……」
「おそらくこの会合も読んだ上で、お主がそう言うじゃろうというのを読んだ上で動いておるじゃろ。御老公が興味を見せるのも読んだ上でのう」
「ふぉふぉ……うむ。おそらくここらは読んだ上で動こう……であれば、どうするつもりか。最終的な目的はわからずとも、近視的な目的は見えましょう」
カイトの言葉に続けたティナの言葉に、エデクスが述べる。そうして、それからしばらくの間はルークの目的が何か、等の本題を話題の重大さと反して終始どこかほのぼのとした様子で話し合う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




