第2470話 魔術の王国 ――会食――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、数年後の交換留学を見据えた体験授業に参加する事になったカイト率いる冒険部一同。そんな彼らは今後の活動に有益な教本やら魔道具やらを探し求めながら、日々を過ごしていた。
そんな最中。四日目にカイト達を襲撃した黒衣の集団に関する事で最高評議会の魔術師であるエデクスという人物から裏取引の要請を受けたカイトはそれを受諾。
会食に向かう事になるのだが、迎えの自動車の中に居たのは生徒会長のシレーナだった。というわけで、彼女と共に会食の場へ向かったカイトとティナは特に問題もなく会食の場へと到着していた。
「さて……今回の会食の場はどのような形で整えられておるかのう」
「さてなぁ……」
今更言うまでもない事であるが、カイトとティナにとってエデクスら最高評議会の中でも御老公と呼ばれる者たちとの会合は初めてではない。なのでこの会合がどのような場として設けられるのか、というのはおおよその推察が出来た。が、それ故にこそどのような場を設けるのだろうか、とわからなかったようだ。と、そんな彼らの前に先にカイトに接触した女性魔術師が現れた。
「お待ちしておりました……シレーナも一緒ですね」
「出迎え、ありがとうございます」
「いえ……では、こちらへ。会食の会場へご案内致します」
シレーナの言葉に小さく会釈した女性魔術師であるが、彼女が振り向くと同時に彼女の前の空間が裂けて別の空間へと接続される。これは彼女の魔術だった。これにティナが楽しげに笑う。
「ほぅ……簡易じゃが『転移門』か。お主、見掛けに依らず相当な腕を持っとるのう」
「お褒めに預かり光栄です……まだ規模はこの程度ですが」
「まだと言えるのであれば、十分じゃろうて」
「ありがとうございます」
何度か言われているが、『転移門』の研究における第一人者はティナだ。その彼女からの称賛に女性魔術師は少しだけ嬉しそうに感謝を示す。
実際、彼女が使者に選ばれたのもティナが興味を見せるからという側面が強かった。そうしてそんな彼女が生み出す『転移門』でどことも知れぬ空間を幾度か経由して、満天の星空が見える場所へとたどり着いた。
「ほぅ……面白い空間じゃ。どこじゃ?」
「『星天の間』……エデクス様はそうお呼びになられている空間です」
「ふむ……またぞろどこぞの異空間を発見されたか。さすがはエデクス殿じゃのう」
楽しげに笑いながら、ティナは満天の星空を見る。流石に星明かりだけでは薄暗いのか周囲には燭台が用意されているが、そういった物を含め非常に幻想的な空間が出来上がっていた。
少なくともどこかの使者をここに招くのであれば、魔術師としても政治家としても並外れた相手だと察するには十分な格があった。と、そんな空間を歩いて移動するわけであるが、カイトがふと問いかける。
「この足場の石材は……大理石だが……側面はなんだ? 妙に明るいが」
「『サンドラ』がつい最近錬成に成功した石材です」
「ほぅ……」
カイトが見ていたのは通路の落下防止の手すりの先。通路の左右から水が滝のように流れ落ちる側面だ。星明かりや通路の左右に設置されている燭台で照らされているにしては通路の外が妙に明るい印象を受けたらしい。そうして全体的な様子を俯瞰的に見て、カイトは掛け値なしの称賛を口にする。
「これは見事だな」
「ありがとうございます……到着致しました」
たどり着いたのは、壁もなく扉だけが存在する通路の端だ。そうして一同が到着したと同時に扉がひとりでに開き、会食の場へと一同を招き入れた。
そんな会食の場の中央にいたのは、灰色の長いヒゲと長い髪を蓄えたまさに絵に描いたような魔術師然とした老人だった。彼こそ、最高評議会の中で最も古株の一人と言われるエデクスだった。どうやら下手に大々的な動きにならない様に、彼一人しかこの場にはいない様子だった。
「エデクス様。客人とシレーナをお連れ致しました」
「うむ……まずはこの度は『サンドラ』の者が迷惑を掛け申し訳ない」
「構いませんよ……こちらもそれを利用させて頂いた。滅多な事では『サンドラ』にこうも楽々入れる事なんてありませんからね」
いの一番で謝罪を行ったエデクスに対して、カイトは一つ首を振って改めて問題視しない事を明言する。
「感謝いたす……メルリア。お客人達に椅子を」
「かしこまりました」
メルリア。それが先の女性魔術師の名だったらしい。エデクスの指示を受け、巨大な円卓の片側にカイト達三人分の椅子を創造する。これに、ティナが関心を見せた。
「ほぅ……真言……ではないな。視るに魔眼の類……でもない。しかしてこれのような魔力による創造とも異なる。であれば……<<万物創造>>か」
「<<万物創造>>……ほう」
「ははは。相変わらずどちらも変わらぬ様子。お互い、息災変わりなく喜ばしい限り」
為政者としての目を覗かせるカイトと、相変わらずの優れた魔術師には興味を抱かずにはいられないティナにエデクスが笑う。これにシレーナが驚きを見せた。
「お知り合い……だったんですか?」
「うむ……まぁ、まずは何を話すにしても一献を傾けてからが良かろう」
ぱちんっ。エデクスはシレーナの問いかけに応じながら、指を一つスナップさせて合図を送る。すると、彼の横の空間が裂けて精巧な少女型と少年型の二体の使い魔が現れた。その見事さたるや、魔女族の長であるユスティエルの使い魔にも匹敵するほどの精巧さであった。
「ほぅ……お主らも息災変わりないようで何よりじゃな……随分とアップデートはされとる様子じゃが。もはや動きが人さながらよ」
「「ありがとうございます」」
「うむ」
双子の使い魔はティナの賛辞に礼を述べ、少年型の使い魔が彼女へとワインを注ぐ。そうして各々にワインが行き渡った所で、会食はスタートとなる。
「……ふぅ。まずはエデクス殿。改めてですが、息災変わりないようで何よりでした」
「うむ……こちらも何よりよ。なにせかつては唐突に去られたものであったから、碌な挨拶も出来ぬでな」
「それについてはまことに申し訳ない。が、あの機を逃していれば次がいつかがわからなかった」
エデクスの返答にカイトは一つ謝罪を口にする。今更言うまでもない事だろうが、カイトは各地の偉人や賢人達と太いつながりを持つ。
なので『サンドラ』の御老公達とも強いつながりがあったのであるが、どうしても三百年前の去り際はドタバタとしてしまった事があり碌な挨拶が出来なかった。それについては礼を失する行為と謝罪したのである。しかしこれにエデクスは首を振る。
「いや、苦言を呈するわけではないのであるが……うむ。御身も色々と悩まれての事であったのだろう」
「ご理解、痛み入ります」
「うむ……おぉ、そうだ。そういえばこの場は誰も覗かぬし、覗いたとて我ら最高評議会の者だけ。もう、その姿で無くてよかろう」
「「ん?」」
「おぉ、そういえばすっかり忘れておったのう」
「いや、失礼しました」
すっかり忘れていた。二人はエデクスの言葉に一つ恥ずかしげに笑い、施していた偽装を解除する。この場が覗けない事ぐらい、二人には一目瞭然だ。会食も始まっているのに、本来の姿を現さないのは失礼だった。が、それにいよいよシレーナは困惑でついていけなくなる。
「……え、えーっと……あの」
「ふぅ……悪い悪い。ま、色々とあるし話すと長くなる」
「うむ……せっかくの会食の場で本題から逸れすぎるのもあれじゃしのう」
「うむ……で、本題に入る前にせっかくなので聞いておきたいのですが……ユスティーナ殿。メルリアはどう見えましたかな?」
やはり若くして最高位の魔術師として名を馳せたからだろう。エデクスはカイトよりティナの方を敬っている様子だった。というわけで敬意を払う彼の問いかけに、ティナは改めての称賛を口にした。
「いや、見事なもんじゃ。女性に年を聞くのは失礼と余も存じておるが……お主、いくつじゃ」
「二百と数十です」
「ほぅ。それで<<万物創造>>をこうも極めたか。あっぱれと言って良いじゃろう」
無感情な様に見えて耳をそばだて興味を示していたメルリアに、ティナは改めて称賛を口にする。これについては世辞等はなく、やはり彼女もまた魔術師であればこその正当な評価だった。そしてそんな彼女の評価にエデクスも相好を崩す。
「そうですか……それは儂としても鼻が高い」
「ではやはり彼女は御身の?」
「ええ……と言っても、もうほぼ指導なぞしておりませぬが」
基本的に魔術師はある程度まで育つと、後は自分で自分の分野の研究を行うだけだ。何度か言われている通り、各個人で才能が違うがゆえに師匠と弟子と言ってもよほど同じ分野でなければ育てられないのだ。
それでも最高評議会の魔術師達であればかなりの領域までは導け、その弟子であれば卒業と同時に大国のエース級として即採用もあり得るほどの魔術師であった。
「いや、見ゆるに『転移門』は御身の指南の賜物であろう。<<万物創造>>は次元や空間をしっかり見極めねば使えぬ。魔法一歩手前。最高位の魔術じゃ。これを更に極めれば、魔法にも至ろう。が、そこには『転移門』の技術が随所に応用されておった」
「ははは……『転移門』。懐かしい。あの頃は楽しい時代でしたな」
「うむ……いや、いかんな。少ししんみりしてしまう話題か」
楽しげに、それでいて懐かしげに笑うエデクスに同意したティナであるが、あの当時から失われた者の多さに思わず首を振って振り払う。
「そうですな……再会を祝する場にはそぐわぬ話題ですか」
「うむ……それに、余らだけしかわからぬ数百年も昔の昔話に興じてしまうのもあれじゃろうて」
「ははは。違いありますまい」
ティナの指摘にエデクスも同意する様に笑う。実はなのであるが、エデクスを筆頭にした時の『サンドラ』の魔術師達も一時ティナの『転移門』の研究に協力していた事があったらしい。が、それ故にこそクーデターの折りに甚大な被害を被る事にもなってしまっていた。
「……うむ。ではせっかくなのでマクダウェル公。御身に聞いておこう。御身からシレーナはどう見えた?」
「ふむ……」
「っ」
やはり今まで見知ったカイトではなく、勇者カイトとしての彼から見られたからだろう。シレーナは非常に恥ずかしげかつなんともやりにくそうな顔を浮かべていた。なお、流石にここまで横で話されれば彼女もカイトとティナの正体はおおよそ察していた様子だった。
「まぁ、悪くはないでしょう。後は彼女を慕う精霊達がどこまで成長してくれるか。そこに最終的には話が及ぶ事になるかと」
「それについては相性等の問題、としかいいえまいか」
「かと……後は精霊達そのものの成長率やその他諸々の要素が大きい。シレーナが単独で頑張ってどうにかなる問題ではないでしょう」
精霊魔術を使う者にとって、自身の成長はさほど重要ではない。もちろん成長が意味がないわけではないが、それはそれだ。基本精霊達に魔術を発動してもらう、補佐してもらう精霊魔術にとって使役する精霊の容量を超える魔術は使えない。なので精霊を成長させる事が何より重要だった。そうして、それからしばらくの間はシレーナやメルリアの魔術に関する話を行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




