第2469話 魔術の王国 ――夜会へ――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、数年後の交換留学を見据えた体験授業を受ける事になったカイト率いる冒険部。そんな彼らは『サンドラ』にて今後の活動に役立つ物を手に入れながら、色々な所へと出歩いていた。
その一方。四日目の書店からの帰り道にてカイト達を襲った黒衣の集団であるが、これを率いていたルークが『サンドラ』の最高評議会とカイトの裏取引を受けて組織の解体を事前に通告。幹部の中でも惜しい才能を持つ者たちに自身の秘密の一部を明かす事により理解を得ると、彼らに今後はカイト達から手を引くように告げていた。
「……はぁ」
「……これからお前はどうするつもりだ?」
「とりあえず、彼らの意向に沿って動くつもりだよ……そこからはわからない。何が起きるか、さっぱりだ。今までこんな事は一度もなかったんだ」
どうやら本当に何が起きるかさっぱりらしい。ルークは少し困った様にゲンマの問いかけに首を振る。そんな彼にふと、ゲンマが問いかけた。
「そういえば……そのお前に首輪を付けている奴ら。御老公方はご存知なのか?」
「さぁ……どうだろうね。彼らが本当に何者なのか……まだわかっていないんだ。が、手がかりは掴んだ。いや、多分……」
「どうした?」
「掴まされたんだ……何が目的か。それを掴まなければならないんだが……そこが難点でね」
どこか悔しそうに、ルークはゲンマの問いかけに答える。そうして彼は深く腰掛けて、続けた。
「彼らの最終的な目的が何か。それがわからないんだ。私に『神の書』を与え、気まぐれに現れては変な導きを行い……それで何をしようとしているのか。そこがわからない限りは次の一手が打てない。受け身になるしかない」
「何もわからないのか?」
「何もね……何より情報が少なすぎる。何度かは、御老公に助けを求めようとも思ったさ。でもね……」
マグナス六賢人の直系に位置するルークにとって、最高評議会の中でもごく一握りの魔術師達と接触する事は不可能ではない。が、それが出来なかった事は彼が発せなかった言葉からも明らかだった。
「何があったんだ?」
「あっはははは。面白いよ? 私がこれは自分の手に負えない、と思って立ち上がった瞬間さ。本当に部屋の影に彼らが居るんだ。多分、今この場で本気で彼らに伝えに行こうとすれば、この部屋の何処かに彼らは現れるんだろうね」
「「「っ」」」
この部屋にさえ。その言葉に幹部達はいよいよ自分達とさえ格の違う存在がルークを裏で操っている事を理解する。この部屋は歴代のマグナス六賢人の当主達が拵えた数々の魔術に対応する部屋だ。流石にティナが拵えた皇城の夜会の部屋には劣るが、並大抵の秘密の部屋では遠く及ばない防衛網が敷かれていた。
「はぁ……本当に、彼らがどこでどうやって私を監視しているのか。わからない」
「エテルノはまさか、そいつらの監視なのか?」
「ん? ああ、彼女か。いや、彼女は違うよ……これについては彼女も協力してくれたし、何年も掛けて調査したから確かだ。それに彼女がそうなら今この場に現れるだろう、という言葉もおかしいさ」
ゲンマの問いかけにルークは笑う。流石に長年連れ添った彼女のことはかなり注意したらしく、違うというのははっきりと明言していた。
「が……だからこそどうやって私を監視しているのか……それがわからない。君にも私の周囲に仕掛けられている数々の魔術はわかるだろう? そのどれにも、彼らにそんな意思の変化をどこかに伝えるような術式は仕込まれていないんだ」
ルークの言葉に幹部達は改めて彼の周辺を確認する。当然だが彼は魔術師。それも高位の魔術師だ。なので例えば不意に転移させられない様に自身の存在を固定していたり、不意打ちで各種の属性魔術を食らっても大丈夫な様にしていたり、そもそも不意打ちを食らわないような警報機のような各種の結界がある。
その全てを解き明かすのはルークの協力があった上でかなりの時間が無いと不可能だが、見た限りは彼の言うような通報の術式は見受けられなかった。そんな理解を見て取って、ルークは諦める様に肩をすくめた。
「そういうわけでね。こちらには打つ手なしの状況なんだ」
「「「……」」」
軽く言うが、実際にはとんでもないストレスだったはずだ。幹部達は揃ってルークの心労がただならぬ物だっただろう事に憐れみを抱く。いつ、どこでどうやって監視しているか一切わからないのだ。これほどの恐怖はなかっただろうし、常に監視下にあるというのはストレスに違いなかった。
「……ま、おいおい奴らの目的なんてわかるだろう。今はひとまず、こっちが問題だ。兎にも角にも組織としては活動休止……いや、解体で良いかな」
「これからどうなると思う?」
「さて……それについてこれから考えるのだろうと思うけれどもね。ま、そっちについては少し楽しみにして待つ事にするよ」
ゲンマの問いかけに、ルークは楽しげに笑う。そうして彼らは各々が向かうべき場所に向かい、この場に次に戻ってくるのはルーク一人となるのだった。
さてルーク達が『サンドラ』最高評議会の意向を読み取って組織の解体を決めて数時間。夜闇が街を照らし出した頃だ。カイトは内線が鳴り響くのを聞く。
「頃合いか……ティナ」
『うむ……とりあえず外に出てからじゃのう』
「ああ……先輩。そういう事だから、後は任せる。とりあえず向こうからぶんどれるモンぶんどって帰る」
『わかった……とりあえず手打ちになる、という事で良いんだな?』
「ああ……といっても、多分最後にもう一戦あるんだろうが……」
『こちらについては今日中に余が対処して良いと認めさせる。余が対処して良いのであれば、如何とでもなる。もうお主が気にせんでも良いよ』
今回、素直に引くだろうと断言出来るのはルークらあの組織にさほどの価値を見出していない者たちだ。しかもその彼らとてルークが持ってきた証拠には半信半疑であった以上、その他の者たちが信じないでも仕方がなかった。
『そうか……それなら後はこちらは適当に授業を受けて、か』
「ああ……ま、後はこちらで処理する。すまんな……本当なら最初から最後までこっちで完全に処理しちまうつもりだったんだが」
『特に何もしていないがな』
実際、瞬のした事なんて単に降り掛かった火の粉を振り払っただけだ。ほとんど戦いらしい戦いはしていなかった。故に笑う彼に後を任せると、カイトはティナと共に外に出る事にする。
どうやら話は教導院を介して守衛室にも通っているらしく、門限等完全フリーの状態で外に出る事が出来た。というわけで出た外では、一台の自動車が待っていた。
「ほぅ……面白いな。話には聞いておったが、まさか自動車を開発しとるとはのう」
「そういえばお前はどれぐらい聞いてたんだ?」
「現在開発中で意見を求められておった、とまでは聞いておるよ。ただどの程度開発が進んでおったかはわからんかったがのう」
基本、マクダウェル家での開発に関してはティナが全体の統率を行っている。なので最終的な研究開発は彼女の知る所となっており、『サンドラ』が意見を求めた事がある事も知る所であったらしい。が、流石に設計図等は秘中の秘であり、彼女も手に入らなかったそうだ。
「そうか……とりあえず乗り心地は悪くなかったと思う」
「そうか……うむ。構築しておる術式は悪うないのう。敢えてダメ出しをするのであれば、物理的な構造の甘さがあるのう」
「そこらはオレもわからんが……まぁ、気になるのなら後で指摘してやると良い」
「設計図も見ぬのに指摘は出来ぬよ。余がやったのは謂わばリバース・エンジニアリングという所じゃ」
そうは言っても、かなり見抜いている様子なんだがな。カイトはそう思いながら興味深げに自動車を観察するティナを見ながらそう思う。と、そんな事をしているとまるでしびれを切らした――まるでではなくそうなのだが――様に窓が開いた。
「何やってるの、貴方達……」
「シレーナ? なぜそこに」
「なぜって……会食に向かうからでしょ?」
「「……」」
どうやら完全に何も聞かされていないらしい。カイトは困惑気味なシレーナの顔からそれを理解する。が、何の目的もなく彼女が同席させられる事はないだろう。そこらについては後で聞く事にして、二人は一旦自動車に乗り込む。
「……シレーナは誰と会食するか聞いているのか?」
「ええ……最高評議会の老公ヴァルドと聞いてるわ。貴方達もでしょう?」
「そうか……まぁ、何も聞いてないなら何も聞いてないで良いんだが」
「?」
何を考えているかは実際に聞いてみるしかないだろう。故にカイトはそう判断すると、運転手――ヘクセレイ家の老執事とは別だった――に小さく会釈して車を出して貰う。
「でも急にどうしたのかしら。ヴァルド公はかなり忙しいはずだったのだけど……そういえば、あなた達は最高評議会についてどれぐらい知ってる?」
「ん? ああ、最高評議会は評議会の更に一部。魔術師としての頂点に位置する方々だとは聞いてる。ヴァルド公はその中でも最も古株の一人だな。マグナス六賢人と最高評議会の二枚看板がこの『サンドラ』において最大の魔術師と言って良いだろう」
「ん、そうね……組織としてなら六賢人。単独の魔術師としてなら最高評議会が、という所かしら」
カイトの返答にシレーナは一つ頷いた。なお、流石にだからといって相争うわけでもないらしくシレーナとエデクスは顔見知りで、年に何回かは会食に招かれる事があるそうだ。そんな彼女にカイトが問いかける。
「そういえば……今回はシレーナ一人か?」
「ええ……でもこんな事は初めて。いつもはお父様や兄さん達が一緒だから……思えば、私一人だけが招かれるのは初めての事ね」
どこか驚きを滲ませつつ、シレーナはカイトの問いかけに今更ながらに意外感を感じていた。実際、彼女は一族の魔術を受け継ぐ予定もなく、政治的に見てもさほど重要な立ち位置にはない。なのでこうやって一人招かれる事が非常に異例な事態と言えただろう。
「そうか……まぁ、単にオレ達に気を遣ってくださっただけだろう」
「そうなのかもしれないわね」
というよりそうとしか考えられない。何も知らない様子のシレーナはカイトの返答にそう思うだけだ。そうして、そんな彼女と共にカイトとティナを乗せた自動車は最高評議会が保有する会食の場へと進んでいく事になるのだった。
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